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寿司屋忠七郎  作者: あゆつぼ
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寿司六貫目 新たなる敵登場!? 

「ということがありまして」

「へー。相変わらず不思議なお店なんだねえ」


 休み時間。三春は後ろの席に座るのほほんとした雰囲気の友人とバイトの話をしていた。


 彼女――()(むら)()(まち)は幼稚園の頃から三春とは友達同士で、何でも話し合える仲であった。

 三春同様に少しばかり地味ながら、おさげとメガネの似合うおしとやかな女の子だ。


「いい加減慣れてきてしまいましたけれど、流石に人間サイズに巨大化したマグロ寿司が普通に椅子に腰掛けてたばこ吸っていたときはどうしたものかと思いました」

「へー、マグロのお寿司がたばこを吸ったりするんだねえ」

「するようですね。あの人たちには常識が通じないんです」

「でも三春ちゃん、長いことあのお寿司屋さんで働いてるよねえ」

「そうですね。将来の夢のためとはいえ、最近では本当にこれで良かったのかと思い始めました」


「三春ちゃん、お寿司屋さんになりたかったの?」

「違いますよ」

「そうだよね。三春ちゃんは仏師さんになるんだよね」

「いえ、仏師になるつもりもありませんよ」

「あれ? でも小学校の頃、毎日毎日観音様の像を彫ってたよね。ものすごい人気もあったし、今でも続けてるじゃない」

「確かに人気はありましたけれど、私にとって仏像彫りは生活の一部であって仕事ではないのです」

「そうですか。お見それしました」


 小町は先程の美術の時間に三春が暇つぶしとばかりに彫った、五〇〇円玉サイズの釈迦如来立像をルーペでのぞき込みながらその細部の出来の見事さに深いため息をついた。


「それじゃあ何になるつもりなの?」

「洋菓子職人になりたいなと思うのですが」


「三春ちゃんの作るお菓子はおいしいもんね。たまにクッキーが白隠禅師の形してたりすると食べづらいけど」

「あれはちょっとした遊び心ですよ。ちなみに今日は達磨禅師を再現してみました。どうぞ両手両足から召し上がってください」

「罰当たりだよ……。あれ、でもそれならどうしてお寿司屋さんで働いてるの?」

「そこなんですよね。どうしてなのか、自分でも分からなくなってきてしまいました」


「青春、だね!」

「青春かあ。青春かなぁ」

「あれこれ思い悩めるのは青春だよ! 流石三春ちゃん! 女子力高いよ!」

「女子力とは何か」

「さあ。よく分からないけれど、女子力だよ、きっと。そうだ、そんな三春ちゃんにこれをあげよう」


 小町は鞄から取り出した封筒を三春へと差し出す。

 海のイラストが描かれたそれを、三春は目配せして開けて良いのか確認すると、封を切って中身を取り出した。


「チケット? 三陸沖の釣り船ですか。潮の流れが速そうですね」

「ただの釣り船じゃあないんだよ。何と釣り上げたお魚をその場でお寿司にしてくれるサービスをしてくれるんだって」


「へえ、その場でお寿司かぁ……。新鮮ならそれで良いって訳でもないような気もしますし、わざわざ酢飯を積み込んでまで船の上でお寿司を食べたいものなのかとかいろいろ疑問ですが、確かにただの釣り船ではなさそうですね」


 しかしチケットの裏面を見て、三春の表情が少し曇った。


「あれ、どうしたの三春ちゃん」

「いえ、何か見てはいけないものを見てしまったような気がして……」


 裏面に書かれていた釣り船の代表者の氏名とその所属組織。

 なんとこのサービスを行っているのは、『ツキヂ』の岡田だった!


「あー、最近お寿司文化を更に盛り上げていこうって『ツキヂ』の人たち頑張っているよねえ。実はわたしも『ツキヂ』のお寿司作り講座に行こうかと思った事もあったのだけれど、きっと三春ちゃんに教えて貰った方がわかりやすいかなーって思ってやめたんだよねえ」


「私で良ければお教えしますが、問題はそこではなくてですね……。もしかしたらご存じかも知れませんが、私の働く寿司屋の大将は、『ツキヂ』をやたら敵視していましてね。こういった目新しいサービスを行っていると知った暁には……」


「暁には?」


 首をかしげ尋ねた小町であったが、突如窓の外に現れた謎の物体の方に意識が向き、それを不思議に思った三春も窓の方を見やった。


 なんとそこでは、全長一メートル八〇センチはあろうかという巨大なマグロ寿司が、両手で窓の縁をつかみ今にも教室の中へと侵入しようとしていた。


『親父の命令とは言え、なんでこんなとこまで言づてに足を運ばねえとならねえんだよ』


「わー、ほんとにマグロのお寿司なんですねえ」

「学校には来て欲しくなかったなあ……」


 視線を逸らした三春であったが、マグロ寿司はそんなことお構いなしに声をかけた。


『親父から伝言だ。『ツキヂ』の奴らがまた妙な活動を始めたらしい。明日、殴り込みに行くから準備を整えておけ――以上だ』


「準備って、私に出来ることは無いと思いますよ」

『貴様に拒否権はねえ。とにかく伝えたぞ』


 三春は汚物を見るような視線で始終そのマグロ寿司を眺めていたが、相手にはその思いはまるで伝わらなかったらしく、仕事は果たしたとばかりに勢いよくその立派な両足で駆けていくと窓から外へと飛び出して、シャリ後部からジェット噴出をして何処か遠くへと飛んで行ってしまった。


「あれ、肺呼吸なのかな?」

「そこ気になりますか」


「なんにしても、凄いマグロ寿司もいるものなんだねえ」

「あれ、凄いのでしょうか。私はただただ憎たらしいです」

「三春ちゃんがむすっとした顔してるの、久しぶりだなあ」

「別にむすっとしては――してましたね。とりあえずチケットはお返ししますね。恐らく明日には、営業停止するでしょうけれど」

「プレミアつくかも!」

「無価値になるだけだけだと思いますよ」

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