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寿司屋忠七郎  作者: あゆつぼ
12/18

寿司十二貫目 戦艦 VS 駆逐艦 魂の軍艦寿司対決

「あ、あれ? なんか飛んで――ツナマヨだあ! ツナマヨ軍艦巻きだあ! 何でツナとかマヨネーズとか船上で工面できたのですかもう!!」

『三陸沖って、ほんとすさまじーわ』


 三陸沖の凄まじい生態系にマグロ寿司は感嘆するが、三春は一人納得いかずついに憤慨した。


「この際だから言わせて貰いますけれどね、マヨネーズはどう頑張ったって海では採れませんよ! さっきのキュウリも、かんぴょうもです! あといくらとかウニとかもよくよく考えたらおかしいよ! こんなの海じゃないよ! スーパーマーケットか何かだよ!」


「ウミはイノチのスーパーマーケット……デスネ」

「そういうことじゃない!!」


 怒鳴ったが、そんなことでは飛来するツナマヨ軍艦巻きが止まるはず無かった。


「ちょ、ちょっと、回避とか出来ないのですか」

『無理無理、無理だね。浮いてるのだけで精一杯だっつーの』

「肝心なところで使えない……」


 三春が嘆いている間にもツナマヨ軍艦巻きは加速して、真っ直ぐにマグロ寿司目掛けて滑走していた。


 覚悟を決めて目をつむった三春。

 轟音が響き、海面が爆発したような感覚に襲われた。

 体中に水しぶきがかかり、気がつくと宙へと浮かんでいるような不思議な感覚に見舞われる。


「――あれ、もしかして私、死んじゃった?」

「んなわけねえだろ、何寝ぼけたこと言ってんだ給料泥棒」


 忠七朗の声に、三春は思わず目を見開いた。

 そこはマグロ寿司の上では無く、立派な船の甲板の上であった。


「あれ? ここは?」

「ふん。見ての通りだ!」

「え、いや、申し訳ありませんが、全く理解できません」


 三春は周りを見渡し、辺りの風景を観察した。

 つきだした二本の煙突からは囂々と煙が吹き出している。

 船体は先程の漁船と比べるとかなりの大型で、全長一〇〇メートルは超えようかという船であった。


 注目すべきは甲板上に並べられた兵器達で、対艦砲を始め、対空機銃、魚雷発射管と明らかに通常の船舶では無い。


「一体これはどういう――」

「確かに海の上では軍艦巻きは強い! それに勝つためには、より強力な軍艦巻きを握らねえとならねえ、だからな――」


 忠七朗は言葉を句切り、一呼吸置いてから続きを口にした。


「軍艦巻きではなく、軍艦を握った!」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、忠七朗は得意げであった。


