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俺が生まれて初めて見たもの?専門書だけど。少し古めの難しいやつな

「起動まで時間が要るな。もうちょいなんとかできんもんか……」

 怠そうな男の声がして、俺の意識は繋がった。

 いつの間にか部屋に満ちていた、ノイズと音飛びだらけのラジオ放送は消されている。


 結果だけで語るのなら、男と少女の攻防は終わったらしい。とはいっても、残念ながら俺にはその行く末を観測することはできなかったんだけどな。

 理由は俺の電力が尽きて停止状態(スリープモード)に切り替わったからだ。目覚めてすぐに底を付いたのは、目覚める前の作業にかなりの電力が要ったからだろう。

 そういったわけで、どうしてなんて経緯なんてものは分からない。それでも少女の敗北という結果だけは察することができた。

 その根拠とやらを挙げるなら、周囲に少女の内部から出る音が聞こえないということ。

 俺自身を振り返ってみてわかることだけど、自動人形(オートマタ)がまったくの無音ってことはない。これでも『生きて』いて、人間とは異なる稼働音が内から響いている。静かで、でも独特なそれを、耳は俺ひとり分の音しか拾ってこない。

 技師を説き伏せることができていたならば、今この目覚めから傍にいるんだろうし。


 俺が現状把握に努めている最中にも、技師の男は何やら弄っている。金属同士の擦れる音がして、時たま俺の頭部が傾けられたりしている。……動くなとか言っておいてこの雑な扱いは何なんだ。自分の内でそう毒づいた瞬間、瞼の上から眼球を押さえつけられた。

「だいたいは繋がったようだな。もうそろそろ目ぇくらいは自由にしていいかもしれん」

 言葉と一緒に覆いが外される。顔の一部だけのはずのそれが、まるで全体を覆っていたように――全部が解放されたような気になった。そんな『感覚』だ。

 瞼をゆっくりと持ち上げるよう指示される。

 力を籠めることなく、簡単にできた。最後の方だけは力を入れて押し広げなくてはいけなかったが。でも問題ない。それもさらりとこなす。

 初めてだっていうのに、力加減も使いこなす俺は高性能なのかもしれないな。

「あぁ、おい!そんな見開く必要ねぇから」

 男が達成感を踏みにじるように声を上げる。具体的な指示出しもしないで、よくそんな言い様ができるもんだ。

 追加の指示に従うように見せて、そいつを睨みつけた。そこで動作に割いていた意識をようやっと外に向ける。

 ただ、そのせいで初めて視界に入れた景色がむさっくるしい男の顔ということになってしまった。

いや、訂正しよう。俺がこの世で初めて視界に収めたのは壁際の本棚だ。そう記憶する。そして後に俺の知的エピソードのひとつとするんだ。

「そんな細めんなよ。もうちょい、そう。……って、おい待て戻せ。もっと閉じろ――そう、そうだ。それくらいがいい」

 俺に睨みつけられていたということに気付いてないらしい。技師という職に就いておきながらも大雑把に言い捨てる男は、いかにもそれという風貌だった。

 眼鏡の奥には神経質そうな光を宿しながらも、見た目は粗野だ。整えていない髭が中途半端に生えている無頓着さ。睡眠時間を削っていそうな、そんなくたびれた顔をしている。

 その割に服の皺が目立たないのは、さっき離席していた間に着替えたのかもしれない。あぁ、身も清めてきたのか。髪や皮膚の状態でそう判断する。まるで他所事のように。

 この人間が俺を造ったんだ、って『感動』のようなものは湧いてこなかった。

 それもそうか。だってそれはただの『純然たる事実』で、実際の作業工程なんか俺は見てないんだから。

 いつかそれが実感できるような素晴らしいエピソードがあればいいなと考えるけれど、きっとそれは調整中の俺の数値だとかその扱いとかの、技師的な部分でそうと思い知るのだろう。

 理想を語るなら……うーん、例えば。そう、例えばだ。この男が厄介ごとに巻き込まれたとする。創造主の危機に超常的な感覚で察して駆け付け、困難がありながらも無事救出成功する、自動人形(オートマタ)――そう、俺だ。凛々しさに溢れる俺の姿に、こいつは目の端に光るものを浮かべる。「造った俺でさえ足元にも及ばない素晴らしすぎるその性能……さすがだな」って賛辞を口にしたりしてな。

