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漆黒のブリュンヒルデ  作者: 大橋むつお
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045:『石清水八幡宮の鎌倉』 


漆黒のブリュンヒルデ


045『石清水八幡宮の鎌倉』 





 鎌倉に鎌倉大仏は無い。



 地元なら小学生でも知っている。


 それが、コロッと騙された。


―― 鎌倉駅で降りて大仏のとこに行ってくれる? ケメコ ――


 日本史の授業中に回ってきたメモに書いてあった。


 メモを寄越してきたのは池野さんだが、それは二列向こうのケメコが寄こしてきたものだ。


 

 昨日、部室で王様ゲームをやった。



 テストの前日で部活は禁止なんだけど、家でやってもはかどらないとか、いっしょにやった方が効率がいいとか理屈をつけてね。


 三回目に、ケメコが王様になって、あたしに命令することになったんだけど、あんまり賑やかだったので、部室前を通りかかった小川先生に怒られた。そのために、ケメコの命令は保留になって、テスト中に手紙をよこしてきたというわけさ。


「大仏だったら長谷でしょーが。それとも、二駅向こうの鎌倉で降りて二駅分歩けっていうんかい?」


「ちがうよ、鎌倉で降りて、大仏おさらぎ君のとこにお使いして欲しいのよ」


「おさらぎ……ああ」


 大仏……なにがし 


 一年でいっしょだった男子。ハンサムだった気がするんだけど、あんまり印象には残っていない。ひょっとしたら、口をきいたこともないかもしれない。


「大仏淳だよ、えと……これ、渡してきてほしいんだぁ」


「え、え……」


 それは、わたしに寄こしたレポート用紙のメモなんかじゃなくて、薄桃色の小振りな封筒で、いかにもラブレターだ。


「それを渡して、返事を聞いてきて欲しいっ!」


「じ、自分で渡せよ!」


「王様はあたしだよ」


「く、くそ」


「頼んだわよ!」


「あ、ああ……でも、あんた、ケメコってのはやめとけよ。緑子ってきれいな名前なんだからさ」


「いいよ、苗字はまんま桂馬けめなんだからさ」


 名前の通り、頭の回転も運動神経もいい奴で、眼鏡を外すと『これが青春だ』のヒロインが務まりそうなくらいだ。水泳の授業で眼鏡を外した時に言ってやると「そういう信子は『青春とは何だ』だよ」と返してきた。単なる語呂かと思ったら「信子は懐疑的になりすぎて前に進まないのが欠点だよ」と言い返された。


「人生長いんだから、簡単に答えなんか出さない方がいいんだよ」と、答えてやる。それぞれ十七年の人生で思い当たることがあるから、それ以上は踏み込まない。


 江ノ電を逆方向に乗って鎌倉を目指す。


 たった、駅五つ分だけど、湘南の海沿いを走る江ノ電は小旅行だ。


 湘南の海の向こうに江ノ島を据えて富士山が見える。あっと言う間にジオラマのような極楽寺のトンネル。


 抜けてクネクネいくと、鎌倉大仏最寄り駅の長谷。発車直前に外人の親子連れ、褐色の肌はハワイとかだろうか、お父さんが「いつまで食べてるんだ」的なことを男の子に言ってる。男の子は抹茶アイスを食べてるんだけど、急ぐ様子はない。美味しいものはしっかり味わうんだという笑顔をしている。お父さんも笑い出して車掌さんに「もういいです」的なことを言ってる。


 この子は、将来大統領になるかもしれないなあ……バラク・オバマ? 聞き慣れない名前が瞬間浮かんで消えた。


 大仏おさらぎ君の家は、小町通を抜けた先だ。


 小町通は、若宮大路の西に沿った鎌倉有数の観光通り。平日なんだけど、けっこう若い人が、中には外人さんも混じって、ぞめき歩いている。


 アーケードが無い分、開放的なんだけど、将来の発展を考えるとトータルにデザインしなおした方がいいかなあ……なんて生意気なことを考える。こういう商業施設のトータルデザインとかプロディユースは面白いかもしれない。


 あ、信子ねえちゃん!


 妄想を破る声がした。


「あ、ケメコ妹!?」


「何してんの?」


「ああ、ちょっと用事でね」


「あ、お姉ちゃんのでしょ!?」


「なにか、思い当たるのか?」


「え、あ、いや、お姉ちゃん人使い荒いからねえ」


「あんたも?」


「まあ、塾のついでだけど。じゃね」


「うん、用事が無かったらジュースぐらい奢ってやるんだけどね」


「惜しい! また今度ね、じゃ!」


 ケメコ妹を見送って道を急ぐ。



 ピンポーン



 呼び鈴一回で大仏君が出てきた。


 手紙を渡しても突っ立ってるあたしに、ちょっと微妙な顔をしたけど、こちらは返事を聞かなければならない。


「…………あ、えと、前向きに検討するって、伝えて」


「よし、前向きにだね!?」


 罰ゲームとは言え、きちんと成し遂げたのは嬉しい。大仏君の前であることも忘れて、一瞬ガッツポーズしてしまった。


「そういう可愛いポーズもするんだ……あ、いや、ごめん」


 なんだか、二人して赤くなって、そそくさと回れ右。


 電柱の影にケメコ妹を見たような気がしたが、ま、どうでもいい。



 小町通を引き返しているうちに信子の体を離れてしまった。



 眼下に鎌倉の街と湘南の海が広がって、傍にはケメコ妹……ねね子が飛んでいる。


「あれで、よかったのか?」


「いいのニャ! あれがきっかけで三年後に結婚してニャ、生まれた子供が都市計画設計の世界一になるニャ」


「そういうことか」


 もう四回目なので、そんなには驚かない。


「しかし、いいのか? いい結果は出てるようだが、わたしも正直楽しくなってきているぞ」


「いいのにゃ、ひるでには苦労かけたからって、オキナガ姫も言ってるにゃ」


「そうか、なら、いいんだが」


「長谷でバラクに会っただろ?」


「あ、やっぱりバラク・オバマか」


「信子が乗っていたんで、見とれていた乗客が居たニャ」


「ああ、信子は無自覚な美人だったからな」


「信子に見惚れて、長谷で降りそこなった」


「あ、そうなのか」


「本来なら、ギリギリで飛び出して、バラクにぶつかるんだ。バラクはホームのコンクリートの頭をぶつけて死んでしまう」


「え、ええ!?」


「オバマの命も救ったのニャ」


「そ、そうなのか(^_^;)、ちょっと盛り過ぎじゃないか?」


「なんの、オキナガ姫もやることに無駄は無いのニャ(^▽^)/」


「で、今度世話になったのは、どこの八幡だったのだ」


「知らなかったのか? 鎌倉の石清水八幡宮なのニャ!」



 一陣の風が吹いて、わたしは次の八幡宮に飛ばされた。


 



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