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魔法戦士メルフルール その2

「要するに、お父さんは借金の形に私を売っちゃった、って事なのかな?」


 まだ人もまばらな商店街を一人、照加は歩く。


「まあ、そうだシオ。何も珍しい事じゃないシオ。この世の中にありふれた悲劇の一欠片だシオ」


 僕はブラブラとぶら下げられながら話す。

 照加のカバンに取り付けられた世にも愛らしいキーホルダー。それが今の僕だ。

 今年の春休みから、僕はこの妖精スタイルと人間スタイルに自由に変身できるようになった。

 じっとしていると、普通の人には可愛い大きめの犬のキーホルダーにしか見えないだろう。

 誰もいない虚空に向かって話しかける照加を見て、通行人は怪訝な顔をしている。


 ちなみに、声帯の関係だろうか、妖精スタイルの時は語尾に『シオ』をつけないととっても喋りくいのだ。


「そうは言っても、いざ自分がそうなっちゃうとそんな簡単に納得できないよ。でも……、そうだね。ありがとう」


 照加は急に立ち止まると、その場で頭を下げた。


「は? なんだシオ。唐突に感謝されても意味分かんないシオ」


「だって、今まで結構大変だったんだよ。三日に一度は怖いおじさんが来てね、家が壊れるんじゃないかってくらい玄関の扉を叩くんだよ。声だって相当に大きくって、私は勇太を抱えて震える事しかできなかったんだよ」


 そう話す彼女の口元には力の無い笑みがたたえられていた。


 今朝、家を出る前に彼女が語った借金取りが押しかけて来た。僕は手にした札束で奴らの頬を叩き、追い払ったのだ。

 高巻家の抱える借金の額からしたら焼け石に水程度の枚数だったが、それでもしばらくは奴らの顔を見なくて済むようにはなるだろう。


「言っとくがな、なあんにも解決した訳じゃないシオ。これからシオ。これからお前は死ぬほどしんどい思いをする事になるシオ。借金取りに追われてた頃が恋しくなる程にな。魔法戦士メルフルールになるってのはそういう事シオ。しっかりと自覚してもらわんといかんシオ」


 なにしろ、僕自身が魔法戦士のサポートになった事を死ぬほど後悔しているのだ。


「うん。でも、ありがとう。少しでもいい方向に向かっているなら、嬉しいんだよ」


 それでも彼女が笑うので、僕は少しだけ心が痛くなった。


「え、と。それで、魔法戦士って、一体どんな仕事なのかな?」


「ああ、それはだな……」


 魔法戦士としてのマニュアルを伝授しようと口を開いたその時、澄んだ朝の空気を引き裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。割と近そうだ。


「な、何かな?」


 さっそく敵さんのお出ましだろうか。僕は照加に悲鳴のあった場所に向かうよう促した。


「魔法戦士とは。異界の生物『モヴェー』と対等に戦う事のできる唯一の存在だシオ」


 現場に向かう道すがら、僕は中断されてしまった話を再開する。


「異界の生物?」


「そうだシオ。グロテスクな奴らだシオ。大抵は人間にとり憑いて人を襲ったりするシオ。奴らは人の悪意につけ込んで人間に乗り移るシオ。ただの悪意の集合体のようなもので宿主の悪意を食べて生きるシオ。例えるならば悪魔、ってのがそれに近いのかもしれないシオな」


 お世辞にも早いとは言えない速度で走る照加の足が止まった。

 着いたのは公園。中央公園と名付けられたこの公園は、だだっ広い空間に小さな丘があり、その向こうには野球ができるグラウンドを持つ。遊具はブランコが一台ある他は、公衆トイレが備えられている。

