第六話 業務提携
「業務提携ですか?」
メインバンクの東洋銀行を通じて、大江商事に突如申し込まれたのは業務提携の話だった。急遽臨時の役員会が召集される。
元は中小の機械メーカー大江商事は、バブル期に規模を拡大し重い金利負担に苦しんでいた。
不況の拡大と業績悪化に満足な手も打てず、赤字部門の売却で延命させていた現在。
「ええ、資金繰りに関してもご相談に乗ってくれるそうです」
後がない状況で近い将来には本格的な銀行管理の噂まで出ていた中の降って沸いた明るい話題である。
本行からの指示を受けた出向役員が、興奮気味で話すのは理解しているからだろう。
しかし大江側役員といえば……。
「イギリスのウインストーン財団ですか……?」
「とにかく話を聞いてみるという事で」
ピントこない様子。
最後は狐につままれたような話から、微妙な空気になった役員会だった。
◇◆◇◆◇◆
「こちらはアイラ・ウインストーンさん。いや直々にお見えになられるとは凄い事なんですよ」
「初めましてアイラと呼んでいただけたら嬉しいですわ」
本当にこの人イギリス人なの? と、疑いたくなる程ネイティブな日本語を使うアイラ。
そんな銀行の仲介で始まった面談。
「い、いやとんでもございません」
日本での知名度は低いがウインストーン財団は、ユダヤの金融財閥ロックフェアリーに匹敵する。日本の経営陣が気安く愛称で呼べる相手では無いくらいは誰でも分ることだった。
恐縮する大江商事の役員たち。
まさか初回からアイラが出て来るなど想像もしていなかったのか。
「申し訳ありません。本日は社長の大江が不在でして……」
謝罪の歯切れも悪い。
ところが往々にして物事を理解しようとしない人物が世の中にいる。その一人がアキトの叔父仙道良三だった。
常々交渉の主導権は握ったものが勝ちと豪語していた良三は「おい、なぜ? おまえがここにいる?」とアキトを睨み付けた。
「えっ? ああ、叔父さんお久しぶりです。なぜ? と言われても……あれ? 何でだろう? アイラさん。教えて下さい!」
「ふふっ、説明してなかったかしら?」
「もぅ! 困りますよ」
「あら、ミスターアキトには技術開発のマネージメントとアドバイスをお任せしています」
「馬鹿な……ご冗談でしょう」
「ははは、どういった関係なのかは知りませんが、子供を交えた話し合いは勘弁して貰いたいものですな」
雲の上の存在と言って良い相手と、親しげにするアキトに不快感を滲ませながら嘲笑する。
傲慢で権力志向の強い良三は長年会社を私物化してきた。その彼には理解の範疇を超えているのだろう。
「うふふ、実は画期的なアイディアを提供してくれたのが彼なのですよ」
「アイディア? おまえがか?」
いかにも胡散臭いとアキトに視線を向けた。もっとも、アキトは単なる高校生であるから当然なのだが。
それでも今日の面談での立場を理解していたら、この場で問いただす事は無いことだ。
仙道良三は専務として、社長不在の最高責任者なのだから。
「アイディアの詳細については申し上げられません。けれどいま彼の立場は理解して言動して欲しいモノですね」
「い、いや……しかし」
「こ、これはウチの仙道が大変申し訳ない事をしました。専務! お詫びを!」
慌てて銀行から送り込まれた役員が言葉を挟んだ。
「ああ、失礼しました。なに久し振りに甥っ子と会ったので、少々混乱したようですな」
「いえ、理解して今後弁えてくだされば結構ですわ」
汗を拭きながらの謝罪が心ない事を感じたのか、若干の不快感を滲ませているアイラ。
それでも謝罪は受け入れた。
◇◆◇◆◇◆
「はい、ご提案は理解しました。細かい部分は社内でもある程度まとめておきます」
「ええ、残念ながら私は担当者に任せる事になります。ですから次回お会いするときは、良い話になる事を祈りましょう」
初回の申し入れとあって決めることも少ない。今後はそれぞれの担当者で話し合うことが了承された。
「もちろんです。確約は出来ませんがお互いに利益のある提案と理解しております」
流石に元銀行マン。交渉は出向役員が纏め上げ、もちろん言質を取らせることも、不快な態度を取ることも無かった。
それでも提携に向けて動く事は了承されそうなニュアンスを伝える。
もっとも大江商事が断るということは考えられない。
かなり資金繰りが悪いのだ。
社運を賭けてまでと意気込んでいたリニア付帯設備受注も、ろくに開発資金さえも用意できていなかったのだから。
経営陣が起死回生の妙案と言ってもこの程度の会社規模。存続すらすでに危ういのである。
◇◆◇◆◇◆
「さてとりあえずの条件は揃ったわね」
「す、すまんが……一体なんの騒ぎなんだ」
意識を取り戻した父の身体は小さくなったように見えた。
「まだ意識を取り戻しただけで、体調が回復した訳ではありません。面会は短めにお願いします」
医師はできるだけ負担を掛けないようにと言葉を残した。
「アキト、この人たちは?」
人払いをした父の病室にはアキトとユイそれにアイラが残された。重苦しい空気が立ちこめる。
◇◆◇◆◇◆
