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寿司屋忠七郎  作者: あゆつぼ
16/18

寿司十六貫目 足の速いイワシはカツオが大好き?

「対決内容は一対一の握り勝負だ」

「ふん。良いだろう。受けて立つ」


 〈闇の岡田〉の提案に、忠七郎が頷く。

 用意された調理台で、各々が道具の確認を始める。

 シャリは三春が作ったものを二つに分けてそれぞれが使うこととなった。

 魚に関しては、近所の魚屋さんからいくつか新鮮な魚を購入し中央のネタ台に置いた。


 〈握り手〉二人は目を閉じ精神を集中させる。

 素人の三春の目にも、二人の周りに高まったエーテル寿司エネルギーが溢れ出ていることを確認できた。


「テキもナカナカのジツリョークデスゥ」

「そうなのですか? となると長引きそうですね」

「イエ、ココマデのジツリョクドーシのニギリテナラ、ショーブはイッシュン」

「そうなのですか。しかしお師匠さん。今日はやけに普通に話しますね」

「オッホォ!?」

「実はそれ、わざとやっていたりしません?」

「オ?」


 師匠はトラフグめいてとぼけた表情を浮かべて否定したが、かえってその様子が三春の疑惑を深めた。


 そんなことはともかく、精神を高め終わった〈握り手〉二人は、いよいよ始まろうとしている戦いを前に、鋭い視線で睨み合っていた。

 ただ睨んでいるだけでは無い。

 いかに早く中央のネタ台から相手よりいいネタを獲得するかが、この勝負の肝であった。


 確かに〈握り手〉としての能力も重要ではあるが、それは良質なネタとシャリがあって初めて効果を発するものである。

 実力の拮抗した対決では、ネタの質が勝負を決する鍵であることは二人とも承知していた。


「勝負の前のこの感じ。たまらないねえ」

「小町さんの趣味がいまいち理解できないですが、確かに緊張した空気ですね」


 張り詰めた空気の中、睨み合う二人の〈握り手〉。

 戦いの開始の合図はどうしたらいいのかと三春が振り返ると、ちょうどそこには大きな銅鑼のような物が設置されていた。


「一応中立の立場の小町さんが叩いて下さい」

「それじゃあ任されちゃおうかな」


 小町は意気揚々と銅鑼の元へと赴くと、決闘をする二人の間の空気が高まっている様子を確認する。

 忠七郎も〈闇の岡田〉も、今にもお互いに殴りかかりそうなほどの闘志で満ちていた。


 それを見て十分機は熟したと判断した小町は、ばちを振りかぶり、大きな声を上げてそれを振り下ろした。


「決闘、開始!!」


 金属音がけたたましく石造りのコロシアムに響くと、二人の〈握り手〉は一目散にネタ台へと向かって走る。


 先にネタ台にたどり着いたのは忠七郎であった。

 一切迷うことなく狙い澄ました魚をかすめ取る!


「旬の戻りカツオは俺がいただいた!」


 忠七郎はカツオを掲げて宣言する。この宣言がなされた以上、ネタの横取りは決闘のルールに反する!


「ならばこちらはこれをいただこう」


 〈闇の岡田〉が手にしたのはイワシであった。

 予想外の選択に、忠七郎だけではなく観客席に座っていた三春も驚いた。


「イワシって、なんでイワシなのです? 今の時期は確かにイワシもおいしい時期ではありますが、それならば北の海でエサをたくさんため込んだ戻りカツオこそ季節にふさわしいネタではないでしょうか。それが先にとられてしまったといえ、どうしてイワシを……」


 三春は困惑した。

 イワシと言えば、ありふれた普通の魚である。


 確かに寿司ネタとして人気は広いが、それは梅雨明けから秋までの長い旬の時期と、そのお手頃な値段に由るところが大きい。一対一の〈握り手〉同士の決闘にふさわしいネタだとは思えなかったからだ。


