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第十四章 「あたしの舞台」

 キリアとの対話から一か月後。

 あたしの舞台の最終調整が始まった。


 深夜。デュラハンは、キャメロットの本拠地であるアヴァロン・プロダクションの郊外にある小高い丘に立っていた。マリアの護衛だった。

 マリアは、今まさに、自分のパラノイアスキルで育んだ巨大な黒い蛇の神話型イドラを産みだした。丘の上にもう一つ丘ができたように、その蛇がとぐろを巻く。

 巨大な黒蛇は、その場にとどまり、その土地に存在する「イドラの大釜との聖杯連結路」を拡張し始めた。

 大地の下には、イドラの大釜の底から全世界に広がるイドラ・アドミレーションによる微細な聖杯連結路が張り巡らされている。その連結路に外側からイドラ・アドミレーションを作用してやると、道が拡張される。そうすることで、イドラを、イドラの大釜からその地点へ転送することが可能となる。

 黒蛇が聖杯連結路を拡張すると同時に大量のイドラが湧いて出てきた。大小さまざまな黒いイドラが湧き出る様子はおぞけだってしまう。

 マリアは、その光景に一つうなずき、満足した様子だった。しかし、立ちくらみを起こしたのか、その場で倒れそうにふらつく。デュラハンは、さっと近づき、マリアを受け止める。

「大丈夫ですかっ?」

「ええ、すみません。やはり、これほどの神話型イドラを育むのは大変ですね」

 神話型イドラは、聖杯連結路を通ることができない。そのため、マリアは育んだ神話型イドラを現地で産みだすことにしたのだった。

 デュラハンはマリアを抱えたまま、その丘から離脱し、一番近くにあるノヴム・オルガヌムの拠点に退却することにした。


 翌日の午後。黒蛇が守り、無数のイドラがたむろする丘に、高ランクの白のアイドルグループが派遣され、神話型イドラの討伐ライブが決行されていた。

 デュラハンも聖杯連結路の防衛のために駆け付けた。しかし、防衛に専念する黒蛇と湯水のように湧いてくる大量のイドラの激しい抵抗によって討伐を断念していた。


 三日後。日を追うごとにイドラが増えていた。神話型イドラは、近隣から自力で移動してきた巨大なカラスのような一体が加わり、合計二体。通常のイドラは、聖杯連結路からの湧き出しによって、合計三千体となっていた。

 アヴァロン・プロダクション側は増援を待って、包囲殲滅によって対処することを決めたようだった。白のアイドルたちは、群れからはぐれて近くの町を襲うようになったイドラの退治やアヴァロン・プロダクションの前面に即席の要塞を設営していた。


 四日後の午前。マリアの体調が整った。デュラハンはマリアとともに、イドラの群れに合流した。

 あの小高い丘には三千体ものイドラがひしめいていた。

 まるで丘自体が蠢いているようだった。

 さまざまな鳴き声、身を寄せ合う音。

 きぃぎぃ、ぐぉくぉ、、かさがさ、ざわざわ……。

 身の毛のよだつ光景だった。

 マリアが、黒蛇を介して、イドラの群れ全体に話しかける。

「これより、全員でアヴァロン・プロダクションまで移動する」

 その一言で群れ全体が動き出した。

 蛇と鳥、二体の神話型イドラを先頭にして、三千体のイドラの群れが移動を始めた。

 マリアは黒蛇の頭の上に乗って、イドラを指揮しながら地を進み、デュラハンは黒鳥の背に乗って、空を進む。

 デュラハンは空中からイドラの群れ全体を見渡した。

 それは、まるで大きな影、暗い夜のようだった。

 暗い夜が意識を持ち、うごめきながら、きらきらと輝く白い星を呑み込もうと疾走していた。


 アヴァロン・プロダクションの目と鼻の先にまで接近したところで、マリアが群れ全体を止める。自分が乗っている黒鳥も地上に着陸した。ここまでの間に、白のアイドルたちからの攻撃はなかった。

 施設の前面に築かれた要塞の上に輝化した白のアイドルたちが並んでいた。

 さまざまな衣装と輝化甲冑をまとった少女たちが、目の前の三千体のイドラに物怖じせず向かい合っている。思いおもいに輝化武具を掲げ、自信たっぷりの不敵な表情で、毅然と立つ。

 デュラハンは、キャメロットの四人を見つけた。四人全員が要塞の一番前に位置する壁の上に立っていた。他の白のアイドルと同様に、輝化していた。そして、緊張と闘志を内に秘めた顔を輝かせていた。

