ホントのファンなら
華やかな人で賑わう繁華街のCDショップで、私はヘッドフォンを装着した。
やや緊張気味に指先で再生ボタンに触れる。3年ぶりに出た大好きなロックバンド、『ケースバイケース・ワーカー』のニューアルバム『不純音楽』が、今日このショップで先行解禁されたのだ。大学受験を控えた身でありながら、寄り道なんかして何をしてるんだと先生には怒られそうだが、生憎私にとってこれだけは、受験よりも大事な譲れない一大イベントだった。何せ中学の時初めてラジオで彼らの曲を聴いて以来、ずっとずっと彼らの曲に夢中だったのだ。
ヘッドフォンで塞がれて周りの雑音が遮断された私の耳の中に、静かに、力強いメロディが伝わってきた。私は何とも言えない高揚感に包まれ、頭の芯の奥の方がカァっと熱くなるのを感じていた。
やがて加速していくスピード感のある音と共に、歌はサビに入る。私は瞬く間に現実から吹っ飛ばされ、しばし自分と音だけの世界を駆け抜けた。
「はぁ~……!」
ヘッドフォンを外し、思わず私はため息をついた。
やっぱり、いい。正直音楽の知識なんてないし、具体的に何がイイとかまださっぱり分かってないけど、やっぱり彼らはいい音楽を作っている、と思う。
「聴き終わったら次の方に回してください。予約はあちらでどうぞ〜」
列をしきっていた店員さんが私を促した。チラと振り返ると、4~5人の男女が私の後ろに並んでいた。やっぱり彼らの新曲は人気があるんだ。私は全然彼らとは関係ないのに、何故か自分のことのように嬉しくなった。
「いらっしゃいませ。ご予約ですか」
「あっ、はい」
店の入口の近くには予約用の特設コーナーが用意され、そこにも数名の人だかりができていた。私がその後ろで手持ち無沙汰にしていると、若い男の店員さんがにこやかに話しかけてくれた。
「ケースバイケースワーカーの新曲ですね。ありがとうございます。こちらの紙に必要事項をお書きになってお待ち下さい」
「あっありがとうございます」
そう言って店員さんはバインダーとペンを私に渡してくれた。最近じゃ音楽なんてネットの配信やストリーミングで済ませることが多かった私だが、彼らの曲だけは現物のCDを買いたかった。先に必要事項を書いておけば、スムーズに予約できるみたいだ。私はその気になって意気揚々と用紙を覗き込んだ。
□通常盤(税込3084円)
□通常盤+特典DVD(税込4012円)
□通常盤+特典DVD+通常握手券(税込5067円)
□通常盤+特典DVD+未収録曲含むBDセット+特別握手券(税込146702円)
二枚目に、何やら選択式のチェックリストが出てきた。大人の事情だか何だか知らないが、相変わらずの特典商法に飽き飽きしてしまう。だが……普段なら迷わず通常盤を買うところだが、今回は彼らの久しぶりの新曲だ。折角だからDVDも買っておこうか……。まんまと戦略にハマった私は、思わずペンを止めしばらく考え込んだ。
「すいません。この特別握手券ってなんですか?」
勇気を出して店員さんに尋ねてみる。
「ああ。特別握手券ですね。それは彼らが新曲のPV撮影したパリで、人数限定で特別に握手会と生演奏ライブを行うんです」
「パリ……」
「ええ。握手券も今や付加価値の時代ですからね。普通の握手券じゃ馴染みのファンは買ってくれない。ただ握手するだけじゃなくて、色んなアドバンテージをつけてやらなくちゃ」
業界の事情通なのか、店員さんが饒舌に私に話してくれた。私は胸の中で唸った。
「おかげで特別握手券のセットは大好評でして。ファンクラブ会員限定で全国5000枚程度を予定してるらしいのですが、初日で完売する勢いです」
「そうなんですか」
私は目を丸くした。そんな法外な金を払ってまで見に行くファンがいるのか。私なんか通常盤かDVD付きかで迷ってたところなのに。よくみると予約コーナーに集まった客にもちらほらとパリ行きの予約をして喜んでいる人も見受けられた。
「おい、見ろよ、何か人だかりできてんぜ」
「ああ……”KBK”だろ。今度新曲出すんだってよ」
「へえ……」
話し声が聞こえて振り返ると、店の外から別の学校の制服を着た高校生二人組が、手に持ったハンバーガーを食い歩きしながらこちらを興味深そうに眺めていた。
「どうなさいますか。お高いですから、学生さんにはちょっと手が出せないかもしれないですけどね……」
視線を戻すと、店員さんが苦笑していた。そりゃそうだ。「通常盤を下さい」そう言って私は四つの四角の一番上にチェックを入れた。隣から、パリ行きの予約を済ませた客の声が聞こえて来た。
「こんな機会、滅多にないよなぁ。ファンなら誰だって彼らの音聞きたいし。3年ぶりで通常盤はありえねえわ。せめて本当のファンなら、DVD買うわな」
「保管用に2枚は欲しいよな」
「通常盤を1枚下さい」
もう一度店員さんに告げて、私はちょっとだけ大きな声を出した。店員さんは少し驚いたように目を丸くして私を見上げた。ファンクラブにも入ってないし通常盤しか買わない私は本当のファンじゃないかもしれないけれど、そんなことよりあと数回、彼らの曲を聞いて帰ろう。
そうしてどうやら偽物のファンになったらしい私は、もう一度4~5人の列に並んでヘッドフォンを待つことにしたのだった。




