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ヤドカリ警官  作者: 直井 倖之進
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『ヤドカリ警官』⑬

 南校舎一階の角部屋に位置する西桜小学校内交番。

 事務用机に着き、ノートパソコンを開いている真中。

 そこに、隼人がやってきた。

「久しぶりだな、真中さん」

 軽く手を上げて挨拶をすると、彼は、それが当たり前であるかのように来客用の椅子にどかりと腰を下ろした。

「久しぶり、って、“収れん火災”の時にきていただろう。もう忘れたのか?」

 呆れ顔を見せながらも、真中はノートパソコンを閉じた。

「あぁ、そういえばそんなこともあったな。それにしても、補導されてみると、周囲の“本音”を知ることができて面白いな。俺のことを誰がどう思っていたのか。それが手に取るように分かったからな。これからは、定期的に補導されてみるのもいいかも知れないな、うん」

「何を勝手にひとりで納得しているんだ。今回は検証で誤認だと分かったからよかったものの、警察や検事、裁判官だって人間だ。誤認が誤認であると気づかれずに、逮捕、起訴、裁判、有罪になった事例は、これまでにいくらだってあるんだぞ。そもそも、“李下に冠を正さず”や“()(でん)(くつ)()れず”の言葉があるようにだな、疑われる行いは(はな)から……」

「分かった、分かった。冗談だよ、冗談」

 いつになく生真面目に返してくる真中に気圧され、隼人は慌てて途中で遮った。

 しかし、真中は弁をとめようとはしない。

「いいか、よく聞けよ、隼人。お前には、お前を心の底から信用してくれている人がいる。その期待に応えろなんてことは言わないが、せめて、いつも心の片隅ぐらいには置いておけ」

 すると、ここまで気楽な態度で会話をしていた隼人が、その顔相を一変させた。

 それから、彼は、実に廉潔とした様相を以て口を開いた。

「分かってるよ。坂口先生のことだろ? 坂口先生は担任でもないし、普段よく話をするってわけでもないから想像もしてなかったけど、俺のこと、親身になって考えてくれてたんだな。感謝してるよ」

「そ、そうか。まぁ、理解しているならそれでいいんだ」

 真摯なその返答に、今度は真中が戸惑う。

 そこに、隼人はさらに言葉を足した。

「それとさ、俺、今回の件では真中さんにも感謝しているんだ。警察に火元の再検証を願い出てくれたのは、真中さんなんだろ? それは、つまり、俺を信じてくれていたってことだ。ありがとうな」

 まったく予期していなかった隼人の謝意に、真中がその顔を赤くする。

「いや、あれは、俺が真実を知りたいと思っただけで、礼を言われるほどのことでは……」

 そうは言うものの、今、彼は、“警察官冥利”というものを、その胸で確かに感じていた。

 ただ、ここでふと思い出す。今回の件について、ずっと謎としていたことがあったのだ、と。

 真中は、それをたずねてみることにした。

「なぁ、隼人。お前は、俺が火元の再検証を願い出た直後から、自分への容疑を否認し始めた。それは、まるで俺が動き出すのを待っていたかのようだった。そして、お前は、その表現こそあれだったものの、自分の言葉で、警察を再検証しないといけない状態へと追い込んだ。つまり、本当は、俺の力など必要なかったということだ。それなのに……」

「どうして、真中さんが動くまで待ったのか、か?」

 肝心の問いの部分を隼人が告げた。

「あぁ、そうだ」

 真中がうなずく。

 隼人は答えた。

「それはな、真中さんが俺を信じてくれていたように、俺も真中さんを信じていたからだよ。真中さんだけは、俺が無実だと考えて動いてくれる、って。まぁ、善良な少年を誤認補導せずにすんだと警察署内で真中さんの評価が上がったことについては、あくまでも結果。“おまけ”だけどな」

「お前、まさか、その“おまけ”が目的で……」

 続く言葉を失う真中に、隼人は、

「さぁな」

 と、にやりと笑って見せた。

 時にして数秒、交番に沈黙の時間が訪れる。

 やがて、真中が口を開いた。

「隼人。信頼関係というものは、利鞘なんてなくても成立するものなんだ。相手を信用し、自分も信用されている。それだけでいい」

「分かったよ。今後、坂口先生や真中さんに心配をかけるような真似はしない。それと、警察に迷惑かけるようなこともな。だって、警察署は、将来の俺の職場になるかも知れない場所だからな」

「お前、それって!」

 真中は、思わず声を弾ませた。

「あぁ。俺、警察って大嫌いだったんだけどさ、真中さんを見ていたら、将来は警察官になるのも悪くないかなって思い始めたんだ。まぁ、少しだけだけどな」

 照れた様子でそう告げる隼人に、真中は答えた。

「そうか。俺も、子供は嫌いだったが、隼人を見ていると、子供も悪くはないかなって思い始めたぞ。まぁ、少しだけだけどな」

 西桜小学校内交番に、真中と隼人の笑い声が響く。

 それは、巡回から戻った今田巡査部長が二人を見て首をかしげるまで続いたのだった。

 ご訪問、ありがとうございました。

 これにて、7作目『ヤドカリ警官』も完結です。


 皆さんもご存じのとおり、『ヤドカリ警官』は、“ヒューマンドラマ”と分別し、その末席に座所を作らせていただきました。

 人の生き様、つまりは、人生。その人生に数多点在する悲しみや怒り。また、他者との関わりによって生じる葛藤や苦悩。それらを、あるひとつの個(本作では真中)を通して見つめていくもの。それが“ヒューマンドラマ”です。


 人というのは、器用な者たちばかりではありません。いや、基本的に全ての人は、生きることに不器用だと言ってもよいでしょう。下手くそな愛想笑いを浮かべて、下げたくもない頭を下げて、それでも懸命に生きているのが現実なのです。

 先に記した怒りや悲しみ、葛藤や苦悩というものは、誰もが胸中にて多かれ少なかれ抱えているもの。

 しかしながら、それでも人は生きていきます。自分の人生を歩み続けます。

 何故なら、そこには、喜びや楽しさもあるから。今はまだ見えていなくても、近い将来、それがあるかも知れないからです。

 

 喜怒哀楽。その中で、怒りや哀しみを10とすると、喜びや楽しみは1にも満たないものなのかも知れません。

 ですが、少ないからこそ、人はそれを大事にできる。その輝きをそっと見つめ、ありがたみを感じることができる。ゆえに、人は優しくなれるのだと思います。


 人生には、つらいことが多く、喜びは少ない。

 それでも、優しい気持ちで生きている人たちはたくさんいる。

 ならば、そんな人たちの支えとまではいかなくとも、寄り添い、応援することならできるのではないか。

 そして、それが、“ヒューマンドラマ”と名づける小説の立ち位置、在り方なのではなかろうか。

 今作を終え、今、私はそのように考えています。


 本日、本編を読み終え、このような駄文にまで目を通していただいている皆さん。『ヤドカリ警官』へのご愛顧、本当に、ありがとうございました。

 なお、途中で放棄なさり、こちらを訪れることがなかった皆さん。それは、偏に私の力不足によるものです。申し訳ありませんでした。「次回こそは!」との気持ちで、懲りることなく掲載いたしますので、もし、縁ありましたら、次作以降、よろしくお願いいたします。


 それでは、以下、次作8作目の予告です。

 8作目は、『守護霊は、おじさん』という作品です。

 原稿用紙220枚ほどの長さで、ジャンルは“恋愛”となります。

 こちらを投稿したのち、『守護霊はおじさん』のプロローグも掲載いたしますので、よろしければ、今後ともお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

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