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寿司屋忠七郎  作者: あゆつぼ
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寿司四貫目 驚異! 鬼畜忍術使い!

「な、何て恐ろしい忍術だ……」

「私は双子の片割れを平然と盾にしたあの人と、開幕包丁を投げつけた大将の方が恐ろしいと思います」


『なんと開幕早々のラフプレーを予測していた岡田選手! 得意の忍術でそれを防ぎました! これで勝負は振り出しに戻りました!』


 実況が叫ぶと会場は歓声の渦に包まれた。


 世にも珍しい〈握り手〉同士の戦いは、他の料理対決では絶対にお目にかかれない展開となるであろうという期待から会場のテンションは一気に跳ね上がった。


「これ、振り出しで良いんですかね……とりあえず私はこっちでお魚の下処理してます」


 三春は巻き添えはごめんだと忠七朗から距離をとり、料理場の端で道具を調え魚の下処理を始めた。


「ではお見せいたしましょう。この私の忍術と料理のコラボレーションを!」


 〈影の岡田〉は色とりどりの野菜を宙に放り投げると、手にした小刀を振るう。

 刻まれた野菜は調理台に置かれた皿へと落ちていった。だがそれはただ落下したというわけではない。〈影の岡田〉の洗練された包丁使いによって、皿の上には綺麗に彩られたサラダが完成していた。


「す、凄いです! あんなに適当に振り回しているだけなのに、あんな風にサラダが完成するなんて!」

「あんなの見栄えだけだ、誤魔化されるな!」


「フフフ、動揺しているようですね。ですがここからが本番ですよ!」


 〈影の岡田〉は笑みを浮かべ、調理台の下から新たな食材を取り出す。

 両手で持ち上げられ調理台に載ったそれは、見事な七面鳥であった。


『おっと岡田選手! ここで取り出したのは七面鳥です! しかもかなりの大きさです! これを一体どんな料理にするのでしょうか!』


「見た目のインパクトで勝負する気か」

「料理は味はもちろん、食欲を引き出す見た目も重要。更に料理対決ともなれば、調理中の見た目も重視される。勝負である以上、私は勝つために最善の選択をするまでです」


「大将、どうするんですか! まだこちらは何も完成していませんよ!」

「ピーピー騒ぐな。相手が見た目のインパクトで勝負するというのなら、こちらも見た目で勝負し正々堂々と勝つ!!」


 そう宣言した忠七朗は、意気揚々と食材を置いた台車のもとにおもむき、おもむろにかかっていたシートをひっぺがえした。


「おおっ!」

 会場の視線がその”食材”の元に集中する。


『対する松波選手が用意した食材は――食材は……。すいません、それなんでしょう』


「見ての通り、パンツァーシュレックだ!」


 忠七朗は装填済みの対戦車ロケット砲を、七面鳥の解体を始めようと包丁を構えた〈影の岡田〉へと向けたかと思うと、躊躇無くその引き金を引いた。


 ロケットが噴出し、とんでもない初速で射出されたそれを回避するすべは〈影の岡田〉にはなく、七面鳥ごとその場で爆発四散した。


「シリアイのツテでホンバドイツからシイレマーシタ」

「何てことしてくれてるんですかお師匠さん……」


 爆炎と煙に包まれて〈影の岡田〉の様子は確認できないが、恐らく死んだのではないだろうかと誰もが思っていた。


『これはとんでもない食材です! まさかのロケット砲! これによって岡田選手、まさかの途中退場でしょうか!?』


「え、いやそういうレベルじゃないでしょ」


「フフ。この私がこの程度で退場するとでも?」


 冷静に突っ込みを入れていた三春の言葉をかき消して、煙の中から抑揚のない声が響いた。

 瞬間、囂々と燃えさかっていた炎はかき消され、同時に辺りを包んでいた煙も収束していった。


『何と岡田選手、健在です! 爆心地に一人立って――いえ、二人居ますね。あれを人として数えて良いのかは極めて微妙ですが』


 会場の視線が、忠七朗たちの視線が、一斉に岡田の元へ集まる。

 そこには爆発によって破壊された調理台と、その上に立つ〈影の岡田〉。更にその足下近くに転がるかつて人であっただろう物体……。


「野郎、何て奴だ……」

「ご覧になられましたか? これが忍法、実は三つ子だったの術です!」


 何と〈影の岡田〉は三つ子だった! しかしその三つ子の一人は、今はもう人間の体をなしておらず、料理対決の場にはふさわしくないモザイク必須の状態であった。


「ちなみに火を消したのは彼が最後の力を解放して使用した、死と引き替えにどんな奇跡をも起こしてしまう究極忍法ですが、これについての詳細はウェブサイトを参照してください」

