第十五章 「あたしの挑戦」
デュラハンが大剣を振りかぶり、キャメロットの四人に向かって邁進する。
身体に力が漲る。
――自分の輪郭がはっきりする。
胸が早鐘を打つ。
――自分の鼓動しか聞こえない。
視界が凝縮する。
――もう彼女たちしか見えない。
キャメロットの四人が目の前に！
すっと、ナタリーが前に出て、自分の輝化甲冑とコンクエストスキルで巨大な盾を形成する。
視界をふさぐ大きな壁。
構わず、赤黒い炎をたっぷりとまとわせた大剣を振り下ろした。
ぎしぃいいん！
自分とナタリーの視線もぶつかる。
そのとき、赤黒い炎が大剣と巨大な盾の接触面から燃え広がる。
突然、ナタリーの足がふらつき、膝をつく。
これが、あたしのパラノイアスキルの真の効果。あたしの炎に少しでも触れたものは、自分のあらゆる力を削がれてしまうのだ。
「あの炎に気を付けろ！」
ナタリーは他の三人に注意を促し、炎が燃え続ける巨大な盾を残したまま、後退する。
代わりにナタリーの盾の左右からクレアとリンが飛び出してきた。
デュラハンは瞬間的に前回のザ・インダクションでの戦いをイメージする。
そのイメージに、自分の思考と体を預ける。
体が自然に動く。
右から飛び出してきたリンに向かって、炎の球を射出していた。
リンはそれを避けることができなかった。
彼女に着弾する。
パラノイアスキルの効果によって、空中に固着され、能力減退が始まる。
それを確認すると、デュラハンは左を向く、そちらから飛び出してきたクレアと接近戦となった。
クレアは、その戦闘センスと絶対回避のコンクエストスキルを遺憾なく発揮する。
しかし、大剣と大盾の手数で圧倒し、最後は回避不能な状況からの重い一撃をクレアに当て、彼女を弾き飛ばすことができた。
そして、最後の一人。
巨大な盾の後方を覗き見る。
そこでは、ルーティが魔法攻撃の準備中だった。
ルーティが焦りの表情を浮かべる。
デュラハンは大きく息を吸い込み、力を溜める。
巨大な盾を目の前にして、大剣を両手で持ち、くるり回転を始める。
そして、一回転するタイミングで、大剣の峰を盾に振り下ろす。
渾身の力を込め、遠心力を上乗せした大剣のフルスイング。
がごぉおん！
大剣とナタリーの盾がぶつかる。
支える者がいない盾は、跳ねるように前方に飛ぶ。
その方向はルーティが立つ場所。
ルーティは魔法攻撃をあきらめ、回避しようとする。
間に合うタイミングではない。
まずは一人目の撃破。
そう思った。
しかし、ルーティの元にナタリーが駆け付け、二人を覆うシェルターを形成する。
間一髪でシェルターが完成、巨大な盾がシェルターに激突する。
がぁん！ ごぉん！ ざざぁ……
シェルターにぶつかった後、盾は勢いのまま後方に飛び、大きな音を立てて静止する。
そして、破裂するように静かに消滅した。
「ふぅうう……」
デュラハンは、大剣を振りぬいた姿勢をくずし、大きく息を吐く。
キャメロットも足止めされたリンの元に集合する。
キャメロットは手際よくリンやナタリーの状態異常を回復しながら、作戦をまとめ、回復が終わった瞬間、次の行動に移った。
キャメロットが一糸の乱れもないように動き始める。
デュラハンは身構えて、四人を視界に入れる。
ナタリーが、いつものように盾役とならず、前衛となって突撃してくる。
リンは、ナタリーを援護するように、デュラハンの左側面へ回り込もうとしていた。
ルーティが、深く精神集中しながら、おびただしい数の青色の光弾を生成している。
クレアは、大槍を右腕で抱えたまま、不気味にたたずんでいた
全員の動きが見えていた。
自分は冷静だ。
これならいい戦いができる。
おのずと結果もついてくる！
リンをけん制するため、再び炎の球を射出する。
その炎弾はリンの間近まで迫ったが、手前にあった黄色の障壁に阻まれる。
ナタリーが生成した障壁だった。
くやしさに「くっ……」と思わず声が出る。