「タシカニ、モドリカツオはツヨイ。デスガ、イワシダッテ〈ニギリテ〉のウデシダイデ、バケルンスヨ」

「イワシが化ける……?」


「ソレニ、アノイワシ、サンリクオキからチョクソウサレテキタイッピンデス」

「――そうか! 確かにカツオは旬のネタではあるけれど余所から仕入れた物なんだ! それに対してイワシは近場の三陸の海で獲れた物――」


「ソシテシャリは、ミヒャエルのツクッタサンリクのサカナにアワセタモノ」

「ミヒャエルではないですけれど分かりました! つまり岡田さんは、ネタの旬だけではなく、地域の食材を活かしたお寿司で勝負すると言うことですね!」

「お寿司って深いんだねえ……」


 シャリが変わればそれに合うネタも変わる。

 勿論三春が丹精込めて作り上げたシャリは、三陸の海で獲れる魚に合わせていた。

 寿司力の大きさは、寿司ネタとシャリと〈握り手〉の実力の調和によって決定される。

 忠七郎が寿司ネタにこだわったのに対して〈闇の岡田〉はネタとシャリの調和にこだわったのだ。

 それは、三春の作ったシャリの性質を見抜いていたからこそ出来る戦術であった。


 〈闇の岡田〉はただ東京の味を東北へ持ってきただけではない。

 東北の寿司の味を学び、東京と東北の寿司を融合させた、新たな段階の寿司を生み出すために東北に支店を構えたのだ!


 そしてそれは、人質として迎え入れた三春の寿司を食べることで十分に形となっていた。

 寿司職人としては熟練の域に達していた三春の寿司は、〈闇の岡田〉の〈握り手〉としてのレベルを一つ押し上げていたのだ!


 氷の敷かれた皿に並ぶイワシたちの姿を見て〈闇の岡田〉はこのネタがシャリと絶妙に調和することを確信した。

 調理台に戻り包丁を手にするが、まだイワシを捌いたりはしない。そのイワシに対し溢れんばかりのエーテル寿司エネルギーを吹き込んだのだ!


 淡い虹色の光に包まれて、イワシがきらきらと輝き始める。

 その目には正気が宿り、硬直していた身は柔らかくしなやかに――。〈闇の岡田〉の力によって、イワシたちは命を与えられたのだ!


「凍っていたイワシが――」

「ソートウなジツリョクデスネ」

「ふん、小細工を」


 忠七郎はすでにカツオを捌き刺身としていた。

 カツオもイワシも傷みやすい魚だけに、速度が命なのだ。


 忠七郎は手際良くカツオをおろし、その食欲をそそる濃い赤色の身に十分な脂がのっていることを確かめる。


「このカツオ。鮮度も文句ねえ。貴様の小細工もここで仕舞いよ!」

「小細工かどうかは、これを見てから決めて貰おうか!」


 〈闇の岡田〉の手のひらから更に強力なエーテル寿司エネルギーが発せられた!

 その虹色の輝きは殺伐としていたコロシアムを包み込み、石の切れ目からはコスモスが咲き乱れた。

 エーテル寿司エネルギーのあまりの高まりに、周りの空間にすら命が吹き込まれたのだ!


 そして〈闇の岡田〉の手のひらの上で直にエーテル寿司エネルギーの流れを受けたイワシたちは、皿の上で元気に跳び跳ね始めた。


「イワシが――本当に生きてる!?」

「わあ、お寿司屋さんって凄いのですねえ」

「スシヤジャナクテ、ニギリテヨイ」

「そうでした!」

「そこはこだわるのですね――あれ、イワシが――」


 三春の視線の先で〈闇の岡田〉が命を吹き込んだイワシたちに更なる変化が訪れていた。


 なんとエーテル寿司エネルギーによって虹色の光に包まれたコロシアムの中を、今まで皿の上にいた数尾のイワシたちが一斉に泳ぎ始めたのだ!


「命を与えるとはこういうことよ! これが真の〈握り手〉の力! 本当の鮮度というものだ!」


 空中を泳ぎ始めたイワシたちは虹色の光に触れるたび小さな光の粒をあたりに飛ばして、次第にその光は大きくなっていった。


 三春が気づいた頃には、小さかった光りの粒はいつしかイワシへと成長し、コロシアムの中を数万尾のイワシが縦横無尽に泳ぎ回っていた。

 虹色の光の中を、銀色のイワシが泳ぎ回る。


 命を与えるだけではなく、新たな命を生み出す握り。これこそ〈闇の岡田〉が新たに習得した〈握り手〉の極意であった!