「自然な流れで自社ウェブサイトへの誘導……。奴め、俺との勝負を宣伝に利用する気か!! 許せねえ……」


 忠七朗は〈影の岡田〉のあまりにも非道な広告戦術に、憎しみから歯を食いしばる。


 この極悪非道の忍術使いを絶対に許してはならない。そんな気持ちが忠七朗の中で更に激しく燃え上がった。


「いいですよ、その闘志。では仕切り直しです。ここから先は私の独壇場ですよ!」


 かろうじて爆発の被害を逃れた食材にかけられていたシートが剥がされる。

 登場したのは、お櫃に入った酢飯と、見るからに新鮮そうな旬の魚介類たち。

 いよいよ〈握り手〉の本当の実力を拝むことが出来そうだと会場のテンションはマックスとなった。


『ついに登場だ! 今回の料理対決のメイン! 普段はなかなか拝むことの出来ない〈握り手〉による実演です! これは目が離せません!』


「な、何!? お櫃に入った酢を混ぜ合わせたご飯と、新鮮な魚介類。薬味にわさびや刻んだネギ、すり下ろしたショウガ……。奴は一体何を作る気なんだ! 全く予想できねえ」


 忠七朗の叫びに、師匠も同調して首をかしげる。


「イミワカンナイデスネ……ニンジャメシってヤツデスカネーオッオウッ!」

「いやいや、どう見てもお寿司握る気ですよ」


 三春はそんな二人に声をかけるが、忠七朗も師匠もその言葉をまるで信じなかった。


「まさかそんなことがあるわけ無いだろう。これは料理対決。寿司を握る戦いではないはずだ! だから寿司は絶対に握らない! そうだろう!」


 指を突きつけられた〈影の岡田〉は不気味に笑いながら答えた。


「そのまさかですよ! 私は料理対決だろうと手を抜かない! 〈握り手〉として、最高の寿司を握ります!」

「な、なんだと! プライドはないのか!」

「何と言われようと寿司を握る手はもう止められません! お見せしましょう、〈影の岡田〉の握りの妙技を!」


 〈影の岡田〉は両手を振り上げ、寿司を握らんとお櫃の中へと振り下ろした。

 指先でシャリの温度、酢の浸透具合を瞬時に確認し、最もネタに適した部分から適量のシャリ玉を作り上げる。


「野郎! 料理対決で寿司を握るとは、許しがたい反逆行為だ! こんなヤツに負けるわけにはいかねえな! 正々堂々、正面からたたきつぶしてやるぜ!」


 忠七朗は次なる食材に手をかけた。

 かかっていたシートをはがされ衆目にさらされたそれは――それは――


『松波選手が取り出したのは――バケツ、に入った、何でしょうその黒い物体は……』


「見ての通り、重油だああああああ」


 叫び声を上げると、忠七朗は重油の入ったバケツをぶん投げた。

 バケツは忠七朗の狙い通りに飛んでいき、〈影の岡田〉が準備したシャリと魚介類を見事に台無しにしてしまった!


