魔法戦士メルフルール その3
僕はこのモヴェー、鯨とは一度ならず戦っている。
今から半年ほど前の事だ。
何度目かの戦いの末に僕達は負けた。完膚なきまでに、そう、けっちょんけちょんにやられた。
そして、大事なものも奪われたのだ。
仇敵だ。僕が打ち倒すべき最終目標といってもいい。
こいつを倒す為だけにこの半年間があったのだ。でも――。
「よし、逃げるぞ。すぐ逃げる。早く逃げる。超特急でだ」
まだ、まだまだだ。早すぎる。
今の僕らでは勝てっこない。あの時ですら勝てなかったのに、それよりも分が悪すぎる。
どこの誰かは知らないが、メルフルールが四人、それに照加で数字では、あの時よりいいが、ランクがまるで足りない。
「ランクって、なにかな?」
気づかないうちに声に出ていたようだ。照加が僕の顔を覗き込む。
四人のメルフルール達は、一度体勢を立て直すと、反撃に移っていた。
連携はまずまずだ。チームとしてはいい動きをしている。
「メルフルールには、それぞれの強さをあらわすランクがあるシオ。それは僕みたいなサポート妖精にしか見えないけど、そのランクで大体の強さが分かるんだシオ。ちなみに、彼女達のランクは5。赤の娘だけは5,5ってところだシオ。それなりに場数を踏んでいるけど、その程度では奴には到底敵わないシオ」
僕を見る照加の表情が曇る。
「あの、男の人のランクはどれくらいなのかな?」
「分からないシオ。少なくとも、ランク8のメルフルールが四人いても歯が立たなかったシオ」
メルフルールのランクは分かっても敵の強さは測れない。
「そうなんだ……」
「ああ、そういうことだシオ。分かったらここは逃げの一手だシオ。もっともっと強くなってから奴とは決着をつけるんだシオ」
「そういう事だったら、なおさらだよ。なおさら逃げたりなんてできないよね」
なんと、そうきたか。こいつは見誤った。
高巻照加。
僕の調べでは彼女はただ臆病な女の子だった。
運動神経はクラスでも悪い部類で、ドジでどんくさい、あまり目立たないタイプの娘だった。
クラスの男子数名にそれとなく評判を聞いた時も、「ああ、あんま知らねえ。お兄さん、ああいうの好きなの?」とか、「まあ、よく見りゃ可愛いけど、パッとはしないな。そそられない、って感じ」、「地味過ぎ」など良い評価は聞けなかった。
地味で鈍くさくてまあ、どこにでもいるちょっと可愛い娘。
僕からしたら、扱いやすい。そういう娘を選んだつもりだった。
なのに、彼女はもしかしたらそうではないのかもしれない。
「お兄さん。どうやったら私、メルフルールになれるのかな?」
元々内在していたのか、今唐突に目覚めたのかは分からないけど、彼女は確かに溢れんばかりの正義感を持っている。
「教えないシオ」
「どうしてかな? 教えてくれないと戦えないよ」
「だーかーらっ、戦わないっての。逃げるんだシ……」
女体が僕と照加めがけて降って来たかと思うと、僕の視界は一瞬真っ暗になった。
メルフルール黄色の娘が鯨の攻撃で飛ばされて来たもののようだ。
「いたたた……、ん、これは?」
「あ、それは駄目だシオ。お前が触るのは十年早いシオ」
僕が大事に懐にしまっていた変身アイテム、『フルールカーヌ』がこぼれ落ちていたようだ。
「さーあ、そろそろお前と遊ぶ時間が来たぞ、ウッシー。嬉しいか? 嬉しいだろ」
鯨が迫って来ていた。
四人のメルフルールはことごとく倒されてしまったようだ。
「おうおう、半年ぶりだって言うのに挨拶もないのかよ」
フードの下から引き裂いたような唇が笑っている。完全に僕を、いや、人間全てを見下して笑っている。もっとも、今の僕はメルフルールのサポート妖精だが。
「久しぶりだシオ。ゲス野郎シ……、グっ、ウガっ」
蹴り飛ばされた僕は、簡単に宙を舞って、四回転ほどもしただろうか。そこから先はよく分からない。
「逃げろ、照加っ」
ぼんやりと僕を眺めている照加はフルールカーヌを握り締めて座り込んでいる。
「うん? こいつもお前の手下か。では、軽く遊んでやらんとなあ」
「何をしてるシオ。早く走れシオ」
鯨は僕に背を向けて照加の方に歩く。
もう終わりだ。
僕の半年間はこれで終わる。いや、僕の人生、いや、もう何もかも終わりだ。あいつを助ける事なんて夢のまた夢だったんだ。
返り血を浴びて赤黒い鯨の腕が振り上げられ、振り下ろされる。
僕にはその動きが永遠にも思える程永く感じられた。
禍々しい腕は振り下ろされると同時に照加の細い首を易々と落としてしまうだろう。
あの時の光景の焼き回しだ。僕はまた失う。
振り出しに戻る。
振り出しに。
意識が絶望によって閉じようとしていた。