「さ、流石です! 駆逐艦は軍艦では無いような気もしますが、そんな細かいことはどうでもいいことですよね!」

「ああ、どうでもいい! 早速反撃だ! 萩風寿司、主砲斉射!!」


 忠七朗が指示を出すと、駆逐艦――もとい駆逐艦型握り寿司はその命令を忠実に実行に移した。

 主砲が転回し、その砲身を〈海の岡田〉の乗る漁船へと向ける。


 漁船は駆逐艦の登場に進路を変え逃げ惑っていたが、駆逐艦の足からは逃げることは出来なかった。

 三連装主砲が火を噴き、秒速九〇〇メートルを超える速度でネギトロ軍艦巻きが射出される。

 打ち出された寿司は速度とエーテル寿司エネルギーの相乗効果でもって、一瞬で〈海の岡田〉の乗った漁船を海の藻屑とした。


「みたか! 12.7センチ連装軍艦巻き砲の威力!」

「凄いです大将! これで勝負は決しましたね!」


 どうにか命を落とさずにすんだと三春はほっとした。


「オッオゥ!!」


 師匠もハマグリのような顔をして喜ぶ。


『一時はどうなることかとおもったぜーい――っておいおいおい、なんだありゃ』


 マグロ寿司が目をこらし〈海の岡田〉の漁船が沈んだ海面を見つめる。

 船の残骸が浮かぶその海面には、大きな泡が次から次へと浮かんでいた。


「なんでしょう」

「キヲツケテチューシチ! エーテルスシエネルギーのタカマリ!」

「なんだってんだ!」


 母なる海は全ての生命の祖先。


 凄腕の〈握り手〉であればそこから寿司を生成することは原理的には可能。

 そして忠七朗が握ったのは、あくまで駆逐艦の形をした寿司。

 同じ〈握り手〉であれば、同様の事が出来たとしても不思議では無い。

 しかし、海が割れたかと錯覚するほどの爆音と波と共に海上に出現したその物体は、忠七朗が握った駆逐艦型寿司とは比べものにならないほどの巨大な軍艦だった。


「ば、ばかな――」


 忠七朗までも、その姿に驚愕する。


「戦艦――大和型寿司だと!?」


「駆逐艦など軍艦にあらず! 真の軍艦とはどういうものか見せてやろう!」


 〈海の岡田〉は自身が握った大和型軍艦寿司の艦橋で勝ち誇った声を上げる。

 それも当然、駆逐艦と戦艦では勝負にならない。


「副砲斉射! 決して逃がすな!」


 〈海の岡田〉が命ずると、大和型軍艦寿司は命令を実行に移した。

 副砲といえど忠七朗の握った駆逐艦寿司の主砲よりも遙かに威力は高く、その数も圧倒的に多い。


「回避! 乙字運動!」


 間断なく上がる水柱の中を高速で回避運動をとる駆逐艦寿司。

 駆逐艦寿司の主砲程度では戦艦寿司の装甲に傷もつけられない。攻撃するとならば魚雷を使うほか無かったが、戦艦の弾幕の前では、そのような余裕あるはずなかった。


「これが、〈海の岡田〉の能力だっていうのか。なるほど、海上での戦いに特化した能力のようだ」

「感心している場合ではないのでは? こちらも戦艦か、空母でも用意しないと勝てないでしょう」

「んなこた分かってる、出来るのならとっくに握ってらあ。それが出来ないから逃げ回ってんだろうが」

「え、えーと、出来ないのですか?」


 三春の顔から血の気が引いた。

 何か秘策があるのだから逃げ回っているのだと思っていたのだが、何も打つ手が無いから逃げ回ったと知らされてしまったのだから仕方が無い。


「俺に握れるのは駆逐艦が限界だ。そもそも軍艦寿司を握ることが出来るのですら一部の〈握り手〉だけだろうに、奴ときたらその中でも最強レベルの軍艦寿司握り能力を持っていやがった」

「それではこれからどうするのです?」

「なんとか魚雷を叩き込みたいが――そもそも大和型寿司相手に魚雷を撃ち込んだところで効果があるかどうかは微妙なところだ」

「マ、ムリッショ」

「そんな軽く言わないでくださいよ!」


 それでも駆逐艦寿司はその快速を活かして何とか敵の攻撃を避け続けていた。

 しかし回避しているばかりで距離もとれず、敵の攻撃は少しも止まる気配は無かった。


「忠七朗、褒めてやるぞ! 船上デスマッチで駆逐艦といえど軍艦を握ってきたのは貴様が初めてだ! しかし、相手が悪かったな! 船上デスマッチ不敗のこのオレに、駆逐艦寿司ごとき通用せん! 敬意を持って相手させて貰おう。大和寿司、主砲構え!」


 忠七朗たちの乗る駆逐艦寿司に対して副砲を打ち続けていた大和寿司の異変に、最初に気づいたのは三春であった。


「あれ――た、大将! 大変です!」

「なんだ、これ以上大変なことがあるか!」

「とにかく大変なのです! 大和の主砲が、こちらを向いています!」

「なんだと!?」


 忠七朗は慌てて双眼鏡をのぞき込むが、確かにその視線の先で大和寿司の主砲が照準をこちらへと合わせていた。


「あんなの至近弾でも喰らったらおしまいだぞ!」


 しかし〈海の岡田〉は容赦しなかった。

 爆音を轟かせ四六センチ三連装寿司砲から、コーンマヨ寿司が放たれる!


