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ヤドカリ警官  作者: 直井 倖之進
3/14

『ヤドカリ警官』②

 南校舎一階の角部屋に位置する西桜小学校内交番。

 事務用机に着き、ノートパソコンを開いているひとりの警察官。

 その対面で、来客用の椅子にどかりと腰をかけている少年。

 先ほどからずっと何かを話していた少年が、少し苛立った様子で警察官にたずねた。

「なぁ、真中さん。聞いてるのか?」

「ん? あ、あぁ、聞いてるよ」

 視線はパソコンのモニターに向けたまま、真中はそう答えた。

「それならいいんだけどよ。……っていうか、さっきから何をしているんだ?」

「これか? 報告書だ。お前がくる五分ほど前に、ここに相談にきた人がいてな、その事案についての報告書をまとめているんだ」

「ふーん」

 さほど興味なさそうに、少年はうなずいた。

 「自分から質問したくせに」そう真中は思う。だが、それを口に出したり、ましては咎めたりなどはしなかった。仕事の邪魔をされなくなるのなら、それで十分だったからである。

 何はともあれ、少年が口を閉ざしたのを幸いにと、彼は報告書に集中することにした。

 交番に相談にきたのは、二十代の女性だった。その内容は、『今から十分ほど前のことです。道を歩いていると若い男から、コーヒーでも飲みに行きませんか? と声をかけられたんです。気味が悪いし、怖くて仕方がありません。逮捕してもらえませんか?』というものであった。

 はっきり言って、くだらない内容である。報告書に残してよいのかさえ、同じ男として相手の男に同情し、悩んでしまう。

 しかし、それが警察への相談案件である以上、拒否権などないのも事実だ。真中は、まるでロボットにでもなったかのように機械的にキーボードを叩き続けた。

 「だいたい、こんなことで逮捕されるなら、イタリア人の男は全員逮捕だぞ」あながち偏見とも言えない偏見を心の中で呟いたその時、

「それって、ただのナンパじゃないのか?」

 彼の気持ちを代弁する声が、後方から聞こえてきた。

「ん?」

 真中が振り返る。そこには、いつの間に回り込んだのか少年の姿があった。

「こら、隼人。勝手に見るんじゃない」

 慌ててモニターを隠すも、もはや手遅れ。報告書は、全て読まれてしまったようだ。

 その証拠に、

「そこに書いてあった女の人だけどさ、俺、近所だから知ってるぞ」

 パソコンを示して、そう伝えてくる。

「へぇ、知り合いなのか。でも、だからって、ここで見たことを本人に言うなよ。俺がクビになってしまうからな」

「分かってるよ。それよりさ、面白いものを見せてやるよ。その女の人、SNSやってるんだけど……ちょっとパソコン貸して」

 言うが早いか、隼人は、机上のノートパソコンに手をかけた。

「おい、やめろ。これは警察の備品だ」

 一応、怒る素ぶりをする真中だが、本気でとめようとまではしない。彼の「面白いもの」との言葉が気になったからだ。

 報告書を最小化すると隼人は、インターネットに接続し、検索サイトを開いた。続けて女性の名前を入力する。検索結果のトップには、彼女がやっているSNSが表示された。

 つれづれなるままに、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく呟くための、あのSNSである。

「ほら、見てみろよ」

 にやりと笑い、隼人がモニターを顎でしゃくる。

「何だ?」

 顔を近づけて確認するアイコンには、相談にきた女性の顔が。そして、最も新しい呟きには、『ブサメンにナンパされてむかついたから、警察行ってきた。早く逮捕されろ』と、およそ品性や品格とは対極に位置する無粋な言葉が綴られていた。

「なぁ、分かっただろ? 報告書にあった相談内容には、『気味が悪い』だとか『怖くて仕方がない』だとか書かれていたけど、実際はこのとおりだ。いくら公僕だとはいえ、市民がこんな感じだと、やる気もなくなるよな」

 隼人が、したり顔を向けてくる。

 返事をする代わりに、真中はそっとノートパソコンを閉じた。

「さて、と。そろそろ時間だし、俺は三時間目に行ってくるとするかな」

 彼の仕事意欲を完全に()いだことで満足したのか、隼人が悠悠と交番をあとにしようとする。

 そこに真中が、

「おい、忘れ物だぞ」

 と、机上に置かれたままになっているフライパンを手渡した。

「おっと、いけね。せっかく家から持ってきたのに、ここに置いて行ったんじゃ意味がないからな。助かったよ」

「そうか。だが、それにしてもお前、そんなもの何に使うんだ?」

 フライパンを指さして、真中が首をかしげる。

 すると、少しばつが悪そうに隼人は答えた。

「ほら、去年、家庭科準備室を吹っ飛ばした馬鹿がいただろ。そのせいで、家庭科室も燃えちゃってさ、ほとんどの調理器具が使いものにならなくなってしまったんだ。まぁ、家庭科室のほうは新築されたんだけど、調理器具は全然間に合っていなくて。だから、責任を取るって意味で、今日の調理実習のために俺が家から持ってきたんだ。一つじゃ足りないのは分かっているんだけど、一応な」

「なるほど」

 真中は納得した。隼人なりに“家庭科準備室爆破事件”について反省しているということなのだろう。

 殊勝なその態度に免じ、真中は話題を変えてやることにした。

「それで、調理実習では何を作るんだ?」

「五年生で家庭科は始まったばかりだからな。目玉焼きだよ」

「ほう、目玉焼きか。簡単だが、その分失敗がないからいいじゃないか」

「そうだな。完成したら真中さんにも持ってきてやるよ。どうせ、昼飯はコンビニ弁当なんだろ?」

「どうせ、は余計だよ。でも、ありがとうな。楽しみにしてるよ」

「あぁ。真中さんにはいつも世話になっているからな。期待していてくれ。じゃあな」

 最後に手をふる代わりにフライパンをふって見せると、隼人は交番を出て行った。


「……はあ」

 ひとり残った交番で、真中が小さな溜め息をつく。

 やはり、子供相手は苦手だ。無論、隼人は、一般的な児童と比べ、かなり大人慣れしている部類に入るだろうが、それでも苦手なのである。かてて加えて、相手はブラックリスト入りしている少年。いささかも気を抜くことができないのだ。

 昨年は交番に近寄ることさえしなかった隼人だが、五年生になってからは毎日のように訪れている。それは、偏に、真中が受けている彼からの信頼によるものに他ならない。

 しかし、当の真中にしてみれば、正直、迷惑を被っている感は否めなかったのである。

 “建前”では虞犯少年と上手に付き合いつつも、その実、何かやらかさないかと絶えず“本音”の部分で監視する。それが、ヤドカリ警官の仕事なのである。

 現行の法律では、二十歳になれば誰もが大人だ。

 だが、本当の大人というものは、相手に気づかれることなく“本音”と“建前”を使い分ける術を会得している人間なのではなかろうか。

 何となくではあるが、真中はそう思っている。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回更新は、4月16日(日)を予定しています。

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