 キャメロットの四人と会うのは、先月のザ・インダクション以来だった。

 彼女たちの様子を見た途端、デュラハンは心の奥底から燃え上がるような感覚を覚えた。そして、その感覚に安心していた。リンを倒すことに、すなわち自分の目標に全力を注げる自分がいることを改めて確認できたからだった。

 視線をリンに据えて、燃え上がる闘志をじっくりと味わっていたとき、突然黒鳥が身じろいだ。デュラハンの足がふらつき、体勢がが崩れ、視線がリンから外れる。

 外れた視線の先には、三千体のイドラを目の前にしても落ち着き払って、持ち込まれる情報や状況を的確に処理する女性がいた。

 その女性の立ち居振るまいのすべては、自信にみなぎっていた。判断は迅速に下され、指示する口調に戸惑いはないようで、言葉とともに表れる身振り手振りは鋭く鮮やかだった。

 マリアと同じような天性の指導者だと感じた。

 その女性は、切れ長の瞳を持ち、青みの強い黒色のロングヘア―でゆるくパーマをかけている。長い脚がパンツスタイルのレディーススーツに合っていた。

 デュラハンは、彼女がジュリアだ、と直感した。そして、モチベーションがさらに上がっていた。

 キャメロットとの戦いの結果がすぐにジュリアに伝わる。あたしとキリアの力をジュリアに知らしめることができる。見せつけてやることができる。

 デュラハンの高揚感は最高潮となり、赤黒いイドラ・アドミレーションが身体中からあふれ出していた。


 互いににらみ合って数分後、デュラハンはマリアから黒蛇の上に呼び寄せられる。

「私は今から、アヴァロン・プロダクション側の代表、ジュリアと直接交渉しに行きます。あなたも護衛としてついてきなさい」

「はい」

 黒蛇の首が長く伸び、要塞の壁の上までもたげる。ジュリアの目の前に大きな蛇の頭が現れた。白のアイドルたちがざわめき、ジュリアの周囲に駆け付ける。

 デュラハンとマリアはジュリアの周りの物々しさに構うことなく、黒蛇の頭から要塞に降り立った。

 デュラハンは、マリアの前に立ち、周囲の白のアイドルたちを視線でけん制する。

 マリアは、ゆっくりとジュリアのそばまで移動し、暗闇のように黒いローブのフードを脱ぐ。豊かな漆黒の髪がこぼれ落ちる。

 ジュリアだけを見据えて、マリアが朗々と話し始めた。

「私はノヴム・オルガヌム代表のマリアです。そちらの代表者はジュリアさんでよろしいかしら?」

 目の前のジュリアが一歩前に出て、答える。

「はい。アヴァロン・プロダクション防衛作戦の責任者は私です」

「わかりました。では、私たちの要求を伝えます」

 ジュリアは、胸の前で腕を組み「聞きましょう」と応えた。

「キャメロットの四人を差し出してもらいます。そして、こちらで用意した会場で、デュラハンとライブをしていただきたいのです」

 マリアは声をできるだけ低く抑えている。両手を広げて、さらに凄みを利かせた声で伝える。

「さもないと、この目の前に展開する災害規模のイドラの大群で、このアヴァロン・プロダクションだけでなく、近隣の町も破壊する」

 マリアの要求を聞いたあとのジュリアの表情からは、ひるんでいるのか、焦っているのか、まったくわからなかった。

「マリア、その要求について、もっと詳しく教えてくれ」

 ジュリアは、下手に出ずにあくまで対等な交渉相手としてふるまっているのだろう。

 デュラハンは、ジュリアのことを居丈高で傲慢な人間だと思った。

 あたしにとっては、まったく好きになれない相手だ。しかし、キリアにとっては恩人……。キリアは彼女のことをどう見ているのだろうか?

