第五章 「彼女たちの雄姿」
わあああぁぁぁ！
ライブステージで、再び大きな歓声が上がる。デュラハンは反射的に眼下のライブステージに目を向ける。
ライブステージでは、リモーネが巨大な火球を放ったところだった。あれはリモーネのメンバーのアンコールバーストだろう。あれほどの規模のソングを生み出せるのは、さすが、ザ・インダクションに出場するユニットだ。
アイドルの戦闘行動は大きく三つに分かれる。それは、「ダンス」、「ソング」、「チャーム」だ。武具を使った近接戦闘は「ダンス」。アドミレーションを地水火風の四大元素に変換して奇跡を起こす、言わば魔法攻撃を「ソング」という。そして、「チャーム」は、味方の力を高め、相手の力を削ぐ支援魔法だ。
ライブステージの半分を占める巨大な火球が、キャメロットに向かって落ちていく。
キャメロットを呑み込み、ステージに着弾した。
着弾地点には大きな火柱が立ち昇り、ステージ一面が炎の海と化した。
炎に視界をふさがれ、キャメロットの四人を見失う。
デュラハンは、その光景を見ても、少しも焦ることはなかった。いくらリモーネにソングが上手いメンバーがいたとしても、キャメロットにはそれを上回る実力を持つメンバーや、そしてそれをもろともせず防ぐメンバーがいる。
案の定、炎の海から水の奔流が現れた。
それと同時に、キャメロットの四人が飛び出してきた。
炎の海を突破し、リモーネの前に躍り出る。
そして、四人が散開する。
デュラハンはそれを確認して、期待で胸が騒ぎだす。キャメロットが得意とする一糸乱れぬチームプレーによる攻撃が始まる。
他の三人の前に立ち、腕の甲冑に装備した黄色の大きな盾と、防御フィールドを展開するコンクエストスキルによって、要塞にも劣らない防御力を持つ、リーダーのナタリー・セレネス。
青い甲冑をまとって、最後方でアドミレーションを蓄え、杖と、コンクエストスキルのサポートで、適時適切なタイミングと場所に、ソングを放つ、ルーティ・ブルーム
紅い甲冑と長槍一本で、相手の懐に飛び込み、ダンスセンス抜群の身のこなしと、回避能力を高めるコンクエストスキルによって、華麗な戦舞を披露するクレア・アトロン。
生成自在の橙色の投げ槍を持ち、脚の甲冑に生えた翼と、高速移動を可能にするコンクエストスキルで、ステージを縦横無尽に駆け続け、敵を攪乱する、リン・トライスト。
彼女たち四人の個性は一つひとつでも十分に輝くが、絶妙のチームワークでまとまったとき、最高のパフォーマンスが生まれるのだ。
キャメロットの連携攻撃で、リモーネがあっという間に追い詰められていく。
デュラハンは、キャメロットの戦いを食い入るように見つめ、メンバーそれぞれの実力に感心し、期待通りの動きを確認できて、満足していた。
ステージ上の戦いは、キャメロットの優勢のまま進んでいる。これなら間違いなく、キャメロットが勝利する。デュラハンはすぐそこにまで迫った対決のときを思うと、更なる高揚を覚えた。
キャメロットは、あの頃よりもさらに練度が増している。きっと全員が一回り強くなっている。特にリンの成長が著しい。あたしが敗北したときはデビュー間もなかったが、今はもう、ザ・インダクションに出場するのにふさわしいアイドルになっている。
リンのことを考えると、心が不安になる。やはり、負けたままでいるからだ。必ずリベンジを果たす。リンの実力は、あたしも認めるほど高くなっている。しかし、まだ、あたしの実力の方が上だ。これからそれを証明してやる！
†
聖杯の中。相変わらず真っ暗闇の空間に、今はデュラハンの視界を映すモニターが出現していた。鎖につながれたままのキリアは、そのモニターに映るリンを目で追っていた。
デュラハンが執着するように、キリアにとっても気になる存在になっていた。リンの輝きはキリアにとって眩しすぎるものだった。
わたしは、なぜそう感じるのだろう。彼女とは初めて会ったのに……。キリアは自問し、目の前のモニターで、リンの観察を続ける。ステージ上のリンは、リモーネを攪乱しつつ、仲間が動きやすくなるように、絶え間なく駆け回っていた。
リンがステージを強く蹴って踏み切り、高くたかく跳躍する。まるで、無重力の空を舞い、強く輝きながら駆け抜ける流星のようだった。
リンが、輝化武装の投げ槍を生成し、リモーネに向かって投擲しようとするとき、モニターがリンの表情を映した。
映り方は少し小さかったが、リンの表情は、本当に輝いているようなまばゆい笑顔だった。
それが眩しすぎて、キリアは、直視できなかった。
しかし、リンの笑顔はどこかで見たことがある気がする。キリアは漠然とそう思いついた。いつどこで見たのかを思い出そうとするが、失敗する。つい最近見た気もするし、もう何年も前に見たものだった気もする。もどかしくて、しょうがなかった。
「キリア、おまえはリンをどう見ているんだ？」
デュラハンから突然に尋ねられた。キリアは、自分の第一印象を正直にデュラハンに告げる。
「私にとっては、眩しすぎて……、直視できない存在だ」
わたしの言葉にデュラハンも同意した。
「あたしも。あのように活躍する姿を見ると、妬みを感じてしまう」
デュラハンは舌打ちし、試合の様子から目を逸らしてしまった。
キリアは、デュラハンとは少し違う思いを感じていた。
それは、情けなさだった。
