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寿司屋忠七郎  作者: あゆつぼ
8/18

寿司八貫目 鬼の三春 恐怖のユムシ一本刺し

「止まりましたね」


 三春の覗く双眼鏡の向こうで〈海の岡田〉の乗る漁船が停止した。

 見渡す限りあたりは全て海。


 そんな海の真ん中に、ただ二隻の漁船だけが浮かんでいた。


『ここが勝負のフィールドだ』

「まて、ネタはどうした」


 無線機に向かって忠七朗が叫ぶ。

 対して〈海の岡田〉は落ち着いた口調で返答した。


『いくらでもあるだろう』

「何言ってやがる! 船の中にはネタなんて何も無かったぞ! まさか騙したのか!?」

『〈握り手〉が握りの戦いでそんな汚い手を使うわけ無いだろう。船倉にきちんと準備してあったはずだ。確認しろ』


 忠七朗が視線で合図すると、三春とマグロ寿司は船倉へと向かった。

 先程マグロ寿司が船倉を覗いたときにはネタは無かったはずである。


「本当はちゃんと探していなかったなんて事はありませんよね」

『んなわけねえだろうがよ! この目でしっかり確認したぜ!』

「どの目ですか……」


 もちろんマグロ寿司に目と思われる器官は存在していない。

 三春はこれ以上こいつとは付き合いたくないと未だ何事かわめき散らすマグロ寿司を無視して、船倉へ駆け込むとその中を探索した。


『ほれみろ、ネタなんか何もねえじゃねえか』

「確かに……ネタはなさそうですね」


 しかし三春は船倉に置かれていた箱に入っていたあるものを手に取る。


「そういうわけですか。この箱、上まで運んでください」

『はあ、何言ってんだアマ! こちとら生ものだぞ、力仕事なんて御免だ御免』

「え、えー。では何故ついてきたんですか。いいですよ、私持って行きますから」


 三春はずっしりと重い箱を甲板へと運びだした。

 傍らでマグロ寿司がハンドケアの重要性を語っていたがもちろん無視。


「大将、ネタはありませんでしたけれど、こんなものが」

「ネタが無けりゃ話にならねーだろうが」

「そう言わずに、これを」


 再度抗議をしようと無線機を持ち上げた忠七朗に見えるように、三春は箱の中身を一つ掲げた。


 電動リールのついたそれは、紛れもなく釣り竿である。

 更に箱の中には釣り餌や網など、釣り道具が用意されていた。


「ネタはいくらでもあるとは、こういうことか」

「魚は自分たちで釣り上げるということなのでしょう」


 周りは一面の海。

 しかも暖流と寒流のぶつかる三陸沖の良質な漁場とくれば、寿司ネタには事欠かない。

 普段市場で購入している魚たちも、この海で獲られているのだから。


『ルールは理解したようだな』

「ああ、なかなか面白いことを思いつくじゃねえか。船上デスマッチにふさわしいルールだ」

『気に入ってくれたようだな』

「ふん。どんな勝負だろうと受けて立つまでよ。尻尾巻いて帰るなら今のうちだぞ」

『笑わせるな。帰りたいのはそちらだろう』


 無線機越しに、不気味な笑い声を上げる二人の〈握り手〉。互いに沸点が低いくせに煽り合い、怒りに火をつけ合う様は小さな地球である。


『では四対四の船上デスマッチと行こう。そちらが釣り針を海に投げ入れた瞬間から勝負開始だ。怖いのなら、そのまま引き返すと良い』

「はっはっは。降参するなら今のうちに言っておけ。悪いが、そっちが降参を申し出てもすぐには攻撃をやめられないかもしれないからな」


『冗談はそのビール腹だけにして貰おうか。降参したいのはそちらだろう』

「口だけは達者な三流〈握り手〉が。すぐに分からせてやる、覚悟しておけ」

『果たして覚悟が必要なのはどちらかな』

「ふんっ!」


 忠七朗は無線機を叩きつけ甲板へと出た。


「この戦い、絶対負けられねえ」

『もちろんだ親父ィ!』


 傍らでマグロ寿司が任せろとばかりに胸を叩いた。


「お師匠様は引き続き船を頼みます。マグロと三春は絶え間なくネタをここへ持って来い! いいな!」

「できる限りのことはやってみます」

『女一人じゃあ頼りにならねえからな。仕方ねえここは自分が力になってやるとするか』


 三春とマグロ寿司は一本ずつ釣り竿を手にした。

 釣りの経験のある三春は慣れた手つきで釣り針をつけ、餌を用意する。


『待て待て待てーい!』

「どうしました?」


『どうしましたじゃねえよ、なんだその手に持った恐ろしい物体はよお』

「釣り餌に決まってるでしょう」


 三春は手にしたそれを示した。


 薄いピンク色をしたそれは腸詰めのような何とも言えない光沢を放ち、小さなおちょぼ口をぱくぱくさせながら三春の手から脱出しようと体を伸縮させていた。


 異星人のような様相をした生物を平然と手でつかみ、あろうことかその口に針を突き刺そうとする三春の姿に、マグロ寿司はおののいていた。


『どう見ても一八禁のビジュアルじゃねえか、そんなの自分触れねえっす』

「何を言っているのですか。ユムシですよ。大物狙いなら常道でしょう!」


 ずんっと手にしたそれを突き出すと、マグロ寿司は顔を蒼くして一歩後ずさる。


『この女、正気じゃねえ』

「あなたにだけは言われたくないです。ねえ大将」

「いや、正直俺も引いた……。何でお前それ素手でつかめるの、キモッ」


「え、ええええ!? 普通の釣り餌ですよ!? 釣具屋さんで普通に売ってる奴ですよ!? 干潟でも採れますし、マダイからヒラメまで狙える高級餌ですよ!?」

「いや、そういうことじゃないだろ。見た目完璧にあれだろ、それ」

「何ですか?」

「ば、ばっきゃろ! そんなん人前で口に出来るわけ無いだろ!」


 年齢の割に心はピュアな忠七朗であった。


『と、とにかく自分、それ無理っすから! 別の餌使いますんで!』

「そうですね。大物狙いで坊主引いても事ですし、そちらは小物狙いで、オキアミでも使ってください」

『うっわ』


 三春が差し出したオキアミを見て再度引くマグロ寿司。


「いやいや、これの何処が駄目なんです」

『死んだエビ素手で触るとかちょっと……』

「死んだマグロのくせに何そんな事気にしているのですか……」

『ほらよ、寿司って鮮度が命だろぅ? それがこんな死んだエビ触っちまったら、食中毒とかで問題になるだろうよ』

「誰もあなたを食べようとは思いませんので安心してください」


 マグロ寿司は拒否しようと首を振るが、背後に控えた忠七朗がさっさとしろとにらみをきかせていたのでこわごわとした指先でオキアミをつまみ、針へと刺した。


 三春は躊躇すること無くユムシを針に突き刺す。

 針を刺され暴れもがくユムシのビジュアルは相変わらずで、その姿をみた男連中は股間を押さえ、身を震わせた。


「大将が合図したら餌を投げます」

「はいスタート! 早くそれ投げろ!!!!」


 見ていられなくなった忠七朗が叫ぶ。

 三春は命じられるがまま、ユムシのついた釣り針を海へと投げ込んだ。


 釣り針が海面に沈むのを確認した〈海の岡田〉も釣り竿を振るう。

 いよいよ、船上デスマッチが開始されたのだ!

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