シグルドとの対面
瑞希は王都の兵士に連れられ、領主の館の門をくぐる。
何故この場所に連れて来られたのかと言うと、この領主の館に王弟であるシグルドが滞在しているからだ。
その証拠に、領主の館の前の広場に大勢の王都兵が待機していた。
瑞希は兵士に付いて歩きながら、チラリとその兵士達を伺い見ると、その兵士達も瑞希を奇異な目で見てくる。
するとその中から、一人の兵士が瑞希に近付いて来たのだ。
「おおミズキ!無事だったか!どうも詳しくは聞いてないが、中々の活躍をしていたらしいじゃないか!」
「マギド隊長・・・」
「ん?おおそうか!その活躍を評価して貰えて、シグルド様に直接お会い出来るんだな!良かったな!」
そう言ってマギドは、瑞希の背をバシバシと叩いてくる。
「マギド隊長、痛いんですが・・・」
「おおすまんすまん!」
「マギド、そろそろ良いか?シグルド様がお待ちなのだ」
「ああすまん!じゃあミズキまたな!」
マギドはそう言いながら笑顔を瑞希に向け、そして元いた場所に戻って行った。
「・・・少し時間が掛かってしまった。シグルド様がお待ちだ。急ぐぞ!」
「あ、はい」
瑞希を連れてきた兵士がそう言って、足早に玄関に向かって歩いて行くので瑞希は慌てて追い掛ける。
ちなみにマギドの事を呼び捨てにする程なので、この兵士もマギドと同じ隊長クラスだと察したのだ。
そうして瑞希は、ここまで数人の兵士に囲われて連れて来られていたが、玄関前でその隊長一人だけとなりそのまま隊長に付いて領主の館の中に入って行ったのだった。
「お連れしました!」
「・・・入れ」
瑞希を連れてきた兵士が扉をノックし中に声を掛けると、その扉の向こうから返事が返ってくる。
そしてその声を聞いた兵士がゆっくりと扉を開き、瑞希に中に入るように促してきたのだ。
しかし瑞希はその場で躊躇してしまい、その部屋に一歩足を踏み入れる事が出来ないでいた。
だがもう一度兵士に中に入るよう促され、瑞希は渋々ながらその部屋に足を踏み入れたのだ。
瑞希が部屋に入ると、大きな執務机に向かって何か書類を書いていたシグルドが顔を上げ瑞希を見てきた。
(・・・相変わらず凄く整った顔してるな~。多分年齢も、私より上で二十代後半ぐらいっぽいな~)
そう瑞希は、フードの隙間からシグルドの顔をじっと見つつ観察していたのだ。
しかしそこでそのシグルドのいる執務机のすぐ横に、一人の男性が立っている事に気が付く。
その男性は、見た目からするとシグルドと同じ年齢か少し年上のようであった。
そしてその容姿は、背中まである水色掛かった銀髪をそのまま後ろに垂らし、シグルドと並んでも引けを取らない程の美形な顔に銀縁の眼鏡を掛け、その奥にある切れ長の目の青く綺麗な瞳で瑞希を探るように見ていたのだ。
さらにその男性は軍服を着ているのだが、他の隊長クラスの人が赤い軍服を着ているのに対し、白の軍服と言う明らかに他と服の色と形が違っていた事から、かなり身分のあるシグルドの側近であると悟った。
「・・・ご苦労だった。下がって良いぞ」
「はっ!」
瑞希を連れてきた兵士は、そうシグルドに言われたので一礼して部屋から出ていき、結局部屋の中には瑞希とシグルドと側近と思われる男性の三人だけになったのだ。
「さて・・・私が呼んだ理由は分かっているな?」
「・・・っ」
瑞希はそうシグルドに言われ、肩をビクッと震わせる。
「だが、まず名前を聞いておこう。私の名は知っていると思うが、シグルド・・・シグルド・ロデル・グロリアだ。そしてこの隣にいる男は、私の側近である・・・」
「ジル・ミリア・ロベルトと申します。ジルとお呼び下さい。以後お見知りおきを」
そう言ってジルは、瑞希に軽く頭を下げて挨拶をしたのだ。
それを見た瑞希も、慌てて頭を下げて挨拶をした。
「ミ、ミズキです!こちらこそよろしく!」
「ミズキか・・・ここら辺ではあまり聞かない名だな」
「・・・ここより遠い異国出身なので・・・」
「そうらしいな。冒険者ギルドから報告を受けている」
シグルドがそう納得したように頷く。
(・・・やっぱり、私の居場所が分かったのはギルドに聞いたからか・・・)
瑞希はそう思い、予想していたとは言えギルドからの情報だった事に、やっぱり冒険者ギルドに登録してなくて本当に良かったと思ったのだ。
何故なら、冒険者ギルドに登録する内容は出身地や家族構成など、完全にプライベートの事を細かく登録しなければならなかったからである。
「それで・・・そのフードは、いつまで被っているつもりだ?」
「え?」
「人と話をするのに、フードを被ったままとは失礼だと思わないのか?」
「そ、それは・・・」
「確かに、この町に来て初めてお前を見掛けた時や、あのドラゴン討伐の時でさえずっとフードを被っていたが・・・何か取れない事情があるのか?」
「・・・・」
「だが聞くところによると、一部の人の前ではそのフードを外しているとも報告を受けているが・・・私の前では外せないのか?」
シグルドはそう言って、机に両肘を付き両手を組んでその上に顎を乗せ、瑞希を探るような目でじっと見つめてきた。
瑞希はその視線を受け、背中に冷や汗をかいていたのだ。
(ど、どうしよう!!顔見せたら、絶対あの神殿にいた者だって気が付かれる!!場合によっては、さらに面倒な事に!!!)
