寿司十四貫目 『花勝見』アルバイト募集中!
「はっはっは、今日もお師匠様はお強いです」
「ソウデスカ? チューシチもナカナカデスッヨ」
「マグロは相変わらずだな」
『クソゥ! コントローラーが酢で滑っちまって正確な操作が出来ねえんだい!』
三人のおっさん達は相変わらず奥の部屋でスーファミの対戦ゲームを楽しんでいた。マルチタップを購入したことによって、ついに三人での対戦が可能となったのだ!
「さて、そろそろ夕飯の時間だな」
「オッ!? モウズイブンなジカンデスネ!」
時計を見ると、既に営業終了時間を大きく越えていた。
怒り狂った忠七朗は部屋を飛び出して調理場へ向かう。
「おい三春! 飯はどうした!」
叫ぶが、声は帰ってこない。
当然だ。店内は電気もついておらず、誰もいなかったのだ。
「あの野郎、サボりやがったな!」
『仕方ねえオンナだなあ、まったくよーぅ』
「ナニカ、アリマスヨ」
憤慨する忠七朗とマグロ寿司を尻目に、カウンターに置かれた封筒を見つけた師匠がそれを手に取った。
「カミのフクロのヨウデス」
「だとしても、勝手に開けるのは良くないぜ!」
「ソデスネ」
師匠は頷いて封筒を元合った場所へと戻した。
『にしてもあいつ、連絡もよこさずサボりやがってよう、全く最近の女子高生ってのは一般常識だとかモラルだとか、そういったもんは持ち合わせてねえんだろうな』
「ああ、許せねえ。セーラー服が可愛かったから雇ったが、これなら別の奴にしとけば良かったぜ」
「トリアエズゴハンドシマス?」
「仕方ねえから外食するか。幸いレジに金も若干残ってるしな!」
三人はレジの金を適当につかみ取ると、そのまま夜の飲食店街へと向かった。
「あの野郎、今日も来やしねえ!」
仕込みの時間だというのに店に訪れない三春に対して忠七朗は憤慨した。
「マタデスカ。アレデスヨ、オトコデキタンデショ。スッゴイアタマワルイオトコ」
「その可能性は十分にあるな……」
『なんか親父宛に手紙届いてやがったぞ』
マグロ寿司が一通のはがきを持って、店内にやってくる。
差し出されたそれを受け取った忠七朗は、その文面を読み上げた。
「――バイトの娘は預かった。返して欲しければ、一人で寿司屋『鶴沼』まで来い。『ツキヂ』十二支部長〈闇の岡田〉」
「ソユコトデスカ、ドシマス?」
師匠が尋ねると、忠七朗は口調を荒くして答えた。
「売った喧嘩は買われなかったらぶちのめすが、売られた喧嘩を買うかどうかは俺が決める!」
『そんな雑魚の挑発にわざわざのってやるこたあねえよなあ』
「その通り。それにバイトなんていくらでもかえがきく。新しいのを雇えばよし」
「サッソクキュウジンジョウホウダシマショ」
「ああ、そうだな! 全ては俺たちのため!」
忠七朗は手紙を破り捨て、ゴミ箱へ叩き込んだ。
そして仕込みを始めるわけでも無く、そのまま三人連れだってゲームを開始するのであった。
「おかしい! 置き手紙もした。念のため葉書も出した! なのに何故一向に現れない!」
「電話、しました?」
「したが全く出やしない! どうなっているんだ!」
憤慨する〈闇の岡田〉こと岡田唐吉に対して、三春はやんわりとした口調で答える。
「基本的に面倒くさいことは行わない主義の方なので、仕方ないのかも知れません」
「こちらはバイトを人質にとっているのにか!」
「バイトなんていくらでもかえがきくと思っているのでしょう」
「何という奴だ――」
「それよりプリン、冷蔵庫でいいですか?」
「あ、ああ、頼む。悪い、人質にとったうえ、店まで手伝っていただいてしまって」
「いえいえ。ご飯を食べさせて貰っているのですから、これくらいはさせてください」
あの日校内放送で呼び出された三春は〈闇の岡田〉に頼み込まれ、人質として寿司屋『鶴沼』での生活を始めた。
新規開店した『鶴沼』では人手不足であったため、三春は新人の教育から仕込み、デザート作りまで広く活躍してすることとなっていたのだ。
特に三春が『鶴沼』の寿司に合わせて創作したデザートは、店の人間はもちろん訪れた客の間でも有名で、デザートを食べるためだけに来店する者も後を絶たなないほどであった。
「しかしこれだけの腕。ただ者では無いだろう」
三春の作った洋菓子達を見つめて〈闇の岡田〉が尋ねた。
プリンだけでは無く、ケーキやスフレなど、店内の設備を使って出来るものなら何でも作り日替わりで提供していた。しかもそれらの全てが、有名な洋菓子店の味と遜色なく――それどころか中には凌駕しているものも存在した。寿司屋の厨房で、寄せ集めの材料で作っていることを鑑みればとんでもないことであった。
