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彼女は俺に御開帳の魔法をかけた。ほうきって魔女の武器だろ?

 椅子の背にもたせかかると、ぎしりと軋む音が聞こえた。今日になってもう十回近く耳にした音だ。微妙に違うように響くせいが、まだうんざりすることはなかったけれど、連続で数回鳴らせば飽きるのかもしれなかった。

 そう、早くも俺は退屈という状況を味わっている。


 目覚めてから経過した時間は恐らく二日ほどくらいだ。たまに意識の途切れがあって、それがどれくらいなのかが分からない以上、正確には曖昧なのだが。

 そして意識のあるほとんどの時間は一人で過ごしている。

 技師の男は時たま顔を覗かせる程度で、それも俺の身体(ボディ)の浸透具合や不味い挙動を起こしていないかの点検のみ。ろくな会話もしていかないんだ。

 そういうのはあんまり感心しないな。だって生まれたばかりの俺に話し掛けることだとかあるだろう?植え付けられた知識はあっても、俺は物を知らないんだ。まったくの会話なしに俺の情緒の成長だとかそういうのは望めないんじゃないかって考えるね。

 小難しい話をしろってつもりはない。むしろしたくはない。話題は日常の些細なことでいい。例えば――そう、俺の姉さんについてだとか。いや、姉さんが些細な事ってつもりじゃないから!

 ……うん。口にしたわけではない、思考に過ぎないけど『姉さん』ってのは少し気恥ずかしいな。

 姉ちゃん、……お姉ちゃん――名前呼びの方がいいのか?

 これは追々決めていこう。声を出せるようになってからでも間に合うのだから。


 それよりも技師だ。まだ若いだろうに無口で偏屈ってのは先が思いやられる。

 もしかすると内気な性質で、他人と上手くしゃべることができないのかもしれない。

 顔を出してもろくに口を開かない男を見る度に、そうやって俺は自分を慰めることにしてる。

 そうでもしないと、うっかり言い付けを破ってしまいそうだったからだ。『俺と違ってしゃべることができるんだろう?何か面白い話でも聞かせろよ』ってね。

 ここで関係に亀裂が入っては大変だ。俺はいきなり壊されてしまうかも、――しれない。

 あの男にそっくりな人格に魔改造されるなんてことになるのも勘弁だ。できるかは知らないけどさ。


 男の点検を経るごとに、制限は徐々に解除されていっている。だから堪えていられるってところもあるかもしれない。

 まあ、変わらず声帯や指の使用は許されていないんだけど。

 救いと言えば、つい2回前の点検から脚の許可――狭い室内を歩き回る許可が出たことだ。

 絶対に倒れないように、転げることのないように、と注意事項は付くけど。

 この部屋から出ることはまだ駄目だと言われている。ドアノブを捻ることもできないんじゃ、こっそり抜け出すなんてこともできはしない。無理してやり遂げたって、いい結果にはならないだろうから、無茶をする気はなかった。


 この空間はそこまで大きくない部屋で、部屋の家具を無視すれば大きく足を伸ばせば5歩以内に端から端まで到達する程度の広さだ。本棚に机と椅子、それから収納家具が少し窮屈そうにしているから、実際試すことはできなかった。

 指も使えない状況だから、すぐに室内の観察は終わってしまう。

 本棚の背表紙の文字を見てみたって、専門書の類は殊更興味もない。見ることができるようになったら見てみようって検分する気にはならなかった。


 そんなわけで結局のところはじっとしている。

 今座っているのは、窓へと向けられた椅子だ。目覚めてしばらく、俺が座ってたやつ。

 最初は内側に向いていたそれを、外を見ていられるようにと動かしてくれたのは技師だった。

 座っていれば、窓の外に広がる景色は屋根と屋根と屋根、それから少しばかりの空が見える。

 窓辺に寄って覗き込むように下を向けば、広がっているのは石畳だった。その正体は少し日当たりの悪い小道で、先は小さな広場のようなものに繋がっているらしい。

 窓から覗ける端の方にそれらしい広がった部分が見えて、きっと窓を開ければよく確認できるに違いない。それができないから想像でしかないんだけど。

 指を自由に動かすことができたなら、小道の先に対する俺の興味はほとんどなしになるに決まってる。 あったとしてもそのままドアノブを捻って行ってみる方がいいだろう?


