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ヤドカリ警官  作者: 直井 倖之進
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『ヤドカリ警官』③

 それは、隼人が交番を出てから僅か三分後のことだった。

 息急き切って駆け込んでくる高学年の女子児童。

「け、刑事さん、きてください! 一年生の女の子が!」

 刑事課ではなく、地域課の真中は、正確には刑事ではない。

 しかし、女子児童の慌てようからそれを否定している場合ではないと判断した彼は、

「分かった。すぐ行く」

 と、彼女のあとについて交番を飛び出した。

 一階の廊下を、角部屋から校舎中央へと向かって走る。

 児童用の下足置場の前で、高学年の女子児童は立ちどまった。

 傷害なのか、事故なのか。それとも、殺人事件でも起こったか。緊張しながらそちらへと近づく真中の両眼に飛び込んできたのは、下履きを脱ぐための簀の子の上で、体育座りをして泣きじゃくるひとりの少女の姿だった。

 少しだけほっとする真中。どうやら、殺人事件の線は消えたらしい。

 知らせにきた女子児童の言葉どおり、少女は一年生のようで、次の授業が体育のためか体操服を着用していた。

 真中は、背後からそっと声をかけてみることにした。

「おい、どうした? 何があった」

 だが、少女は、彼の呼びかけには、何の反応も示さなかった。

 ただ、

「くぅづがぁ~、くぅづがぁ~」

 と、意味不明な言葉を繰り返し、泣いているばかりである。

 「煩い。これだからガキは嫌いなんだ」真中は、早くも嫌になってきた。

 ()りとて、このまま放置しておくわけにもいかない。

 仕方なく彼は、自らのできうる最上級の優しさと丁寧さを以てして、再度少女に話しかけることにした。

「どうしたのかな? 何があったのか、お巡りさんにお話ししてくれないかな?」

 しかし、それでも少女の態度は変わらなかった。

 ダンゴ虫のように背中を丸め、長い髪の毛で隠れた顔のその口から、

「くぅづがぁ~、くぅづがぁ~」

 と、人間にとって最も耳に残るとされる、上の“ラ”の音で泣き、喚き続ける。

 「まったく、泣きたいのはこっちだ」真中は心の中で愚痴を溢した。迷子の子猫を相手に一緒に泣いて、それで終いとなる犬のお巡りさんが心底羨ましい。

 会話にならない少女からは一旦距離を置き、真中は、遠巻きにこちらを見ている先ほどの女子児童に話を聞くことにした。

「えっと、教えてくれないかな。君は……」

「あ、私は、六年一組のざわざわありです」

 警察官から質問をされた経験などあまりないのであろう有紗は、少し緊張した顔つきでそう答えた。

「矢沢さんか。それで、矢沢さんは、どうしてあの子が泣いているのか知っているかな?」

 真中が、今もダンゴ虫のままでいる少女を指で示す。

 有紗は、小さくうなずいた。

「はい、知っています。あの子、一年生でちゃんっていうんですけど、外に出ようと靴を履き替えている最中に、額を叩かれたみたいなんです」

「額を?」

「はい。さっき見たら、赤く腫れていました」

 「なるほど、いじめの可能性もあるということか」そう考えた真中は、もう一度美穂の傍へと歩み寄った。

「ごめんね、ちょっとおでこを見せてね」

 そう話しかけながら、会話にならぬと分かっているため、半ば強引にその顔を覗き込む。

 確かに、美穂の額は、赤く腫れ上がっていた。

 だが、怪我としては取るに足りないものだった。それよりも、涙と鼻水と(よだれ)でべとべとになっている泣き顔のほうが、見ていて痛々しい。

「大丈夫。湿布でもしていればすぐに治るさ」

 美穂を安心させるようにそう言うと、真中は、再びその視線を有紗へと戻し、たずねた。

「それで、矢沢さんは、美穂ちゃんを殴った者の顔を見たのか?」

「いいえ、見てません。でも……」

「でも?」

「はい。でも、私、美穂ちゃんに怪我をさせた犯人なら分かります。だって、私が泣いている美穂ちゃんを見つけた時、近くにいたのは、その人だけだったから」

「それは誰だ?」

 無意識に詰問口調になる真中。

 有紗は、少し怯えた表情を見せながらも答えた。

「五年二組の、瀬戸隼人君です」

 ご訪問、ありがとうございました。直井 倖之進です。

 急に気温が上がりだし、すごしやすいのはよいのですが、どうにも体がついていきません。

 皆さん、年度開始でお忙しいことでしょう。体調には、十分ご留意くださいね。

 次回更新は、4月19日(水)を予定しています。

 それでは、失礼いたします。

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