「鮮度だけが寿司じゃねえ――が、面白いものを見せて貰った。こちとら黙って見ているだけって訳にもいかねえ。この俺がお師匠様から受け継いだ、〈握り手〉の極意って奴を見せてやろう!」


 忠七郎は低く笑い、捌いたカツオの刺身が載った皿を手にする。

 〈闇の岡田〉はよかろうと口にして、腕を組みその様子を眺める。

 先制攻撃をやめ、忠七郎の極意とやらを見物することに決めたのだ。

 それは忠七郎の〈握り手〉としてのレベルが十分に高いことを知ったうえでの、敬意を表した行動であった。


「ハァッ!!」


 忠七郎が力を込めると、その手のひらからどす黒い闇のようなエーテル寿司エネルギーがあふれ出す。


 エネルギーの渦はカツオの刺身を包み込み、次々と溢れるエネルギーによって更に黒く黒く濃縮されていく。

 虹色に輝くコロシアムの中で、忠七郎の手のひらの上だけが真黒に染まっていた。


「命を与えるってのは、こういうことだ!」


 忠七郎が目を見開くと、手のひらからエーテル寿司エネルギーが爆発しあたりに四散! するとなんということだろう! 散らばった漆黒のエネルギーの塊がゆらゆらと宙を漂い始めたではないか!


「な、なんなのですかあのまがまがしい物体は!?」

「なんだかちょっと怖い感じだねえ」


 このときばかりは小町も目の前のおどろおどろしい光景に身を引いていた。


「ミテノトーリ、カツオデスヨ」

「あれが、カツオ?」


 三春は目を凝らす。

 漆黒のエネルギーに包まれて宙を漂う物体。よく見ればそれは、ドロドロとした深い朱色に染まったカツオの刺身であった。

 なんと忠七郎は、カツオの刺身に命を与えたのだ!


「魚の姿をしたままのイワシに命を与えるなど、出来て当然。俺ほどの使い手となれば刺身にすら命を与える!」


 宙を漂いうごめくカツオの刺身たち。

 〈闇の岡田〉の目には、切り刻まれたカツオたちが救いを求めてもがいているように見えた。


「それが貴様の能力か」

「ふん。こんなのは序の口。本番はここからだ!」


 忠七郎は右手を天に掲げた。

 するとそこから、禍々しい闇のようなエーテル寿司エネルギーが周囲を漂うカツオの刺身へと向けて放出された!


 新たなエネルギーを与えられたカツオ寿司は、忠七郎の周囲を高速で回り始める。

 絶え間なく与えられるエーテル寿司エネルギーに、カツオの刺身たちは次第にその速度を増していった。


「大将は何をするつもりなのでしょう」

「サァ?」

「あれ、あなたは大将のお師匠さんですよね」

「シショーハシショ。デシハデシ」

「そうですか」


 三春は視線を忠七郎の元へと戻した。

 相変わらずカツオの刺身たちがすさまじい速度で忠七郎の周りを回っているだけである。


「あれえ? 今ぶつからなかった?」

「え、どうしました?」


 小町の言葉に、三春は目を細め高速で動くカツオの刺身の行方を追う。

 なんとカツオの刺身はただ回転しているだけではなかった。回転中に、他のカツオの刺身と追突していたのだ。


「カツオ同士がぶつかって――どうなるというのです?」

「うーん、でもなんだか数が減っている気がするなあ」


 忠七郎の周囲を動き回るカツオの刺身たち。

 それらは時折空中でぶつかり――


「カツオがカツオを、喰らっている!?」

「さすがは〈握り手〉。気がついたようだな」


 〈闇の岡田〉は忠七郎が行っていることを理解した。

 なんと忠七郎は命を与えたカツオの刺身同士を戦わせていたのだ。


「強者は弱者を打ち倒し、更に強力な力を得る。命ってのはこうやって作るものなのさ。貴様の与えたその場しのぎの命じゃねえ。どんなことがあっても生き延びてみせるという強い意志のこもった、本物の命だ!!」


 差し出した忠七郎の手のひらの上には、たった一切れのカツオの刺身だけが舞い降りた。


 おどろおどろしい漆黒のエネルギーをまとい、他の全ての仲間を平らげたそのカツオの刺身は、その身までもどす黒く変色していた。


「さあ、決闘と行こうか〈闇の岡田〉!!」

「望むところだ!」


 互いにシャリ玉を作る。

 その速度はもはや常人の目にはとまらぬスピードであった。シャリ玉完成まではほぼ同時。勝負はまだ互角!


