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element story  作者: 水風鈴
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└緊急会議



「サイテーですな。まさかそんなコトをしていたなんて信じられないんですな」

冷たい目。いつもは明るいムードメーカーのリピートも、今は蔑むような視線を正面の男性陣に向けている。


人が大勢いる食堂の中。唯一賑わっていないのは勿論、ロック達チーム『キサラギ』とエリィの六人。

女性陣と男性陣で相対して二列に並んで座るさまは、まるで尋問をされているようだとロックは思った。

居心地の悪さは先程の比ではない。


ちらりと右隣のシングを見る。普段は堂々とした佇まいの彼もさすがに困っているようで、偶然合ったその目は『逃げたい』とロックに訴えかけて来ていた。

ロックは自分も同意だと視線を送りたい所だったが、すぐ目の前にいるアリアの目が光ったように感じられ、すぐに萎縮してしまう。


「しかも一回じゃないとか…まさかリピート達の会話を聞いていた時もあったんですな?」

「いや、まぁ通算五回くらいだからさ! 二人が考えてる程日常的に繰り返してたワケじゃないって」

「日常的に繰り返してたら今どころじゃ済まないわよ」

シングの発言にぴしゃりと言い返したアリア曰く、説教で済んでいるのはまだ軽い罰らしい。

「話を逸らさないでくれないかしら。…リピートの質問に答えなさい」

言って、今一度強くシングを睨み付けるアリア。その目は嘘を吐くなと言っていた。


シングは暫く悪あがきのように唸っていたが、やがて観念したのか正直に告白する。


「…ウン。一回だけ、あった」

「はぁああああっ?! なにしてるんですな! サイテーすぎですな!!」

一際大声を上げるリピートは、周囲の目線など全く考えていない。

一通り叫んだ後も、最低だの変態だのと繰り返す。


「チームメイトのぷらいべーとな話をっ、しかも一糸纏わぬお風呂で盗み聞きするなんてヒドすぎるですなッ!

シングはもちろん、セイルもロックも仲良く揃ってヘンタイですな!」

ぎゃいぎゃい騒ぐリピートに対し、男性陣は言葉もない。

(うう…どうしよう)

数時間前まで、まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。

ロックは心中で半べそをかきながら、ただただ女性陣の視線に、ついでに周囲の痛い視線に耐えていた。


「……」


…暫く一言も発さない、左隣にいる人物から非常に強いプレッシャーを感じる。

(うっ…)

