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二人目 その2

「ここで一緒にお弁当食べても、いいなか?」


 仏も霞むほどの眩しい笑顔で照加は訊ねる。屈託の無い笑顔とはこのことだ。普通、この笑顔にあえば、この申し出を断れない。


「あかん。他所へ行き」


 だが、断られた。

 断りつつ彼女は机に並べた焼きそばパンの袋を開いた。


「あかん、えっ、あかん、って?」


「そや、あかん」


 にべも無く、袋からむき出しにした焼きそばパンを口に運ぶ。


「あかん、って何? いい、って事?」


「なんでやねん。あかんはあかんやろ。駄目、って事や」


 それまで無表情だった華美の顔にやや反応が見られた。

 照加のボケに突っ込むかたちだったが、その表情は、苛立ちやうっとおしさというよりも、どこか少し楽しげに見えた。


「そ、そうなの? 関西弁って、難しいね」


「関西弁やなくても、あかんが、いいにはなれへんやろ普通」


「でも、ここまで机運ぶの大変だったんだよ」


「誰が運んで来い言うたんや。お前が勝手にやっとるんやろが。……それともなんや。なんかの罰ゲームかいな」


 話している途中で、何かに思い至った華美は、急に表情を暗くする。一気に拒絶のオーラを纏いだしたようである。

 彼女はきっと、別のクラスの誰かが、何かの罰ゲームに照加を自分のところに寄越したと勘違いしたのだろう。


「罰ゲームって、どういうこと?」


「ふん。まあええ」


「うん。ありがと」


 まあええ、という台詞を、ここで弁当を広げていいという意味に勝手に捉えた照加は、嬉しそうに鞄から弁当箱を引っ張り出す。

 包みを解き出てきた弁当箱は懐かしさを通り越して懐古すら覚えるような古めかしいブリキのそれであった。

 しかも、そこに描かれているキャラクターもずいぶん昔に放送されていたテレビアニメのものだった。


「ところで、お名前私、言ってなかったね。あ、あと華美ちゃんにも聞いてなかった」


「まあもう知っとるようやけど」


「うん、実は知ってました。私はね、高巻照加って言うんだよ。よろしくね」


 と、人懐っこい笑顔で自己紹介してみるが、相手の反応は相変わらずのものだ。

 食べ終えた焼きそばパンの袋をクチャッっと、丸めて机の隅のほうに押しやると、牛乳を間に挟んで、今度はコロッケパンに手を伸ばす。

 ちなみにパンは6つ買ったようだ。


「で、そのあんたが、ウチになんの用や? 宗教の勧誘とかやったら、間におうてんで」


「ううん。そういうんじゃないよ。私は華美ちゃんとお友達になりたくて……」


 照加の弁当の蓋が開かれる。中身は白米だった。いや、白米の上にはふりかけがかかっている。今日の彼女の弁当はふりかけご飯だった。


「アホなこと言いな。誰がウチみたいなもんと好き好んで友達になんかなるんや。あんな。ウチ回りくどいん嫌いやねん。ちゃっちゃと用件済ましてまいや。せっかくの食事が冷めてまうわ」


 彼女の食事は全てパンだ。あと、校内には生徒が自由に使える電子レンジなどは置いてない。したがって、彼女のパンは購入後温まった事はないはずだった。


「それにな、あんたが持ってるぬいぐるみがなんやらしゃべっとったんも、誰にも言わんといたる。せやから……」


 廊下でのやり取りを見られていたようだ。

 まずいな。僕の正体を晒すのは、完全に彼女を仲間に引き入れてからでないと駄目だ。下手に噂にされてしまってはこれ以後、動きにくくなる。

 この姿で話しているところを誰かに見られても何か特別ペナルティが課せられるという訳ではない。

 ただ、当局に捕まって実験動物にされたりしたら嫌だな、って思うくらいだ。


「そんなんじゃないよ。私、本当に華美ちゃんとお友達になりたい、って思ったんだよ。だって、とっても可愛いし、クールなんだもん、ね。だから、そんな寂しい事言わないで」


 教室内にいた生徒のうちの数名がこちらに注目する。

 なぜなら、照加は立ち上がって華美の手を取っていたからだ。それに結構、声が大きい。


 華美はこのクラスで浮いた存在のようだ。これまでの彼女とのやりとりでも十分わかったが、この時のクラスメイトの彼女を見る目で確信した。

 彼女は何か理由があって、クラスメイトの中で浮いている。

 照加のような、天然少女ならまだしも、一見、美人でスポーツマンタイプのような彼女が周囲から敬遠されるのは、珍しいように思う。


「特に用ないんやったら、ウチもう行くわ」


 当然、注目を浴びているのに気づいたのだろう。そう言うと華美は、まだ食べていない三つのパンと牛乳を掴んで教室を出て行ってしまった。


「あー、待ってよ。華美ちゃーん」


 彼女の急な行動に慌てた照加は、後を追おうと立ちかけたが、椅子の脚につま先を引っ掛けて派手に転んでしまう。


 こんなんで二人目の勧誘は大丈夫なんだろうか。

 床にぶちまけたご飯粒を拾いながら半べそになっている彼女を見ているとやはり不安になる。前途多難だ。







「あなた、1-1の高巻さんでしょ」


 床の掃除をした後、弁当にかろうじて残ったご飯粒を食べ終えて自分の席を引きずって帰ろうとした時に照加は二人組みの女生徒に声をかけられた。


「うん。そうだよ。伊藤さんに佐藤さん」


「え、全然違うけど。名前」


 彼女達は照加と同じ小学生の出身だと言ってそれぞれ名乗った。


「でさ、なんでこんな端のクラスまで机持って来てんの?」


「てか、池内さんに何の用があるのよ。彼女。やっばいんだよ。下手に関わるとひどい目に遇うって絶対」


「そうそう、めっちゃめちゃ、おっかないんだから」


「え、おっかないの? な、なんでかな?」


 おな小の彼女らの言うには、池内華美は暴力事件に何度か絡んでいるらしい。

 それも、そのいくつかは彼女自身がそのきっかけを作っているとの事だった。


「とにかく喧嘩ふっかけるんだから。この間も3組のヨシエが見たんだって。知らないオジサンに絡んでるの」


「ふーん、そうなんだ。なんでだろうね」


「だから、アンタあんまり興味本位であの娘に関わっちゃヤバイんだって」


 いいたい事だけ言うと、彼女達は満足したのか、二人でぺちゃくちゃとしゃべりながら去っていった。

 彼女達は、全くの親切心から照加に忠告してくれているのだろう。普通だったら敢えてそんな評判の悪い人間に寄っていこうなんて思わないだろう。


「私ね、ますます華美ちゃんの事気にいっちゃったよ。明日からも頑張っちゃいますよ」


 廊下に出て、僕と二人きりになると、照加はこう言った。

 不安だ。

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