リンが自由に動き回ることに不安を覚えたが、気持ちを切り替えて目前まで迫ったナタリーと向かい合う。
彼女は格闘戦を仕掛けてきた。
近づけさせないように、大剣を横になぐ。
しかし、彼女はここで一歩踏み込んだ。
輝化甲冑についた大きな盾で大剣を防ぐ。
そのままさらに一歩踏み込む。大剣と盾がこすれ、火花が散る。
接近を許してしまった。
大剣の間合いの中で繰り出される拳を、小刻みに大盾を動かすことで、一つずつ防いでいく。
このとき、背後にいるリンの足音のリズムが微かに変わった。
リンの攻撃が来る。
背後のリンを視界に入れるため、デュラハンはコンクエストスキルを大きく解放し、体を包み込むほどの赤黒い炎を生成した。
ナタリーは拳を引き、距離を取る。
この隙にデュラハンは、後ろを振り向き、リンの姿を確認する。
リンは、今まさに五本の投げ槍を射出した。
そして、再びナタリーから右の拳が突き出される。
両側からの攻撃。
リンの攻撃は、直接的なダメージよりも後の影響が怖かった。
五本の投げ槍を大盾で防ぐ。
ぎぃん！ ぎぎん、ぎぎぃん！
そして、再び赤黒い炎をまとい、ナタリーの拳を止めようとした。
しかし、彼女の拳は止まらなかった。
炎に触れることを恐れず、突きこまれる右腕。
デュラハンの脇腹に、覚悟の右ストレートが決まる。
「ぐううっ……」
しまった。油断した。
よろけて、地面に膝をつく。
しかし、なぜこんな攻撃をしたんだ？
案の定、ナタリーは、右腕から全身に炎が燃え広がり、苦悶の表情を浮かべて苦しんでいる。
デュラハンが痛みを堪えて立ち上がると、目の前に、自分の周囲をぐるりと回り込んできたリンがいた。
彼女は能力減退によって動けなくなったナタリーを体ごと抱え、離脱していく。
リンとナタリーが離脱するのを見て、デュラハンは何かあると気づいた。
しかし、間髪入れずクレアが大槍を前に突き出して、体全体でデュラハンに向かって突撃してくる。
デュラハンはクレアの突進を難なく防ぐ。
だが、少しも安心はできなかった。
今すぐここを離れたかった。
リンの動き。
リンの前にあったナタリーの障壁。
ナタリーとクレアの、あたしを足止めするような攻撃。
それらは、あたしがかごの鳥となったことを示していた。
リンは、ナタリーから託された障壁を張りながら、デュラハンの周囲を回り、鳥かごを作っていたのだ。
そして、次の一手は、当然……。
ルーティが声を上げる。
「全員、デュラハンから離れて！」
そのとき、彼女の頭上には、生成された無数の青い光弾が生成されていた。
彼女が杖を振り下ろす。
青い光弾が次々と彼女から離れ、速度を上げて迫ってくる。
ひゅうぅんという風を切る音が止まらない。
視界が青色の光で埋まる。
デュラハンの前に立ちふさがっていたクレアは、光弾が届くぎりぎりのタイミングで離脱を始める。横方向に移動しながら、光弾の群れをアクロバティックに避けていく。
デュラハンは、追い込まれたくやしさよりも、キャメロットのフォーメーションの多彩さとそれを実現するチームワークに感心していた。
デュラハンは大盾と大剣を構え、防御に集中する。
ダメージをなるべく抑えることをイメージして、完全な防御体勢をとった。
その直後、光弾がデュラハンに着弾した。
次から次へと騎士甲冑や大盾にぶつかる。
ぶつからなかったものが、デュラハンの後ろにある障壁に当たり、跳弾して背中にぶつかる。
光弾が体をかすめ、飛び過ぎる音。
障壁に当たって跳ね返る音が、この空間にうるさいほど響く。
ふと、気づいた。
光弾が自分にぶつかる音が聞こえない……。
自分の体を確かめる。
ダメージを受けていない……。
目を閉じ、自分の聖杯を確かめる。
どうやら原因は、自分の周りにいつの間にか展開していた炎のフィールドだった。
そのフィールドは、着弾した光弾をはじくのではなく、吸収していた。
聖杯にその光弾とほぼ同量のアイドル・アドミレーションが蓄積されていくのがわかる。