「実は将来洋菓子店を営みたいと考えていまして、小さい頃から修行していたのです。パティシエの世界大会で準優勝したこともあるのですよ」
三春は珍しく小さな胸を張って自慢げに答えた。
三春の趣味の中でも洋菓子作りだけは本気で取り組んでいるため、褒められると嬉しいのだ。
「道理で。だがこれほどの実力なら、今からでも店は開けるのでは無いか?」
「いえ、まだ修行不足です。お店を開くのは、世界一の実力を手にしてからにしようと決めているのです」
「謙虚な事だ。だが、しばらくはそうしてくれると助かる。うちの店としても、雪村さんには助けられてばかりだからな」
「そんなことありませんよ。私がいなくても『鶴沼』は立派なお店ですよ」
「そう言ってくれると、本店から遠く離れたこの地に店を構えたかいがある」
日本全国に良質な寿司を届けたいという思いから苦労してこの東北第一号店を構えた〈闇の岡田〉の瞳に薄く涙が浮かんだ。
「雪村さん、お客様です!」
そんなやりとりをしていたところに、若い寿司職人見習いが駆け込んでくる。
〈闇の岡田〉は慌てて涙を拭い、お部屋へ案内しろと指示を飛ばした。
「小町さんですかね」
「はい、いつもの方です」
三春はプリンを冷蔵庫へしまい込むと、自身に与えられた和室へと赴いた。
一応人質という扱いなので〈闇の岡田〉もその後に続く。
「あ、三春ちゃん。相変わらずだねえ。とても人質には見えないよ」
「小町さんこそ、相変わらずおっとりしてますね」
「そうかなあ。そうだ、これ、今日の分の授業のノートと宿題ね」
「いつもいつもありがとうございます」
ノートとプリントを受け取り、三春は書き写すため自分のノートを取り出す。
「それと、これはどうだろう。見つけてしまったから持ってきたのだけれど、もしかしたら見たくない物かも知れないなあ」
「そう言われてしまうと気になりますね」
「求人情報なのだけどねぇ……」
小町が取り出したのは、新聞広告の切り抜きであった。
求人情報の示されたその記事を見て、三春はなんだかおかしくなって笑ってしまった。
「大将らしいですね」
「あれ、感想それだけ?」
「なんとなく、こうなるのでは無いかと思っていたのです」
「何が書いてあったんだ?」
〈闇の岡田〉が三春から手渡されたその新聞記事に目を通す。
全てを理解した〈闇の岡田〉は怒りに満ちた表情で新聞記事を握りしめた。
「忠七朗――ただ者では無いと思っていたが、まさかここまでとはっ! 何という卑劣な男! 雪村さんをこのような扱いにするとは、許しておけぬ!!」
「三春ちゃんクビかなあ」
「かも知れないですねえ。別にお金には困っていないのでいいのですが」
「三春ちゃんならすぐにお仕事見つかるだろうしねえ。物覚えよくて、何でもすぐできるようになっちゃうし」
「そんなことないですよ。お裁縫は小町さんの方が上手ですし」
「いやいや、三春ちゃん。わたしのほうが上手だったのは最初の頃だけで、今となってはもう三春ちゃんは雲の上の存在だからね」
「そんなことは無いと思いますけれど……って、岡田さん?」
のんびり会話していた二人の横で〈闇の岡田〉は握りしめた拳をわなわなと震わせていた。
「〈影の岡田〉と〈海の岡田〉の敵をとってやろうと思っていたが、考えが変わった! 奴のような男は、寿司文化のためにも、雪村さんのためにも、絶対に滅ぼさなければならない!」
「私は別に気にしていないですよ」
「いえ、自分が許せないのだ! 雪村さんのような素晴らしい人間を、ぞんざいに扱う奴の所業! 見逃すわけにはいかない! こうなった以上、こちらから出向いて奴を討ち取るまで!」
「うーん、あまり物騒なことにならないといいのですが」
「面白そうだからついてこーっと」
〈握り手〉同士の戦いを見たことのある三春は『花勝見』が跡形も無く吹き飛ばされるのではと案じたが、それを知らぬ小町はどこか楽しげでお祭りに参加する程度の気持ちでいた。
一応一年以上勤め若干の愛着もある『花勝見』が破壊されるのもどうかと考え人質となることを受け入れただけに、三春の心情は微妙だった。
「あの、岡田さん。あまり無茶はしないでくださいね」
「分かっている。あくまで〈握り手〉として、奴との決着をつけて見せます」
「その〈握り手〉としてというのが一番不安なのですが――こればかりは私が口を出してもどうにもならないのでしょうね……」
三春はあまり乗り気では無かったが、それでもこうなった以上、着いていくほかないのかなと観念して、〈闇の岡田〉と共に『花勝見』へと向かった。