第六章 「キャメロットとの戦い」
デュラハンは、赤黒いイドラ・アドミレーションを、体中から炎のように吹き上がらせて、たたずむ。キャメロットが輝化するのを、今かいまかと待つ。互いに輝化した状態で戦うのが、デュラハンにとってのマナーだった。
ステージに上ったキャメロットの四人は、彼女たちのプロデューサーを交えて、作戦をまとめているようだった。一言、二言とプロデューサーが告げ、四人が一斉にうなずく。プロデューサーの声はここまで届くことはなかった。おそらく、聖杯連結路を経由したコミュニケーションだろう。心とこころのやりとりが音になることはない。
キャメロットの四人がデュラハンの方を向く。そして、リーダーのナタリーが他の三人に号令する。
「みんな! 輝化するよ!」
「はいっ!」
先ほどのイタリア代表のアイドルユニット、リモーネとの戦いと同じ。いや、それ以上の気合の入りようだった。眼の鋭さ、足の運び方、声の大きさ、すべてに緊張感があった。
「輝け!」
キャメロットの四人の凛とした声が重なり、オーディエンスが少なくなった会場に響き渡る。
四人の輝化が始まる。
お揃いのブレザータイプの学生服を模したステージ衣装のまま、それぞれの色に輝くアイドル・アドミレーションを発揮する四人。
濃いブロンドの髪で、笑顔が映えそうなナタリーは、太陽を思わせる暖かくも厳しい黄色に。
背が高く、怜悧で他をよせつけない印象のルーティは、海を思わせる深く底知れない青色に。
目立つ赤髪と、立派な体躯を持つクレアは、血を思わせる厳かで近寄りがたい深紅色に。
元気で、くりくりとした大きな瞳を持つリンは、果実を思わせる新鮮でさわやかな橙色に。
それぞれのアドミレーションの光が、彼女たち四人を包み込む。そして、数秒ののち、輝化が終わっていた。目の前に輝化武装をしたキャメロットの四人が並ぶ。それは、デュラハンが見たかった光景だった。
自分の大剣を四人に向けて、告げる。
「ようやくだ! このときを待っていた! 前のようにはいかない。必ず雪辱を果たす!」
デュラハンは、姿勢を落とし、弓の弦を引くように大剣を構え、突撃の力を溜める。自分のイドラ・アドミレーションが激しくうずまき、目の前の四人を威嚇する。それに抗うかのように、ナタリーが声を張り上げ、他の三人を激励する。
「みんな! 延長戦だ。さあ、行くよ。援軍が到着するまで、あいつを抑える!」
「了解!」
キャメロットの四人がフォーメーションを組む。
両腕に備え付けた大きな盾を持つナタリーを先頭にして、右斜め後ろに長槍を構えるクレア、左斜め後ろに少し間を空けて投げやりを両手に持つリン、そして最後方でルーティがソングの準備を開始していた。
四人から放出されたアドミレーションは、それぞれが激しく輝きながら、混ざり合い、デュラハンのアドミレーションに抗するように燃え上がる。
デュラハンの高揚感は最高潮に達した。自分の目が、ちかちかした。眼をつむる。この瞬間に集中する。きぃーんと耳鳴りがする。胸の鼓動が大きい。静かなのにうるさいぐらいだ。
援軍だと? そんなものに、あたしの大事な時間を邪魔させはしない。必ず、それが到着する前に決着をつけてやる!