これは……、キリアのコンクエストスキルだ。
これも対話による効果なのだろうか？
デュラハンは、すべての光弾を吸収し尽くすまでじっと耐える。
そして、最後の光弾が地面に着弾した。
デュラハンを中心に、もうもうと立ち込める土煙。
その中で、大剣を持ち、ぐぐっと体を左にひねる。
力を溜める……。
目を見開き、大剣を横に一閃した。
ナタリーの障壁が、ガラスが割れるように割れ散った。
デュラハンは、土煙が落ち着く前に飛び出す。
光弾を放ったルーティに向かって、全力疾走する。
リンとクレアの近くを横切る。
「えっ？ なんで！」
二人は、デュラハンが無傷で切り抜けたことにとても驚いていた。
リンとクレアがとっさに自分の槍を投擲して迎撃を試みるが、デュラハンには届かない。
ルーティの眼前まで迫った。
あたしをぎろりとにらみ、力の限り歯を食いしばった表情。
ルーティは接近戦用の魔法を放つ。
水圧を高めたウォーターカッターがデュラハンを襲う。
しかし、それさえも、大盾に展開したキリアのフィールドで吸収する。
そして、ここまでで吸収したアドミレーションのすべてをこのシールドから一気に解放した。
ずがん！
まるでショットガンのような一撃。
輝化防具のほとんどが破壊されたルーティは、衝撃に負けて、後方に吹き飛ばされていた。
ルーティの元で再び集結するキャメロットの三人。
ルーティを助け起こすが、彼女は立ち上がれそうではなかった。
しかし、彼女も含めた四人全員が闘志むき出しの表情でデュラハンを見据えている。
期待通りの反応に安心したデュラハンは、再びキャメロットへの突撃を開始した。
キャメロットに向かって進みながら、デュラハンは体の異常に気づいた。
それは、聖杯の気持ち悪さだった。
ルーティに向かって一度放出したが、吸収したアイドル・アドミレーションが濃縮されて、聖杯にこびりついている。そんな感じだった。
ザ・インダクションで味わった症状と同じだった。
やはり、イドラがアイドル・アドミレーションを扱うのは相当に難しいのだ……。
ふと思った。
キリアはどうなのだろう……。
白のアイドルがイドラ・アドミレーションを扱うとき、今のあたしと同じ気持ち悪さを味わうのだろうか。
キリアは、その気持ち悪さをがまんしながら、辛く苦しいことに耐えながら、闘っていたのかな……。
現実と自分の心が、だんだん乖離していく。
目に映るのは、戦闘メンバーが一人減ったキャメロットだった。
ナタリーの盾と障壁に大剣を振り下ろす。
ぎりぎりと歯が鳴るほど、渾身の力を込める。
横からクレアとリンが槍を突きこんでくる。
大槍と投げ槍が空を切る音。
二人の攻撃に対応するために、動く両腕と両脚。
大盾に投げ槍が突き刺さる衝撃。
輝化甲冑が激しい動きにきしむ音。
大槍を大剣でいなす手応え。
あたしの目の前の現実は、はっきりした五感を伴って進んでいる。
しかし、自分の心は、現実に結びつかなかった。キリアのことばかり考えていた。
全身の浮遊感。
キリアと対話したあのときと同じ……。
眠りに落ちていくような、聖杯の中に吸い込まれていく感覚……。
目を、開ける。
白。
真っ白だった。
すべてが真っ白な空間に立っていた。
右も左もわからない……。
上も下もわからない……。
遠くなのか、近くなのかさえも……。
怖くて、動けなかった。
真っ白な空間に、ぽつんと一人、立ち尽くしていた。
――こんなところまで来たの？
「うん。なぜかはわからないけど、ここに来ていた」
――何かあった？
「何かって……、ああ！ 今、キャメロットの四人と正々堂々のライブ中なんだ。今のところ優勢だ」
――そうなんだ。良かったじゃない
「ああ。あたしは今、キリアのやりたいこと、リンを倒すことを実現しようとがんばっているよ！」
――ねぇ。それは、わたしがやりたいことなの？
「何言ってるの？ それは、キリアが認めたことでしょ？」