 小道に沿ってぎゅうぎゅうに押し込められた建物が並んでいて、ひとびとの頭がばらばらと流れていった。

 始めの内は興味深く眺めていることができたけど、しばらくすれば代わり映えのない様子に見るのをやめてしまった。



 コツン。

 ――カチッ、ガサガサ。ガサ、……


 ――なんだ?

 窓の向こうで、この建物にぶつかる何かの音がした。いや、ぶつかっているというのとはまた違うように聞こえる。

 近寄ってみても、何も見えない。どうやら窓付近ではあるものの、俺のいるところより左下辺りから聞こえるようだった。

 またガサガサと音がする。これは一体何だろう?

 よく見ようと窓硝子に頭をもたせかかると、鍵のかかっていなかったらしい窓枠が小さく軋んで開く。

 咄嗟のことに、勢い付いた頭だけがひょこりと外へ出てしまう。

 うわ、あっぶな……!全体でもたれていたなら墜ちるところだったんじゃないか?そうしたら俺なんかひとたまりもない。この身が丈夫なものじゃないってことくらいわかってる。


「あ。やった、気付いてくれた。アオ――!」

 俺が予想外の危機に動揺していると、丁度下から呼ばれた。

 その声は。なんて思考より早く、俺は勢い付けて下を向く。そこには箒を振り回す少女の姿があった。

 俺と同じように、いやそれ以上に窓から半身を出すようにしている。1階とはいえ危ないんじゃないだろうか。窓枠を掴んでいる手が目に入っても、俺の心配は消えなかった。

 でも俺は声が出してはいけないから、何とも言えないんだ。それがもどかしいと思う。

「怖いひとじゃないからだいじょうぶだよ!私の名前はテン。あなたのお姉さんで、あなたは私の弟なんだよ」

 知ってるよ、廊下で騒いでただろう?だからそれは、知ってる。

 でも今知ったこともある。それはテンが――俺の姉を名乗る少女は俺とは違うモノだってこと。

 テンの言葉を漏らさないように、全部ちゃんと聞こうと俺は耳を澄ませたからわかった。俺たちを隔てるものは何もなくって、周りには誰もいない状況だからっていうことも大きいんだろうけど。

 テンの中からは人間の音がする。呼吸に鼓動、それから流れる血液の音とか、いろいろだ。


 ちがう存在だっていうことが分かっても、不思議と落胆することはなかった。

 だってそうだろう?もしもテンが俺とおなじ自動人形(オートマタ)だったとしても、製作者が同じってだけの繋がりで、個々で並べてみたら繋がりなんてない。

 製作元が同じなら、流れる血液に繋がりが生まれる人間とはそもそもがちがうんだ。

 だからテンが俺を弟だというのなら、俺にとってそれは事実でしかない。

「あのね、今はリューが出掛けてていないんだよね。だから少しだけ話せるの。あんまり騒いだりしたらリューの迷惑になるから、……」

 小道に歩行者が出現した。それに気付いたテンは少しだけ声を落として、聞こえる?と口にする。

 俺は頷く。それくらいなら聞こえる。それを何度か繰り返して、人間同士なら会話が困難なくらいに引き絞られた音量に落ち着いた。

 ただ騒いでるだけの低能じゃない。慎重でいいと、俺は好意だけは高い数値にいるテンの、好意とは別で存在する客観的評価を上げる。

「えっと、これくらいならだれにも聞こえないよね。うん」

 相槌を打つように頷いてみた。

 これが最初の顔合わせとなる。俺は『素直でいい感じの弟』に見えてるだろうか?