「詳細を話そう」

 マリアが再び話し始めた。マリアの要求は、それほど難しくない。


 まずは、ここからヘリで移動する。

 移動先はイドラの大釜のほとりだ。

 移動するメンバーは、あたしとキャメロットの四人。ヘリの操縦士はノヴム・オルガヌムが用意する。

 ただし、移動中に戦闘は行ってはならない。

 目的地に着いたら、あたしとキャメロットの四人でライブをしてもらう。

 ライブ中は、あたしとキャメロット双方へのあらゆる形の干渉は厳禁。

 ライブ終了後、あたしとキャメロットの戦いの結果にかかわらず、ノヴム・オルガヌムの陣営は速やかに撤退する。

 追撃も可能だ。しかしその場合、ノヴム・オルガヌムの陣営は徹底抗戦する。

 また、ライブ会場への干渉も解禁する。

 キャメロットの四人を救出してもよいし、キャメロットの後を継いで、あたしの討伐を続けてもよい。ただし、その場合は私たちもデュラハンの救出を行う。

 以上のことが円滑に行われない、もしくはルールが破られた場合、イドラの大群を解き放ち、アヴァロン・プロダクションや近隣の町を壊滅させる。


「以上が要求の詳細だ」

 ジュリアが一つうなずき、理解した応え、即座に質問する。

「キャメロット以外のアイドルがライブ会場まで追ってもいいのか?」

「問題ない。ただし、ルールは守ってもらう」

「もう一つ。決着の判断は?」

「デュラハンが戦闘不能になること。そして、リンが戦闘不能となることだ。」

「理解した。こちら側で協議したい。時間をくれ」

「わかった。五分だ」

 ジュリアは即座に後ろを向き、ぼそぼそと小声で独り言を話す。おそらく、キャメロットを呼んでいるのだろう。

 ジュリアの元に四人が慌てて駆け付けた。

 すぐ近くにキャメロットがいる。戦いをはやる気持ちが大きくなる。

 ジュリアとキャメロットたちが何事かを話し合った後、

 キャメロットの四人が、威勢よく「はい!」と声をそろえた。

 その言葉で、デュラハンは、自分の目標とする舞台が整ったことがわかった。

 期待にふるえるのがわかる。行き先に焦るのがわかる。

 未来を臨み、舞台に足をかけたことを心に刻み込んだ。


 イドラの大群と白のアイドルたちがにらみ合う、中間地点にデュラハンとマリア、キャメロットの四人とジュリアが立っている。

 全員が輝化を解除していた。

 ジュリアがデュラハンに向かって、「その仮面を外してくれないか」と頼む。

 デュラハンは迷った。

 この顔を見せることでキャメロットたちが、自分の中にいるキリアに遠慮して実力を出し切れなくなるのは本意ではない。

 しかし、ジュリアやキャメロットにとって、「キリアがデュラハンに聖杯浸食された」のは、わかっていることだろう。それなら、自分のすべてを開示した方が、自分にとって都合がいい。もやもやせずに、戦いに集中できる。

 デュラハンは両手でイドラの仮面を外す。

 キャメロットのナタリーとルーティが「本当にキリアさんだ……」と声を上げる。驚きと無念さが伝わってきた。

 ジュリアは、あたしの顔を一目見たあと、悔しさをかみしめるようにして、顔を反らした。

 デュラハンはジュリアの反応を見て、違和感を覚えた。

 キリアを聖杯浸食されたことを悔やんでいるように見える。しかし、キリアの話から想像したジュリアの印象と一致しない。

 キリアのことを残念に思っているのか?