デュラハンは自分を叱咤した後、目を見開く。そして、キャメロットの四人に向かって、突撃を開始した。
デュラハンの突撃に合わせて、ナタリーが前に出る。腕の甲冑に備え付けられた大盾に、防御壁を生成するコンクエストスキル、「プロテクト」を重ね合わせて、前面に展開する。
デュラハンは目の前に迫る壁に臆することなく、突撃を継続する。そして、大剣を振りかぶり、壁を破り、その先のナタリーにも攻撃を届けるつもりで振り下ろした。
ぎしぃぃいん! コンクエストスキルの壁が破れる! しかし、大剣は大盾で受け止められた。
「よしっ! 受け止め、たぁぁ!」
ナタリーは大盾を押し返し、間合いを取る。そして、大盾を腕に戻し、左右の手甲にあるナックルガードをこぶしに装着し、自ら間合いを詰めて格闘戦を仕掛けてきた。
この間合いの接近戦は、デュラハンにとって、不利だった。大剣を振ることができない。突きこまれたナタリーのこぶしを自分の盾で受け止めながら、防戦一方になっている自分にじれていた。
そのとき! デュラハンの左側方からの気配。
ナタリーがにやりと笑いながらこぶしを突き出した。
こぶしを盾で防ぎ、左を一瞥する。今度は槍が突きこまれようとしていた。体のばねを十分に使った長槍による一突き。クレアか! フルフェイスの兜をかぶっていて、表情は全く見えなかった。
「くっ!」
右手に持つ大剣を自分の左側面にくるように右腕を大きく回し、盾を持つ左腕のひじで大剣の腹を支える。
ぎぃん! クレアの一撃は何とか防ぐことができた。
デュラハンは、体をクレアの方に向け、ナタリーの体に右肩をぶつける。
「ぐぅっ」
苦悶の声が漏れ、体が宙に浮くナタリー。強引に間合いを空けることに成功したデュラハンは、右腕の大剣を振り下ろす。ナタリーは、両腕の大盾でデュラハンの攻撃を防ぐ。しかし踏ん張るものがないため、大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。
それを横目でちらと見たデュラハンは、気持ちを目の前にいるクレアとの闘いに切り替える。
ナタリーへの攻撃で空いた隙を逃さず、クレアが槍を突く。盾で防御するデュラハン。今度はデュラハンが大剣で横になぐ。クレアは最低限の距離だけ後ろに上体を反らし、斬撃をかわす。この短時間でデュラハンの攻撃範囲を見切ったのだろうか。
「私といっしょに踊ってください!」
クレアは、そう声をかけ、自分の手足を存分に使って、舞い踊り始める。
突く、切る、かわす。
なぐ、突く、よける。
さける、かわす、よける、掃う。
大剣をいくら振るってもクレアに当たることはなかった。そして、クレアの攻撃は盾と大剣でしっかり防がないといけないくらい重く力強いものだった。再び防戦を強いられるデュラハン。じれったさを通り越して、いら立ちを感じ始めていた。
たん! たんっ、たっ! 右方向から地を蹴り上げる軽やかな音を聞いた。そちらを見なくてもわかる。リンのコンクエストスキル、「ドライブ」の助走の音だ。三歩の助走の後、リンの走る速度は最大となる。
リンは何を仕掛けてくるのか。興奮とはあきらかに違う動悸がする。これは恐怖? リンからの攻撃に備えなければ! 絡みつくようにデュラハンとの接近戦を続けるクレアから一度離れる。そして、右を見る。
トップスピードとなったリンが、地面に向かい合わせに配置した防御壁を踏み切り板にしてジャンプするところだった。
リンが両足で踏み切り板を蹴る。板がたわみ、元に戻る力がリンにはたらく。そして、リンが空中へ飛び上がる!
