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漆黒のブリュンヒルデ  作者: 大橋むつお
33/100

033:『西の空』


漆黒のブリュンヒルデ


033『西の空』 





 自殺女を成仏させてやって気が付いた。



 ほら、『呪』と『祝』を間違えてたOL。


 呪うはずのところを祝ってしまって、死んでも死にきれないで、道端でヘバっていた。


 あの女を助けたあと、調子がいいのだ。


 一部始終を見ていたスクネ老人も、軽口を飛ばすくらいに機嫌が良かった。


 この異世界に来て、かなりの数の妖を名前を付けることで成仏させたり昇天させたりしたが、成仏、昇天させた後、いささか体調が悪くなることが多かった。弱音を吐くのは嫌だったから、祖父母や人に言ったことは無かったがな。


 あいつの名前聞かなかったなあ……。


 まあいい、調子がいいにこしたことは無い。




 学校から帰ると祖父母の機嫌が悪い。


 リビングのテレビを見ながら「不見識だ!」「場当たり的すぎる!」とか罪もないテレビにボヤいている。


「なに怒ってるの?」


 冷蔵庫のお茶を出しながら声をかけてみる。


「どうすんの、ひるでは!?」


「え?」


 矛先が向いてきて、思わずお茶をこぼしそうになる。


「安倍さんがね、またバカなことを!」


「三月二日から、日本中の学校を休みにするって言ってる」


 え?


 テレビの画面にはアナウンサーやコメンテイターが口角泡を飛ばして、祖父母と同じようなことを言い募っている。


 なるほど、新型コロナウイルス対策のため、安倍首相が全国の学校を休校にしてほしいと要請したのだ。


 学校では話題になっていなかったから、下校している間に発表されたんだ。


「議会にも掛けないで、横暴よ、思い付き丸出しじゃない」


「要請というのは他人任せに過ぎるだろう、ほんとに安倍晋三という男は」


 なんだかボロクソだ。


 面白いので、ソファーに座って祖父母とテレビの憤慨を聴いてみる。


 


 長期間休校にするには準備が要る! 子守は誰がするのか! 子守の為に休んだ親の給与保証は!


 卒業式が出来ない! 入試はどうする! 病院関係者の親は休めないぞ! 予算の裏付けがない!


 

 みんな好きなことを言っている。



 そもそも、この異世界の日本には緊急事態法が無い。


 首相として言えるのは『要請』が限度だ。「やるんなら、はっきり言え!」と祖母はまくしたてるが、首相に要請以上の権限が無い。ついこないだまでは『安倍独裁!』とか叫んでいた人が言うべきではないと思うぞ。


 しかし、義憤にかられて息巻くことで元気にしているのは、かりそめの孫としても嬉しい。


「あまり血圧上げないようにね」


 一声かけて、自分の部屋に向かう。


 東南の方角……霞が関のあたりだろうか、そこへ向かって芥子粒のようなものが集まってとぐろを巻き始めている。


 ……日本中から集まっている非難や不満だ。どうやら蟠って積層した黒雲になりそうだ。


 安倍首相も苦労なことだ。


『西の空も御覧じろ』


 スクネ老人の声がした。


 窓に顔を寄せると、電柱の上に老人の姿があった。天狗のように一本足で立って腕組みして西の空を仰いでいる。


 部屋の窓からは西の空は見えないので、部屋を出て廊下の窓から窺ってみる。



 ああ……



 西の彼方の空に禍々しいものが見えた。


 世の中のありとあらゆるカビを混ぜて、そいつに命が宿ったものが沸騰するように湧きたっている。


『ご加勢ねがえるか』


 え、ひょっとして、あれを退治しようというのか?


『オリャ--!』


 老人が跳躍した。直ぐに西の窓からも見えて、スクネ老人は気の早い五月人形のような出で立ちになり、その先に現れたおきながさんといっしょに西の空の彼方に駆け去っていった。


 ゾワゾワ…………一瞬体が震える。


 久しぶりの武者震いだ。


 並の妖退治ではないことが始まろうとしている。


 部屋に戻ると、祖母が門扉に『安倍政治を許さない!』のポスターを貼りなおしているのが見えた。


 とりあえず、我が家は平和だ。


 一肌脱がずばなるまいか……。


 


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