どす黒い、こちらを呪うような性質のそれは間違いなく、セイルからロックへ送られていた。


左側を全く見れない。

実を言ってしまえば、シングの方に視線を向けるのは、左隣を見ないように見ないようにと自分に念じているせいでもあったりする。


――…お前が余計な事を言うからだぞ、どうしてくれるんだ、お前達のせいでこっちにも飛び火したじゃないか。

そんな怨嗟の如き念を感じていた…。


結局お説教が終わり、リピートの機嫌も(あくまで最初より)良くなったのは、お説教が始まってから一時間後の事であった。




その後、場の空気が落ち着き、ロック達がアリアに明日の予定について話していた頃。


同時刻、ヴァルトルは『響界』へと到着していた。

風の使い魔フィアーニの背に乗り、聳え立つ響界を上空から見下ろす。


魔術師響界。

豪奢な柵に覆われた、全ての魔術師の、そして世界中に住む人々の拠り所。

ここはヴァルトルにとっては馴染み深い場所だ。

それはギルドマスター云々より、この地が彼にとっての『はじまりの場所』だからだろう。


魔術師と呼ばれる人間は、必ずこの響界にて『公認魔術師』としてその名が登録されている者達である。

ギルドに加入するにも響界に所属するにも、全てはその公認魔術師になる為の試験をクリアする所から始まるのだ。


ヴァルトルは懐から連結魔道具を取り出す。

箱を開いて唱えるのは、連結する魔術師と交わした契約の歌。

いわゆる合言葉であり、これは魔道具の持ち主の声にしか反応しないようになっている。

ヴァルトルが連絡を図ったのは、響界内部の人間。

もっと詳しく言えば、彼にとって古くからの友人であり仲間だ。


『――ヴァルトルは二番目だったな』

開口一番そう笑うのは、ヴァルトルにとっては友人。けれど他の魔術師にとっては平伏すべきだろう人間だった。


――響界の現代表…ヘリオドール・ルイゲン。

元東ギルドメンバー、チーム『キサラギ』所属。

十六年前、ロックを拾った時にも居合わせていた人物だ。


「リオ。変わりねぇみたいだな」

『ははっ。前に会ってから二週間しか経ってないのに、いきなり変わってたら困るだろ』

「ちげぇねえ」

暫し談笑に興じる二人の姿は、若い頃と何ら変わりはない。

『入口は開けてある。入って来てくれ』

ヴァルトルはその言葉に頷き、空中に留まっていたフィアーニを響界内部へと移動させる。

そこはギルドにあるのと造りを同じくした結界の間。

そこにヴァルトルはフィアーニを降下させた。


「ヴァルトル様、ようこそいらっしゃいました」

結界の間に控えていた魔術師四名がヴァルトルを恭しく迎え、すぐさまヴァルトル達をヘリオドール代表の間へと案内する。


「ヴァル君!」

歩いて数分、到着したヴァルトル達を迎えたのは先程話していた響界代表・ヘリオドールともう一人。

桃色の髪を持つ女性が、ヴァルトルに駆け寄ってくる。

浮かべた笑みは晴れやかで、彼との再会を心から喜んでいるのが誰の目から見ても明らかな程だ。


「…レスナ。その呼び方、いい加減止めろって。毎回会う度言ってんだろ」

対するヴァルトルは何処か恥ずかしそうに、子供っぽく口を尖らせる。

レスナと呼ばれた女性――『紋章の南』ギルドマスター・レスマーナ――は、そんなヴァルトルの様子など全く意に介さない。

「別にいいじゃない。ヴァル君はヴァル君だし、今更呼び方なんて変えられないもの」

「そりゃあお前は全然老けねぇから違和感も無ぇけどよ…」

「あ、それ褒め言葉だよね? ありがと」

にこり、と微笑むレスマーナはヴァルトルの言う通り、彼と同年代には全く見えない程若々しい。…いや、幼いと言った方が適切か。


彼女にヴァルトルやヘリオドール、そして今はまだやって来ていない『聖杯の北』ギルドマスター・ナイク。

かつては共にチームメイトとして暮らしていた者達が、今一堂に会しようとしていた。





――思えば、あの虹色のエレメントロックが全ての始まりだった。


遠くに聳える『響界』を見据えながら、男は一人ごちる。

年頃は中年といった所だろう。精悍な顔つきの中に、確かな年の重ねを思わせた。


男はかつて自分がいた場所に思いを馳せる。

この響界で自分は魔術師となり、ギルドメンバーとなり、かけがえのない仲間達とかけがえのない時間を過ごした。

例え響界から、そして仲間達から背を向ける事になっても、自分にとって彼らは大切な仲間達。

きっと彼らもそう思ってくれていると、確信まで持てる程に。


けれど今は、あの地には戻れない。

今改めて思えば、虹色のエレメントロックを見つけた十六年前のあの日から…全ては始まっていたのだろう。

運命の歯車が回り出していたのに、誰もが気が付かなかっただけなのだ。


「浸ってンじゃねぇよ、ジジィ」

物思いに耽る男に無粋な言葉を投げかけたのは、灰の髪色を持つ青年――アッシュだった。

「胸糞悪ィ」

忌々しげに吐き捨て、アッシュは顔を歪める。

「悪かったな」

男は彼の無礼な言葉をさして気にした様子は無く、返答は穏やかだった。

そんな男の対応こそ腹が立つのだと言いたげにアッシュは舌打ちするも、何も口にせず。

