『ヤドカリ警官』⑫
一度でもその世界に足を踏み入れた者なら分かるだろうが、一般的に、公務員という職種は、縦の繋がりに強く、横の繋がりが希薄だ。
これは、機密性の高い情報の保護という面では非常に便利なのだが、ともすれば不手際の隠ぺいに利用され易く、また、他者の仕事の失敗を指摘しづらいという側面も併せ持っている。
そのため、真中がビニルハウス全焼についての火元の再検証を願い出た際には、今田巡査部長はその顔を曇らせるのを隠さなかった。
警察だけでなく、「放火の可能性あり」とした消防職員にも迷惑がかかるからである。
しかしながら、真中の熱意に今田巡査部長も終には折れ、再検証を申し出ることが許可された。
さらに、ここでもうひとつ、大きな変化が起きた。真中が隼人の無実を信じて動き出したのを知ると同時に、隼人もまた、「俺はやっていない」と、自らの犯行を否認し始めたのである。
「俺は雨に濡れたマッチ箱を拾っただけなんだぞ。それで、小さな子が触ったら危ないからって、校長先生が植物の世話をしているビニルハウスに投げ込んだんだ。だいたい、湿ったマッチじゃ火は点かないってことくらい、俺たち小学生でも分かるぞ。もう一回調べ直せよ」
この上なく横柄な態度ながらも理路整然と語る隼人に負け、警察は、県警刑事部の付設機関である科学捜査研究所に鑑定を依頼することになった。
提出されたのは、坂口より真中が譲り受けたビニルハウスの写真。
ハウスの屋根に降り溜まった雨水と当日の太陽の動きを基に、科学捜査研究所の鑑定が始まった。
そして、研究所職員による現場の検証も行われ、あるひとつの事実が判明する。
科学捜査研究所が導き出したビニルハウス全焼の原因。
それは、“収れん火災”であった。
“収れん火災”とは、雨水などで下がったビニル製の屋根が凸レンズの役割をし、そこに太陽光が当たることによって光を集め、内の物体を燃焼させて火災を引き起こすというものである。
ビニルハウス以外にも“収れん火災”の原因となる物はそこかしこにあり、ビルのミラーガラスやカーブミラー、水晶玉、一時期テレビでも話題となったペットボトルなど、凸レンズや凹面鏡の代わりになるならば何でも、それを起こす可能性があるとされている。
因みに、この火災、太陽光を集める必要があるため夏に起きると考えられがちだが、実はそうではない。太陽の高度が低いほうが低い建物にまで光が入りやすいため、冬に多いのである。
そして、グラウンドの隅で将也と話をした際、「光を集めると温度が上がる」という彼の言葉から真中が推理したのも、この“収れん火災”であった。
そのため、真中は、全焼する前のビニルハウスの写真を手に入れようと職員室に行ったというわけだ。
全国各地にあるビニルハウスの総数を考えると、“収れん火災”が起きる確率など、宝くじに当選するにも等しいものだ。
だが、それでも真中がその可能性に賭けたのは、やはり、坂口と同じく彼も、隼人を信じていたからなのだろう。
こうして、一点の曇りなく容疑が晴れた隼人は、その日のうちに再び西桜小学校へと帰ってきた。
彼が所轄署から出る時の様子は、その後数年に亘り職員の語り種となるほど偉そうなものであったという。
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タコの入っていないタコ焼き、キャベツと小麦粉だけで作られた箸巻。そんな拙作ばかりを並べる、私、直井倖之進ですが、7作目『ヤドカリ警官』も次回で完結となります。
次回、最終回の更新は、5月16日(火)を予定しています。




