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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

初恋の色

作者: 文代 呉波

 きっかけは、どこにもないんだと思う。ただ僕が君を好きになってしまったというだけだ。短い間しか居られなかったのは少し残念だけど、僕は君のことは一生忘れないつもりだ。何と言ったって、それは僕の初恋なんだから。

 告白されたのは、三年前の秋ごろだった。放課後、僕が委員会の仕事をしていたとき、君が教室に来た。「......『僕』君、手伝おうか?」と、君はなんとなく困ったような顔をしながら、恥ずかしげに言った。特に断る理由もなかったので、軽くありがとうと礼を言って、二人でプリントを四十の机の上に置いていった。何も喋らず、ただ配っていると、君は立ち止まって声をかけた。

「ねえ、『僕』君、いきなりでごめんなんだけど、」息を吐いて、短く吸って。

「その、付き合ってくれないかな、なんて......」心なしか顔が赤くなったような、君は目線を逸らして薄い唇を静かに閉じた。流石の僕でも、配るのをやめて立ち止まり、驚きがうっすらと出ている顔を君に向けた。世界が急に止まったような気がした。伏せ気味の吊り目、控えめの鼻と血色の良い唇が整った顔。肩に少しかかっていた茶混じりの髪を後ろに結って、首は一層繊細さを強くしている。視線が下がっていくことに気づいて、僕は何を観察しているんだろうと思ったが、同時に今まで感じたことのない、嬉しさや、好奇心に似た感情が湧いてきた。

 そんな感情を振り払い、平静を装って、「ああいや、気持ちは嬉しいが、どうして僕なんだい」と言った。「それは、【 】」

 いや失礼、思い出すのが気恥ずかしいだけだ。短い言葉で、君は言った。

 その後、無言が横切ったが、それは君の言葉で終わった。「付き合って、くれる?」僕は肯定した。その日から僕は少しづつ君に惹かれていった。

 夏には弱い白い肌。声変わりしていない、澄んだ高い声。何気ないところで浮かべる笑顔。小さめの僕に追いつかんとする身長。僕の手をつかむ小さな手。いつも儚く動く腕、脚、身体。君の好きなところが増えるたびに、告白のときの理解しがたい感情が音を立てて渦巻いていく。僕は渦に飲み込まれないように、必死に耐える。もし飲み込まれてしまったら、そのときは、僕はどうなってしまうのだろう。恐怖から逃げるには、君から離れるしかなくて、でも離れてしまったら、好きという感情はどこへ行くのだろう。忘れたくない、だから怖くても君のそばにいたい。

 それから二年半が経った。僕たちは月に何回か、互いの家に行くようになった。しかしながらそこ止まりというか、家へ行ってもすることは学校に居るときと変わらなかった。ただそのころには、渦はかなり大きくなっていて、僕は君を壊してしまわないかという不安でいっぱいだった。好きという感情と共に壊したいという感情が湧いてくるのを許容しかけていた。その細い腕を持ってみたらどんな気持ちになるだろうか、一思いにたたき切ったらどんな反応をするだろうか、いやそんなことは絶対に、してはいけないと必死に抗った。君は何度も心配してくれて、その度に嘘を含ませて答えるのは、どうしても辛かった。

 その日は思いもよらないアクシデントが立て続けに起こり、僕は完全に疲れ切っていた。そこに丁度良く、家族が出掛けて独りきりになったものだから、僕は君を招いた。君はすんなり来てくれた。それからずっと、長い時間喋っていた気がする。夜も深くなったころ、僕は「ちょっと待ってて」と言って少し離れたキッチンに行き、麻縄と包丁を持った。その場で「もうそろそろさ、次に行ってもいいんじゃない?」と言うと、君は驚いたような声を短く漏らしたが、すぐに「そうだね」と言った。君は僕を見るとすぐに驚いた顔をして、すごく怯えて、座ったまま後ずさった。僕は悲しく思った。

「違うんだ、『君』。僕は、」「い、『僕』、なに、ちが」小刻みに震える君の腕をつかんで、麻縄を肘より肩寄りにきつく縛った。ああ、壊れそうだ。儚い。「痛い、痛い」と完全に顔を赤く染めて涙を流す。暴れる君の足首を何度も空を切りながらつかんで、またきつく縛った。彼女は精一杯怒った。「何でこんなことするの!痛いよ!」僕は何度も謝った。口角が上がりそうなのが止まらなかった。丁寧に切り取るなんてできないだろうと思っていたから、首は後回しにした。「ねえ!やめて!お願い!お願いだから!」と言う君を、まず左の足首を、突き刺した。自分が先に壊れてしまいそうだった。「ねえ何で!『僕』何で!」包丁を振り下ろして、完全に切り離した。血はそれほど出なかった。君はさっきより大きな声で泣いた。僕は微小に震える足を持って、掲げて、置いた。反対の足を落とし、肘の関節を割ることに時間はかからなかった。だが、時間が過ぎるほどに君の声が小さくなっていくのは充分に分かった。「【 】だった『僕』は嘘なの?」と、閉じかけた、潤んだ目の君が、か細く呟く。「嘘じゃないよ。僕は、飲み込まれてしまったんだ。僕は恐怖を、受け入れるしかないんだ」

 君の首を麻縄で飾って、強く抱きしめた。抱き返されることは、もちろんなかった。長い夜を、二人きりで過ごした。黒の中に散る赤が奇麗だった。

 それで、僕の初恋の色は、こんなにも鮮やかなんだ。

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