そう瑞希は、心の中で大いに焦っていたのだった。
「・・・ミズキ」
「っ!ご、ごめんなさい!私・・・自分の顔に劣等感を持ってるので!!」
「・・・は?劣等感?」
瑞希の言葉に、シグルドとジルは呆気に取られた顔になる。
「はい!私・・・昔から自分の顔に自信が無くて、フードで顔を隠してないと落ち着かないんです!なので、仲良くなった人の前でしか基本フードを外せないんですよ。ですので、出来ればこのままでも良いですか?」
「・・・・」
そう必死な瑞希の様子を、シグルドはただ黙って見つめていた。
「あ、あの~」
「・・・駄目だ」
「え?」
「そもそも私は、人の顔だけを見て卑下する者が嫌いだ。そしてそれと同じように、自分の事を卑下する者も嫌いだ。良いからそのフードを取れ!私は絶対、お前を馬鹿にするような事はしない!」
「うっ!」
凄く真剣な表情でそう言われ、瑞希は激しく動揺する。
(うう・・・まあ、言葉はとても良い事を言ってるんだけど・・・本当は別の理由で外したく無いなんて言えないよ!!)
そう瑞希は心の中で叫ぶが、シグルドに本当の事が言える訳もなくどうしたものかと困惑してしまう。
「ミズキ!」
「は、はい!わ、分かりましたよ!!」
(え~い!もうどうにでもなれ!!!)
瑞希はそう腹をくくると、勢い良くフードを頭から外したのだ。
しかしシグルドの様子を直視する事が出来ず、瑞希は目を瞑ってしまう。
「・・・なんだ、べつにそんなおかしな顔をしていないではないか」
「え?」
想像していたのと違う反応が返ってきた事に驚き、瑞希は目を開けてシグルドの様子を見る。
そのシグルドは、特に瑞希の顔を見て驚く様子も無くむしろ逆に驚いている瑞希を見て不思議そうな顔をしたのだ。
「そんなに驚く事か?なあジル、お前はミズキの顔をおかしいと思うか?」
「いえ、特に問題ないかと思われます。まあ、不細工と言う訳でも無く、だからと言って美形と言う顔立ちではありませんが・・・よくよく見ると、中よりは少し上ぐらいの顔立ちかと思われますよ」
「正直私もそう思う。ミズキ・・・そんなに自分を卑下するほど、酷い顔では無いから安心しろ」
「は、はぁ・・・」
シグルドの励ましに、瑞希は曖昧に返事を返したのだった。
(・・・あれ?シグルド様、私の顔を見ても全く気が付く様子が無いんだけど?どうして?)
瑞希はシグルドの予想外の反応に、戸惑ってしまう。
「え~と・・・シグルド様は、私の顔に何か思い当たる事あったりする?」
「ん?特に無いが?何かあったか?」
「い、いえ!私の勘違いでした!!」
怪訝な表情になったシグルドに、瑞希は慌てて否定する。
(そうか!私、あの時大きな眼鏡をしてたから、あまり顔を見られなかったんだ!!)
その事実に気が付いた瑞希は、心の中でガッツポーズを決めたのだ。
「そうか。だがお前の顔を見てふと思ったのだが・・・その髪と瞳の色はここら辺では珍しいが、今王都にいる『聖女』とは同じ色をしているな」
(ギクーーーーーー!!!)
シグルドのその発言に、瑞希は心臓が飛び出るんじゃないかと思うほど大きく鼓動が跳ねた。
「そ、その聖女様に色が似てるなんて光栄だな~!でも、私の国ではこの色そんな珍しくも無いんで!」
瑞希は内心激しく焦りながら、必死に言い訳をする。
「ちなみに、その聖女様ってどんな方なんですか?私、噂でしか聞いた事無いので・・・」
「ああ・・・あの聖女な・・・」
「ん?どうしたんですか?」
「・・・私は軍議が遅れた為、聖女召喚の瞬間に立ち会えなかったのだが・・・その瞬間に立ち会った私の兄上や神官達が、すっかりあの聖女を崇拝してしまっているんだ。特に兄上の聖女に対する態度が、ほとんど溺愛していると言ってもおかしくない状態だ」
その状況を思い出しているのか、シグルドは顰めた顔付きになったのだ。
「・・・シグルド様は、聖女様を良く思っていないんですか?」
「いや、そう言う事は無い。ただ・・・あの聖女の話を聞いていると・・・どうも痛い女にしか見えてこないんだ」
「・・・・」
(あ~この世界でも、私の世界の人と同じ反応なんだ・・・ただ、シグルド様ある意味正解!!)