 いや、そのふるまいは、そう思っているふりなのだ。

 キャメロットを倒したあとは、ジュリアだ。

 キリアのために、おまえをひざまずかせてやる……。

 デュラハンは、その憤りを胸にしまい込んだあと、「もういいだろう」と言いながらイドラの仮面を再び装着する。

 そのとき、イドラの大群の後ろの方から、ばたばたばた、と大きな音が聞こえてきた。

 ヘリがやってきた。

 デュラハンたちの上空で止まったあと、垂直に降下してくる。

 ひゅんひゅんひゅん、というヘリのローターが風を切る音とても大きい。そしてヘリが起こす激しい風で全員の髪や服が、ばさばさと翻弄される。

 ヘリの扉が中から開けられる。開けたのは人型イドラだった。

「さあ、乗ってもらおう」

 マリアが乗り込むように促す。

 キャメロットの四人が、見るからに緊張していることがわかる表情で乗り込もうとしたそのとき、ジュリアがキャメロットに向かって声をかける。

「バックアップ体制は万全だ。後のことは心配せずに思いっきり戦ってきなさい。自分の思いのまま戦いなさい!」

「はい!」

 キャメロットの顔が突然変わる。緊張の色はなくなり、リラックスしていることがわかった。

 デュラハンは、その光景にまたしても憤りを感じていた。

 これはきっと、キリアの気持ちだ。

 キリアには、この光景はなかったんだ……。

 キャメロットの四人がヘリに乗り込み、座席に座るのを確認した後、デュラハンはマリアと向き合った。

「いってきます」

 マリアは一度うなずき、微笑んだ。

「いってらっしゃい」

 マリアに背を向けて歩き出そうとしたそのとき、マリアがデュラハンの背をぽんとたたく。

「がんばりなさい」

 マリアの優しい声が聞こえた。

 デュラハンは驚きとうれしさで涙がこぼれた。

 照れくさくて振り向くことができず、背を向けたまま、「はい!」と答えた。

 涙をぬぐい、ヘリに乗り込む。

 ヘリのローターの回転量が上がる。風を切る音が一層高く大きくなった。

 ヘリが離陸する。厚い雲が広がる空へ上昇していく。

 デュラハンは窓ごしにマリアを探す。

 地上にいるマリアは、砂粒のように小さくなっていた。

 それでもマリアとの強いつながりは、はっきりと感じることができた。

 今ならキャメロットやリンに勝てる。その自信が湧いてきた。


 ヘリは、厚く垂れこめた灰色の雲の中、北東へ進んでいく。

 旅客用の座席は、二席シートが三列ある。

 一番前の二席と他の四席は向かい合っており、その間にヘリを横切る通路がある。その通路の両側はハッチになっていた。

 デュラハンは一番前の二席シートに座り、キャメロットの四人は、他の四席に一人ずつ座っている。

 目を閉じ、キャメロットの四人を目の前に感じながら、アドミレーションを聖杯へ蓄積させる。もうすぐ満杯になるというところで、ナタリーが問いを発した。

「あなたは、誰ですか?」

 デュラハンは自分に対する質問であることがわかった。目を開け、ナタリーを見る。

「あたしは、デュラハンだ」

 後を追うようにルーティも問いかける。

「キリアは、もうどこにもいないのか? キリアの聖杯は消滅してしまったということ?」

 デュラハンは、仮面のときと同じように、悔いなく、わずらうことなく戦いに集中するために、正直に答えることにした。

「キリアは、あたしの聖杯の奥底に閉じ込めた。だからキリアの聖杯は、まだ消滅していない」

 ルーティが、さらに質問する。

「キリアの聖杯を浸食したのに、聖杯を一致させなかったのは、なぜなんだ?」

 厳しい問いだった。しかし、これも正直に答える。

「聖杯が一致しなかったのは、聖杯浸食が不完全だったからだ。そして、これまでずっと一致しようとしなかったのは、キリアが……、あたしにとって大切な存在だったからだ」

 ナタリーが確認する。

「キリアさんを取り戻せるかもしれないのか?」

 デュラハンは黙っていられなかった。

「今、言ったばかりだ。キリアは、あたしにとって大事な存在。絶対に、奪わせない」

 固い意志が言葉に宿る。ナタリーとルーティは言葉を呑み込んでしまった。

「ザ・インダクションでの戦いのとき、キリアに伝えました」

 突然、リンの声が耳に届く。彼女と目が合った。

 リンは独り言のように話し始める。

「幼い頃、わたしを二つの絶望から救ってくれたのは、キリアでした。彼女はわたしに、アイドルになるっていう、大きな目標をくれました。その目標は光り輝いていました。絶対手に入れてやるって誓いました」