リンは今、あんなに輝く表情で、自分の全てを解放し、観客を楽しませ、活躍している。それに比べてわたしは……。デュラハンに負け、聖杯侵食されて、聖杯の中に閉じ込められ、誰にも見られず、誰にも認められず、考え、聴き、話すことしかできない。わたしだって、リンみたいになりたいと思っているのに……。
わあああああぁぁぁぁ！
今日のライブで一番の歓声が上がる。目を背けていたキリアやデュラハンもステージを観ざるを得なかった。
飛び上がったリンは、身をひるがえしながら、投げ槍を放つ。それはリモーネの動きを封じる一手となった。その隙を逃さず、ナタリーが、ルーティが、クレアが、とどめの一撃を叩きこむ。リモーネのメンバーがダウン。そして、規定時間以内に立ち上がることができなかった。
再び観客から大歓声がわき上がる。ドーム中の観客の目が、キャメロットの雄姿にくぎ付けになっていた。
†
ザ・インダクション第五節、リモーネ対キャメロットは、絶妙なチームワークによる連携で、キャメロットの勝利となった。
デュラハンが猛々しい声を上げる。
「よし、やっと私の出番だ！」
デュラハンが戦闘準備を始める。「輝け」とつぶやき、輝化を開始した。数秒後、デュラハンは、右手に赤熱したように赤黒くなっている漆黒の大剣、左手には魔物のあぎとのような大盾を輝化し、輝化甲冑を纏っていた。
デュラハンは、ヘルムのバイザーを下ろし、闇夜に紛れるために纏っていた黒い布を剥ぎ、夜空に放り投げる。そして、キリアに声をかけた。
「キリア！ ここから全ての行動はあたしに任せてもらうぞ！ おまえは聖杯の中でおとなしくしていろ」
「……わかった。油断するなよ。デュラハン」
キリアは意外にもすんなり従ってくれた。心の中の異物感がなくなる。キリアが聖杯の底へ戻っていったことがよくわかった。
「会場のみなさん！ ザ・インダクション第五節、リモーネ対キャメロットの勝利者は……、絶妙なチームワークによる連携でリモーネを圧倒した、キャメロットです！」
わあああぁぁぁ！
インタビュワーが戦闘を終えたばかりのキャメロットに近づき、リーダーのナタリーにマイクを向ける。彼女は慣れた様子で勝利者インタビューを受けていた。
そのナタリーのはずむ声を聞きながら、デュラハンは、ステージの真上までゆっくりと空中を歩く。会場の中央に立つと、満員のオーディエンスからの歓声が四方から聞こえる。まるで、声に圧力があって、周りから押されているようだった。
観客席上段のオーディエンスが、デュラハンのいる場所を指さして騒ぎ出す。注目が集まった頃合いを見て、デュラハンは自分のパラノイアスキルを解除した。デュラハンは足から自由落下を始める。ステージの中央へ落ちていく中、観客の歓声が少しずつ悲鳴に変わっていくのを聞いていた。ナタリーが、インタビュワーをステージ脇に避難させた。あたしの襲撃に気づいたようだ。リモーネの三人は、反対側のステージ脇に待機したままで、こちらには気づいていない。
さあ、ライブ・スタートだ！
次の瞬間。どおん、と大きく重い地響きを鳴らして、デュラハンがステージ中央に落着する。ステージ上のアイドル、ステージ脇に控える関係者、会場にいるオーディエンス全体が静まり返る。
デュラハンは、戦闘態勢を取ろうとするリモーネの三人の方を向き、大剣を無造作に振り、斬撃を飛ばす。斬撃は彼女たちに直撃する。全員がキャメロットとの戦闘直後だったため、すぐにイドラ化の初期症状をあらわし、戦闘不能となった。それを確認した後、デュラハンは反対側のステージ脇にいるキャメロットの方を向く。
「あそこにいるのは、黒のアイドルです！ みなさん避難を！」
インタビュワーがマイク越しにそう告げると、会場中がパニック状態になる。先ほどまでは、四方から押されるような歓声だったが、今度は頭からつま先まで不安にさせる悲鳴だった。オーディエンスが蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、我先に非常口に殺到している。
デュラハンは恐怖の象徴として振る舞えていることに大きな満足と少しの寂しさを感じていた。やはり、自分がキャメロットを倒すところを見てもらいたいと思ってしまう。
首を振る。雑念を捨て、キャメロットとのリベンジマッチに集中する。
デュラハンはキャメロットがいる方向に大剣を差し向け、声を張り合げる。
「あたしを覚えているか！ キャメロット！ デュラハンだ！ ステージに上がれ！ そして、あたしと闘え！」
大剣を握ったまま背負い、自分のたぎる思いのまま、体中から赤黒いイドラ・アドミレーションが噴きあげる。デュラハンはキャメロットを目の前にして、最高のモチベーションを獲得していた。
デュラハンの言葉に応じて、キャメロットがステージに上がってくる。神妙にかしこまっていたが、四人ともに必勝を期した迫力のある表情だった。
ああ、待ち望んだ一戦がいよいよ始まる。やはり、あたしは誰かと闘い、勝つことができれば、それでよい。
キリアとの会話は、自分自身のことが少しずつ見えてくる。それが意外な驚きを伴うことがあるため、楽しいときもある。しかし、あまり見えすぎると、うんざりする。そして、気づきたくなかったことに気づくことがある。そんなときは不安になってしまう。しかし、闘いにはそんなリスクはないのだ。今は、目の前に迫る戦いへの期待に身を委ねてしまおう。
