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寿司屋忠七郎  作者: あゆつぼ
10/18

寿司十貫目 青い海には軍艦巻きがよく似合う

「ちょ、ちょっと、なんで逃げているのですか!」

『ば、ばっきゃろう逃げたわけじゃねえだろほれ、機関室にもしもの事があったらと思ったから守りに行ったんだよぉう!』

「ヒツヨウナイデスネッオゥ」


 手を振り首を振り三春の言葉を否定したマグロ寿司は、非難の目を避けるように新たな釣り竿の準備を始めた。


「で、でもシャリで攻撃を防ぐことが出来るのならば、余裕はありますね」

「いや、ねえ。全くねえ」


 三春の言葉を忠七朗が否定する。


「え、どうしてです?」


「寿司はシャリとネタが融合して初めて巨大な威力を持つ。シャリだけではとてもじゃねえが防ぎきれねえ」

「でもさっきは……」


 言いかけた三春はシャリの入っていた桶を目にして息をのんだ。

 既にシャリが三分の一程無くなっている。


 先程の一貫の寿司を防ぐために、それだけのシャリを使ってしまったのだ。

 恐らく次の攻撃は防ぐことは出来るだろう。

 しかし、その次の攻撃は防ぎきれるか分からない。更に言えば、その次の攻撃はもう防ぐことは出来ないのだ。


 三春は慌てて釣り竿を握り直す。

 釣らなければ、命は無い。

 こうなってしまったら忠七朗だけが頼りだ。

 寿司ネタさえ用意できれば、きっと忠七朗が何とかしてくれる。たぶん。

 釣り針の先に魚がかかってくれることを信じて待つほか無かったのだ。


『お、おいいいい! 次の攻撃来たぞ!』

「逃げないでくださいよ!」


 だが三春の釣り竿には何の反応も無い。

 慌ててリールを巻いたマグロ寿司の釣り針にも、魚はかかっていなかった。


「こうなったら!!」


 三春は釣り竿から手を離し駆けだした。

 調理台から包丁を一つ拝借するとすぐに引き返し、あたふたと餌をつけ直しているマグロ寿司の赤身を一刀で切り分ける。


「大将! とりあえず間に合わせのマグロです!」

「ねえよりマシか! 仕方ねえ!」


 三春の放り投げたそれを、忠七朗は片手でキャッチする。


『何してくれてんだよおおおお』


 マグロ寿司の悲鳴を無視し、忠七朗はマグロの切り身とシャリを握り込んだ。

 瞬間的に高められたエーテル寿司エネルギーが黒色の渦となり忠七朗を包む。

 そして目を見開くと、飛来しているカニカマ寿司へと向かって、忠七朗は寿司を思いっきり投擲した。


 黒色の軌跡を残しながら飛翔するそれは、海面を高速で滑走するカニカマ寿司を的確に捉え、二つの寿司がぶつかった瞬間にエーテル寿司エネルギーが解放され大爆発を引き起こした。


「面舵一杯! 今のうちに距離をとるぞ!」

「オッオッオゥッ!」


 船が旋回し〈海の岡田〉の漁船から離れる航路をとった。

 だが当然、逃げ切ることは出来ない。敵の漁船はこちらの頭を押さえるように航路をとる。


 船のスペックは全く同じ。だが少しでも時間を稼ぎ、ネタを準備しなければならなかった。


「よしっ、かかった!!」


 その策が功を奏し、三春の釣り竿に反応がきた。

 竿が大きくしなり、リールが悲鳴を上げる。間違いなく大物だ。


「よくやった!! おい、マグロ! てめえも仕事しろ!!」

『だ、だって、あいつが自分の髪を……』

「あれ髪だったんですね……」


 律儀に突っ込みながらも、かかった魚を逃したりはしない。

 魚影が確認できると三春は網を手にし、海面へ姿を現したそれを一気に甲板へと引き上げた。


「マダイ上がりです!」


 全長八〇センチを越える、立派なマダイであった。

 すぐさま調理台へと届けると、忠七朗は見事な包丁さばきでそれを捌いていく。


「よしっ! ここから反撃開始だ!」


 秋になって身の引き締まったマダイを使用した握り寿司が次々と作られていく。

 寿司下駄の上に整列したマダイの寿司。

 忠七朗は一気に勝負を決めるつもりであった。


「お師匠様! 反転です!」

「オッ!」


 一八〇度見事な軌跡を残して旋回すると、〈海の岡田〉の乗る漁船めがけて真っ直ぐ向かっていく。


「大将、敵の攻撃――空から何か飛んできています!」

「空だと!? まさか巻物か!?」

「巻物?」


 三春は目をこらして飛来する物体を注視した。

 火を噴きながら高速で飛来するその物体は、よく見るとカッパ巻きであった。


「攻め手を変えてきやがったか!」

「え、いや、あの、きゅうりは海で採れるのでしょうか?」

「三陸沖は寒流と暖流のぶつかる日本近海有数の漁場だ。きゅうりくらい採れたっておかしくもなんともねえ!」

「そうですよね!!!!!!」


 流石は命の宝庫! 三陸沖の海はきゅうりだって立派に育んでしまうほど、たくさんの栄養分に満たされているのだ!


