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二人目 その3

「あ、今日は部活休みなんだね。おうち、どっちかな? 一緒に帰ろー」


 校門で待ち伏せていた僕と照加は、校舎から出てくる華美を見つけて声をかけた。


「なんでウチにかまうんや?」


 横目でジロリと睨むと嫌そうな様子を隠すことなくそう吐き捨てた。

 せっかく待っててやったのに立ち止まる気配もなく行こうとする彼女に慌てて照加は並走する。

 二人は身長も足を運ぶペースも違うので、照加は遅れがちになる。


「なんでウチが部活やっとる事まで知ってるんや? て、いうかアンタは何がが目的なんや。ウチみたいな奴に付きまとって何をたくらんどるん……」


 眉間に皺を寄せて疑問を呈する少女に照加が手を伸ばす。話すことに夢中で華美はそれに気づくのが遅れたようだ。


「はい、あー……」


 眼前にまで伸ばされた腕を凄まじい勢いで跳ね除けると、その腕を掴み照加の脇をすり抜け、背後に回る。


「ええっ、何、コレ、何? すっごく痛いっ」


 あっという間に照加は華美に組み伏せられていた。


「アンタ、なんのつもりや。今、ウチの顔面に危険物をねじ込もうとしとったやろ」


「ええ、違うよっ。サクッとコアラをあげようと思っただけだよ」


 始めに跳ね除けられた時に飛んで行ったのだろう、一メートル程はなれた場所にお菓子が落ちていた。

 『サクッとコアラ』である。ビスケットにコアラの形状をしたチョコレートを乗せた彼女の大好物である。

 貧乏な家計を遣り繰りしてどうにか捻出した小遣いで購入した虎の子のお菓子である。


「なに、サクッと殺す、やと?」


「えええっ、殺さないよ。無理やり間違ってないかな、それ?」


 組み伏せられた体制からどうにか地面から拾い上げて照加は「これだよこれ」とお菓子を見せる。


「ううん。なんや。お菓子かいな。お菓子ならお菓子と言いや。危うく肩の関節を五、六本いってまうところやったぞ」


 そう言いつつ差し出されたお菓子の袋からコアラを引っ張り出して三つ同時に頬張る。贅沢食いである。


「肩の間接って、五本も六本もあったけ。それにしても、取り乱し過ぎだよ。華美ちゃん」


 お菓子の袋を華美に差し出しながら、さっき拾ったコアラを服の裾で丁寧に拭いてから食べる。


「で、お前の用事ってのはなんや。学校では話しにくい事やったんか? アンタの鞄にくっついとるキモイぬいぐるみに関係ある事なんか?」


 お菓子のやりとりで少しは警戒心が薄れたのか華美は僕たちの話を聞く気になったようだ。


「ええ、っと、そうだよ。私とお兄さんは悪者と戦ってるんだよ」


「お兄さんって、そいつの事か?」


 失礼にも華美はゴキブリでも見るような顔で僕を指差している。


「お兄さんはずっと前から悪者と戦って来たんだよ。正義の味方なんだよ。そんでね。私が一人目のエルフルフルで華美ちゃんが二人目なんだって。だから、私達と一緒に悪者と戦って欲しいんだよ」


 照加の小学生以下の説明では伝わるはずも無く、華美はただ困惑の表情を浮かべている。


「エルフルフル?」


 違う。メルフルールだ。


「そう。エルフルフル。なんかね、すっごく強くって変身とかしちゃって、衣装もすっごくかわいいんだよ。華美ちゃんは背も高いし、脚も長いから絶対似合うと思うんだ。だから、ね、やろ。エルフルフル。巨大な悪に二人で立ち向かうんだよ」


 だんだんと話に熱を帯びてくる照加だったが、やはり少しも相手には響いてなさそうだ。てか、話すの下手すぎだろ。


「悪って、例えば、ああいうんか?」


 指をさした先には、コンビニエンスストアがあり、その前にたむろする制服を着崩した三名の男子がいた。

 カップ麺をすすり、残った汁を道端に流している。その隣の者は制服姿にも関わらず火のついたタバコを手にしていた。もう一人は手にスマホを握り締めてなにやら操作をしている。もう片方の手にはやはりタバコがあった。

