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鮫島くんのおっぱい

にょたりた!2nd ~鮫島くんのおっぱい・ぱられる~

作者: とびらの

 

 目が覚めると、女の身体になっていた。


「……やりやがったな」


 あえて乱暴な言葉を吐き、梨太は大きく嘆息した。

 ベッドのそばに、大きな姿見鏡がある。クセの強い、くるんくるんの髪は肩まで伸び、やたら幼く見えるふっくらした頬に、リスを思わせる円らな瞳。身長は百五十をやっと越えたくらいだろうか。寝間着越しでもわかる華奢な体に、ふっくらと形のいい乳房がついている。まごうことなき女の身体だ。


「鮫島くん! 鮫島くん!!」


 寝室を飛び出すと、そこにあっさり鮫島を発見。

 こちらは梨太と比べ物にならない、美丈夫だ。見上げるほどの長身、細身ではあるが鍛え上げられた体躯。どこからどうみても成人男性である『妻』は、コーヒーを片手にきょとんとしていた。


「……どうしたリタ?」

「どうしたじゃないでしょ、なにか言うことあるよね!」

「おはよう」

「違う!!」


 一応、それは冗談のつもりだったらしい。彼はちゃんと全てを理解していた。変わり果てた梨太――同居人であり恋人であり、『夫』である男の姿を一通り眺めると、嬉しそうに、目を細めた。


「かわいい」

「ありがとう! でもそうじゃない!!」


 もちろん、梨太は怒鳴りつけた。


「あの女体化の薬、昨夜のごはんに盛ったでしょ。おかしいと思ったよ、たいした料理出来ないくせに珍しく朝からキッチンにこもってさ」

「うん。鯖の味噌汁サンドイッチ、難しい顔をしながらも、ちゃんと食べてもらえて嬉しかった」

「一生懸命頑張って食べた僕にごめんなさいは!?」

「ごめんなさい」

「許すかバーカ!」


 小学生並みの語彙で適当に叱ると、梨太は踵を返した。速足で寝室に戻り、ばたんと締め切り、がちゃりと施錠。ベッドにもぐりこみ、布団をかぶった。

 すぐに剥がされた。


「なぜ寝る」

「なぜ居るっ!?」

「軍人だからな。一般家庭の簡易的な鍵くらいなら簡単に開けられる。リタ、諦めて朝ごはんを食べろ」

「ツッコミが追い付かないよ鮫島くん……」


 がっくりと肩を落とす。それでもどのみち、やはり寝室にずっとこもっているというわけにはいかないだろう。食事だけならまだしも、水分もトイレも我慢し続けることはできない。梨太はいろいろと諦めて、体を引きずるように部屋を出た。

 とりあえず、ダイニングテーブルにべちゃりと座る。


「……いただきます」

「どうぞ」


 今日の朝ごはんは、丸焼きにした一メートル弱のレンコンとジャムパンだった。鮫島は料理がヘタなのではない、ただ食い合わせという概念、料理という世界観そのものを理解していないだけである。

 とりあえず毒ではなく問題なく食べることのできる有機物を、梨太は黙って食べ進めた。


 ナイフとフォークでレンコンを切り分けながら、大きく嘆息する。


「あのさ。ホント勘弁してよね……あの薬、自分で作っといてなんだけど、まだ臨床実験が完璧じゃないんだから」

「危険が無いことは実証されたじゃないか」

「効果そのものが害でしょうが。毎度おなじ結果になるとも限らないし。前回は丸一日で戻ったけど長引いたらどうすんの、僕、週明けは学会だよ」

「大丈夫。俺の預金で一生暮らせるぶんくらいはある」

「生きてければいいってもんじゃないぞ。僕の仕事にもやりがいや責任ってもんがあるんだから」


 真面目なトーンでしっかり叱ると、鮫島は黙り込んだ。さすがに反省してくれたかなと顔を上げる――が、彼は笑っていた。

 ――梨太の知る、この世界の誰よりも美しい顔立ち。人形じみた顔立ちに、甘く熱っぽい微笑み。頬杖をつき、休日の戦士の微笑みで、梨太をじっと見つめている。

 柔らかな声で、独り言のようにささやいた。


「前の時にも、考えていた。どうにかならないかなと」


「……なにが」


「お前をこの家に閉じ込めておく方法。ラトキアでは女に仕事は無く、ただ夫が帰ってくるのを、ベッドで待っていればいいのだけど」


「……あいにくココは地球だからね。戸籍上、僕が君の夫だし、男だし」


「最後のに関しては、どうにかなるんじゃないか? 現に今――俺は男で、お前が女だ」


 梨太はレンコンを乱暴に噛み千切った。ヴォリヴォリと咀嚼しながら立ち上がり、皿を片付け、口を漱ぎ、トイレを済ませて寝室に戻る。


(前回の経験ではとにかく寝てれば戻るはず。丸一日あわてず騒がず、薬の効果が切れるのを待てばいい……!)


