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プロローグ

 東の山から太陽が顔を覗かせる。朝の訪れだ。

 俺は最弱の街と呼ばれるハイランドリンクスの外れに位置するボロ屋の脇で、切り株に腰掛けて薄れていく紺色の空を眺めている。

 目の前の簡素なかまどの焚火がぱちぱちと音を立てた。

 たまたま朝早くに目が覚めたために気まぐれで外に出て火を焚き、沸かしたお湯で淹れた紅茶を片手に朝陽を待ってみたが、うん、こういうのも悪くない。

 温かい紅茶を一口啜る。


「冷えた身体に染み渡……ん?」


 温められた体内から白い息を吐き、なんとなくしみじみとしていると、焚火の直上にどこからともなく光の玉が浮かび上がった。

 なんだか肌がピリピリする。これ、神聖属性の魔法かなんかだな。相対する闇夜属性を得意とする俺が、この光を見ていると気分が悪くなってくるのだから間違いない。

 それにしても、誰だ。こんな早朝に俺への嫌がらせをしてくるアホは。

 蹴散らしてくれる、こんな光の玉。

 俺は手の平に魔力を集め、黒い靄を纏った玉を形成して、目の前の光の玉にぶつけるために投げつけると衝突直前で、


「うおっ、眩しい!」


 光の玉が光量を増やして急激に膨れ上がり、そして消えた。

 一瞬、視界を奪われあたふたしていると、なぜか悲痛な女性の声が直近から俺の耳に響いた。


「あっつぅぅぅぅうううう! なにこれ熱い! も、燃えてる!? しかもなんか体力が吸われていくようなぁぁぁぁああああ!」


 さ、騒がしい。

 視界を取り戻した俺の目には不可解な景色が映った。

 見たことのない素材の服に、これまたあまり見かけない黒髪を耳の上で纏めた同い年くらいの少女が宙に浮かび、焚火に炙られながら俺の出した闇の玉を鳩尾あたりで受け止めている。

 ちなみにあの闇の玉は魔力や生命力を奪う能力を持ったものだ。彼女が吸われているのは厳密には体力ではなく、魔力と生命力のはず。


「ちょ、ちょっとそこの人! 見てないで助けて! 熱い! 熱いってぇぇええ!」


 現れた時より顔色を悪くなった少女が、心の中で言葉の訂正していた俺に気づき、叫んだ。

 爽やかな朝に、騒がしいやつだ。

 指をくいっと人を呼ぶように動かし、闇の玉を俺のもとへやってこさせると身体へ溶け込ませる。ついでに、少女から吸った魔力と生命力も染み込んだ。

「ほら、手を貸せ」


 空中で手足をバタつかせているものの、前後左右どの方向にも移動できず、拷問のように少しずつ焚火へと降りていく少女の手を取って引き寄せると、女性がしてはいけない必死の形相で俺の胸に飛び込んでくる。


「うう、旅立ってすぐに死ぬかと思ったぁぁぁぁああああ!」


 いちいち声のでかいやつだ。

 とりあえず落ち着かせるために持っていた紅茶を手渡し、切り株へと座らせる。


「……ありがとう、ひっく……ございます」


 紅茶の温かさと香りが功を成して落ち着きを取り戻し始める少女。

 炙られていた足をみると、焚火が下火になっていたおかげで大した火傷にはなっていないようだ。


「これなら少し冷やしておけば大丈夫だろう。少し冷たいが我慢しろよ。『ヒャッコ』」


 足に手を翳し、凍らない程度に空気中の水分を冷やすことのできる初級氷魔法を唱える。

 少女は驚いたのか、目を見開いて俺を見た。


「あ、あなた本当に魔法が使えるの??」

「魔法を知らないなんてどこの田舎出身だ? 最近じゃ魔具も珍しくもないだろ」


 体質にも寄るが初級魔法程度なら大抵誰でも習得できるし、最近は魔力の込もった魔石で代用することで初級魔法が扱える魔具もお手頃な値段で普及している。

 だから、魔法を使ったことがないならまだしも、知らない奴なんて余程の辺境ど田舎出身者くらいだ。

 ……あ、でも、一つだけそれ以外に心当たりがない訳でもないな。


「な!? 東京生まれ東京育ちのこの私が田舎者扱いされるとは思わなかったわ!」


 紅茶を飲み干して、元気を取り戻した少女がびしりと俺を指差す。

 それにしても、トウキョウ……? 聞いたことがないな。

 だが、その聞いたことがないということが先程思いついた『それ以外』に彼女が当て嵌まるということを決定付けた。


「なるほど、また来たのか異世界人」

「あら、驚かないのね? それはちょっと予想外だわ」


それはそうだ。この世界には稀に、いや、結構頻繁に別の世界から人間がやってきているという話をよく聞く。

しかも、共通点として彼らは一様に魔王討伐を目的として現れるのだ。

斯く言う俺も一度、異世界人と出会い、パーティを組んだことがある。


「まあな、異世界人の話はよく聞くし、何よりパーティも組んでたしな」

「へー、そうなの……ん? なんで過去形なの? パーティは解散したの?」

「死んだんだよ、ガリットウルフっていうモンスターに喰われてな」


 俺の言葉に少女の表情が固まる。


「え、もう既に日本に帰りたいんですけど……」

「帰ればいいじゃないか」

「……魔王を倒さないと帰れない約束なの」


 ふむ、聞いたことがある。

 異世界人は元の世界で死んだ者が主で、死後の世界にて神様に、この世界に転生して魔王討伐すると元の世界に生き返らせて貰える約束をしているのだとか。

 それが本当なら神様もなかなかえげつない約束を取り付けるものだ。なにせ、異世界人のほとんどは魔法も剣も扱ったことのない一般人でど素人なのだから。


「そうか、まあ、死なないようにな」

「え……あの、そんな話を聞かされるとその……ちょっと怖いなー、なんて思っちゃったり……」


 指を突き合わせ、チラチラとこちらを見る彼女。

 ……仕方ない。


「はあ、わかったわかった。じゃあギルドまでなら連れてってやるよ」

「ギルドって?」


 小首を傾げる少女。


「魔王討伐を目的とする組織だ。そこに登録すればこの世界での身分も得られるし、いろいろ特典も付いて仕事の斡旋とかもして貰えるんだよ」

「ええと、今のところ魔王討伐とかはちょっとできないかなーって……」

「安心しろ、安全な仕事とかも偶に発注されるから逃さないようにすれば生きていくことはできるだろう」


 少女は俺の言葉に少し安心したのか、ほっと息を吐いて胸を撫で下ろすと手を差し出してきた。


「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私の名前はアサガカリン、よろしくね!」

「俺の名前はキジ、短い付き合いだがこちらこそだ」


 その手を握り返すとカリンはにこっと笑う。

 俺たちは握手もそこそこに街の中心部に居を構えるギルドに向け歩き出す。



 ――これが俺とアサガカリンとの出会いという訳だ。

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