「どんな優れた調理技術を持っていたところで、食材が重油まみれとなっちゃあ料理は出来ねえだろう! これが本当の戦術ってヤツよ!」


『松波選手、知恵の勝利です! 確かにこれでは寿司を握れません! さて、対する岡田選手、ここからどうする!?』


「知恵の意味が知りたい」


 呟いた三春は、全てを諦めて料理を始めた。

 適当にその辺りにあった野菜を宙に放り投げ、手にした包丁を縦横無尽に振るう。

 すると用意されていた皿に、繊細な飾り包丁の入った芸術品と呼んでも過言ではない食べるのを躊躇するほどの輝きを放つサラダが完成していた。

 衆生救済を願う観音様をあしらった人参の優しげな眼差しなどは、熟練した仏師にも不可能な程の慈愛を秘めていた。


 しかしそんな三春の姿を観客も、忠七朗たちも見てはいない。

 皆の視線は、ただ忠七朗と〈影の岡田〉に向けられている。


「一筋縄ではいきませんね。ですが、この程度で私の握りを止めることは出来ません!」


 ゆったりとした動きで〈影の岡田〉が腕を振るう。すると、その手のひらの上に光と共に何かが出現した。


『これは岡田選手、新たな忍術か!? ――何と、手のひらの上に――寿司です! ハマチのにぎりが手のひらの上で完成しています!!』


「いつの間に握りやがった!」

「これが”影”の妙技。常人にはとらえられぬ超高速の握り。あなたの作戦は、少し遅すぎましたね」


『更に一瞬のうちに寿司下駄に豪華絢爛な寿司が並んでいます! これが〈握り手〉の握りです! こちらの席からも、いつ握ったのか全く分かりませんでした!』


 凄まじいまでの高速な握り――とは名ばかりの、裏方の奥さんが握った寿司を袂に潜ませておき、必要に応じて取り出す忍術。だが誰も、裏方の存在に気づく者はなかった。それ程までの高速の入れ替え。数多のサイドメニューを素早く提供するために編み出した〈影の岡田〉の最速の忍術は、常人の目ではとてもとらえられない!


「そうでしょう! 未だに誰も、この技を見切った人間はいません! さあ、どうしますかミスター忠七朗!」

「確かに技を見切ることは出来なかった。だが、貴様も俺の技を見切ってはいまい!」

「何を――」


 〈影の岡田〉はその危機察知能力で、瞬時に自分に危険が迫っていることに気がついた。

 だが忠七朗は攻撃の気配を見せてはいない。いったいどこから攻撃が――


「なっ――寿司の中に異物が!?」

「もう遅い! 既に時刻だ!」


 〈影の岡田〉が手にしていた寿司下駄が突然爆発する。

 こんな事もあろうかと、皆の視線が重油まみれになった食材へと向いてる中、小型の高性能爆弾を寿司下駄へ仕込んでいたのだ。


 念には念を入れて多めの爆薬を仕込んでいたため〈影の岡田〉は寿司下駄と共に木っ木っ端微塵となり、パンツァーシュレックの直撃を食らった兄弟のようにモザイク必須の恐ろしい状態となってしまった!


「ふん。他店への嫌がらせのため寿司への異物ねじ込みの技術をずっと磨いてきた俺にとって、相手に気づかれぬよう寿司下駄に爆弾を埋め込むことなど朝飯前よ!」

「その努力をもっと他の所へ向ける気は無かったのでしょうかね」


 もちろん忠七朗にそんな思いなど微塵もなかった。

 しかも今回の勝利によって、今まで以上に自分の磨いたこの技術は間違ってはいなかったと妙な確信を抱いてしまっていた。


「まさかこれで勝ったおつもりですか?」

「なに!?」


 またも〈影の岡田〉の声がどこからともなく響いた。


『岡田選手、なお健在です! 流石は忍者! 不死身かと思わせんばかりの復活劇をまたやってくれました!』


「あの野郎、実は四つ子だったのか!?」

「いえ、私は三つ子ですよ」


 破壊された調理台の裏から姿を現す〈影の岡田〉。今回ばかりは多少のダメージを負ったらしく、服の袖が若干ではあるがすすけていた。


「ならそこに転がっている物体は一体……」


 忠七朗は地面に転がる元は人だったであろう物体を凝視する。

 良く見慣れた爆死した人間の姿である。しかし爆発の衝撃のせいで、その死体の顔はとても確認できない。


「フフフ。これが究極忍法、グッバイ父さん今まで育ててくれてありがとうの術です!」

「父親を、自分の盾にしただと――」


 今回ばかりは忠七朗だけではなく観客も引き気味であった。実況も何とコメントしたら良いのか分からなくなりあたふたとしている。


「父が勝手に盾になったと言うだけのこと。さて、それでは勝負を続けましょうか」


 父の死など知ったことはないとばかりに、待避させていた食材を臨時にこしらえられた予備の調理台へと運び、料理を再開する〈影の岡田〉。

 今回の戦いで失ったものは大きい。しかし〈影の岡田〉は、犠牲になった彼らのためにも絶対に負けられない。どんな汚い手を使ってでも勝利をしなければならなかった!