 今の俺は体勢を立て直して、バランスよく頭を突き出している。先程の失態も霞むくらいの安定感だ。

 よし、これはまさに完璧な聞いてる体勢。惜しむらくは上から失礼しますといったところだが、窓の位置関係上仕方のないことだ。そもそも、並んでみたら俺の方が高身長かもしれないしな。っていうか、多分そうだろう。

「まだアオが声出しちゃだめだっていうのは聞いてるんだ。だから私ばっかりが話すことになると思う。ごめんね」

 俺はまた頷き返した。うんうん。大丈夫だよ、って意味を込めて。

 言いたいことなんて、その体勢は危なくないかってことと、テンのことをちょっと名前で呼んでみたいなってことくらい、だし。

 俺の肯定にテンは嬉しそに笑った。彼女の髪は長くはないが緩く波打っている。それが束ごと跳ねる様子は、髪までもが嬉しそうに見えた。

「ありがと。あのね、えっと、何から話そうかな。まずは会いたいっていう気持ちばっかりで、話したいことは置いてけぼりだったかもしれない」

 テンは気まずげに、ちらりと目を逸らしたようだった。そんなこと、俺は気にしないけど。だからテンも気にしないでほしいな。

「次までにちゃんと考えてくるから、本当に!」

 決意表明を行ったものの、テンは暫く口を噤む。


 何とか思い付いたのは、俺についての話題だったようだ。

「そういえば、アオの瞳は青色にしてもらったんだよ。リューがそこだけ変えられるって言うから、私が青にしてってお願いしたの」

 そう言うテンの目はダークブラウンだった。

 そうか、俺の目は青いのか。結局鏡は手に入らないままで、俺は自分の髪が暗い茶色をしているということしかわからなかった。

 けど、こうしてテンから教えられるのも悪くはない。

 今夜あたり窓硝子でも覗き込んでみようか。色味までは不鮮明であっても、頭ではきっと上手く色付けできるだろうから。


 それは、名前と瞳の色のどちらが先にやってきたのだろう。

 気になるところであった。

 口が利けるようになったら聞いてみよう。




 俺は頷き続けた。

 相槌ってやつは割と難しい。頷くだけでは聞いてるって合図にしかならない気がする。テンにはどれくらい俺の気持ちは伝わってるんだろうな。

 やっぱり俺の姉だって言うし、あの男との遣り取りよりかは伝わってるんじゃないかな。うん、そうに決まってる。



「それじゃあ、またね。リューがまたいないときに合図するから、大丈夫ならまたこうやって話そ。滅多にないし、あっても長くないんだけどね」

 名残惜しそうに、それでもなにやら安堵した笑顔を最後にしてテンは頭を引っ込めた。

 その引き際はちょっとあっさりとしてるんじゃないか、って考えたけど、ぐだぐだと引き伸ばす未練がましさがないって意味では好印象かな。

 さて俺も――あ。

 だが、この窓の状況っていうのはまずいな。男に知られたら、鍵でも掛けられるかもしれない。脱走の可能性とか(しないけど)、落下の可能性だとか(……しないけど)、そういう危惧を持たれる可能性はあった。

 慌てた俺は指を使わずに、腕と手の甲を駆使して何とか窓を手前まで引き寄せる。でもそこまでだった。

 さすがに最後は引っ張らないと完全には締まらない。これは詰んでしまった、のか……?


 考え抜いた末、最終的にはドアの取っ手を唇で挟んで閉める羽目になった。

 ほら、使用禁止は正確なところ喉だからな。顔面の許可は呼吸練習の絡みで出ているから問題ないんだ、うん。

 絵面の間抜けさは、見る目がないから不問とする。

 挟んだところの皮膚というか唇の表皮が破けたりしないよう慎重に行ったせいで、やたら時間がかかった。割とぎりぎりだったようで、締め終わった直後、小道に男の姿が見えたのにはひやりとしたのだった。

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