『ヤドカリ警官』⑨
「授業中なのに申しわけない。もう何度も聞かれたかも知れないが、話をしてもらってもいいかな?」
南校舎二階。四年二組の教室前廊下でそう真中が請うと、奥村優は笑顔で答えた。
「いいよ。何でも聞いて。勉強してるより、こっちのほうがずっと面白いから」
「そうか。だが、残念ながらそう長い話にはならないと思う。とりあえず、昨日、隼人を見た時のことを教えてくれないかな?」
「分かったよ。えっと、昨日の四時ごろなんだけど、僕、宿題のプリントを忘れたのに気づいて、教室に取りに戻ったんだ。そのあと、北校舎のビニルハウスの前を通った時に、隼人君を見かけた。隼人君、何かを拾っていたみたいだったんだ。それで、いい物だったら分けてもらおうと思って近づいたんだけど、マッチ箱だって分かって。僕、マッチなんて要らないから、話しかけもしないでそのまま家に帰ったんだ。それだけ」
「なるほど。では、マッチ箱は、隼人が持っていたんじゃなくて、その場で拾ったということなんだな?」
真中が再確認する。
優は大きくうなずいた。
「うん、そうだよ。だって、あのマッチ、月曜日から裏庭に落ちたままになっていたんだから」
「月曜? ということは、三日前からか?」
「そう。だから、僕、隼人君の拾った物が、マッチだってすぐに分かったんだ」
「それで、その話、俺以外の警察官には?」
「ううん、してないよ。聞かれてないから」
「そうか」
それを聞き、思わず真中の頬が緩んだ。
「どうかしたの?」
首をかしげる優に、真中は言った。
「あぁ。今の奥村君の証言で分かったんだ。今回の事件の犯人、隼人じゃない可能性が出てきた」
「え、どうして?」
「事件の前日、一昨日の夜の天気を思い出してみろ」
「一昨日の夜って、ひょっとして大雨が降った日のこと? 雨の音が煩くて、全然眠れなかったよ」
「そう、その日だ。そんな雨の日に、外にマッチ箱が置いてあったらどうなる?」
「それは、マッチ箱は雨に濡れて、……あ!」
教室は授業中だということも忘れ、優は大きく手を打った。
「そう。雨水で湿ってしまったマッチが、使いものになるわけがない。つまり、もし、隼人が犯人だったとしても、マッチを使ったという線は消える。そうなれば、全てを洗い直す必要が出てくるし、放火ではなく単なる火災だった可能性も出てくるんだ」
「おお。何だかよく分からないけど、お巡りさん、探偵みたいだね」
優が真中に尊敬の眼差しを向けてくる。
「探偵、か。俺たち警察官にとって、それは褒め言葉じゃないけどな。まぁ、ありがとう。奥村君、警察への協力に感謝する」
「どう致しまして。頑張ってね、お巡りさん」
照れたように笑う優と握手を交わすと、真中は密かに独自の捜査を行うために一階へと戻った。
ご訪問、ありがとうございました。
今話、少し短くなってしまいましたが、次話以降、完結までの区切りを考えるにこうなりました。
申し訳ありません。
しかしながら、GWということで、あれこれご予定もあるかと思いますので、これくらいでちょうどよいのかも知れませんね。
次回更新は、5月7日(日)を予定しています。
それでは、引き続き、素敵な休日をおすごしください。