 だが〈闇の岡田〉はここからイワシを捌かなければならない。

 しかし忠七郎とて、このまま握って終わりではない! 大量のエーテル寿司エネルギーを一カ所に集めたばかりに、力を持ちすぎたカツオの刺身が忠七郎の手の中で暴走を始めたのだ!


 〈闇の岡田〉は流れるような包丁捌きで鰯の群れの中から最も強い光を放つイワシを三枚におろす。

 忠七郎はエーテル寿司エネルギーを放出し、力尽くでカツオの刺身をシャリ玉へと握り込んだ。


 握りも同時。


 〈闇の岡田〉はシャリ玉と一つになったイワシの刺身を握り込み、二つの素材を融合させる。


 輝くシャリの上で虹色の光を放つイワシ。それがイワシ本来の銀色の輝きと相まって、芸術品と呼ぶべき一握りへと昇華された。

 返す手でもう一貫の寿司を握った〈闇の岡田〉は臨戦態勢に入る。


 対して忠七郎はいまだ暴走を続けるカツオの刺身を両手で強く握り潰していた!


「力に溺れ、握りを完成できぬとは――」

「違えな! 完成してねえのは貴様の握りだ!」

「何だと」


 〈闇の岡田〉は声を上げ忠七郎を睨んだ。

 その手の上では、二貫のイワシの握りが見事に完成している。


「その程度じゃあ握ったうちに入らねえ! 寿司は見た目じゃねえ! 寿司ってのはなあ、握れば握るほど、旨くなるんだ!!」


 一層黒い輝きを増した忠七郎の両手の間では、大量のエーテル寿司エネルギーによって時空が乱れ、空間に亀裂が走っていた。


 忠七郎の握りのあまりの力に、重力が歪み光が湾曲する。

 その光景たるや、人間の手の中で宇宙の塊が解き放たれようとしているようであった。


「それが、貴様の握りだというのか――」


 あまりにも禍々しい光景に〈闇の岡田〉は絶句した。


「ああそうだ! これが俺の握りだ!!」


 忠七郎の両手が更なるエーテル寿司エネルギーを放ち、連鎖的に内側へ向かって爆発したエネルギーの流れによって局所的に質量が無限大となる!


「本当の握り寿司って奴を、教えてやる!!!!」


 無理矢理にその質量を握り込んだ忠七郎の両手の中では、脂ののった戻りカツオを使った握り寿司が完成していた!


「もはや言葉は無用! 〈握り手〉同士、寿司で決着をつけるまで!」

「ひよっこが! ぶちのめしてやる!」


 〈闇の岡田〉が放った一撃目のイワシ寿司に対して、忠七郎はカツオ寿司を放った。


 空中でぶつかる二貫の寿司!

 火花が散り、虹色と闇色の光が弾ける!


 だが〈闇の岡田〉にはもう一貫のイワシ寿司があった!

 間髪入れずに放たれた二撃目は、正確にカツオ寿司の横腹をとらえていた!

 なんということだ! 寿司は側面やシャリ面は打たれ弱い! 〈闇の岡田〉による、完全に計算された投擲であった!


「その程度で貫通できる、ヤワな寿司じゃねえ!!」


 カツオ寿司は忠七郎のエーテル寿司エネルギーの高まりを受けて漆黒のオーラを周囲に放つ!


 闇に飲まれそうになるイワシ寿司であったが、虹色の光でその闇に抗った!

 空中でぶつかる光と闇。光が闇に飲まれ、闇が光に飲まれ、一瞬のうちに数千回の点滅を繰り返す!


 そして遂に、空間に莫大なエーテル寿司エネルギーの渦を残して弾け飛んだ!

 イワシ寿司が一貫、忠七郎へ向かって突き抜ける!

 だがカツオ寿司も〈闇の岡田〉へと向けて飛翔していた!!


 亜高速で飛来した寿司を二人は同時に口で受け止めた! 食べ物を粗末にしてはいけない! これは〈握り手〉に限らず、食べ物を扱う人間の間では常識である!


