夢見るヤキトリ
ぼくはヤキトリ。チャトラの猫。
真夜中に動物病院の前に捨てられて、翌朝、看護師さんに保護された。
そして、たまたま訪れたパパさんとママさんに出会い
「こんがり焼けた焼き鳥みたいね」と、抱き上げられて
「おいしそうだ」と、抱きしめられた。
あの日から、ぼくはヤキトリ。
パパさんとママさんの家族になった。
まだ赤ちゃん猫のぼくには、ふたりがパパとママ。
あたたかな手に包まれて、たくさんミルクを飲んで、
やわらかなおひざの上で、ふわふわした夢をいつも見ていた。
あの日から20年……。
ぼくは、うんと早くおとなになって、
パパさんとママさんの歳も追いこして、
すっかりオジイチャンになったけど、
今でもふたりは、ぼくのパパとママだよ。
ミルクは、もう飲まないけれど、おひざの上は今も好き。
ぼくはオジイチャンだから、おひざに飛び乗るのは大変だけど。
ときどき「のらなくてもいいかな?」と、思うこともあるけど、
ガンバって飛び乗るよ。
だって、パパさんのおひざが大好きだから。
ネコジャラと間違えて、パパさんの手にかみついた夢。
テーブルの焼き鳥をつまみ食いして、ママさんに叱られた夢。
その後、パパさんが、こっそりくれた焼き鳥の味。
パパさんのおひざで見る夢は、
どれも、ふわふわしていて、あたたかくって、
「いつまでも続けばいいな。」と、思うんだ。
そう言えば、しばらくおひざに乗っていないね。
最近のパパさん、お出かけが多くて、あんまりお家にいないから。
ぼくは、パパさんのお部屋の床に寝そべって、帰りを待つよ。
フローリングが、ひんやりして気持ちいい。
ここは、パパさんの匂いでいっぱいだね。
眠気がおそってくる。近ごろまぶたが重くてたまらない。
目を閉じると、ぼくはパパさんのおひざで、大きな手に撫ぜられて、
優しい顔したパパさんを見ている。
「これは夢」わかっているけど、ふわふわしていて、気持ちいい……。
物音がして目を開ける。
窓から見える空は赤紫色で
「また一日が、まばたきひとつで終わってしまった」と、思う。
ふと振り向くと、パパさんがいる。
いつもより早く帰ってきたのが、ちょっぴり嬉しい。
すり寄ろうとしたけれど、からだがひどく重くて動けない。
パパさんが、ぼくの鼻先に、お水のおわんと、焼き鳥のお皿を置いた。
ああ、そうだ。しばらくご飯を食べていないや……。
だって、ちっともお腹が空かないから。
パパさんの優しい顔。
ごはんを食べないぼくに、焼き鳥を買ってくれたんだね。
「食べなきゃ」と、思う。でも、お腹は空いていない。
パパさんの困ったような顔。
「食べなきゃ」と、思うけど欲しくない。
しかたがないから、となりの水をなめてみた。
おわんの中には氷がひとかけ。冷たくておいしい。
「この調子なら」と、焼き鳥もかじってみたけど、
大好きなはずの焼き鳥の味が、今はすごくキモチ悪くて、思わず吐き出す。
ぼくは、パパさんの手に頬ずりして、また目を閉じた。
次の日、ぼくはパパさんのおひざで目覚めた。
でもそこは車の中。助手席でママさんが、ぼくを見ている。
しばらく走って白い家の前に停まる。どこかで見たことのある白い家。
白い服を着た人と、パパさんとママさんの話し声。「老衰」ってなんだろう。
ぼくは、ひょいと冷たい台に乗せられて、白い服を着た人が、あちこち触り始める。
以前なら、気に入らなくて暴れたところだけれど、今はそんな力は出せそうにない。
横を見ると、ボロ布みたいな猫がこっちを見ている。
そして、それが鏡だと気づいた。
こんなヤキトリ、ちっともおいしそうじゃないよね……。
それからぼくは、毛布のカゴに移されて、また夢を見た。
白い家。赤ちゃんのぼく。
そうだ。ここは、ぼくがパパさんとママさんに、はじめて出会った場所。
そうだ。きっとぼくは、この場所でパパさんとママさんに、お別れするんだね。
本当は、気づいていたんだ。もうすぐ夢から覚めなくなるって。
「それでもいいか」と、思っていたんだ。夢の中は、とても気持ちがいいから。
おいしそうじゃないヤキトリじゃ、きっともう、抱きしめてもらえないから……。
悲しくて、もういちどパパさんとママさんの顔が見たくて、ぼくは目を開けた。
パパさんとママさんの、涙の粒が落ちてくる。
「泣かないで」の言葉は、声にならずに、くちびるが、わずかに動くだけ。
でも、きっと聞こえたよね。
「ヤキトリ」と、抱き上げて「ありがとう」と、抱きしめてくれたから。
もう、悲しくないよ。まぶたが重い……。
そしてぼくは、ふわふわした夢を見る。
おいしそうなヤキトリに生まれかわって、
パパさんとママさんに、また出会う夢を……。