 リンの視線はデュラハンから離れない。まるで、自分の心の奥底にいるキリアが見えているような迫力だった。

「だから、わたしにとってキリアは道標です。わたしの前で立っていてほしい大事な人です。わたしは絶対に取り戻してみせます」

 デュラハンは、キリアとの対話のときと同じような、いらいらや怒りが込み上げてきた。しかし、それと同時にふんわりと温かさを感じていた。

 もしかしたら、心の奥底に閉じ込めたキリアがリンの言葉を喜んでいるのだろうか……。

 そうであるなら、リンには負けられない。

「今のあたしは、キリアと一心同体のようなもの。憧れのキリアと戦うことになってしまい、申し訳なかったな」

 デュラハンは、リンにとっての皮肉を伝える。

 すると、リンはそれが通じていないように、先ほどまでと同じ調子で応える。

「いや……、キリアと戦えるようになったのは、すごくうれしいよ」

 そのとき、リンの瞳が橙色に怪しく光り出す。

 天気が悪いせいで、すっかり暗くなったヘリの中、橙色の光が旅客エリアを淡く照らす。

「わたしがキリアを倒す未来があるなんて……、とてもわくわくするよ!」

 リンは、表情を変えずに大胆な発言をする。

 思いがけない言葉に、デュラハンは気圧されてしまい、黙り込んでしまった。


 数時間後、窓の向こうに、イドラの大釜が見えてきた。

 窓の外を眺めていたクレアが声を上げる。

「あれがイドラの大釜かしら」

 他の三人も身を乗り出して、窓を覗き込み、イドラ・アドミレーションの湖を眺めている。

 湖の広大さ、アヴァロン・プロダクション前とは比べものにならないほどの無数のイドラに驚いていた。

 イドラの大釜の湖面には、湖面を覗き込む人の大切な過去が映る。

 今、湖面を見ているキャメロットの四人にも、大切な過去が見えているのだろうか……。その過去を目の前にして、歩みを止めてしまうのだろうか。

 いや、彼女たち四人が、過去に囚われているように見えなかった。

 全員の引き締まったまっすぐな瞳が、そう訴えていた。

 彼女たちは「過去」ではなく、あの黒い湖面の先にある「未来」を見ているのかもしれない。

 二年前、キリアはいったい何を湖面で観たのだろう。

 そして、今なら何を観るのだろう。どんな気持ちになるのだろう。

 今度のキリアとの対話で話すことはこれだ。

 デュラハンは、そう考えていた。


 デュラハンとキャメロットの四人を乗せたヘリがイドラの大釜の湖畔にある開けた場所に着陸する。

 五人は、順番にヘリから降りる。

 その場所は、視界を遮る木がほとんどなく、乾燥した土がむき出しになっていた。ヘリのローターからの突風により、土埃が舞い上がった。

 全員が降りた途端、ヘリは五人を置いて空へ飛び去って行く。

 デュラハンは空を見上げる。

 いつもと変わらず、厚い雲が空を覆い、太陽の光をさえぎっている。

 ぼんやりした暗さと濃密な静けさが、寂しさを誘う。

 デュラハンはキャメロットの四人から離れるように歩き始める。そして、歩きながらこの場所の説明を始めた。

「ここは、イドラの大釜と呼ばれている。ノヴム・オルガヌムに所属するあたしたちにとって聖地だ。莫大な量のイドラ・アドミレーションを蓄える巨大な湖だ」

 足を止め、振り返る。四人のまっすぐな顔がまぶしい。

「今日はこの場で、邪魔ものなしの真剣勝負をしてほしい」

 ナタリーが質問をする。

「あなたにとって、この真剣勝負になんのメリットがあるの?」

 デュラハンは答える。

「あたしの目標を達成するためなんだ。あたしの目標はキャメロットを倒すこと、そして、リンを倒すことだ。陰謀なんて何もないよ」

「それだけのために、あんなイドラの大群を用意したの?」

「そうだよ。あたしにとって、おまえたちと戦って勝つことが、今のあたしのすべて。絶対やり遂げてみせる」

 ナタリーは、あっけにとられ、それ以上何も言えなかった。

 代わりにルーティが戦いの条件について異議を唱える。

「ここは、あんたのホーム。あたしたちがここで戦うには不利なことが多すぎる。これはどう考えているんだ?」

 デュラハンがキャメロットの後方を指して話を続ける。

「当然な異議だ。あたしも正々堂々、おまえたちのと戦いたい。だから、この場所を選んだ。実は、後方一kmの場所に、『アイドルの泉』という場所がある。液化したアイドル・アドミレーションが湧き出している泉だ。その泉でアドミレーションの回復を行うことができる。アドミレーションが不足したときに利用するといい」

 クレアが疑問を呈する。

「本当にそんな場所があるの? ここにはイドラ・アドミレーションしか感じることができない。どこにあるんだ?」

 クレアの問いには、ルーティが答えてくれた。

「クレア。デュラハンの言う通り、大きなアイドル・アドミレーショを感じる場所が、後方一kmぐらいの場所に確かにある。利用させてもらおう」

 デュラハンは「さて」とこころを切り替えてキャメロットの四人を見つめる。

「他に聴きたいことがなければそろそろ始めよう」

 胸に手を当て、穏やかに、決意を込めて「輝け」と唱える。

 赤黒い光に包まれて、三秒。

 光と同じく赤黒い騎士甲冑で身を包んでいた。

 右手に大剣を、左手に大盾を具現化する。

 最後にヘルムのマスクがばしゃっと閉じ、デュラハンの輝化が完了した。

「輝け!」

 リンのひときわ大きい声が聞こえてくる。

 キャメロットの四人も輝化を開始していた。

 黄色、青色、赤色、そして橙色。

 それぞれの色のアイドル・アドミレーションをまとって、三秒。

 騎士甲冑と武具を具現化していた。

 四人がフォーメーションを組み、強くつよくデュラハンを見据えていた。

「思い切って行こう! バックアップは必ずある。負けたときの心配はいらない! 全力を尽くすぞ!」

 ナタリーの号令に、「はい!」と重苦しい静けさを破る小気味よい返事が返ってくる。

 デュラハンも改めて宣言する。

「今こそ、私が望んだ未来」

 デュラハンは大盾と大剣を構える。

「キャメロットを倒す! リンを倒す! そして、誇れる自分になって、キリアと再会する」

 デュラハンは、この後に見えるすべての光景を目に焼き付けるように、大事にすることを決意した。

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