 扉を閉め、通常の鍵に加えて南京錠を二つ、さらに椅子を重ねてブロックを作る。さすがの鮫島も簡単には入ってこれないはずだ。梨太はフウと息をつき、二つの鍵をポケットに入れた。

 ベッドにもぐりこもうと振り返る。

 そこに鮫島が立っていた。


「――なんで居る!!」

「リタが扉を閉める寸前、壁と天井を這って潜入し照明シーリングライトに貼りつき、背を向けている間に降りた」

「蜘蛛か! せめて物音立てろよ! 誉れ高きラトキア騎士団長、惑星最強の男スキルをこんなところでいかんなく発揮してんじゃないよっ!」

「……俺はこの日のために鍛えてきたような気がする」

「ラトキア軍に謝れ」

「ごめんなさい」


 と、素直に答えながら、鮫島は梨太をヒョイと抱き上げた。実に軽々と運ばれて、ベッドにポイッと投げられる。スプリングに弾かれたのを空中で抱き留めて、両手を抑え、全身で覆いかぶさってくる。


 男同士のときでも頭一つの身長差。そこから一回り縮んだ身体では、彼との身長差は三十センチ以上ある。全身すべてを包み込まれて、梨太は悲鳴を上げた。


「重いぃーっ」


 叫んだ瞬間、その重みが無くなる。かといって身動きはできず、身体も密着したままだ。手首を抑えられているだけで、痛くも苦しくもないのにびくともしない。鮫島の特殊スキルのひとつである。こうなると諦めるしかないのは知っている。梨太は呻いて、鮫島を睨んだ。


「……やだよ、鮫島くん。前の時も言ったけど、僕、この姿になっても心のなかは男だからね」

「……そうだな。俺も、この姿のときは男だ。心も、体も」


 妙に意味深な言葉――と同時に、腿のあたりに、グイと腰を突きつけられて戦慄する。


「ひ」


 その動きと確かな異物感は、言葉などよりよっぽどわかりやすく、彼の真意を伝えてきた。梨太は反射的に再度抵抗した。やはりどうにもならなかったが、とりあえず拒否の意思表示をやめるわけにいかない。


「いやだ! ぜったいやだ。やだからなっ!」

「……リタ」

「そんなイケメンボイスで囁いても無駄。男前ヅラで見つめても無理! 僕は男――んうっ」


 不意打ちで唇を奪われ、呼吸を塞がれる。酸素を求め、梨太はあえいだ。やっとキスから逃れたところで、またガプリと咥えられる。


「ぅ――んっ。んん……」


 唇のふくらみも、粒のそろった歯も、舌の根元までもをこそがれる。両手首と腹が、鮫島の体重ではりつけけられていた。

 身体に加え、呼吸すらも支配され、梨太はもう食い殺されたような気がした。


 荒々しくて雄々しくて、縋るように女々しい。キスの仕方だけは、雌雄どちらでも変わらない。いつもの鮫島のキスだった。


 ちゅっ、と小さな音を最後に残して、鮫島の口が離れた。それでも至近距離。彼の瞳の色以外、何もない視界で、梨太はまだ呪詛を吐く。


「こういうのは……ずるい……」


「なにが」


「僕の奥さんと同じキスをするなよ。……惚れてんだぞ」


「俺は、お前の妻として、抱かれることは嫌じゃない」


 深海色の瞳に、漆黒の睫毛がかかっている。瞬きもせず、彼は囁いた。


「俺はラトキア人だから。男でも女でも、どちらも俺は俺でしかない。女の人生に不満があるわけじゃない。……だけど」


 また、腰を突き出される。今度は梨太の脚の間で。明確に狙った場所へ、鮫島は自分の意思を主張した。梨太は身震いした。


「うっ……」


「ずっと――いつか、一度だけでも。お前と出会ったときの雄体すがたで、お前を抱いてみたいと思っていた」


「う……うっ。う――」


「リタ」


「ううぅ~っ……」


「……一度だけ」



 数枚の布越しに、おねだりのノックが延々と続く。腰をくねらせ逃れようとしても、鮫島はそれを追いかけ、また同じことを繰り返した。


 強引なのに切ない。梨太はひそかに、彼に深い憐憫を覚えた。


(――そりゃあ、そうだよな)