――そうだよ。認めたよ。リンをライバルに思っていることは認めていて、リンに勝ちたい気持ちがあるのも認めたよ
「ほら、あたし、間違ってないじゃない」
――わたしが言いたいのはそこじゃないの。わたしが言いたいこと。それは、デュラハンもやりたいこと、でしょ？
デュラハンは、それを聞いて、気づく。
「そうだよ。まったくその通りだ！ あたしはキャメロットを、リンを倒したい。それがあたしのやりたいことだ。マリアにもそう宣言した。マリアに認めてもらえた。そして、マリアと一緒にこのライブを計画した。それが実現して、今こうしてキャメロットの四人と戦っている！」
そのとき、音もなく目の前に大きなガラスのような板が突然現れた。
縦一ｍ×横二ｍ×幅五ｃｍほどの青色の透明な板だった。真っ白な空間だったため、浮いているのか、貼りついているのかがわからなかった。
そのガラス板を何の気なしに見つめていると、何かを映し始める。
さらに、注意して覗き込む。
それは、デュラハンがキャメロットと戦っている姿だった。
デュラハンが尋ねる。
「この映像は……、いったい誰がこの映像を撮っているんだ？」
――戦闘不能状態になったルーティだよ。デュラハンが、わたしのコンクエストスキルで吸収したルーティのアイドル・アドミレーションのおかげで、彼女と聖杯連結ができていて、今映しているのは、彼女の視界だね
デュラハンは映像に見入ってしまう。
当然だが、自分が目標に向かって懸命にがんばっている姿を初めて見ている。
自分やキャメロットの四人それぞれの、懸命な顔、焦る顔、安心した顔、満たされた顔が躍動していた。
あたしは……。
マリアに愛されない自分、失敗ばかりの自分だった。
もう何もできないんじゃないか、そんなことに悩んでいた。
でも、そんな自分に抗うことができた。
抗うことができて……、うれしい。
ああ、生きているってうれしいんだ……
そう思った。
自然に言葉になった。
すると、青く透明だったガラス板が、突然、銀色に輝く鏡のようになった。
デュラハンは、鏡映しの自分を見た。
そこには、いつもの自分がいた。
しかし、いつもと違って笑顔だった。
そして、鏡映しのあたしの後ろに、イドラの大釜で対話をしていたときと同じ白いワンピース姿のキリアが立っていた。
――いっしょに行こう。デュラハン
デュラハンは自然にうなずく。
「うん。いっしょに行こう」
鏡の中のキリアが、今までのがんばりを労うように、同じく鏡の中にいるデュラハンの肩に優しく手を置く。
鏡の前に立つデュラハンは、肩に温かさを感じた。その温かさに手を触れる。
自分の瞳に涙が溜まっていた。
目を閉じた途端、涙が一筋流れていく。
涙がほおから流れ落ちる。
とてもこそばゆかった。
そして、その涙も、じんわりと温かかった……。
目を、開けた。
地面を踏みしめる感覚。
大剣と盾と鎧がきしむ音。
全身の疲労感。
さっきまで感じていた、ほおを流れる涙のこそばゆさと温かさ。
デュラハンは、あの真っ白な世界から現実に戻ってきた。
自分の状態、それに目の前に立つキャメロットの三人の状態を見ると、デュラハンが意識を失くす前に比べて、両者ともにダメージと披露が増えていた。
時間の感覚がおかしい。あたしは、どれくらいの間、聖杯に落ちていたんだろう？
そもそも、意識を失くして、あたしはどうやって戦っていたんだ……。
まぁ、いいか。
自分とキャメロットの三人はまだ戦える。
そして、その三人はもうすぐ力尽きる。
それがわかれば十分だった。
デュラハンは周囲を確認する。いつの間にかアイドルの泉の近くで戦っていた。
このままキャメロットの四人を回復させなければ、あたしの勝ちだ。
勝っていたではなく、勝つ。
自分で始めたこのライブ。終わりも自分で決める！
ノイズのような音が聞こえてきた。
……ュラハ……泉に連……ルの……落と……アイ……ドミレ……ドラ・アドミ……浄……て、……救……
