寿司九貫目 海を走れ! 玉子と桜エビ
『それでよお、かかったらどうすりゃいいんだ?』
「リールを巻くのですよ。って、ゼロあわせしました?」
『何言ってんだお前』
「あの、電動リールの使い方分からないのなら先に言ってもらえないとですね……」
『は、はあ!? なーにいっちゃってんのこの子。使い方分からないわけ無いでしょーがよお!』
あたふた動揺し、赤身の上にうっすらと汗をかいたマグロ寿司。
「でも巻き上げるだけなら何とか出来ますし、引いたらあげてください」
『んなこたわかってるっちゅーんだよ! 次かかったらすぐあげるもんね』
「次って、もしかしてもう引いたのです?」
『当然よ! さっきぴくっときたぜ! その後何度かぐいぐいっって来て、今はもう何の反応もありゃしないがな!』
「それ餌とられてますよ」
『何だって!? こちとら魚ごときの餌付けに来たんじゃねえぞゴラァ!! 餌返せええええ!!!!』
大海原に向かって大声で怒鳴りつける情緒不安定なマグロ寿司。
三春は雑音を無視し指先の感覚に集中するが、視界の中に現れた異物に注意を取られた。
注視したそこでは、何かが水面を走っている。
「トビウオ――ではないですよね……」
水柱をあげ、速度を増しながらだんだんと接近してくるそれ。
三春はメガネを持ち上げ、細めた目で凝視する。
大きな波を越え水柱の切れた一瞬に、その姿を三春の目がとらえた。その物体に思わず目を丸くする。
「玉子寿司? 何で、ギョクが?」
「あの野郎! もう撃ってきやがった! お師匠様! 取り舵一杯全速回避!!」
「オッオッ!!」
師匠が舵を切ると船は直角に曲がり込み、突如飛来した玉子寿司を回避する。
船の縁につかまり何とか転げないよう踏ん張る三春であったが、次の瞬間、大きな水柱をあげ何かが爆発した。
こらえきれず甲板を転がる三春。
漁船は爆発によって発生した波にあおられ大きく揺れたが、師匠は船を転覆させぬよう最善の航路をとりなんとか体勢を立て直した。
『自慢のシャリに海水があああああ、どうしてくれんだよーぅこれ!!』
「そ、それどころじゃないですよ! 一体今のはなんだというのですか、大将!」
転倒の衝撃で膝を痛めながらも立ち上がった三春が、調理台の前に立つ忠七朗に向かって声を上げる。
「見りゃあ分かるだろう! 寿司だ寿司! あの野郎、先制して攻撃してきやがった!」
「寿司? でもでも、爆発しましたよ!?」
「そりゃあこっちを攻撃するために握った寿司だ。爆発するに決まってんだろ!」
「え、えー、そうなのですか!?」
動揺する三春であったが、環境に適応する能力が高いことが幸いし、すぐにこれ以上騒いでいても変わらないと理解し、釣り竿の元へ走る。
「そうだ。早く反撃の寿司ネタを用意しろ! 相手の船を先に沈めちまえばこっちの勝ちだ!」
〈握り手〉同士の戦いは、デスマッチの名の通りの死闘であった。
特にこの船上デスマッチは、古くから多くの〈握り手〉がその命を散らした、恐ろしい決闘法なのだ。
「あれ、でも先程飛んできたお寿司は玉子でしたよね? 何故海の上で玉子が……?」
『おいおい! 次の寿司が来やがるぜ!』
マグロ寿司が海面を指差す。
三春が目を細めると、確かに水柱をあげ、何かがこちらへと飛来してきていた。
「こ、今度はエビです! 桜エビです! って、あれ、桜エビって深海――」
「細けえ事はいいんだよ! ネタはまだか!」
「ま、まだです! そっちは――」
三春は絶句した。
隣で糸を垂らしているはずのマグロ寿司は飛来する寿司を恐れたか、機関室へと避難し身を震わせていたのだ。釣り竿は無残にも海へと没していた。
「ちっ! こうなっちまっては仕方ねえ!! 無限シャリシールド!!!!」
駆けだした忠七朗は、両手に握り込んだシャリを勢いよく海面へと投げつけた。
すると海面でエーテル寿司エネルギーが渦巻き、シャリの防壁が築かれる!
シャリの壁に衝突した桜エビ寿司は、激しく水柱をあげて爆発四散! あたりにシャリの破片をまき散らし、爆発の衝撃で海が割れる!
船は波にあおられたがシャリの壁のおかげで被害は最小限に食い止められていた。