「観世音南無仏――」

「大将、お経唱えていないでください! なんとかしないと!」


 だが放たれた砲弾に、慈悲など無かった。

 駆逐艦寿司の船尾をとらえたコーンマヨ寿司が、瞬間エーテル寿司エネルギーを解放し空間に存在する原子ごと異空間へ引きずり込み粉々に砕いていった。


「海へ飛べ!」

『任せろ!』

「またですか……」


 沈みゆく船と運命を共にするよりかは幾分かましであろうと、三春は迷いながらもほぼ艦首だけとなっていた駆逐艦寿司から飛び降りる。

 大和寿司の主砲の影響で海は大荒れであったが、それでもなんとか全員無事で巨大化したマグロ寿司の上へと這い上がった。


「もう生きている気がしません……」

「ゲンキダシテクダサイ、ミヒャエル」

「三春ですって。そうだ、大将! 早く次のお寿司を!」

「駄目だ――。奴に勝てる寿司を、オレは握ることが出来ねえ――」


 忠七朗はマグロ寿司の上で自信喪失しうなだれてしまっていた。必殺の出来と思われた駆逐艦寿司をこうもあっさりと撃沈されてしまったのだから、無理も無かった。


「そんな! 大将はここまで凄いお寿司を握ってきたではないですか! 私なんかでは一生たどり着けない、素晴らしい技術を持っているではないですか! 確かに戦艦は強いです! でも、大将の握りの技術だって負けていないはずです!」


「だが――俺には駆逐艦までしか握ることが出来ない」


 忠七朗の握りは海上での戦いに特化したものでは無かった。

 それ故、どうしても握ることの出来る寿司のサイズに限界が出てくる。

 更に言ってしまえば、忠七朗の軍艦握りはあまり効率が良いとは言えなかった。忠七朗に残されたエーテル寿司エネルギーでは、あと一回駆逐艦寿司を完成させるのが精一杯だったのだ。


『おい親父ィ、どうすんだい。あいつの主砲、こっちむいてやがるぜ』


 大和寿司の主砲は、海面に浮かぶマグロ寿司へと照準を定めていた。

 次弾装填完了した暁には、この異物ごと忠七朗達は吹き飛ばされてしまうであろう。


「大将! 駄目元で握ってみましょう! 何もしないより、何かしたほうがきっと良い方向に向かってくれますよ! それに、もしかしたら駆逐艦が戦艦に勝つことだってあるかも知れません!」

「駆逐艦が――戦艦に、勝つ――」

『そうだ親父ィ――あ、もう限界だわ』


 何か言いかけたマグロ寿司が突然手のひらサイズに縮小し、その上に乗っていた面々は海へとたたき落とされた。


 浮き輪を装着していた師匠はそのまま海上に浮かび、マグロ寿司はそのひげに咄嗟に潜り込む。

 三春も何とか海面に浮かぶことが出来たが、忠七朗だけは、海の深い方へとゆっくり沈んで行った。




 海面に浮かぶ師匠と寿司とバイトのミヒャエルだか何とかとか言う女の姿を見上げながら、忠七朗は考える。


(戦艦に勝てる駆逐艦があるのか――)


 既にエーテル寿司エネルギーは限界。次の握りが最後の握りとなるであろう。

 忠七朗にミスは許されなかった。


(最速の駆逐艦ならば逃げ切れるだろうか――最強の駆逐艦ならば戦艦を倒せるだろうか――)


 周囲の海には生命力が溢れていた。

 あとはこの生命力をどう使うか。


(――他はともかく、お師匠様をこんな場所で死なせてしまうわけにはいかない)


 忠七朗の瞳に生気が宿る。

 冷たい海の中で、忠七朗の闘志だけは熱く燃え上がっていた。


(答えは出た! あのホモ漁師に降参するのはまっぴら御免だ! 最強の駆逐艦で、完膚なきまでに奴を粉砕する!!)