(こんなに男前に生まれてきたのに。ずっと、僕みたいな小男の『奥さん』役で……)

(……そりゃあ、一度くらい。男の本懐ってやつも体験したいだろうな)


 それでも、彼は文句を言ったことは無い。惑星最強と言われた力を使う機会もなく、いっかいの主婦として粛々と、下手くそな料理を作っている。


 不満があるわけではない、というのは真実だろう。


 しかし本当に満足はしているのか。

 少なくとも、こうして雄体化したときには――彼は、「はやくまた雌体化周期が来てほしい」とだけ願っていたのだろうか。


 きっと、そうではないだろう。


 梨太は顔をそむけた。


「……あのさ。一案なんだけど。雄体化周期の時だけ、鮫島くんは、浮気オッケーというのはどう」

「却下」


 即答された。


「それだったら、梨太の髪を撫でるだけのほうがいい」


 再び顔を寄せ、紅潮した梨太の頬に口づけする。小刻みに震える顎、硬く閉じた唇にも押し当てるようなキスを。耳たぶをみ、チュッと音だけを聴かせて、首元に移動する。


「リタ」


「うう……っく。……や、だ……」


「一度だけ」


「無理っ……」


「リタ」


 服のボタン一つも開かないまま、ただ身体だけを擦り合わせる。摩擦熱で焦がされそうだった。無意識に滲んだ涙をシーツで拭って、梨太は顔をそむけた。


「なら、もう力ずくでそのまま犯せばいいじゃん……」


 鮫島は苦笑した。梨太の手首を抑え込む指を、くすぐるように動かして、


「お前は、もし女の俺が同じことを言ったらそうしたか?」


 梨太は再びウッと呻いて、歯噛みした。もう鮫島の顔を見ることは出来なかった。目を閉じたまま呟く。


「僕にどうしろっていうのさ……」


 鮫島の拘束が解かれた。梨太は逃げ出さなかった。ベッドに仰臥したまま、恐る恐る、目を開けた。


 睫毛が触れ合うほどの距離に彼はいた。

 梨太の顔を挟むように肘をつき、すぐそばでじっと見つめている。梨太の体に触れようとはしなかった。ただ、梨太の言葉を待っていた。


 無言で、じっと、辛抱強く。

 こういうところも、雌雄どちらも変わらない。力強くて従順な、忠犬のような愛欲で、まっすぐに梨太の号令を待つ。


「う―――~~~っ……!」


 唸りながら、梨太はもう、これが無駄な抵抗だとわかっていた。


 どうせこの部屋から出られない。

 たとえ鍵が開いても。両手の拘束を解かれても。

 自分が彼よりも強くなったとしても。


 どうせとっくの昔から、梨太は鮫島に捕らえられたきりなのだ。



 梨太は目を閉じる。せめてもの抵抗で、甘い言葉はくれてやらない。ただ黙って、小さく頷くだけしてみせた。







_____おまけ(という名の本編)_____




「一度だけって言ったのに。一度だけって言ったのに」

「一度だけだろう」

「一度の概念が違う。一度って言ったら、ふつう、一回だけだろ!?」

「一度って言ったら、ふつう、『この機会に』だろう」

「まってソレ僕が男に戻るまでの間ってこと。いやマジでそれ想定外。せめて一晩中って言ってくれ」

「大体おなじことだろう。前回は一日で戻ったのだし」

「一晩と一日だったら少なくとも二倍から解釈によって三倍の時間違うでしょうが! それに今回は一日で戻れないかもしれないし。てかなんか戻らないような気がするし」

「……ホルモンが関係しているとしたら、やればやるだけ、長引くだろうな。よし」

「よしじゃねえ。嬉々として乗っかるのやめて。……噛むなっ! 痛い! えっいや嘘でしょほんとに? 君の体力どうなってんの……」

「…………俺はこの日のために、鍛え上げてきたような気がする」

「軍関係者全員に謝って」

「ごめんなさい。そしてありがとう」

「人生楽しそうでなによりだなこの野郎。――――…………うっ」


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