「機動寿司シールド!!」


 忠七朗が寿司下駄を放り投げると、マダイの寿司達は船の周囲を取り囲むように飛行し始め、いよいよカッパ巻きが接近すると一斉にそれらへ向かって食らいつき、エーテル寿司エネルギーを解放させた。


 爆風で船体が揺れたが、船はそのまま前進を続ける。


「すれ違いざまの攻撃で決めてやる!」


 忠七朗は調理台へと戻り新たな寿司を握り始める。


『待てーい! 次の攻撃が来てやがる』


 マグロ寿司が空を指差す。

 確かに新たな寿司が複数、こちらへ向かって飛来してきていた。


「あれは――かんぴょう巻き、ですね……本当に三陸沖はいろいろな種類の生き物が生息しているのですね」

「野郎作りためしてやがったな!」

「ということは完全にこちらは釣り出された訳ですね……」


 三春は真剣にここからどうやって帰ろうか考えはじめる。

 船で一時間かかったここから地図なしで泳いで帰ることは出来るのだろうか。浮いて待っていたとして、誰かが助けに来てくれたりするのだろうか。


「仕方ねえ! この場はこれでしのぐ!」


 なんと忠七朗は、マダイの残りを宙へ投げると、更におにぎり状に握ったシャリをそこへ投げつける。


 空中で激突した二つは突如真っ黒なエーテル寿司エネルギーを発し始め、空間がゆがんだかと思うとそこには一抱えもある巨大なマダイ寿司が完成していた。


『あんなでけえ寿司、常識じゃあ考えられねえ』

「どの口がそれを言うのです?」


 完成したマダイ寿司は忠七朗の突撃命令に従い、飛来するかんぴょう巻きへ向かって飛んでいった。

 かんぴょう巻きが接近すると巨大マダイ寿司はエーテル寿司エネルギーを解き放ち、そのエネルギーの衝撃に巻き込まれたかんぴょう巻きもまた、エネルギーの渦となった。

 互いの船がすれ違う。


「命拾いしたなクソ親父」

「こっちの台詞だ、ホモ漁師」


 船がすれ違う瞬間に互いを罵ることを忘れない、寿司的に紳士な〈握り手〉二人は、更に闘志を高めていた。


「三春! 次のネタはまだか!」


 今すぐにでも〈海の岡田〉を亡き者にしたい忠七朗が叫ぶ。


「まだです! ちょっとそっちもちゃんとやってくださいよ!」

『無理無理無理だね。顔の一部なくなっちまったしい、思うように体が動かせねえんだよーう』

「アンパ○マンですかあなたは……」

『こちとら生ものなんじゃい! あんな甘ったれた小豆パン野郎よりずっと繊細なんじゃい!』

「仕事しないなら切り刻んで寿司ネタとして再利用しますよ!」

『こ、このアマ酢もわさびもねえ!』


 寿司界で言うところの『血も涙もない』ってやつであったが、三春はその意味が分からなかったのでただただ包丁をちらつかせマグロ寿司を脅すばかりであった。


『やりゃあいいんだろぉ! やればよお!!』


 マグロ寿司は半泣きになりながら釣り竿を握る。

 だがすぐにその手を離し、機関室へと駆け込んだ。


「あ、逃げた! って、大将! また攻撃です! 今度は海面!」

「あの野郎、どんだけ大量なんだ! ネタはまだか!」

「まだです! た、大変です大将、こちらに飛んでくるお寿司、四貫はありますよ!」


 向かってくる水柱を確認して三春が悲鳴を上げる。

 こうなってしまってはシャリだけでの対処は不可能。

 この瞬間に魚を釣り上げるか、マグロ寿司を生け贄に捧げるかしか生き残る道は無かった。


「大将、すぐマグロ寿司捕まえて切り刻みましょう!」

「いや、間に合わねえ! こうなっちまったらあれしかねえ!!」


 言うが早いか、忠七朗は包丁を調理台に突き刺すと甲板を走り出し、船尾から勢いよく海へと飛んだ。


「た、大将!? 何を!?」


 三春が驚愕し、近場にあった救命用の浮き輪を手にする。


「マサカ、チューシチ、ウミからスシをセイセイするツモリデヮ!?」

「海から寿司って、そのようなことが可能なのですか!?」


