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ヤドカリ警官  作者: 直井 倖之進
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『ヤドカリ警官』⑥

 “美穂ちゃん「くぅづがぁ~」事件”から三か月後の十月。季節は、すでに夏を越えて秋に入っていた。

 すぎた三か月のうちのひと月以上は夏休みだったとはいえ、その間、校内は至って平和。西桜小学校内交番の警ら地域全体をして考えても、取り立てて目立つ事件というものは発生していなかった。

 何もない日常。穏やかな日常。変わりなき平和な日常。

 それは、誰もが望みはするものの、個人の努力だけでは決して手に入れることができない貴重な日常だ。

 何故なら、自ら喧嘩を売らずとも売られる喧嘩があるように、いくら戦争を放棄しても他国から攻撃を受ける可能性は消えないように、いつの時代も、平和は気づかぬうちに他者により浸蝕されていくものだからである。

 そして、西桜小学校内交番に訪れていた束の間の平和も、間もなく終焉を迎えようとしていた。


 「ここは、幼稚園か?」そう真中は思う。

 違う。ここは、西桜小学校内交番だ。

 続けて、「まぁ、小学校の中にある交番なんだから仕方ないか」とも考えてみる。

 これも違う。交番は、子供の遊び場ではないからである。

 最後に、「俺は間違っているか?」と自問してみる。

 出てきた答えは、「ノー」であった。

 「よし、言おう!」そう心に決め、真中は口を開いた。


「あの、交番長」

 すると、

「ん? どうした?」

 そんなのんびりとした声で、真中とともに四月から新しく配属された交番長、いまじゅんちょうが顔を向けてきた。

 現在、今田巡査部長は、交番の床に胡坐をかいて座っている。その周囲を、一年生を中心とした十人ほどの児童が取り囲んでいた。中には肩に乗っかっている子までがいて、さながら動物園の“ふれあいコーナー”である。

「どうしたもこうしたもないですよ。こんなに子供たちが頻繁に遊びにきていたのでは、仕事になりません。追い出してください」

 そう真中が愚痴る。

 その途端、今田巡査部長を取り巻く約二十の瞳が、一斉に真中へと向けられた。

 それは、総員傾注して訴える無言という名の圧力。いや、圧をかけるどころではなく、「僕たちの遊び場を奪うな!」という抗議を、全弾捧げ尽くす勢いでその両眼から掃射してきたのである。

 瞬く間に、真中は四面楚歌となった。

「まぁまぁ、真中君。子供たちとの交流も地域貢献の一環。我々警察官にとっては、子供と遊ぶのも職務、ということだ」

「だからって、遊び場に交番を提供しなくてもいいでしょうに」

「別に一日中いるってわけじゃないからいいじゃないか。せめて昼休みぐらい、学校の先生の代わりに面倒を見てやっても構わないさ。なぁ、皆」

 今田巡査部長が周囲に同意を求める。

 すると、それを待っていたかのように、子供たちから、

「そうだ、そうだ。ちーきこーけんだ」

「遊ぶのは、しょくむだぞ」

 などの、絶対に意味を理解していないと分かる言葉が飛んできた。

 これは、何を言っても無駄なようだ。

「もういいです。俺、仕事します」

 抗議するのを諦め、真中は、机上のノートパソコンを開いた。

 そんな彼の耳に、

「よし。じゃあ、今度は、お巡りさんが絵本を読んであげよう」

 そう楽しそうに宣言する今田巡査部長の声が聞こえてきた。

「……はぁ」

 パソコンのモニターの陰に隠れ、真中は深く溜め息をついた。

 いったい、いつからこの交番は、児童の憩いの場になってしまったのだろうか。

 視線だけをモニターに向け、その地点がどこであったのかを、真中は思い返した。

 そう。あれは、“美穂ちゃん「くぅづがぁ~」事件”の次の日だ。事件により、それまで遠い存在だった警察官を身近に感じた美穂や有紗が、麻友などの友達を連れて遊びにくるようになってしまったのである。

 子供が嫌いな真中は、無論これを適当にあしらったのだが、交番長である今田巡査部長はそうはしなかった。実家が保育所の経営をしていることがその理由なのかは分からないが、実に面倒見よく児童と一緒に遊び始めたのである。

 日毎に増加していく交番を訪れる児童。やがて今田巡査部長は、昼休みを利用して絵本の読み聞かせをするようになった。

 時に激しく、時に和やかに。『桃太郎』や『浦島太郎』、『金太郎』などの主題歌を持つ絵本はそれまでを熱唱し、“ひとりミュージカル”を展開した。

 これが児童に大いに受け、地元新聞紙の片隅に“町のお巡りさん、読み聞かせで子供たちに人気”などと紹介されたのが先月の初め。所轄署の署長からも、「今田巡査部長は、地域課の鑑だ」などと称賛され、結果、現在の有様に至ったというわけである。

 今では完全な天狗となっている今田巡査部長。

 しかし、その大本を探ってみると、そこには、“美穂ちゃん「くぅづがぁ~」事件”があるわけで、それに真中が関わっていた以上、彼だけに責を押しつけるわけにはいかない。とどのつまり、子供たちが交番よりも楽しい遊び場を発見し、移動してくれるまで、待つより他に手はないということなのである。

 「それにしても……」ここで、ふとある事に思い至り、真中は交番内を見回した。

 やはり、いない。他の児童がここで遊びだすまでは毎日のようにきていた隼人が、ぱったりと姿を見せなくなってしまったのである。

 とはいえ、真中にとって、隼人が交番を訪問してくれるメリットは、楽に監視ができるという点以外には特にない。彼がいたずらに警察の仕事を増やすようなことをやらかさない限り、こないならこないで別に構わないのである。

 「だが、何かが気になる。何かが……」それが何なのかは分からないながらも、真中は、心の中に渦巻く暗雲のようなものを感じていた。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回更新は、4月28日(金)を予定しています。

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