 公園の外縁には木が植わっており、遠目からは公園内の様子は見えにくい。


「あ、あれがその……。異界の生物?」


 彼女の指差す先には、この世には絶対に存在しない形状を持った生物が佇んでいた。

 しかもそれは一体ではない。数十体のそれがいた。


「間違いないシオ。あれがモヴェー、異界の生物だシオ」


「とっても顔色の悪い人では?」


 人型の低級モヴェー。例外はいるが、あいつらはだいたい青色の皮膚を持っている。


「ないシオ。ああいう体色なんだシオ」


「すごいいかり肩だね」


「肩から角が生えているのは少し他の奴より力が強いシオ」


「今日は涼しいのに裸なんだね」


「奴らには羞恥心なんてものは無いシオ」


 下半身は腰蓑を着けたような状態になっているが、あれが腰蓑なのか、ただの体毛なのかは調べてみたくものないので、分からない。

 あと、奴らに性別があるのかも知りたくない。


「やっぱり、人間なんじゃ……」


「現実逃避は止めるシオ」


 認めたくない気持ちは分かるが、この非現実を受け入れてもらわない事には話が進まない。


「それにしてもちょっと数が多いシオ。幸いこっちにはまだ気づいていないシオ。ここは様子を見ようシオ」


 と、いう僕の言葉が聞こえなかったのか、彼女は公園の入口から中に入ってしまった。

 当然、『モヴェー』どもに気づかれてしまう。


「だ、大丈夫なのかな?」


 彼女が気になったのは、モヴェーではなく、奴らの前に倒れ伏している人影だったようだ。そこに駆け寄ろうとする。


「だ、駄目よ。こっちへ来ては」


 焦ったような声で照加を制止する声が聞こえた。


「危ないわ。私たちが奴らを片付けるから、あなたはすぐに逃げなさい」


 複数のモヴェーに対峙する形で立つ四人の少女がいた。

 その姿もまた異様だった。

 その身に纏うのは、手足がむき出しになった動きやすそうで、それでいて女性らしい愛らしさを引き出すようなデザインをした物だった。

 僕は当然その衣装に見覚えがあった。

 いや、衣装は一人一人違って、彼女たちの個性を反映したデザインになっているのだが、それらにはある一定の統一感があった。


「メルフルールだシオ」


「え? あれが、魔法戦士メルフルール……。超、かっこいいっ。私、感動でフルフルしちゃうよ」


 少女達はそれぞれに名乗りをあげてポーズをつける。

 思わぬ強敵の出現に怪物どもも面食らった様子で、彼女達の名乗りを邪魔することなく清聴している。


「お兄さん。あの、これって、映画の撮影……」


「じゃないシオ」


「じゃあ、日曜日の朝に……」


「やってないシオ」


「月に変わって……」


「なんの真似だシオ」


 エルフルール達は戸惑う怪物共に一斉に襲いかかる。

 彼女達の動きは、完全に人のなし得るそれとは違った。

 飛べばその飛距離は十メートルをゆうに超え、走ればその速さは残像を残す程だった。

 2メートルを超えるモヴェーの身体を文字通りただのパンチで吹っ飛ばし、空振りしたキックで木が薙ぎ倒された。

 二十体いたモヴェーどもはあっという間に蹂躙された。


「ほーう。強いではないかよ」


 モヴェーの群れの中、一人パーカーのフードを深く被り腕組みをしていた一見すると人間の男がそう呟いた。


「貴様もモヴェーか」


 赤を衣装のメインカラーにしたメルフルールのリーダー格の少女が、男に厳しい視線を向ける。眉を眉間に引き寄せて奥歯を見せている。よほどにモヴェーが憎い様子である。


「ふーい、そうだな。モヴェーとやらに見えるかねえ。この俺が。ハッハハハ。もし、見えるのだとしたら、俺は変身が下手なんだなあ」


「からかうな。みんな、行くよ」


 リーダーの号令で、少女たちは男に飛びかかる。


「雑魚をいっぱいブチのめしちゃったから、ちょっと調子にのちゃった? 言っておくけど、俺は雑魚数千匹分は強ええぜ。なんたって、俺は超幹部だ。悪の元締めだ。いや、それは言いすぎか、だってラスボスは別にいんだもんな。俺ではねえよ。俺ではねえ」


 男はフラフラと無防備な格好で彼女達に近づく。

 緑色のメルフルールの攻撃を横にかわすと、すれ違いざまに肘を叩きつける。彼女は衝撃で地面に叩きつけられ、その身体は地面を一メートルほどえぐった。

 青色のメルフルールと数発拳で打ち合う。素早い連撃で青を圧倒し、最後はハイキックで吹き飛ばす。

 黄色のメルフルールはサポート役だったようで、男の一撃で容易に倒れ込んだ。

 赤色のメルフルールは何度か打撃を与えたが、男はそれでも不敵に笑っていた。


「痛いねえ。痛い。うん。効いてるよ。お前の攻撃。赤ちゃんに殴られたぐらいには痛いんだぜ。これでもよ」


 これは相手が悪い。まさかとは思ったがやっぱりあいつだった。

 マズイぞ。これは非常にマズイ。なんでだ。なんでいきなりこいつが出て来るんだ。


「おい、照加。今すぐ離脱だシオ。逃げるぞシオ」


「えっ、ど、どうしてかな?」


「おいおい、どうして、じゃねえだろシオ。あいつの強さ見ただろ。俺たちがここにいても何にもできないシオ。だから、な。早く」


 吊られた鞄越しにブラブラと大きく揺れて事の切迫性を伝える。


「でも、フルルさん達やられてるよ。私たちも手助けしなきゃだよね」


「いいや、必要ねえ。彼女達は勝つシオ。魔法戦士エルフルールは、逆境にこそ真価を発揮するシオ。いやーんとなって、ボカーンとやっつけるシオ。間違いないシオ」


 心にもない事を言っている。どうあがいたって、彼女達ではあの怪物に勝てない。そんな事は分かっている。それは僕自身が身を持って知ってしまった事だから。


「勝てるのなら、ここで見学するよ。だって後学の為だよ、ね?」


「うるせえシオ。つべこべ言わずサッサとここを離れるシオ」


 つい、大声が出てしまったのがいけなかった。

 戦いの最中だというのに余裕の笑みでこちらを眺める男と目が合ってしまった。


「うーん? おいおいおいおい、てめえはウッシーじゃねえの。へーえ。そうかぁ。ウッシーだ。お前、まだ生きてたのかよ。クッフフ、そうかいそうかい、まだ生き恥ってたんだな」


 僕は蛇に睨まれたカエルのようにただ脂汗を垂らす事しかできなかった。

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