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漆黒のブリュンヒルデ  作者: 大橋むつお
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018:『スイカをぶら下げたおっさん』 


漆黒のブリュンヒルデ


018『スイカをぶら下げたおっさん』 





 ねね子にはクセがある。



 時々、右のこめかみのあたりを掻くのだ。


 右手をグーにして、親指の第二関節のあたりで掻くのだ。爪で掻くと傷を付けたりするので親指の第二関節にしているのだろう。


 その仕草が、なんだかネコが顔を洗っているようなので、クラスのみんなからも「かわいい!」とか「もえ~!」とか言って可愛がられている。


 これをやっていると、人が集まって来る。


 可愛い仕草をしているネコを、つい構いたくなる女子の特性と言っていい。



 よし、今のうちだ!



 ねね子の周りに人が集まったのを幸いに、カバンを持って教室を出る。


 付いてくる者を袖にする薄情者ではないが、自然な流れであれば一人で帰りたい。去年は芳子と一緒になることが多かったが、生徒会役員になった芳子の放課後は忙しい。


 昇降口でローファーに履き替えて正門を目指す。


「ニャハハ、奇遇なのニャ!」


 正門を出たところに、もういる。


「おまえなあ」


「放課後は、みんな部活とか塾とかがあるニャ。華の高校二年生ニャ」


 いつもの下校になった。


 世田谷八幡の鳥居が見えてくる。いつものようにおきながさんが掃除をしている。


 おばさんのナリはしているが、神さまだ、頭を下げるだけだが挨拶をしておく。


 すると、おきながさんがねね子のように右手のグーでこめかみを掻く……いや、オイデオイデ?


 わたし?


 自分の顔を指さすと、チガウチガウ。あ、ねね子か。


 チ


 舌打ちが聞こえたような気がしたが「なんですかニャ~おきながさ~ん(^▽^)/」と、スキップしながら鳥居に向かった。


 鳥居の傍まで行くと、ねね子はネコの姿に戻っておきながさんに抱き上げられ、右の前足を持たれてバイバイさせられると、鳥居の内に連れていかれた。


 やっと気楽な一人下校になった。


 踏切が見えるところまで出てくると、スイカをぶら下げたTシャツ姿のおっさんが見えた。


 わたしの前を横切って東急と並行している道を小走りで去っていく。


 この時期にスイカにTシャツだと?


 小走りの背中を見ると、ぶら下げていたのを胸に抱える。スイカは見えなくなったが、瞬間見えたスイカは人の首に変わっていた。


 キャーーー


 反対方向で悲鳴が聞こえた。チラ見すると、O学園の女生徒が倒れていて、同じO学園やらうちの生徒やらが取り巻いている。


 

 あいつ、妖!



 見定めると同時に駆けだした。


 おっさんも全力疾走になる。


 お互いにこの世の者ではないので、あっという間に新幹線並みの速度になって、小田急線の豪徳寺駅の近くまで駆け抜けた。


 直進と思ったが、戦場で鍛えた感覚が『敵は脇道に入った』と警告している。


 一筋余計に直進したところで左に折れる。敵を惑わすためだ。


 左手は、広い墓地になっている。


 敵はスイカを抱えたまま、墓地の中をうろついている。気にしているのは東側、たった今、わたしが直進した道だ。



「おい、スイカを見せろ!」



 後ろから声をかけると、ビックリしたおっさんは立ち往生してしまった。


「い、いや、これは違うんだ(;'∀')」


「違うかどうかは、わたしが判断する。見せろ!」


「あ、あ……」


 観念して、おっさんは捧げ持つようにしてスイカを示した。


 それはO学園の女生徒の首だ。


 ただ、厳密な意味での首では無くて、首に凝縮させた女生徒の魂だ。


 まだ三十秒もたっていない。今なら間に合う。


「寄こせ!」


 首を取り上げると、わたしは地を蹴って飛び上がった。


 宮の坂駅に戻ると、倒れた女生徒を介抱する女性駅員と心配げに見守る人たちの輪が見えた。男性駅員がAED(自動体外式除細動器)を抱えて駅舎から出てくるところだ。


 AEDを使うと、衆人環視の中で裸の胸を顕わにされる。


 間に合え!


 上空から首を投げおろした。


 ズボっともゴホっとも聞こえる音がして、首は女生徒の体の中に吸収され、同時に呼吸が戻った。



 なんとか間に合った。



 その夜、気配に目が覚めて、窓から窺うと、門の前におっさんが立っている。


 害意も敵意も感じられないので、窓から静かに下りて行った。


 話をすると、もうこんなことはしないから名前を付けて欲しいと言う。


「お前もか……お前は、中村重一なかむらしげかずだ」


「あ、ありがとうございます」


 おっさんは、何度も頭を下げて去っていった。


 向かいの窓に気配。


 啓介の視線を感じる。


 おっと、パジャマのボタンが外れている。不自然にならないように前を掻き合わせて門から家に入った。


 カランコロン


 ドアのカウベルが鳴ってしまい、起きだした祖父母に説明するのに苦労した。 




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