「父さん、これ見てくれない」
いま僕は賭けに出る。魔法使いだってカミングアウトしたら、いままでの関係はどうなるのだろう。
前世の記憶もちの魔法使い。
信じてもらえないかもしれない。
普通で考えれば当然だもの。
怖い。
今までの関係も壊れてしまうかもしれない。
でも、この立体魔法陣を世に出すには父の助けが必要なのだ。
「ん、ウチのキット。ああ、よく出来てるな。これがどうした?」
父に見せたマグネシウム燃料電池のキット。見慣れたおもちゃなそれに繋がれたDMMが示す値が異常なものだったからだ。
「おい、なんだこの……ふざけた」
「これを説明する理屈が欲しい」
「理屈だと、どういう意味だ?」
「うん、このままだと使えないから、だってこれは魔法だもん」
「なにが魔法だ。えっ? いや、馬鹿な! こんなに発電できるわけ……」
「嘘だろとか信じられない」とか言ってるけど、ひとしきり計って叩いて呻りをあげた後「あははははは、いままで信じてたものはなんだったんだ?」と父は壊れた。
◇◆◇◆◇◆
父に生まれてから今までの事を全部話す。ただし『ユイ』のことは別だ。娘が永い悠久の時を過ごす大魔導師ユイ・フロランスの生まれ変わりなんて告げたらどうなるか想像も付かない。
それに真実を話すとすれば本人が決めることだろう。
最初にアキトが、両親に前世の記憶持ちと告白した時。
「ふーん、それで? 何が変わるの?」と何事も無いようにアキトに聞いて来た。
不安で一杯だったアキトが拍子抜けする位簡単にだ。
「……ふっ! あはは、こういう人だって事忘れていた」
「アキトがどんな記憶を持っていようが関係は無い。ましてや生まれる前の記憶などでどうにか成るわけでも無いのに、何を言っているんだコイツ」と笑い出したくらいである。
アキトも思わず吹いてしまうほどだった。
◇◆◇◆◇◆
「いっそ全部ブラックボックスにしちまったらどうだ? 魔法なんてモノを理解するのは無理だ。なら無視しちまえば良い」
父の出した答えはなんとも大胆な意見。
「父さんってホントに科学者?」
「馬鹿やろう、この世には論理実証してないものなんて腐るほどあるわっ!」
不思議不思議で押し通しておけば「そのうち誰かが解明するだろ」って、一応僕が考えた魔法理論も教えたけど。
「誰がそんなもの信じる? 少なくてもオレは信じられんね」
「でも父さんは僕のこと信じるんだよね?」
「あたりまえだ! オレの息子だ! 何年親父をしてると思ってるんだ。魔法使いだろうが前世持ちだろうが、アキトは変わらん」
「……ありがとう父さん」
「モノがあって効果があれば、後は安全性と耐久だ」と笑って言った。
◇◆◇◆◇◆
「特許は取れないか?」
ここ最近の議論の的だ。
結論は「防衛目的で出願。まあ、自然にある魔素でも反応するから、発電の増加と使用済みマグネシウムの再生部分に分けて出す」
空気中から集められる魔素の効率は悪くとも、研究室レベルでは効果が認められるのだ。
「実施可能な程度まで技術内容を記載することが義務づけられているから、立体魔法陣の形状を出願する」
具体的には新たな化学反応論の一部として論文した。もちろん父の名前でだ。
「ただし産業として実施できる再現性に難があるから認められるか微妙だろう。現実的に魔力に頼る部分はアキトしか出来ないからね、これは無視して触媒的利用を公表する」
ここで問題となるのはどこまで開示するかということだ。
なるほど、触媒とは言いえて妙だ。
立体魔法陣を構成しているのは『古代語』とか『神聖語』とか呼ばれる文字を基本としている。
全部で四九六文字。これがイステリアに伝わる文字数で、大部分が遺跡から発掘された聖遺物に印されていた。
聖遺物の招待は魔道具で、忘れ去られた技術の塊だった。
効果は計り知れなく再現不能。歴代の錬金術師が生涯を賭けても、製造技術の一端さえ掴めなかったという。
それに刻まれていた神代文字とか未解読文字と言われる文字体系で、神々の使っている言葉を表わしているとされているが完全な解読は成されていない。
分っているだけで一五三文字。
正し判明しているのは単独の効果だけで、組み合わせをできるモノは二八しかない。
そこから立体魔法陣に組み込めれる文字といえば、わずか六文字しか見つけていないのだ。
いや六文字も良く見つけたと言うべきか。
少ない? 馬鹿言うな。
パソコンを使った僕が見つけたのが四文字と考えれば、試行錯誤で二文字も見つけたジョアンの凄さが分るだろうか。
この仕組みのアプローチを考えたジョアンを僕は尊敬しよう。
話を戻す。
立体魔法陣を触媒と考えれば少ない組み合わせでも無限に利用法が広がる。特定の化学反応の速度を増加させる現象を、適切に使えばこれほど便利なものは無いからだ。
かなり強引とはいえ、立体魔法陣の形状を触媒として公表するのはアリかもしれない。
マグネシウム燃料電池の場合、基本的な技術は確立されていた。だからより実用性に向けた技術として立体魔法陣を組み込む形になるだろう。
「いけるかもしれないね」
そう父に答えると、僕らは動き出したのだ。