 両手を合わせると、周囲の生命力に反応しエーテル寿司エネルギーが黒い輝きを放つ。


 忠七朗が絞り出した最後のエーテル寿司エネルギーが命を再構築し、形作る。

 やがて、その新しい命――いや、握り寿司が、爆発と共に誕生し海上へ浮き上がった!




「ウッテキマスネ」

『何ほのぼのしていやがるんだよぉ! って、ほんとに撃ってきやがったじゃねえか!』


 大和寿司の主砲が光を放った。


「あれ、もしかして私死んだ?」


 海水を飲み込みながらも何とか海面に出た三春は、光を放った大和寿司の主砲を目の当たりにして、短い人生だったとこれまでの人生を振り返る。


 だが、突如海面を割って現れた物体によって、三春達は一命を取り留めた。


 現れたそれは忠七朗の握った駆逐艦寿司。

 海水にまみれた甲板の上にしがみついた三春だが、すぐに危機が迫っていることを思い出す。


「大将! 敵の主砲が! 回避を!」

「必要ねえ!!」


 艦橋で腕を組んだ忠七朗は、三春の意見を一括する。

 飛来した大和寿司のコーンマヨ寿司主砲弾が駆逐艦寿司の装甲に直撃し、大爆発を引き起こす!


 だが、駆逐艦寿司は沈没しなかったばかりか、乗っていた三春達は少しばかりの揺れを感じた程度であった。


「嘘、直撃だったはずです……」

「安心しろ、こいつは確かに駆逐艦寿司だが、戦艦に勝てる駆逐艦寿司だ!!」


 忠七朗が手を掲げると駆逐艦寿司はゆっくりと浮上を始める。

 空に浮かんだ駆逐艦に対して大和寿司は攻撃を続けたが、全て駆逐艦表面を覆う透明なシールドに阻まれていた。


「馬鹿な!? 現代の技術レベルを超えてやがるぞ!?」


 〈海の岡田〉は大和寿司の艦橋であごを外してその駆逐艦を睨んだ。


 流線型のフォルムを持つ駆逐艦は、明らかに宇宙時代の兵器であって、こんな三陸の沖合には似つかない存在であった。


「確かに同時代の駆逐艦じゃあ戦艦には勝てねえ。だがなあ、進化した駆逐艦なら、旧世代の戦艦ごとき、敵じゃねえって事だ! 宇宙駆逐艦寿司そよかぜ、主砲撃てい!!」


 忠七朗の砲撃命令によって艦首に装着された四連装フェーザー砲塔が青白い光をあげる。

 砲身が光ったと思った瞬間に攻撃は既に命中しており、青白い光が大和寿司を八つ裂きにして原子レベルで粉々にしてしまった!


「ここからはずっとこっちのターンだ!」


 近未来の宇宙駆逐艦寿司は、全武装を持って間断なく攻撃を続けた。

 そのあまりの火力の前に空間は歪み、海上には歪な異空間がいくつも発生しては消滅していた。


 そもそも大気圏内で使用することを想定されていなかった兵器達であったがその威力を遺憾なく発揮し、大和寿司を構成していた原子一粒すら残さず破壊し尽くした。


 もちろん〈海の岡田〉もついでに消滅。


「見たか! これが完全勝利って奴だ!」

「ハッソウのショウリデスネ!」

『技術力の勝利とも言うな』

「助かったから良かったのだろうけれど……なんだかなあ」


 見事に機転を利かせた握りによって船上デスマッチに完全勝利した忠七朗は、自身の握った宇宙駆逐艦に乗って、寿司屋『花勝見』に帰投した。

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