一本の投げ槍を生成し、しっかり握る。それに呼応するようにリンの周囲に、同じ投げ槍が出現する。そして、片手の一本が、体を十分に反らしてばねを利かせて投擲された。その一本の投げ槍に追随するようにリンの周囲の投げ槍がデュラハンに向かって落ちてくる。
一、二、三、四、五。
まるで、レーザー光線だった。
デュラハンは、投げ槍もろとも宙に浮いたリンを迎撃しようと大剣にイドラ・アドミレーションをまとわせていく。
しかし、クレアが空いた間合いを再び詰める。
クレアの攻撃を防ぎ、大剣を振り下ろす。さきほど同じように簡単によけられた。
くっ! 間に合わない。
デュラハンはリンへの迎撃をあきらめ、クレアもろとも投げ槍の攻撃を受ける覚悟を決めた。
クレアへの攻撃を続けて、自分の近くにくぎ付けにする。
リンから放たれた五本の投げ槍は、着弾ぎりぎりのタイミングだった。
もう命中は必至、そう思ったとき、クレアがコンクエストスキル、「イベイド」を発動する。超人的な動体視力と体裁きで投げ槍五本と、デュラハンの斬撃をすべてさける。
そして、リンの投げ槍五本がデュラハンに全弾命中する。
「ぐぅっ」
「やったぁ!!」
上空から、リンの歓喜の声が聞こえる。デュラハンは、よろめきつつも踏みとどまる。前回の敗北の原因となったリンの投げ槍攻撃が当たったことで、多少動揺してしまったが、有効打とはなっていない。頭を切り替えて目の前の敵を倒す。そう思った矢先……。
目の前にナタリーが飛び込んできた。
「なに!?」
驚く間もなく、ナタリーは、プロテクトを使用して、デュラハンの周囲を防御壁で取り囲む。デュラハンは閉じ込められてしまった。
上空から落ちてきたリンがその防御壁に着地し、その反動を利用して、再び後方へジャンプし、すでにデュラハンの近くから離脱していたナタリーとクレアの元に着地する。
すると、ナタリーたちのさらに後方から鋭い声が届く
「デュラハン! まずは、あたしたちが最初の王手だ!」
その言葉とともに、ルーティがひたすら練り上げていたアイドル・アドミレーションが、直径がルーティの身長の三倍はある巨大な水の塊に転換する。そして、ルーティが自分の杖を振り下ろすと、その水の塊が三つに分かれ、三本の巨大な矢にとなり、デュラハンに向かって放たれた。
デュラハンは、大剣を使って、取り囲まれた防御壁を内側から破ろうとする。
ぎぃん、ぎん、ぎぃいん!
破れない!
三本の矢が絡み合いながら、確実に距離を縮める。
もう間に合わない!
デュラハンは、回避することをあきらめ、防御に集中する。大剣をアドミレーションに戻し、自分の盾と鎧にアドミレーションを注ぎ込む。そして、盾を地面に突き立て、足を踏ん張る。
三本の水の矢がデュラハンの目の前にまで迫る。そのとき、ナタリーの防御壁が消失する。デュラハンは、そのタイミングの良さに忌々しさを感じながら、衝撃に備えた。
大きな怪物に飲み込まれるような恐怖とともに、莫大な水の奔流がデュラハンを襲う。大きな衝撃と、イドラ・アドミレーションを洗い流される感覚。デュラハンはさらに防御に力を入れる。
やがて、デュラハンから三本の水の矢は過ぎ去り、静寂が訪れる。何とかやり過ごすことができた。自分の体の状態を確認する。防御に集中したため、あの規模のソングにしては被害が少なかった。
そうだ、これだ。
これがキャメロットだ。流れるように滑らかで、息をもつかせない鮮やかな連続攻撃だった。だからこそリベンジのしがいがあるのだ。
自分の大剣を再び輝化し、盾をアドミレーションに戻したあと、濃密で赤黒いアドミレーションの炎が両手から吹き上がる。その炎はたちまちデュラハンの全身に燃え広がった。
体と同じように燃える瞳で、「次はこちらの番だ!」と告げ、その炎をまとったまま、再びキャメロットの四人に突撃する。
ナタリーが、再び前に出てきた。同じように大盾と防御壁を展開する。
デュラハンは両手に持った赤黒い炎で燃え盛る大剣を、思い切りに防御壁に振り下ろす。
