『ヤドカリ警官』⑧
ビニルハウス全焼から一夜が明けた十一月十二日。西桜小学校内交番は、騒然となっていた。瀬戸隼人の放火容疑が固まり、所轄署へと補導のために連行されることになったのである。
ブラックリスト記載の原因となった“家庭科準備室爆破事件”から僅か一年での再犯に、隼人に向けられる周囲の目は冷ややかだった。
事情聴取という形で行われた交番での聞き取り調査は、現場経験豊富な今田巡査部長がこれを担当した。
しかし、一六時十分ごろに現場付近にいたことは認めたものの、肝心の放火について、本人の口からその認否が語られることは一切なかった。
午前九時四十分。所轄署の警察職員が西桜小学校内交番に到着し、隼人の身柄が引き渡される。
今にも交番を出ようとする隼人に、真中がたずねた。
「隼人。本当に、お前がやったのか?」
すると、彼は、「はい」とも「いいえ」とも答えることなく、その顔に僅かに愁眉を見せた。
それは、“美穂ちゃん「くぅづがぁ~」事件”の時に見せたのと同じ表情。心配や不安の中に仄かに悲嘆の念が滲む、そんな表情であった。
「……隼人」
再び真中が声をかける。
だが、彼は、そのまま何も告げずに交番をあとにしてしまった。
「前回は、子供たちまで避難する騒ぎになってしまったせいで前野さんが飛ばされたが、今回は、何事もなく終わりそうでよかった。まったく、虞犯少年の監視が目的のSP法なのに、こっちが監視されている気分だよ。指示は出しても、その責任からは逃げる。そんな上の連中には、ヤドカリ警官の苦労なんて一生分からないだろうな」
真中に、というわけではなく、誰にともなく今田巡査部長がそう呟く。恐らくは、これが彼の“本音”なのだろう。
確かに、彼の言っていることは真中にもよく分かった。
今の時代、老いも若きも男も女も、国会の発言からSNSへの書き込みに至るまで、“口は出せども、責は取らず”がまかり通ってしまっている。
SP法で子供を律する前に、先ずは大人が自らを律さなければ。
それは、西桜小学校内交番に配属が決まってから今日まで、真中が幾度となく感じてきたことだった。“自立”はできていても、“自律”ができていない大人が多すぎるのである。
そして、そんな無様な大人たちの姿は、この情報過多の現代、間違いなく子供たちの目に晒されてしまっている。
これでは、夢や希望に溢れていた“大人になる”という楽しみが、“大人になっても……”に変化してしまうのは当然なのである。
斜に構えて大人を見ているだけなのに、それを、「自分は穿ったものの見方ができる」と勘違いしてしまう子供たちは、これから先、無様な大人たちの増加とともに増えていくことだろう。
だが、それは決して子供たちのせいではない。全ては、今の世を創っている大人の責任なのである。
大人としての責任。真中にとってのそれは、警察官としての責任だ。
悪を憎み、善良な市民を守り、疑念や疑惑があれば、とことんまでそれを追究し、追及する。
「それが、ヤドカリ警官としての、俺の責任」真中が胸中でそう結論づけたその時、彼の脳裏に隼人の顔が浮かんだ。
それは、先ほど交番を出る時に見せた、愁眉。心配や不安の中に仄かに悲嘆の念が滲む、あの顔であった。
「交番長。俺、ちょっと校内の巡回に行ってきます」
「あぁ、頼んだ。あかいぬ(放火)が隼人の仕業だと分かった今でも、不安を感じている子供たちはまだいるだろうからな」
「はい。行ってきます」
今田巡査部長にそう告げると、真中は交番を出た。
西桜小学校内交番に配属されて約七か月。今でも子供は苦手であり、嫌いだ。
そのため、虞犯少年として既にブラックリスト入りしている隼人が、放火の罪で再度補導されようとも、真中にとってはどうでもよい話だった。ヤドカリ警官としての務めは果たしたのだから、あとは少年課にでも任せておけばよい。そうすれば、波風が立つこともなく、めでたしめでたし、なのである。
……だが。
連行されようとする隼人に向かってふと口をついて出た、「本当に、お前がやったのか?」という疑問。その時、彼が見せた愁眉の意味。真中は、真実が知りたかった。
事件は全て終わったのだという気持ちと、疑念を拭い去りたいという気持ち。二者択一の中で、真中は後者を選んだ。
彼は、「昨日、十六時十分ごろ、マッチ箱を手に持つ隼人の姿を見た」と証言した児童のいる教室。四年二組へと向かった。
ご訪問、ありがとうございました。
前回、「お身体、ご自愛ください」とここに記した当人が熱を出してしまいました。38.7度です。
皆さんも、炒り子を食べる時には注意なさったほうがよいかも知れません。
文章に脈絡がなく、これでは何のことだか分かりませんよね。詳細については、ここ数日のブログに記してありますので、よろしければ、お立ち寄りください。直井 倖之進で検索すると出てくると思います。
なお、次回更新は、5月4日(木)を予定しています。
それでは、今回はこれで失礼いたします。