 そのためには兄弟や父親の死をいつまでも引きずっているわけにはいかない。今ある食材で最高の料理を作るため、持てる技術の全てをそこに注ぎ込む。

 覚醒した〈影の岡田〉は〈握り手〉としての技術を失う事と引き替えに、究極調理技術を手に入れていたのだ!


 全てはこの戦いに勝利するため! 憎き敵の忠七朗を叩きつぶすためであった!


「父親を殺しておいて、その態度は何だ! 貴様には血も涙もないのか!」


 忠七朗の叫びにも〈影の岡田〉は動じない。それでも忠七朗は、声の限りを尽くし叫び続けた。


「恐ろしい忍術……本当に恐ろしい、鬼畜のごとき忍術だ。兄弟を、親を盾にし、自分だけは生き残る。そんな忍術を平然と使ってのける貴様はもはや人ではない! 鬼だ! 人の形をした化け物だ!」


 〈影の岡田〉は微動だにしない。彼は既に、目の前の食材で最高の料理を作るだけの機械と化していた。


「貴様のようなヤツを寿司界に残しておくわけにはいかない。寿司文化の生存のため、ここで貴様を完膚なきまでに打ち倒す!」


 忠七朗が目配せをすると、合図を待っていた師匠が無線で仲間と連絡を取る。

 連絡を受けた師匠の旧友は、愛機のJu87をイベント会場上空から進入させると、真っ直ぐに〈影の岡田〉へと急降下し、五〇キロ爆弾を投下する!


『何と正確な爆撃でしょう! 岡田選手これを回避しきれない!』


 予備の調理台が破壊され、料理をしていた〈影の岡田〉は回避が遅れ、爆風で吹き飛ばされる!


「忍法、回転受け身の術!」

「ちっ! また忍術か!」


 受け身でダメージを最小限にとどめた〈影の岡田〉は、何とか一緒に待避させていたまな板の上で、限られた食材を細かく刻んでゆく。


『岡田選手、この状況でも料理を続けます! 何という執念でしょう!』


 だが〈影の岡田〉に料理などさせるものかと、忠七朗は素早く行動した。

 食材として持ち込んだキハダマグロの体内から自動小銃を取り出し乱射する。


「忍法まな板ガードの術!」


『まな板で見事に防ぎました! しかし岡田選手! 背後に謎のドイツ人が迫っています!』


「オッオッ!」


 小銃弾をまな板で防いだ〈影の岡田〉の元へ、後ろへ回り込んだ師匠が手裏剣を投げつける。


「忍法バク転回避の術!」


『見事に回避しました! これは形勢逆転か!?』


 だがそれすら〈影の岡田〉は常人とはかけ離れた運動能力によって全て回避した。

 そしてすかさず、かろうじて原形をとどめていた鍋へ食材を流し込み、豚汁の作成を開始する。

 コンロは破壊されていて使えない。火力は足りないが、先程の急降下爆撃によって未だ燃えさかっている炎を利用するほか手はなかった。


「そこまでして料理がしたいか! この卑怯者め!」


 忠七朗が腐った食材を投げつける! だが〈影の岡田〉はその全てを手にしたおたまでたたき落とし、鍋に入り込むのを阻止した。


「何と言われようが、どんなに蔑まれようが料理することはやめません!」

「この分からず屋があああああ!!!」


 再装填されていたパンツァーシュレックを構えた忠七朗は、憎き敵に向けその銃口を向けると引き金を引いた!