「ふっ!」
ぱきぃぃん、がしぃぃん! 防御壁と大盾が二つもろとも破れてしまった。
ナタリーは動揺を見せず、落ち着いた様子で格闘戦に移行しようとするが、デュラハンは彼女の接近を許さない。
左手の赤黒い炎で彼女をけん制し、その隙に大剣からアドミレーションによる飛ぶ斬撃を浴びせる。ナタリーは、たまらず防御するが、その場から吹き飛ばすことに成功した。
ナタリーをフォローするように、クレアが前に出てきた。
デュラハンは、ステージの床を大剣でなぎ払う。
すると、赤黒い炎が壁のように立ち上がり、クレアの移動を妨げる。
急制動をかけ、バク転をして炎の壁を回避したその時、デュラハンは炎の壁を割って、回避中のクレアに大剣を振り下ろす。
クレアは難なく長槍で大剣を受け止めた。
しかし、これはデュラハンの思い通りの結果だった。
大剣から長槍に燃え移る炎。そして、長槍からクレアにまで延焼する。瞬く間に全身に燃え広がる。
「な、なんだこの炎? 動け……ない」
「あたしのパラノイアスキルだ」
「うああぁ!」
目の前のクレアが、体をひっきりなしに動かしたり、アイドル・アドミレーションを開放したりして、強引にデュラハンの拘束を解こうとしている。
「さあ、クレア、回避のスペシャリスト。その状態でも、あたしの攻撃をよけることができるのか?」
デュラハンは優雅に、すっと大剣を構える。クレアは必死にもがく。
大剣が振り下ろされる直前、クレアの右腕のみ拘束から逃れていた。大剣の直撃を長槍で防ぐ。しかし、すべてを防ぎきれなかった。受け止めきれなかった余波が、動けないクレアの体に留まる。長槍と輝化防具のほとんどに亀裂が入る。
「ぐうううぅぅっ!」
クレアは気を失ったようにぐったりする。デュラハンはクレアへかけていたパラノイアスキルを解く。どさりとステージの床に崩れ落ちていた。
デュラハンはステージの奥を見やる。倒れたクレアの向こうにリンがいた。自分の目標へ向かって、突撃を再開した。
「覚悟しろ、リン!」
デュラハンが気力十分に声を上げる。
リンは、仲間の二人が各個に撃破され、焦っているかと思えば、そんな素振りは全く見せていなかった。むしろデュラハンの言葉通り、本当に覚悟したかのように腰を落とし、来るなら来い、という言葉が似あう大胆不敵な表情とまっすぐな瞳でデュラハンと対峙を続けていた。
彼女を見ていると、本当にいらだつ……。
彼女の表情、姿勢、行動!
なぜ、これほどの実力差のある相手に臆することなく立ち向かうことができるんだ! 負けることが怖くないのか! 機会の喪失、失敗の不安、死の恐怖、それらを考えずに済んでいるのか? そんなことが可能なのか? 可能だったら教えてくれ!
きっと……、あたしと同じだ。彼女もあたし同じだ。がまんする力が強いんだ。それだったら、あたしの方が強い! そんなまっすぐな瞳をした仮面はすぐにはいでやる。
リンは、五本の投げ槍を自分の周囲の空間に生成する。五本の投げ槍が宙に浮かび、待機している。二本を両手に持ち、残りの三本を、デュラハンに向かって射出した。
デュラハンは向かってくる三本の投げ槍を軽くはじき返す。そして、目の前にまでせまった「大胆不敵な表情」と「まっすぐな瞳」を持つリンと、大剣と投げ槍で切り結んだ。
リンは突撃を受け止めきれず、派手に、あられもない姿勢で後方に吹き飛んでいく。
その光景を見て、デュラハンは、リンに対してわだかまっていた不満がすっと消え、落ち着いていくのを感じた。
しかし、リンが吹き飛んだその先には、ルーティが待っていた。
ルーティが、リンをしっかりと受け止める。そして、リンたちへの追撃を防ごうとして、戦線に復帰したナタリーとクレアがデュラハンの前に立ちふさがる。
その光景は、先ほどよりもさらにデュラハンを苛立たせた。
まっすぐなリン! そんな彼女は仲間に評価されて、認められて、フォローされながら大きな敵と戦っている。なぜ、あたしたちにはそれがないんだ!