キャメロットの四人が聖杯連結によって会話している。その会話の一部がノイズとなって聞こえているようだ。
ルーティの回復について話しているのだろうか？
デュラハンは聖杯連結のノイズが止むのを待って、キャメロットに向かって突撃を開始した。
これがデュラハンの正々堂々だった。
身体中から赤黒い炎を吹き上がらせる。
アンコールバーストの炎だ。
デュラハンは、次の激突で勝敗を決するつもりだった。
キャメロット側で最初に動いたのは、クレアだった。
クレアは、目をつむり、デュラハンの真正面に悠然と構えている。
まるで、精神集中しているようだった。
ここで、デュラハンはクレアの意図に気づく。
しかし、それは、クレアのベストタイミングのようだった。
クレアは一歩踏み込み、大槍を振りかぶって投げる。
デュラハンは突撃の速度をゆるめた。
大槍は目の前の地面に突き刺さる。
クレアが大槍の方に向かって走る。
デュラハンは周囲を警戒する。
クレアが大槍に手を触れ「発動！」と声を上げる。
前から、右から、左から。
しゃぎん！ ぎぎぎ、ぎぎん、しゃぎん！
周囲の地面から、目の前に突き刺さったものと同じ槍が次々と飛び出してくる。
クレアのアンコールバーストだった。
まるで槍衾のように、行く手を阻む。
デュラハンは足を止めざるを得なかった。
だん！ だん！ だん！ だっ……。
さらに地面を大きく蹴る音。
クレアの向こうを見る。
リンだ。
コンクエストスキルで、すでにトップスピードとなったリンが駆けてくる。
ナタリーが作り出した障壁を踏み台にして、勢いよく空に飛び出した。
空中で巨大な投げ槍を生成するリン。
「やぁああ！」
デュラハンに向かってアンコールバーストを放った。
リンの投げ槍を避け、空から必殺の斬撃を放つため、自分のパラノイアスキルで空中に足をかけたそのとき、またしてもクレアの槍衾に阻まれてしまった。
退避が間に合わず、リンのアンコールバーストが頭上に落ちてくる。
ずだぁん！
デュラハンは、大盾で輝く巨大な投げ槍を受け止める。
激しいアイドル・アドミレーションの奔流に、これまで幾度もキャメロットの攻撃を防いできた大盾が消耗し、消えかかっている。もう一度輝化しなおさなければならない。
右横に退避しながら、消えかけた大盾を手放して自分の身代わりにする。
リンの投げ槍が盾を貫いた後、地面に突き刺さる。
その衝撃に鎧と大剣がびりびりとふるえている。
クレアが空から落ちてくるリンをキャッチし、リンを抱えたまま、その場から退避する。
今度はナタリーか！
デュラハンは、クレアが退避した方を見やる。
ナタリーが、まばゆい黄色に輝きながら、懸命に駆けてくる。
まるで巨大な弾。いや、巨大な拳だった。
あれがナタリーのアンコールバーストか。
ナタリーが近づくたびに、鎧がおののいているように、がたがたと揺れていた。
「はぁあああああ！」
ナタリーが、乗用車のようなサイズに固めたアイドル・アドミレーションの拳を振りかぶる。
リンの投げ槍からの退避によって消耗した体と、このタイミングでは避けられない。
デュラハンは、とっさに大剣を腰に戻し、両腕を交差して顔を守り、身をかがめる。
目の前のナタリーの拳が視界のすべてを隠す。
衝突！
輝化防具が割れ、砕かれる音。
頭の中と体の中を、同時に無慈悲にかき混ぜられる感覚。意識が吹き飛びそうになったが、懸命にこらえた。
しかし、後ろから全身を思い切り引っ張られるような力には抗えず、アイドルの泉の方に吹き飛ばされる。
景色が前に向かって、ものすごい勢いで流れていく。
ナタリーのアンコールバーストによって、身体はぼろぼろだった。
耳は自分の動悸の音を聞いていた。その動悸に乗って、
心の言葉がぐわんぐわん響く。
これはチャンスだ。
アンコールバーストを放った、キャメロットの三人に、もう力は残っていない。
勝てる！
デュラハンは空中で姿勢を変え、パラノイアスキルでブレーキをかける。
