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夢シリーズ

姫君の髪飾り

作者: 岸野果絵

 夢の中で私ははお姫様の髪飾りだった。いや、正確には髪飾りについた宝石に宿る精霊みたいなものだった。精霊とはいっても何の力もなく、ただの傍観者だった。私は王国に代々伝わる言ってみれば家宝のような立場だった。


 姫が王の第一子として生まれたとき、私は姫の所有物になった。

 私は建国前からずっとずっと王国を眺めてきていた。あまりにも長い年月の間存在していたため、私はどのような経緯でこの国にやって来たか忘れてしまっていた。姫の所有物になる前は長い間暗い所にいた気がする。あれは、そう宝物庫みたいなところだった気がする。

 とにかく、久々にまぶしい世界にでたと思ったら、赤子の泣き声がして、すぐに箱の中にいれられてしまった。しかし、箱の隙間からいろいろと見ることができた。姫が三歳になったときに私の居場所は箱の中から姫の頭に変わった。


 なかなか楽しい日々だった。人々は姫を美しいとほめたたえていた。私には人間の美醜の判断が付かない。だから本当のところはわからない。しかし、みなが美しいというのだから、きっとそこそこはきれいな部類なのだろうと認識していた。ひとつだけ私でも判断できることがあった。それは姫の髪だ。

 姫の髪はしなやかで柔らかく、とても居心地が良かった。いろいろな人間の頭にのっかってきたが、姫の頭はそのなかでもトップクラスの居心地のよさだった。だから姫の髪はきっと美しいと表現しても差し支えないと思う。

 姫は自分の立場というものを叩きこまれて成長した。人々が望むような姫になるために生まれてきた。だから姫はいつも毅然とした態度で、誇り高い女性という印象だった。

 しかし私は知っていた。姫は姫である前に一人のか弱き少女だった。姫の中ではいろいろと葛藤があった。

 私は姫の苦しみをすべて眺めていた。眺めているだけで何もしてやれることはなかった。姫は最後まで完璧に姫でありつづけた。

 思えば姫が生まれたころが王国の繁栄のピークだった。不思議なもので、頂点に達した時にはすでに崩壊がはじまっているものだ。ところがそのことに気がつく者はほとんどいない。気がついたときにはもう取り返しのつかない事態になっていた。


 敵軍はもうすぐ目の前に迫っていた。姫は弟である国王を逃がすために、自らが囮になった。王が無事に脱出できたという知らせが届くまでは城から一歩も動かなかった。知らせがきたときにはすでに王都は敵に包囲されていた。姫は自分の身柄を敵に引渡し、無血開城するように指示をした。

 反対する人々を説得し、姫は一人で城門の前に立った。城門が開き、姫はひとりで敵軍の前に出ようとした。その瞬間、姫の引き渡しに納得していなかった者たちが暴れだし、乱闘状態になった。敵も味方も入り乱れ、わけがわからない状態になった。


 人間の生きようとする本能とはおもしろいものだ。姫は無我夢中で逃げていた。あの誇り高き優雅な姫はどこにもいなかった。髪を振り乱し無我夢中で野を駆ける娘がいただけだった。

 姫と気がついたのか、それとも若い女性をみかけたからだろうか、兵が姫を追いかけてきた。

 姫のドレスは見るも無残なくらいボロボロだった。足といえば裸足だった。軽やかにダンスのステップを踏んでいた足は逞しかった。


 どれくらい走っただろうか。もはや体力も限界のようだった。それでも今止まれば確実に餌食になってしまうだろう。息絶えるまで走り続けるしかないように思えた。

 敵の咆哮がどんどん近づいてくる。気持ちではスピードを上げたかったが身体がいうことをきかないようだった。別の方向から馬の足音が聞こえてくる。もうだめだ。いくらなんでも馬にはかなわない。馬はどんどん近づいてくる。姫は死を覚悟した。

 絶望というものはあっという間に力を奪うものらしい。姫のスピードはどんどん落ちていった。敵の気配はすぐ後ろ。私のすぐ近くに敵の槍の影が……。と、姫の身体がふわっと浮いた。

 姫はそのまま気を失ってしまった。しかし、私ははハッキリとみていた。姫は馬に乗った男に拾われていた。あの男はたしか……。


 しかし大変なことが起きた。私が姫の髪からするりととれてしまったのだ。砂埃の舞う先に姫をのせた馬の姿が遠ざかって行った。

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