ナタリーとクレアがぼろぼろの体で立ち向かってくる。
向こうでは、ルーティがリンを介抱している。
叫びたい気持ちを、歯をかみ合わせて必死にこらえる。
ナタリーとクレアを造作なくパラノイアスキルで、その場所に縛り付ける。苦しそうにもがきあえぐ二人の間を通り抜ける。
今、ルーティからの治療を終えたリンが立ち上がった。また、あの表情とあの瞳だ。
デュラハンは自分の恨めしさをリンにぶつけるように、にらみつける。そして、自分の大剣を強くつよく握りしめながら、リンに向かって歩き出した。
リンがデュラハンに気づく。ルーティと簡単に言葉を交わした後、ルーティがリンの後方に下がる。
次の瞬間、リンはすさまじい量の橙色のアイドル・アドミレーションを吹き上がらせて、デュラハンに向かって、猛然とダッシュしてくる。再び五本の投げ槍を生成すると、今度は空中でその五本を束ねた。五本の投げ槍が混ざり合って、人間大の長さ、大きさの大槍となった。
あれは、リンのアンコールバーストだ!
デュラハンは、あの大槍に一瞬、恐怖を覚える。しかし、自分が今ここで戦っているのは、あれを乗り越えるためでもあるのだと思い、その恐怖をねじ伏せ、リンの攻撃に向き合う。
彼女は、前を向いて狙いを定め、自分が作り出した大槍の力に、一つの迷いもないように振りかぶる。その表情から、今この瞬間を楽しんでいるような微笑みと、これから起こる結果に微塵も後悔しない潔さを見つけた。
今、ここにある現実を絶望だと思わず、自分を試す舞台だと思える自分。そして、そんな自分であることが自分だといえる自信。そんな言葉が浮き上がってきた。
リンは恐ろしいほどの量のアイドル・アドミレーションを大槍に込めて、デュラハンに向かって投擲した。
デュラハンは、あの大槍をはじき返すため、リンに負けないくらいの量のイドラ・アドミレーションを開放して、力を集束する。
あたしは! お前を乗り越えてみせる!
†
何か大きな力に揺り動かされたため、キリアは、デュラハンの聖杯の奥底で目覚めた。
キャメロットとの戦いが始まった直後に聖杯の奥に戻った後、眠ってしまっていた。
戦いはどうなったんだろう?
どんな状況でも、デュラハンにとっては、因縁の戦いだ。きっと、ここぞと張り切っているに違いない。今のキリアにとって、いろんな行動ができるデュラハンをとてもうらやましく感じる。
状況を詳しく確認するために、デュラハンの視覚を映し出すモニターを見る。
うっ、まぶしい。
画面全体がまばゆいほど、きらきらと輝く橙色の光を放っていた。その光は、この真っ暗闇の聖杯の底を明るく照らすほどだった。
その光源は、デュラハンに向かって飛んでくる大槍、そして、すさまじい量のアイドル・アドミレーションをまとったリンだった。彼女の表情は、周囲の橙色の光以上にきらきらしていた。
その表情を目の当たりにした瞬間、パズルのピースがしっくり、ぴったりはまった感覚を得た。
前を向いて、自信をもって、突き進む。楽しみながら、すべてを認めながら……。
納得できる感覚だった。
思わず、ああ、そうか! と大声をあげていた。
聖杯の中が橙色のアドミレーションの光で満たされていく……。
光の中で、キリアは一人たたずんでいた。ふと気づくと、いつも自分をがんじがらめにしていた鎖は外れ、自分の服や鎧が元通りになっていた。久しぶりの身ぎれいな姿に、心が新鮮な気持ちになる。
目の前から、体と心を包み込んでいる橙色の光が迫ってくる。それは、リンが投擲した大槍、アンコールバーストだ。
キリアは、大槍に、リンに、まばゆい光の光源に、捧げるように右手を伸ばす。