 船尾に張り付き、海へと飛び込んだ忠七朗の行方を探る三春


『海は全ての生き物の故郷……。寿司ももちろん祖先は海だ。海から寿司を生成することは、原理的には――可能』

「シカーシ、ナミタイテーのニギリテではジツゲンデキマーセン」

「そ、そんな――大将」


 三春が船尾から身を乗り出す。


 〈海の岡田〉が放った寿司は猛然とこちらへと迫ってきていた。

 しかし突然、寿司と船の間の海面が泡だった。


「な、何かが海から――」

「特上白身魚握り、お待たせしやしたァーーーー!!」


 勢いの良いかけ声と共に、水柱をあげ忠七朗が海から飛び出した。

 その手に持っているのは大きな寿司盆。

 中にはスズキやヒラメ、マダイにクロダイと、様々な白身魚の握り寿司が詰まっていた。


 なんと忠七朗は、海からの握り寿司生成を成功させたのだ!

 天に掲げた寿司盆から、勢いよく寿司達が飛び出していく!


 白身魚握り達は、こちらへ猛然と向かっていた〈海の岡田〉の寿司へと次々と襲いかかると、今まで以上の強力なエーテル寿司エネルギーを解放し寿司爆発していく。

 爆発の衝撃で空気が弾け、海が揺れる!


「出来ると思って飛び込んでみたら、案の定何の問題も無く出来たぜ!」

「サスガチューシチ。ワガデシヨ」

「へへっ。お師匠様の指導のおかげです」


 スズキの握り寿司に乗って宙を駆け甲板へと戻ってきた忠七朗を師匠は笑顔で迎えた。


「何が何だか分からないけれどとにかく助かったのですね……」

『待て待て待て! あの寿司、まだこっちへむかってきてるぞ』

「なんだと、そんな馬鹿な!? 八〇〇〇エーテルを越える寿司力を放ったんだぞ!」


 忠七朗はスズキの握りから飛び降り、船尾から後方を見据える。

 確かにその目に、未だ海面を進む一貫の寿司の姿が映った。


「軍艦巻き――だと――」

「軍艦巻き?」


 三春も飛来するそれを確認した。

 水面を高速で滑走するそれは、確かにいくらの軍艦巻きであった。


「でも、相手は四貫でしたよ。こちらは寿司盆にいっぱいのお寿司を使ったというのに、何故あちらのお寿司が残っているのです?」

「チューシチがニギリリョクでマケテルノデワナイデスヨ、ミヒャエルサン」

「三春です」


 こんな状況に合ってもきちんと名前の誤りを訂正する、三春は優秀なバイトであった。


「海の上での戦いでは、軍艦巻きの寿司力は普段の数倍の寿司力を発揮する――常識だ」

「そ、そうでしたか!」


 三春は忠七朗の言葉で納得いったことにした。


 事実、海の上の戦いにおいては軍艦巻きは強力な力を発揮する。

 今回は釣り上げた魚だけを使うというルールであったため忠七朗は軍艦巻きはないと油断していたが、三陸沖の豊富な生態系は醤油漬けのいくらですら元気に泳ぎ回るほどの環境であったのだ! 恐るべき、良漁場の潜在能力か!


「何とかして食い止めねえと! こんな漁船、軍艦巻きの前ではハモの骨同然だ!」

「結構強そうですね」


 忠七朗は船へと戻る際に使ったスズキの握りを今一度強く握り、エーテル寿司エネルギーを注ぎ込んだ。


 過剰なエーテル寿司エネルギーが与えられたスズキの白身は今や黒く変色して漆黒のエネルギーをバチバチと放っており、すぐにも暴発しそうな状態であった。


「これで止まってくれ!」


 忠七朗の渾身の投擲。

 強力なエーテル寿司エネルギーによって物理法則をねじ曲げたスズキの握りは、いくら軍艦を真下にとらえると急降下し、一気にそのエーテル寿司エネルギーをショートさせた。


 海面がエネルギーの渦によってねじれ空間が色を失ったかと思うと、次の瞬間には黒いエネルギーの塊となり、天をつくほどの黒柱が発生する!


『「やったか!?」』

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