 往来する子連れの主婦が彼らに気づかれないように顔をしかめて通る。分かりやすい不良である。


「何、オジサン。何か僕チンに用事ですかー?」


 店員の若い男性が彼らの前に立ちはだかる。


「ゴミ箱の中身を集めたいんだけど……」


 おどおどとした気の弱そうな態度で声をかける。今にも逃げたそうに腰は引けまくっている。おおかた店長におっぱらうように言われて来たのだろう。


「んー、なんだ? 俺らにどけっての?」


「え、い、いいえ、違います。僕はただ、ゴミを回収に来ただけで、それにはちょっと君らにどいてもらわないと取れないなー、なんて……」


「どきや。アンタら」


 及び腰の店員の背後から華美が不良少年に言い放った。


「ああ? なんだと。女。どけって、俺らに言ったのか、それともこの店員君に言ったのか、どっちだ?」


 カップ麺を食べていた小太りの男が吠えるが、華美はそれには答えず、僕らの方を向いた。


「こういう悪党を懲らしめるんか?」


「え、えーと、そ、そうだよ」


 違う。こんな子悪党は対象外だ。


 男共は寄ってきて、あわれな店員君と華美、それに照加と僕を取り囲んだ。


「あんだ、このクソ女。舐めてんじゃねえぞ」


 三人の中でリーダー格の男が正面に立ち、威嚇してくる。


「こいつら今からしばいたろ。ほな、あんたらから行きい」


 やはり男どもは無視して華美は照加に話す。全くのアウトオブ眼中。当然相手は余計にいきり立つ。


「で、でもこの人たち、そんなに悪い事してないよ」


「ウチがむかついたんやからそれで十分や。ほれほれ、一発殴ったり。正義の鉄槌や」


 悪戯を企てたように華美は右の唇だけを持ち上げた。


「悪い事はこれからしてやるよ。お前らボコボコニして裸に剥いてやる。この裏まで来いや」


 ヤンキーリーダーが肩越しに立てた親指で自身の後方を指し示す。僕たちをコンビニの裏路地に案内したいようだ。ここではさすがに人目に付きすぎるという事だろう。


「はいよ」


 軽い返事で歩き出した華美を確認して、不良どもは背を向けて狭い路地裏に足を踏み入れた。

 華美がほいほいと付いて行くので、仕方なく僕らも後を追う。







「これっていわゆる、逆ナン、ってやつか?」


 小太りの男が愉快そうに笑った。


「ああそうか、お前ら俺たちと遊びたかったんだな」


 背の高い顔色の悪い男がニヤリと下品そうな顔を作る。


「お前、よく見りゃ、結構可愛いじゃねえの。ふーん、そっちの地味なのも案外悪くないな。それじゃあ、存分に遊んでやろう……」


 話している途中だったヤンキーリーダーの顔が右側からひしゃげて左方向へ飛んで行った。

 リーダーはコンビニの裏手に積んであったコンテナを崩してその中に埋もれてしまう。


 残った二人の男はあっけにとられている。


「鉄拳制裁や」


 拳なんて使っていない。いきなり左後ろ回し蹴りを放った華美は不適な笑みで男どもを見ている。


「な、何やってんだ。てめえ」


 混乱しつつもつかみ掛かってきた小太りの右手をかわして、手首を掴むとその勢いを利用して横手にあった電柱にぶつける。

 顔面から突撃した男は完全に伸びてしまったようだ。


「なんだ、なんなんだ、お前」


 顔色の悪い男は既に戦意喪失している。その白い顔をさらに白くしてもう透明になるのではないかと危ぶまれた。


「なんなんや、って? そりゃあアンタ、正義の女子中生やないか」


「お、お前まさか、狂犬か?」


 困惑していた男の顔が怯えたものに変わった。


「だれが狂犬や、誰が。お前らみたいなアホな不良どもに最近そんなあだ名つけられとるらしいな。こんな可愛い女子中学生捕まえて、狂犬て。何考えとんねん。ほんま、感性疑うわ」


 この関西弁の少女は不良狩りを日常的に行っていたようだ。しかも、通り名をつけられてる、ってどんだけなんだよ。


 背を向けて逃げ出そうとする男を静止するように、崩れたコンテナから声がした。


「いきなり、蹴り入れてくれやがって、このブスが。ふざけた事してくれんなよ」


 怒りにまみれた形相でヤンキーリーダーが立ち上がる。その手には折りたたみナイフが握られている。

 何も聞こえなかったかのように華美は、ただ状況の変化に付いていけてない照加に声をかける。


「そろそろ、アンタもやるか? 突っ立ってるだけやったら暇やろ」


「え、う、ううん。遠慮しておくよ」


「まあまあそう言わんと。ていうか、アンタがウチの事誘ったんやないか」


「確かに誘ったけど。な、なんか違うよ」


「うーん、分からんなあ。まあ、ええからここは譲ったる。いっちょガツンとやったり。こいつら口だけやしな」


 華美は嫌がる照加の背後に回り、グイグイと怒りに顔を歪めまくったヤンキーリーダーの方へ押してくる。

 これはまずい。照加はまだ一度もメルフルールに変身したことがないただの少女だ。しかもドンくさめの。喧嘩慣れしたヤンキーリーダーになんてとても勝てない。


「駄目駄目、できないよー」


「嫌よ嫌よも好きのうちやー」


 いやいやしても、彼女の背後にはブルドーザーのように強力に押しまくる少女、前面にはナイフの不良。絶体絶命だ。


 ヤンキーリーダーがいっきに間合いを詰めようと前に出る。そしてナイフを振りかざす。


「アホ。大振り過ぎやっちゅうねん」


 振り下ろされたナイフは照加の胸元に突き刺さる前に、ガッシリと華美の腕に抱え込まれていた。

 そして、その腕を軸にしてヤンキーリーダーの身体が綺麗に一回転する。

 見事な一本背負いだった。


 スカートの裾が盛大に捲れ上がったが、邪道にも彼女は黒いスパッツを履いていた。どういうつもりなのか小一時間問い詰めたい。

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