 寿司を口で受け止めた二人は寿司の衝撃によって後方へ吹き飛ばされたが、二人とも何とか踏みとどまった!

 しかし口の中で光を放つ寿司を何とかしなければ、次の攻撃はおろか防御もままならない!


 迸る相手のエーテル寿司エネルギーを押さえ込もうと口に自身のエーテル寿司エネルギーを集中させる二人。

 だが〈闇の岡田〉の口の中で暴走するカツオ寿司は、次第に〈闇の岡田〉の虹色の光を喰らい始めた!


「――ッ!!」


 口の中から漆黒のオーラを吹き出し、〈闇の岡田〉は更に後ずさる。

 忠七郎もイワシ寿司の光のオーラに押され一歩足を引いた。


「これは――どちらが優勢なのですか?」

「ゴカク――デハナサソウデスネ」


 〈闇の岡田〉の口から吹き出す漆黒のオーラは次第にその勢いを増していった!

 苦痛の表情を浮かべた〈闇の岡田〉が最後の力を振り絞ってエーテル寿司エネルギーを噴出させると、虹色の光が闇を包み込んでゆく――


 ――だがそれは、ただ一瞬の出来事だった――


 カツオ寿司はエーテル寿司エネルギーを解放して虹色の光を闇で覆い尽くし、爆発の勢いでなんと〈闇の岡田〉の喉を貫通したのだ!!


 息絶えた〈闇の岡田〉はその場に仰向けに倒れ込んだ――。齢三十六。〈握り手〉らしい、寿司にまみれた人生に幕を閉じたのであった。


「大将は?」


 三春が視線を忠七郎へと向ける。


「へっ、なかなかいい寿司を握るじゃねえか。俺には及ばなかったがな!」


 頂いた命に手を合わせ、忠七郎は口元をぬぐう。

 忠七郎は見事にイワシ寿司のエーテル寿司エネルギーに打ち勝ち、それを食したのだ!


「これで『花勝見』も安泰。寿司文化も守れたって訳だ!」

「カンゼンショーリ、デスネィ!」

「はあ、これでよかったのでしょうか……」

「三春ちゃん、見て」


 小町が指さした先では、虹色の光の中を泳ぐイワシたちが一斉に、倒れ込んだ〈闇の岡田〉の体へと流れ込んでいた。

 光に包まれた〈闇の岡田〉の体が幾度か痙攣する。

 すると、喉に大穴があいていたはずの〈闇の岡田〉が上体を起こした。

 命を与えたイワシたちが〈闇の岡田〉へと命を返したのであった。


「ちっ、野郎生きてやがったか」

「馬鹿なことは考えないで下さいね」


 忠七郎の元へ駆けつけた三春が釘を刺す。


「分かってらあ。決闘の決着はついた。荒っぽいことはしやしねえよ」


 口にして、忠七郎は起き上がった〈闇の岡田〉の元へとゆっくり歩み寄った。

 そして手にした包丁を〈闇の岡田〉の目の前に突き出す。


「自分で腹を切るか、俺に首を切られるか、選べ」

「あーまったく分かってなかった!」


 三春は重ねた拳で忠七郎の首筋を強打し昏倒させると、倒れ込もうとしたその体を肩で支えた。


「無事で良かったです。たぶん、東北のお店は続けるのは難しいと思いますが、是非東京でがんばって下さい。きっと岡田さんならまた戻って来られると思います」

「あ、ああ」


 意識が朦朧としていた〈闇の岡田〉はそれだけ答えただけであった。この短時間の記憶を失ってしまい、自分の身に何が起こったのか把握できていないのだ。

 三春は背負った忠七郎を引きずりながら、鰯雲の浮かぶ夕暮れの中、帰路につく。

 師匠と小町もそんな三春の後に続いた。


「ジャパニーズニンジャ……。オソロシ」

「誰が忍者ですか」


 こんな時でも師匠に対する突っ込みを忘れない、律儀な三春であった。


「でも三春ちゃん。後で怒られるんじゃない?」

「その点は問題ありません。小町さんがやったことにしますから」

「ああそれなら問題ないねぇ。あれ、問題ないかなぁ」

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