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神出鬼没

作者: 薔薇茶

 あるところに、小さな村がありました。

 小さいけれど賑やかで、人々は楽しく暮らしていました。


 しかし平和な村にも、多少の諍いはあるものです。

 丁度今も、三人の男の子が二人の女の子にいたずらをしているようです。


「やめてよ! あおちゃんは怖がりなんだから!」

「へへへ、そういうお前だってビビッてやがる。ほらほら、ヘビが噛みつくぞー」


 ふくよかな体つきの男の子が、女の子に向かって蛇のついた木の枝を向けています。

 あおちゃんと呼ばれた女の子は、すっかり怖がって今にも泣きだしそう。


「ともちゃん、逃げようよ」

「いいえ、今日こそ一発ガツンとやらなきゃ。あんたたち調子に乗りすぎなのよ!」

「お、やるってのか?」


 ともちゃんと呼ばれた女の子は勇敢にも男の子に立ち向かいます。

 今にも殴り合いが始まりそうになったその時。


「随分賑やかじゃな。童も混ざろう」


 ふくよかな男の子の隣に、突然赤毛の女の子が現れました。


 ここは一面田んぼで、遠くからでも誰かが来るのが分かるはずなのに、その子が来ていたことに誰も気が付きませんでした。みんなビックリして腰を抜かしてしまいました。


 しかも、誰も赤毛の子の事を知りません。小さな村では、反対端に住むおじいちゃんの好物までみんな知っているはずなのに。

 ますます子供たちは混乱します。


「おや、こいつは童のしもべじゃないか。どれ、皆に挨拶でもしたらどうじゃ」


 赤毛の子はそんな雰囲気お構いなしに、木の枝に乗っかった蛇に向かって話しかけます。


「こいつ何言って……うわあ!?」


 すると蛇は木の枝を伝って、男の子の腕へ絡みつきました。

 そこからゆっくりと這い上がっていき、肩から首、とうとう耳元まで。そこで蛇は一呼吸置いて、


 ちろちろちろ。


 と男の子の耳を舐めました。


「ひいいいいいいいい!!!」


 耐えられなくなった男の子は、蛇を振りほどくと一目散に逃げていきました。

 後ろに控えていた男の子達も、後を追う様にいなくなりました。


「助けてくれてありがとう」


 ともちゃんがお礼を言うと、赤毛の子は不思議そうに頭を捻りました。


「ぬう? 童は挨拶をさせただけなのじゃが……それ、お主にもしてやろう」


 あろうことか赤毛の子は、ともちゃんにも蛇をけしかけたのです。


「ひっ!?」


 ともちゃんは悲鳴を上げましたが、赤毛の子が「あんまり動くと蛇が落ちてしまう」と睨んできたので、それ以上は我慢してじっとしていることにしました。


 するすると体を這い上がり、ちろちろと耳を舐めてくる蛇。初めは怖がっていたともちゃんでしたが、蛇が噛んだりしないと分かると安心して、お礼に頭を撫でてやりました。


「と、ともちゃん平気なの?」

「うん、とっても可愛い子ね。あなたのお友達なの?」

「童のしもべじゃ。なんでもいうことを聞いてくれる」


 ともちゃんが尋ねると、赤毛の子はにやりと笑いました。


「しもべ? よく分からないや」

「まあそうじゃろうな。もっと騒ぎたかったのに男共は逃げてしまったし、また別の場所を探しに行くかのう」


 ともちゃんの肩から蛇をつまみ上げると、立ち去ろうとする赤毛の子。

 ともちゃんは「まって!」と彼女を呼び止めました。


「名前はなんていうの?」

「名前……秘密じゃ。ではな」


 一瞬寂しそうな顔をした赤毛の子は、ニッと歯を見せて笑うと、次の瞬間には消えてしまいました。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ああ、それはきっと、神様だよ」


 その夜。村では夏祭りが開かれ、広場に沢山の人が集まっていました。

 ともちゃんがお母さんに昼間出会った赤毛の子の話をすると、お母さんはそう言ったのです。


「この村にはね、人間の事が大好きな神様がいるの。騒がしいほど神様の機嫌が良くなるから、お祭りには村中の人が集まって、とにかくワイワイするのよ」

「ふーん。わたしたちがケンカする声、そんなに騒がしかったのかな?」


 広場の中央では太鼓が打ち鳴らされ、それに合わせておじさん達が歌を歌いながらお酒を飲んでいます。こんなのが好きな神様なんだろうか、と疑問に思いながら眺めていると、その集団の中に一瞬だけ赤い髪の毛が見えました。


「あ、いた! さっき言ってた子!」

「どこ?」

「おじさんたちの中……もういなくなっちゃった」


 ともちゃんが指さす頃には、もうその姿はありませんでした。


「恥ずかしがり屋さんなのかな? 昼間もあっという間にいなくなっちゃったの」


 ともちゃんは蛇に舐められた耳を触りながら、また会いたいな、と思いました。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「恥ずかしがり屋さんですか、間違っちゃいねえですさね」

「なんだい、意地悪な事言うのならこの焼き鳥は童が全部食っちまうよ」

「あー! ええ、本当に食べちゃうなんて……」


 広場から少し離れた林の中。木のてっぺんに登った赤毛の子は、太鼓の音に酔いしれていました。

 いい気分だったところにしもべの蛇が痛い所をついてくるものだから、仕返しにおじさん達からくすねた焼き鳥を一気にほおばりました。


「もぐもぐ……うん、やっぱりうまいのう」


 串に残ったタレまで綺麗に舐めとって、満足げにため息をつきます。


「騒がしいのが好きなのに、中に入っていくのは苦手だなんて、あっしには良く分からないですさ」

「童だって本当はあの中で騒ぎたいんだぞ? ただどうしたら良いのか分からないのじゃ……『これ』だってあるしのう」


 赤毛の子はわしわしと頭をかき、髪の毛に隠れていた小さな角を爪でぴんと弾きました。


「あの『ともちゃん』って女の子なら、そこんところ教えてくれそうですけどね」

「うむ、童もあやつは気に入ったのだ。また話しかけに行くとするか」

「今行かないんすか?」

「それ以上言うと丸焼きにして食っちまうぞ」

「勘弁してくださいな」


 蛇との他愛ない話を続けながら、名も無い赤鬼の少女は羨ましげに祭りを眺めるのでした。


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