ぎっ！ ぎっ！ ぎぎぎぃぃ
デュラハンはようやく静止する。
そこは、アイドルの泉の真上だった。
このまま飛ばされていたら、泉の中に落ちていたところだった。
イドラがこんなところに入ったら、大やけどをしてしまう。
全身の痛みを堪えながら、泉の畔に着地しようと左を向いたとき、再び大地を駆ける大きな足音を聞いた。
ぎくりとした。心の底から恐怖が湧き出してくる。
だんっ！
地面を強く蹴ってジャンプする音。
がささっ！
アイドルの泉を囲む林から飛び出す人影。
きぃぃぃん……
人影の右手には、輝く巨大な光の槍。
ばさばさばさ……
大きくて丸い月。
その真ん中に浮かぶ人影。衣装や鎧の装飾が、激しくはためいている。
ここまであたしの前に立ちふさがるのは、リンだった。
「もう、一発！」
リンが力を振り絞るように、右手の光の槍を放つ。
デュラハンは、大剣の腹をかざす。
ザ・インダクションのときを思い出す。
背に腹は代えられなかった。
キリアのコンクエストスキルを発動する。
大剣の表面に張ったフィールドが、リンのアンコールバーストを吸収していく。
仕方なかった。
この危機を回避するには、これしかなかった。
吸収の完了まで、あと半分。
このまま無事だったら……、リンに向かって、吸収したアドミレーションをそのまま返す！ それでリンを撃破だ。ナタリーとクレアは、もうアドミレーションが尽きているだろう。アイドルの泉にたどり着く前に倒す！
しかし、望みむなしく、デュラハンに異変が起こる。
「う、ぐぅ……！」
ザ・インダクションのときと同じ症状だった。
ずきずきと片頭痛がする。
目がまわって、視界が定まらない。
体の関節があちこち痛む。
四肢がだるくて、むずむずする。
キリアのコンクエストスキルを維持できず、デュラハンは吸収しきれなかったリンの光の槍の直撃を受けた。
そして、自分のパラノイアスキルも維持できなくなり、足元が崩れ、アイドルの泉に落ちてしまった。
「ぅわぁあああああああ！」
聖杯に入り込んだアイドル・アドミレーションによる気持ち悪さ。
液化アイドル・アドミレーションによる酸に焼かれるような痛み。
デュラハンはパニックにおちいる。
早く！ 泉の外へ！ 気持ち悪い……、痛い！ 苦しい！
自分の大剣を抱え、一番近くにあるほとりに向かって、水をかき分けながら走る。
すると、自分の向かう場所にある大きな木の陰から、リンが姿を現した。
リンは両手に投げ槍を持っていた。
そして、暗闇の中、両目が橙色に怪しく輝いていた。
デュラハンは、ヘリで移動中のときにリンが語った言葉を思い出す。
――わたしがキリアを倒す未来があるなんて……、とてもわくわくするよ！
目の前のリンが不気味な怪物に思えた。
どんな攻撃も、どんな技術も、どんな言葉も通じない。
なすすべなく、喰われてしまう。
そう思ってしまった。
怖い……。でも！。
デュラハンは、聖杯の気持ち悪さを堪え、酸のように焼かれる痛みに耐えて、アイドルの泉の浅瀬に立ち、ふるえる両手で大剣を構え、リンと対峙する。
やり遂げるんだ……！
リンも身体のダメージと疲労が重なったためだろうか、ふらふらの状態だった。
それでも、きっ、と目を見開き、向かってくる。
デュラハンは、大剣を振る。
しかし、自分の思い通りに、扱うことができない。
両手の投げ槍で上手くさばかれ、大剣を落としてしまった。
それを確認したリンが、デュラハンの体に飛び掛かる。抱きつかれ、アイドルの泉に押し倒された。
あまりの気持ち悪さや痛み、苦しさで、意識が遠のいていく……。
「キリア、戻ってきて！」
リンの切実な呼びかけが、遠くから聞こえる。
遠のく意識を引き留めようと、無意識にリンを抱きしめ返す。
すると、苦しさがなくなり、心地よい疲労感に包まれた。
まるで、自分の実力をすべて出し切った後のようだった。
デュラハンは、眠るように意識を失くした……。
