寿司十一貫目 〈海の岡田〉怒濤の軍艦巻き
忠七朗とマグロ寿司がエネルギーの渦となった海面を睨む。
だが二人の希望は裏切られた。
速度を落としながらもいくら軍艦は生き残り、今なお海面を滑走していた。
「まずい! お師匠様、全速前進!」
「コレイジョームリ」
瞬間、いくら軍艦が漆黒のエネルギーとなって爆発四散!!
そのエネルギーの渦と、発生した巨大な波によって、船は衝撃を受け大きく揺れる。
船体が傾き、甲板上にいた面々はその場に立っていられず吹き飛ばされた。
それでも師匠は船体を立て直す。若い頃、ドイツ国防軍の海岸防衛艦艦長をしていた経験は無駄では無かったのだ。
『ちょいまてちょいまて、煙でてやがるじゃねえかよぉっ!?』
六本の腕で機関室の柱にしがみついていたマグロ寿司が後方を確認して叫ぶ。
破損した船尾からは、白い煙がもくもくと上がっていた。
「ネンリョウポイデスネ。ソクドオチマス」
「次当たっちまったら終わりだぞこりゃ」
「って、大将! 次来てますよ!」
受け身をとってなんとかダメージを最小限に抑えた三春は、後方からこちらへ向かってくる水柱の姿を確認した。
「くそっ! また軍艦巻きじゃねえだろうな!」
忠七朗の叫びで、三春は目をこらし賢明に寿司ネタを確認しようと努めた。
水柱の切れた一瞬に確認できたその寿司ネタの姿は――――
「大変です、ウニの軍艦巻きです!」
「ウニだと!? こりゃもうシャリだけじゃあどうにもならねえ――」
万策尽きていた。
もう一度海から寿司を生成するには、時間が少なすぎた。
先程の損傷のせいで船足は大幅に落ち、とてもじゃないが忠七朗が寿司を生成する時間を稼げない。
マグロ寿司を切り刻んで投げつけるという手もあったが、正直握ってから数日経っているマグロ寿司の鮮度では、ウニに対して圧倒的に寿司力不足である。
「マグロ! 出来るだけ大きくなれ!」
『おうよ、任せろ親父ぃ!』
忠七朗は決心していた。
マグロ寿司に指示をだすと、続いて師匠と三春にも声をかける。
「お師匠様、機関室から待避を。三春、お師匠様をお守りしろ」
「そう言われましても、どうしたら――」
「船を捨てる! 着弾の瞬間に海へと飛べ!」
「は、はい!!」
忠七朗の気迫のこもった声に三春は頷くほか無かった。
ウニの軍艦巻きはそんな忠七朗達に一切容赦なく漁船の船尾に食らいつき、エーテル寿司エネルギーを解放する!
「お師匠さん、飛びますよ!」
「オッオゥッ!」
救命用浮き輪を装着させた師匠を三春は海へと投げ入れ、自分もそれに続いて海へと飛び込んだ。
そんな三春達の背後では、エーテル寿司エネルギーに包まれた船体が音を立てて軋み、耐えきれなくなった船体が次々に砕けてエネルギーへと消化され霧散していた。
『お師匠、こちらへ』
海に浮かぶマグロ寿司は、海面に浮いた師匠へと手をさしのべる。
ぷかぷかと当然のごとく海面に浮かぶそれを、三春は一瞥した。
「酢飯と刺身がどうして海に浮くのですか」
『へっへ。寿司にはなあ、不可能はねえんだよぉー!』
マグロ寿司は自慢げに頭をかくが、三春は納得いかなかった。
「絶対寿司じゃないよこれ。――あれ、大将は?」
周りを見渡したが、忠七朗の姿が見当たらない。
『親父なら真っ先に飛び込んでたがなぁ』
「マ、スグデテキマスヨ」
「軽いなあ……」
ため息をつきながら、三春は仕方なくマグロ寿司の上へとよじ登った。
赤身の生々しい触感に身の毛がよだつが、今はそんなことに文句を言っている場合ではなかった。早くこの状況を何とかしなければ〈海の岡田〉の次の攻撃が――
「ハッハッハ! 船を捨てるとは無様だな、三段腹で水虫持ちで切れ痔気味の育毛剤くっせえクソオヤジめ! 漁師の実力を思い知ったか!」
三陸沖の豊富な海産物の山に囲まれた調理場で〈海の岡田〉は高笑いする。
勝負はもう決したと言っても良いだろう。
調理場には既に、次の攻撃用のツナマヨ軍艦巻きが完成していた。
「船長、海の上に何か浮かんでまっす!」
「ほう、何だ、何かと思えばマグロ寿司じゃねえか。あれで助かったつもりか」
「しかし船長、忠七朗の姿が見当たりません!」
「びびって逃げたか? ま、構わねえ。まずは仲間から母なる海へと還してやろう」
〈海の岡田〉はツナマヨ軍艦巻きを二貫手にすると、海面に浮かぶマグロ寿司へと向かって、それを投擲した。