「わたしも……彼女のように」
キリアは右手を一度握り、そして大槍に向かって右手を開く。まるで、その右手で受け止めるように。
デュラハンの声が遠くから聞こえてくる。
「いったい、どうなっているんだ! 体が動かない! キリア、もしかして目覚めたのか?」
「わたしは……」
「くそっ! おとなしくしていろといったのに……」
「わたしも、なぜ目覚めたのかわからないんだ」
「リンのアンコールバーストが迫っているんだ! 迎撃しないと、また敗北してしまう!」
それは、キリアにもわかっていた。だから、キリアはリンが投擲した大槍に右手を伸ばしていたのだ。
視界に満ちていた光が、目の前に迫る大槍に集束された。
手に持っていた大剣をステージに放り出す。そして、空いた右手を、その大槍に向かって突き出す。その右手から朝焼け色のアドミレーションが放出される。そのアドミレーションは右手の形に広がっていき、大槍を十分に受け止められる大きさになった。
リンの大槍が右手の形のアドミレーションによるフィールドに接触した。
その接触面から大槍が次々と、ただのアドミレーションに分解されていく。
分解されたアドミレーションは右手の形をしたフィールドに吸収されていった。
大槍は、ものの数秒で跡形もなく消滅していた。
右手を下ろし、ふらつきをがまんして立ち続ける。
「そのアドミレーションの色。そのスキルの特性。あなたは、もしかして、キリアさん?」
デュラハンからの拘束から逃れ、近くで倒れているナタリーから尋ねられた。
答えたかったが、もう限界だった。意識がもうろうとする。
わたしは……。
†
「何が……、起こったんだ?」
デュラハンは倒れそうになる自分の力で支えて、立ち上がる。
リンのアンコールバーストはどうなったんだ? 迎撃したのか? よけたのか?防いだのか? まったく覚えていない。
体の状態を確認する。目視して、動かして、触って、問題がなかった。
聖杯の状況も確認する。キリアの心は……、ちゃんと聖杯の奥に引っ込み、眠っているようだ。目覚めていたキリアと会話した後のことが思い出せない。いったい何があったんだ。
突然、後ろから大きな声が上がる。
「キリアさん、なんでしょ? 私です。ナタリーです。」
わずらわしく感じながらも、後ろを振り返らず、答える。
「あたしは、デュラハンだ」
「そんな……」
デュラハンはステージに落ちていた大剣を拾い上げ、悠然と構え、リンに向かって進んでいった。
アンコールバーストを放った後のリンは、さすがに疲労が隠せないようだった。デュラハンをいらだたせる表情と瞳はどこにも見当たらなかった。息切れをして苦しそうな表情で、デュラハンを見つめる。片手に投げ槍を一本生成して、ふらつく足で再び構える。
デュラハンは、こんなに元気がないリンを見るのは初めてだった。彼女に対して違和感を覚えながら、大剣を握り、構える。
じっと向き合う二人。すると、突然、リンが思い出したように語り始めた。その表情は、デュラハンを「いらだたせる表情」だった。
「今、先輩から聞きました。あなたは、行方不明になったキリアさんなんですね?」
「違う。あたしはデュラハンだ」
「四年前、そう……、わたしが二つの絶望に直面したとき、あなたに救われたんです。その絶望を二つとも払ってくれました」
「聞いているのか。あたしはデュラハンだ」
「一つ目の絶望は、余命宣告です。四年前、わたしは、お医者さんから『あと十年』という宣告を受けました。『いつか死ぬ』のとは違って、『十年後に死ぬ』のは、とても怖かった。何かをがんばろうという気にはなれませんでした。だって、十年後にはすべてが無駄になるんですからね」
