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ヤドカリ警官  作者: 直井 倖之進
12/14

『ヤドカリ警官』⑪

 職員室。

「はい、ありますよ。まさかあんなことになるとは思っていなかったので、偶然ですが。これが、焼失した日の朝に撮ったものです」

 そう言って教務主任の(さか)(ぐち)が渡してきたのは、北校舎裏庭のビニルハウスを撮影した写真だった。

「拝借します」

 礼とともに受け取り、真中はそれに目を落とした。

 地面に落ちているはずのマッチ箱は草に隠れて分からなかったが、肝心のビニルハウスの屋根についてはしっかりと写されていた。

「ハウスには、地域住人から寄贈された観葉植物が入っていて、主に校長が世話をしていました。その点については、子供たちも知っていますし、よほどの理由がない限り、中に入ることは考えられません」

 そう坂口が補足する。彼も西桜小の教師。自分の学校の児童が放火をしたなど、たとえその子に前科があったとしても信じたくはないのであろう。

「今回の件について、隼人は、犯行を認めたわけでも否定したわけでもありませんから、まだ俺からは何とも言えません。ただ、真実は必ず明らかになります。だから、もう少し待ってもらえますか」

 警察官という立場上、そう述べるしかない答えを真中は返した。

 すると、同じ公務員ということでその意図が掴めたのであろう坂口は、

「はい。お願いします」

 と、まるで我が子のために頼み込む親のように、深くその頭を下げた。

「警察官として、全力を尽くします。あ、そうだ。この写真、暫く預かってもいいですか?」

 真中は、手に持つ写真を軽く振って見せた。

「えぇ、構いませんよ。どうぞ」

「では、拝借します」

 促す坂口に礼を伝えると、真中は職員室を出ようと彼に背を向けた。

 そこに、

「真中さん。ひとつ、伺いたいことが」

 そう後方から声がかかる。

「はい、何でしょうか?」

 真中は再び振り返った。

「あの、SP法のことなんですが、もしかして、あれ、虞犯少年の管理に利用されている、などということはないでしょうか?」

 あまりにもストレートな質問に、真中は無意識にその身を固くした。背中に、冷たい汗が流れるのを感じる。

 今では使い古された手法ながら、“返答に困る質問には、質問で返す”のは定石だ。

 真中は口を開いた。

「どうして、そんなことをお考えになったのですか?」

「交番が入ってきた三千校のリストを見ていてそう思ったんです。一見適当に見える振り分けだが、その実、交番が入り込んだのは、“荒れが目立つ学校にかぎられている”と。もちろん、私も全国区でそれを確信しているというわけではなく、自分が所属しているこの県だけでの話です。ですが、たとえ四十七分の一の確かさであっても、十分信憑性のある内容だと思っています」

「……」

 「当たりです」そう告げたいのだがそれはできず、真中は口を閉ざした。

 そんな彼の様を、「不快に感じている」とでも勘違いしたのか、少し慌てたように坂口は続けた。

「いや、ですが、たとえSP法で虞犯少年の管理を行っていたとしても、それを咎めるつもりは、私には微塵もありません。私が教師という立場ではなく警察官だったら、きっと同じことを考えたと思いますから。それに、これは教育畑で二十年間生活してみて分かったことなんですが、指導の効果のない、反省のない児童は、どこの学校にでもいるものです。学校は、将来ノーベル賞を取る可能性のある子も殺人犯になってしまう可能性のある子も関係なく、一緒に生活を送る場。そう考えると、SP法は、むしろ必要不可欠な法律なのかも知れません。ですが……」

「ですが?」

「はい。ですが、隼人は、五年二組の瀬戸隼人は、そんな子供ではありません。彼は、一度道を踏み外しても、再びその道に戻ってくることができる子です。これについては、私の首を懸けても構いません」

 そう言うと坂口は、最後に自分の首を二度叩いて見せた。

 確かに、隼人は、自分の悪しき行いを反省できていた。それは、調理実習の際に家からフライパンを持ってきたことからも分かるし、事実、そのことを「責任を取るって意味で」と発言していたからだ。

 隼人を信頼している坂口と、坂口の知らぬ場所でそれに応えている隼人。これが、本当の教師と児童との関係なのだろう。

 それならば……。

 真中は、今日の坂口との会話の中で初めてとなる“本音”で告げた。

「先生と同じように、俺も瀬戸隼人は“シロ”だと思っています」

 その瞬間、坂口の顔が綻んだ。

「そうですよ。隼人は、同じ過ちを繰り返すようなことはしません」

「ええ。きっと証明してみせます」

 そう宣言すると、真中は、力強く職員室をあとにした。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回更新は、5月13日(土)を予定しています。

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