 秒速一〇〇メートル以上の初速で飛来したそれを回避する術を、満身創痍の〈影の岡田〉は持ち合わせていなかった。


 それでも直撃を避け、爆炎と爆風で吹き飛ばされながらもダメージを最小限に抑える。


「忍法……やせ我慢の術……」


 〈影の岡田〉は既に限界を超えていた。

 それでも師匠が用意させた自走榴弾砲から放たれる砲弾を次々と回避。爆風に幾度も吹き飛ばされながらも、直撃だけはなんとか避けていた。


「忍法――セルフ心肺蘇生の術……」


 心臓が停止するが、忍法により自力で復活する。

 彼の体をつき動かしていたのは、一料理人として、料理対決では絶対に負けられないというプライドであった。


「料理を――食材を――。全ては、私の料理を待つ人のため――――」


 〈影の岡田〉は虚ろな瞳で周囲を見渡したが、そこには絶望的な光景のみが広がっていた。


 食材も、調理器具も、全てこれまでの爆破によって粉々にされていた。

 残っていたのは、最後まで手放さなかった料理人の命。先代の祖父より引き継いだ、包丁のみであった。


『岡田選手これでは対決続行は不可能か!? ――と、ここで控え室から誰か出てきました!』


 控え室から現れたのは、目尻に小じわをこしらえた女性――〈影の岡田〉の妻であった。


「あなた、これ以上戦うのはやめてください。このまま続けたら死んでしまいます」

「もう――私には何も残っていない……」


 手にした包丁に視線を落とし、妻に体を支えられた〈影の岡田〉は嘆いた。


「包丁が残っているではないですか。あなたのおじいさんは、それ一本で今の岡田家の礎を築いたお方。その孫であるあなたにならば、きっと同じ事が出来ますよ」

「お前――」


 〈影の岡田〉は大粒の涙を流した。

 兄弟も、父も失った。

 包丁一本のみしか残っていないと思っていたが、それは間違いだった。

 誰よりも〈影の岡田〉を思い、支えてくれる存在が、こんなにも近くにいたのだ。


「そうだな、包丁一本――初心に戻ってお前と二人、新しい道を歩もう――――」

 ついに〈影の岡田〉は限界を迎え、気を失った。

 それでもその表情は、どこか微笑んでいるようであった。


『ここで岡田選手の妻が岡田選手に代わり棄権を申し入れました! まさかの決着です! 岡田選手の棄権のため、勝者は松波忠七朗選手となりました!』


 観客は誰一人納得いかず、誰も忠七朗の勝利を快く思っていなかった。それでも勝ちは勝ち。課程はともかく、結果はそうなったのだ。


 観客たちは妻に支えられ会場を後にする〈影の岡田〉の背中を静かに見送っていた。

 ただ一人忠七朗だけは、その背中に向かって敵意を飛ばす。


「馬鹿め! 生きて帰れるとでも思ったか! これでとどめだ!」


 再装填を済ませたパンツァーシュレックを構え、岡田夫妻の背中に照準を合わせた。

 あとは引き金を引くだけで、確実に二人の命は失われる。

 忠七朗は血走った目で二人の背中を睨み付け、そして迷うことなく引き金を引いた!

 ――しかし、ロケットが発射されることはなかった。


「これ以上はやめてくださいよ」

「三春! 何故邪魔をする!」


 三春は手のひらの上で解体した発電用ダイナモをもてあそぶ。発射機だけあっても、発電機がなければ発射は出来ない。


「いくら〈握り手〉は寿司文化保護のためいかなる刑罰の対象にならないからと言って、やって良いことと悪いことがあるのですよ」

「何だと! ここでヤツを仕留めなかったら、寿司文化の保護どころではない! 文化そのものが『ツキヂ』によって破壊されてしまうのが分からねえのか!」


 怒鳴る忠七朗に何と答えたらいいものかと三春は思い悩むが、三春に代わり師匠が珍しくまっとうな口調で話し始めた。


「Will kein Problem. Er hat die Macht verloren.」

「――お師匠様が、そうおっしゃるのならば」


 師匠の言葉で忠七朗は渋々パンツァーシュレックを下ろした。それでも得心いかなかったのかしばらくは年甲斐もなくふてくされていた忠七朗であったが、勝利の副賞の金券を受け取るとそんな態度もどこかへいってしまったようで、三春はほっと胸をなで下ろした。


 ちなみに、審査員たちは三春の作った料理だけを食べて、満足して帰ったそうである。

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