デュラハンは、このままリンを切り伏せようと思った。しかし、なぜか彼女の言葉を無視できなかった。彼女は続けて語る。
「二つ目の絶望は、その病院の帰り道で出会いました。イドラの襲撃です。母といっしょに裏路地に逃げ込んだのですが、そこで追い詰められました。『どうせ死ぬんだから、いいか』そんなふうに、あきらめたとき、あなたが、キリアさんが目の前に降り立ったんです」
「あたしは、デュラ……」
「あなたの!」
リンが語気を強めて、デュラハンの言葉をさえぎり、続ける。
「あなたの後ろ姿は、とても神々しかった。アドミレーションの輝きは、背中から翼が生えて
いるようでした。そして、美しい剣をふるって、イドラを一刀両断にしました」
リンは次第に涙ぐむような表情になって、言葉を紡いでいく。
「わたしは、あなたに助け起こされました。目の前の闇を払い、十年後の闇から引っ張り上げてくれるようでした。わたしが、あなたに、アイドルに憧れた瞬間です」
デュラハンは、悔しかった。憤っていた。なぜ、今キリアの話をするんだ。今戦っているのは、あたしだ。キリアが確かに生きていた証拠を、他人から聞くことが妬ましい。あたしには、こんな相手なんかいない!
デュラハンは次第に、胸が悪くなっていった。悔しさと妬ましさで、気分が悪くなった。その気分のまま、声を荒げる。
「あたしは、デュラハンだ! キリアじゃない!」
リンは、ひるまずに受け止める。デュラハンをいらだたせる「まっすぐな瞳」で、言い返す。
「わかっています。イドラ化、黒のアイドル。それらが何を意味するのか。それを承知で、伝えました。あなたの、デュラハンの中にいるキリアに!」
デュラハンは、あっけにとられ、何も言い返せなかった。そして、動悸が強くなっていく。気分の悪さも強くなっていった。
もう立っていられないほどだった。
胸が、橙色に輝きだす。
それはリンのアドミレーションの色だった。
光は胸からあふれるように膨らみ、空中に飛び出す。
光の柱が空高く伸びあがる。
デュラハンは、突然の事態に驚く。これは何だ! まるでリンのアンコールバーストだ。黒のアイドルの聖杯からアイドル・アドミレーションが湧き出てくるなんて……。こんなことあってはならない!
そして、先ほどから感じていた気分の悪さは一番強くなった。
ずきずきと片頭痛がする。目がまわり、視界が定まらない。体の関節があちこち痛む。四肢がだるくて、むずむずする。こんな状態では戦闘続行できない!
デュラハンは、自分の中から橙色の光を追い出すように、無理やりに自分のイドラ・アドミレーションを振り絞る。相克するアドミレーションがぶつかり合い、火花を散らす。
パラノイアスキルを発動し、宙を蹴って、空に上がる。
空中から、キャメロットを見下ろす。
敗北だ……。また敗北だ!
悔しさとふがいなさとキリアを責めたい気持ちが、今の気分の悪さと体の異常を上回る。大剣を、ぎりぎりと強く握りしめる。
デュラハンは大剣に、赤黒く燃え上がるイドラ・アドミレーションを集束し、そのすべてを一度の斬撃で解き放った。
特大の炎の斬撃がステージにぶつかる。一面が火の海と化す。
いつの間にかナタリーの周囲に集まっていたリンたちは、その炎の中で防御に専念していた。
それを確認したあと、デュラハンは、後ろ髪をひかれる思いで、撤退を開始した。去り際にもう一度会場を見渡す。オーディエンスはすべて避難していた。ステージに残っているのはキャメロットの四人とそのプロデューサーぐらいだった。
あたしの戦いは、誰にも見られることはなかったのだ……。