二人目 その1
「あの娘が二人目の候補なの? かわいい。可愛すぎてフルフルしちゃうよ~」
教室内は我が春とばかりに休憩時間を謳歌する生徒たちでごった返している。
開かれた教室の扉から不審者丸出しで室内を覗き見る照加は、通り過ぎていく生徒が怪訝な顔で眺めて行くのも気にせず興奮でぷるぷると身体を震わせている。
「そうだシオ。彼女が二人目だシオ」
「フルフルに可愛いいよね」
フルフルが何を意味しているのかは説明が無いのでいまいち分かりかねるが、僕は適当に相槌を打つことにした。
「メルフルールの候補者って、何を基準に決めているのかな?」
「そんなのまあ、適当だシオ」
白を切りたいところだ。彼女には情報が少なすぎて、僕の目的までは悟られはしないだろうが、無駄な詮索は受けないに越したことは無い。
「本当かなあ?」
「嘘なんかついてなんになるんだシオ」
「あっやしいなぁ」
おつむの回転速度はVHSビデオデッキの巻き戻し並の彼女だが、変に勘の良いところがある。まさか何かに気がついたのだろうか。
「もしかして実は……」
意味ありげな流し目で僕の腹を握って顔を寄せてくる。生意気な。口でも塞いでやろうかしら。口で。
「な、なんだ、シオ」
ってか、僕、詰められるのに弱すぎだろ。なに動揺してんだ。
「お兄さんの好みのタイプで決めているとか」
「……」
まあ、そうだろう。君が考えるのはそんな事だろう。少しでも動揺した僕がバカだったよ。
てか、あのドキドキ返せよ。一生分のドキドキが有限だったらどうしてくれるんだ。ドキドキが尽きたら心臓破裂して死んじゃうとかありそうだわ。
「もしかして、図星かな?」
にんまりと嬉しそうな笑みを浮かべているのが腹立たしい。
「そんな訳ないだろシオ。てか、その理屈だと、僕がお前の事タイプだわぁ、ってなってる事になんじゃんかシオ。それないわ。いいか、それ、ないわぁ」
ちびっさい僕の肉球が照加のほっぺたをぐいんぐいんに摘まんで引き伸ばす。
「え、え、ち、ちはうのかな。ひ、ひたいな」
横に伸びた口ではしゃべりにくそうだった。
よそのクラスの入り口で人形――まあ、僕の事だ――に全力で話しかけている彼女はそろそろ軽く注目を集め始めているので、僕は彼女から手を離して固まる事にする。
基本的には僕は人間だ。と、いうより元々人間だ。
モヴェーどもと闘う為に可愛い妖精の姿をとっているが、中学二年生の暦とした男の子だ。
ただ、学年の違う男が女の子と校内で行動を一緒にしているといろいろと面倒くさい噂が立つ可能性が高い。
なので仕方なく今は手のひらサイズに収まるようになっているのだ。
目的のためとはいえ当初は不本意ではあったが、多少の余禄もあって、今では一生このままでも良いような気さえしてきている今日この頃だ。
余禄とはすなわち体育のじ……、いや、なんでもない。おとこのおしゃべりはよくないな。
まあ、そういう事だ。
「あの、そこ、のいてくれへん?」
ふと気づけば、照加の前には一人の少女が立っていた。
それは、先ほどまで僕と照加の観察対象となっていた当の本人であるところの池端華美であった。
関西弁を操る彼女は、どこか不機嫌そうに照加を見下ろしている。
身長はこの年の少女にしてはやや高い方だろうか。どちらかというと小さめの照加は彼女の顎辺りまでしかない。
制服からスラリと伸びる手足はだた細くはなく、健康的に引き締まったよく運動する者のそれであった。
短めの髪から覗く瞳は大きく、本来ならば快活だったろうと思わせるが、今は迷惑そうな様子で教室の入り口を塞ぐ少女を眺めていた。
「あ、あはい。どきますよ」
照加がすす、と横に避けると彼女は一瞥もせずに廊下に出ると、その奥に姿を消してしまった。
「行っちゃったね。てか、近くにいるの全然気づかなかったよ。私たちの会話聞かれたかな?」
「どうだろうシオ。まあ、仮に聞かれたとしてもまともな認識の持ち主なら、人形と会話する奴なんて理解できないだろうから、お前の独り言だと思ったんじゃないかシオ?」
「ええっ。変な人と思われちゃったかな。それは嫌だなあ」
華美以外の生徒にも十分変人だと認識されていたと思うのだが、それは教えてやらないほうが彼女にとって幸せだろうか。
「あの子が行った方向から言って、多分売店に行ったんだろうシオ。しばらくしたらパンでも勝って戻って来るシオ」
「そっか。じゃあ、今のうちに作戦開始だね」
そう言って彼女は嬉しそうに指を鳴らす――動作をした、が、鳴らなかった。
「うん、作戦か。なんのだシオ?」
「それはもちろん、お友達大作戦だよ」
そうか、それは不安だ。
自分のクラスに戻る照加はウキウキスキップであった。その姿はいっそう僕の不安を煽ったそうな。
1-5の教室では、華美がポツンとパンを食べていた。
周りは大概の生徒が友達同士で机を寄せ合ってランチをともにしているのに彼女はただ一人黙ってカツサンドを牛乳で流し込んでいた。
近寄りがたい雰囲気をムンムンに発散した彼女に敢えて近づく、いやにじり寄る者がいた。
もちろん照加だ。
「ここ、空いてるかな?」
「いや、空いてないで」
にべもなく拒絶されるが、照加はそんな空気を読むような女ではなかった。
「え、でも空いてるよ」
そう言うと照加は迷い無く、自分の机を華美のぼっち席に勢いよくくっつけた。威勢が良すぎて、華美の牛乳がパックの中から少々飛び出したりもしていた。
ちなみに、照加の教室は1-1で、この教室とは校舎の端と端だ。
適当にこの教室に空いている席を借りればよかったものを、彼女はわざわざ自分の机を引き回しの刑に処してここまでやって来たのだ。奇行の極みだった。
もちろん僕は再三止めたが、やはりこやつは無駄に頑固な一面を持っている。一度言い出したらなかなか意見を改めない困ったちゃんである。
彼女の言い分はこうである。
「だって、机同士が仲良くなれば、私たちもいっそう仲良くなれるんだよ」
もはや理解不能であるが、彼女はこれで真面目なのだ。大真面目なのだ。大丈夫だろうか。
今後が非常に不安だ。