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漆黒のブリュンヒルデ  作者: 大橋むつお
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044:『根岸八幡から悪魔の城塞へ』 


漆黒のブリュンヒルデ


044『根岸八幡から悪魔の城塞へ』 






 振り返ると鳥居がある。



 鳥居の脇に石柱があって『根岸八幡宮』と刻まれている。


 鳥居の向こうに階段が伸びていて、何十段か上ると境内で、規模の割には立派な拝殿がある様子だ。


 八幡宮を巡る時空の旅も三つ目、どんな旅なんだろう……思ったところで降りてきた。


 結城千秋……こんどのわたしだ。



 あら、ちーちゃん。



 鳥居の向こうから声がかかった。


「峰岸せんせい!」


 峰岸せんせいは、わたしの幼稚園の先生だ。もう三十は超えているはずなのに女子高生のようにフットワークがいい。


 なんでせんせいが? と思ったら、神社の境内に幼稚園があるんだった。


「毎日上り下りしてるとね、足腰だけは十代のまんまよ」


「おでかけですか?」


 まだ勤務中の時間だろうに、せんせいはエプロンをしていない。


「あ、うん。ちょっとね」


 せんせいの顔が曇る。


 察しは付いた、また弟さんだ。


 弟さんは東京の大学で、流行りの学園紛争に首ったけ。時々警察のお世話になって、そのたびにせんせいは身元引受人になるんだ。


「ちーちゃんは?」


「あ、創立記念日です」


 答えて、的外れだと気づく。せんせいは、なんで八幡さまの前に突っ立てってるのかと聞いているんだ。


「あ、友だちと待ち合わせです」


「ホー、お友だちねえ」


 せんせいの目線は、わたしの向こう側に飛んでいる。


 振り返ると、やつが歩いてくるところだ。


「ごめん、結城」


「頑張りたまえ、若人たちよ!」


 そう言って肩を叩くと、やつと入れ替わるように通りに出ていくせんせいの後姿に、もう憂いの影は無い。


「あの人は?」


「幼稚園のせんせい。この上にあるんだよ、幼稚園」


「へえ、神社の幼稚園!?」


「写真撮っちゃだめだよ、上からは見えてるんだからね、不審者で通報されるよ」


「撮らないよ、今日はいっぱいフィルム使うしね」


 やつは、肩からぶら下げたTKとイニシャルの入ったカメラバッグをポンと叩く。


 TK、 加瀬琢磨


 ちょっとアブナイわたしのお友だち。



 鳥居の前から歩くこと十五分。


   

 異世界に迷い込んだんじゃないかと思った。


 坂道を上った先に見えたのは、悪魔の城塞だ!   


「すごい、こんなものが地元にあったの!?」


「ああ、オレのとっておきさ」


 すぐに写真を撮るのかと思ったら、ビックリしたままのわたしの後をついてくる。


「なんなの、悪魔のお城っぽいけど?」


「競馬場さ」


「競馬場?」


 地元に競馬場があれば、わたしだって知ってるはずなんだけど、初めて聞いた。


「戦前のことだよ。戦時中に廃止になって、戦後は米軍に接収されてゴルフ場になってた」


「でも、なんでお城みたいなの?」


「メインスタンドなんだ。アメリカの偉い建築家の設計だそうで、ちゃんと調査したら重要文化財級らしいよ。敷地は森林公園になってる」


「ふーん……『ザ ガードマン』とかの撮影に使えそうねえ、あ、『忍者部隊月光』かなあ」


「そんなチープなものには使わないさ。それに、こんなフェンスに覆われてちゃね。きっと将来は修復されて使えるようになる。オレが監督でね」


「え、映画撮るの!?」


「あ、ああ。今は写真だけど、いずれはね」


「そうか、うん、いいと思うよ。がんばんなよ、加瀬琢磨!」


 ちょっと安心した。


 うちの学校は、学園紛争の影響で、ちょっと殺伐としている。


 今年は、東大安田講堂の攻防戦があったし、沖縄が返還されてきたし、その度に、学園紛争かぶれたちは浮足立って、授業をボイコットしたり集会を開いたり。こないだは、ゲバ棒にヘルメット被って校内デモをやったりしてた。校内で核抜き本土並みを叫ばれても、迷惑なだけだ。


「あんた、ぜんぜん似合わないから!」


 佳代子といっしょに正面から言ってやったら、すぐにションボリして、ああ、こいつはファッションでやってるだけなんだと安心したり呆れたり。


「ようし、撮れた!」


「え、いつの間に?」


「8ミリさ。米軍払い下げの特別仕様で、ここに入ってる」


「え、バッグ?」


「ここからレンズが覗いてる」


 奴が指差したのはイニシャルのTK。


「ああ!」


 なんとTの縦棒と横棒の交差したところにレンズが覗いている。


「自然な姿のチーコが撮れたよ(^▽^)」


「ちょ……それって、隠し撮りじゃん!」


「いや、あくまで、ちーこのいいところが撮りたくて。あ、いや、変な意味じゃないし」


「ちょ、フィルム没収!」


「あ、それだけは勘弁! 現像したら一番に見せるから、見せるからあ(;'∀')! 一本5000円もするフィルムだからかんべ~ん!」


 

 けっきょく、三日後に写真屋の封印が付いたままのフィルムを理科室で開封して二人だけで上映会。



 ま、よく撮れているので許してやる。


 信じられないことに、写真も撮っていた。


 気が付いたのは、写真雑誌に佳作で掲載されたのを「これ、千秋じゃないのか?」とお父さんが見せてくれた時。


「え、あ、違うよ。佳代子よ。お揃いのサロペットだから(;^_^A」


「そうか、好きですって告白したような写真だもんなあ」


 ウソだ、完璧にわたし。


 恥ずかしくて、とても本当の事は言えなかった。



 ねね子はどこにいたんだ?


 え、カメラバッグの中!?




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