 感動巨編だ。そんなものを望む俺は、夢見る乙女のような甘ったるい思考をしてると言われるのかもしれない。でもこれが人間でいうところの感傷とか絆とか、そういうものなんだろう。


 思考はそこで切り上げた。見切りっていうのは大事だからな。

 というか、目前の男の状態を認めた途端に俺の姿も気になってきたんだ。一体どんな身体(ボディ)をしているのか、とかそういったことだ。いや、そこまで気にしてるってわけでもないけど。でもさ、ほら。それは早い内に認識しておいた方がいいかなって考えからきてるあれだから。冷静な今後の展望を視野に入れた情報収集の一環だから、うん。

 まあとくべつ酷いことにはなってないだろう。目立たない程度に醜すぎず、それなりに華美過ぎない造形の範囲に収まる程度のはずで。だから急いで確認する必要はないってことくらい判ってる。

 男の見た目も美的感覚もあんまりよくはなさそうなところが俺に危機感を抱かせる。元の素材の都合というものもあろうが、選択肢は少なくとも選ぶ余地はある。もちろん俺じゃなくって、作成者であるこの男にだが。…………。

 少し動揺してしまったが杞憂に過ぎない。大丈夫だろう。


 想定だけで怯えるのは滑稽だ。それよりも建設的な方に意識を向けた方が良いに決まってる。

けれどこの男の身嗜みに無頓着な様子を見るに、手近なところに鏡はないのかもしれなかった。少なくとも眼球の動く範囲にはそれに類するものはない。

 俺の背後には窓があるみたいだけど、硝子窓では細部まで確認なんてことはできないだろう。

「お前何やってんだ……。目ん玉で気持ち悪い動きしてないで、これ見ろ」

 急に、目前に金属の板が掲げられた。鈍い光は銅板のようにも見える。

 男は細長い棒状のものでその表面を擦っていった。通り過ぎた後には電氣を纏った帯が現れ、文字が綴られていく。

 書き上がったのはわずかな文字。表音文字と表記文字が上下で並んている、『(アオ)』と。

「読めるよな?」

 もちろん、読める。馬鹿にするなよ。そもそもこいつ自身が設定したんだろ?

 文字の知識は問題ない。それとこの手で書くのは別かもしれないけど、頭が理解してるから練習すればできる。

「これはお前の名前だ、アオ」

 でも許可が下りていないから何とも反応のしようがなかった。ただその板を凝視する。

 ぱちぱちとちいさく爆ぜる音がして、やがて俺の名は消えていった。



 そのあと、瞬きと眼球の動きを駆使することで大雑把な意思疎通の遣り取りを経て、俺は課題と一部の関節稼働の許可を得た。

 課題というのは、人間なら備えている生理的な反応を身に付けろというもので、この男は俺を人間のように振舞わせたいようだった。

 今のところは自然な瞬きと鼻を使用した呼吸。いずれはそのときに表出させている『感情』に合わせての瞬きや、状況に合わせての口呼吸の取得も求めるだろうとのことだった。

 もちろん、眼球に左右でばらばらな動きをさせるのは禁止された。



 結局この男の正式な名は分からないままだった。

 俺の口が利かないから必要ないって考えているんだろうか。でも、要る。俺だって内では色々と考えてるんだ。そう、深遠な思考というか――そういうのを。

 俺の、まだ狭い世界の中では割と重要な情報な気がするんだけど。そもそも技師なら初期設定として作成者くらい入れておくものじゃないのか?

 でも今の状況では尋ねようがないから仕方ない、自由に話せないんだ。諦めるしかない。

 せめて指の関節を自由に動かせるならば文字を遣えるのに。短い遣り取りならばそれで足りる。……短くしたいならむしろ名前なんて邪魔かもしれない。

 まあ、いい。名前を知らされないならこの技師のことをおっさんと呼ぶまでだ。


 喉の使用と指の稼働許可では、一体どちらが早く下りるのだろう。

 俺の身体(ボディ)次第といったところだろうか。


 でも俺には決めていることがあった。声を出す許可が出たなら、そして質問の機会が与えられたなら。まずは、名どころか姿も知らぬ『姉』について聞くんだ、って。

 名前を聞いて、性格とかちょっとしたあれこれを教えてもらって。そうしてそれから、会わせてほしいって言うんだ。

 けれどこっちは声じゃないと駄目だ。文字で書くのは少し、照れくさいから。


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