そう瑞希は心の中で思い、苦笑いを浮かべていたのだった。
「それはそうと、そろそろ話を戻すぞ」
「え?なんでしたっけ?」
「お前の力の話だ!」
「ああ・・・」
瑞希は顔バレしなかった事に安堵し、すっかりその話を忘れてしまっていたのだ。
「それでその力は一体何だ?だいぶ弱っていたとは言え、あのドラゴンを氷の魔法一発で倒してしまう、そんな魔法など初めて見たぞ?ああちなみに、あの現場にいた兵士には箝口令を出してある。だから他の者には知られていないから安心しろ」
「勿論私は、あの現場にいましたから知っていますよ。ただ、一応魔法を使える身としてはとても興味がありますね」
「え、えっと・・・」
「どうなんだ?」
「・・・偶然です」
「・・・は?」
「だから、あれは偶然出来た事なんです!!」
そう瑞希はキッパリと言い切ると、シグルドとジルは唖然とした表情でお互いの顔を見合ってから、すぐに怪訝な表情で瑞希を見てきた。
「お前は一体何を言っている・・・あんな事、偶然で出来る訳が無いだろう!」
「でも出来たんです!多分報告に上がってると思うけど、他のモンスターと戦っている時は普通でしたよ!」
「・・・確かに、モンスター討伐は他の魔法使いの冒険者と、同じかそれ以下の威力だったと報告がありますね」
「でしょう?」
ジルが手に持っていた書類をパラパラと捲り、その内容を確認したので、瑞希は力強く肯定したのだ。
「だがしかし・・・」
「そもそも人って、咄嗟の時なんかに思いもよらない力が出る時があるよね?それがあの時起こったんですよ!だって・・・今はこれぐらいしか出来ないですから」
そう言って瑞希は右の掌を上にして、そこに野球のボールぐらいの氷の玉を浮かせてみせた。
「本来、これが限界です」
(本当は全然余裕だけどね)
瑞希は心の中でそう思うが、それを顔に出さないように気を付ける。
「・・・分かった。正直あまり納得してないが、そう言う事だと思う事にしよう。それに確かに戦場で、命の危機に面した敵が思わぬ力で反撃してくる事があるからな」
「あ、ありがとうございます!・・・良かった、正直説明しろと言われても初めて出た力だったから、説明しようが無かったんですよね」
そうホッとした表情で瑞希は、掌の上に浮いている氷の玉を消した。
「それじゃ話は終わったようですし、私もう帰って良いですか?」
「いや、待て!まだだ!」
「え?これ以上まだ何かあるの?」
「あの時、偶然とは言え私を助けたんだ、それなりの褒美を与えよう」
「へ?」
「ジル」
「はい」
瑞希がシグルドの言葉に驚いている内に、ジルが部屋の奥から麻袋が乗った銀の盆を持って私に近付いてきたのだ。
「今回の特別報酬だ。受け取れ」
「いやいやいや!要りませんから!!」
「・・・何故だ?」
「そもそもギルドで貰った報酬金だけでも充分なのに、こんなに貰っても正直困るよ!私は身の丈にあったお金だけで良いの!!これは、他に頑張っていた冒険者の人に上げてよ!!」
「・・・お前、変わった女だな。普通は大喜びで受け取る者ばかりだぞ。それに・・・王弟である私に対しても普通に話してくるしな」
「ええ、私もこんな人初めて見ましたよ」
そう言ってシグルドとジルは瑞希を、まるで珍しいものでも見るような目で見てきた。
瑞希はそんな二人を見て頬を引きつらせる。
(私は珍獣かーーーー!!!)
そう瑞希は、心の中で叫んでいたのだった。
「と、とりあえず、本当にお金要らないので!」
「・・・分かった。仕方がない。ジル戻して良いぞ」
「分かりました」
なんとか受け取らずに済んだ事に、瑞希はホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、今度こそ帰って良いですよね?」
お金を奥に戻していくジルを見てから、瑞希はそうシグルドに言う。
(とりあえず納得してくれたし、逃げ出す必要も無くなったから、今はすぐにでも宿屋に帰ってベッドにダイブしたい!!!)
そう宿屋のベッドを思い浮かべ、瑞希は今すぐ帰りたい気持ちで一杯だった。
「いや、まだだ」
「え?まだ何かあるの?」
正直、瑞希はいい加減うんざりしていたのだ。
「むしろここからが本題だ・・・ミズキ、お前私の軍隊に入らないか?」
「・・・・・はぁ!?」
シグルドの突然の提案に、瑞希は驚愕の表情で驚きの声を上げたのだった。
次回の更新日未定です。
※2/18 すみません!元々箝口令の部分を書くつもりでいたのですが、書き忘れていた事に気が付いたので追記しました。