今度は男の方から会話を投げかけた。


「心配しなくとも、俺がお前達を裏切る事は無い。安心しろ」

「ハッ、心配? 笑わせるぜ。んな訳ねぇだろ」

笑わせる、そう言いながらアッシュが浮かべたのは明らかな冷笑。

「裏切ったらそン時は俺がテメェを刺す。ある意味その方がいいかもな?」

アッシュの台詞は挑発的で、かつ行動を共にしている味方に対しての発言ではない。

「……お前な」

ふう、と男は溜め息を吐く。

彼の口の悪さには慣れているつもりだが、こう息をするように飛び出す毒舌は如何ともし難い。

これを幼少から浴びせられていたという彼の幼馴染には同情の念を覚える。

…それを口にしたら彼は今より不機嫌になるだろうから言わないけれども。



「あ」

会話が停滞したその時、二人から少し離れた場所から第三者の声が上がった。

それに呼応するように、男とアッシュはそちらを見る。


「エル、視えたか?」

ちいさな声の主――エルと呼ばれ振り向いたのは、幼い子供だった。

中性的な顔つきは少年とも少女とも見れるそれで、小さな身に纏う衣服でかろうじて少年と解釈出来る程。

ズボンの裾から伸びる靴は硬質で、その幼い姿には不釣り合いに見える。


エルは男の問いに「はい」と頷く。小さな声で、しかしはっきりと。

一体何が『視え』たのか。説明を男らが求めるまでもなく、エルが言葉を連ねる。

「緑の光…風のエレメントが集まっていました。あの感じは、…シディさんが使っているものと同じだと思います」

「風――…ヴァルトルか」

ぽつぽつと話すエルの説明に、合点のいく答えが己の中で見つかった男は呟く。


東ギルドマスター、ヴァルトル・シナジー。

彼は『風』をパーソナルエレメント――生を受けた瞬間に決まるその者の守護属性――としていた。

得意とする風の使い魔を呼び出せば、かなりの早さでこの響界まで辿り着くのは納得であり、予想の範疇だった。



「後は『聖杯の北』ナイクと『宝剣の西』ランジェル、か…」

男の声。その語尾は風に流され消えてしまいそうな程に頼りなかった。

そんな男の様子にアッシュは苛立たしげに、しかし何も言わずに知らんぷりを決め込んでいる。

「…タイガさん…」

対して少年…エルの方は、物憂げな表情をつくる男を呼ぶ。

彼の気を遣うような視線に、慌てて男――タイガと呼ばれた――は「エルが気にする事じゃねえよ」と声を上げた。

だがこの少年、エルはその幼い風貌とは裏腹に、大人の表情から感情を伺い知る事に長けていて。

小さな子供に気を遣わせるのはタイガにとって本意ではなく、またエルが自分に気を遣う理由もまた理解している為に申し訳無さがこみ上げてくる。


「ジジィとガキが揃ってシケた面してんじゃねぇよ、辛気臭ぇ空気俺に吸わせんな」

陰鬱として来た空気を破ったのは、先程と同じくアッシュで。

周囲の感情など意にも介さない、何を置いても自分の感情を優先する彼に、タイガは少し羨ましさを覚える。

エルの方は高圧的なアッシュには小さな口を完全に閉ざしてしまう。

無理もない。年齢が一回りも違う男に悪態を吐かれれば子供は怖がるだろう。


タイガは今一度小さな溜め息を吐きながら、懐から何かを取り出す。

それは顔を覆い、隠す為の仮面だった。

無機質な光沢を放つ白の仮面は、今のタイガにとっては必要不可欠なもの。


…そろそろ人が起き出す時間だろう。

もう充分、響界の姿は見納めた。

アッシュの言い方は何とも言えないが、自分だけが物思いに耽っている訳にはいかないのだ。

自分にとっては思い出深い響界も、一部の仲間達にとっては忌々しい地でしかない。その事に感傷はあれ怒りは湧かなかった。

タイガは何より、そんな若者達を心から助けたいと思ったのだ。


――だから。


(――…悪いな)


心の中で、かつての仲間達に詫びを入れながら。

タイガは自らを隠す為の仮面を、その身に付けた。





――ギルドマスターの会議は、響界内部で秘密裏に行われる。

広々とした室内には厳重な結界が張られており、各ギルドマスター達の護衛も中に入る事は許されない。

彼らは部屋の外で入口に控えている。

ここに席を有する事が許されるのは、ギルドマスター達四人を除けば響界代表のヘリオドールのみだ。


会議室内部は、非常に殺風景だ。

調度品も連絡用の魔道具が北端と南端にひとつずつで必要最低限。

その代わりなのか人が座る席は数多くあり、床から天井へ向かうように幾重にも段が連なる形で設置されている。


その真ん中に四人が二列に別れ相対する中、ヘリオドールは四人を上から見下ろす位置に座っていた。



「今回は俺から開いた緊急会議だ。形式も何もねぇ、とりあえずまずは俺の話を聞いてくれ。質問は全部終わってからにしろ」

会議の始まりは唐突で、ヴァルトルが言う通り形式も何も無かった。


普段から月一度に行っているような平常会議ならともかく、今回は緊急会議。

名の通り、緊急で話して置かなければならない事なのだから仕方ないと言えよう。


ヴァルトルは他の四人に、ロック達が報告して来た内容を全て包み隠さず話した。

虹色のエレメントロックの事は勿論、エリィと名付けられた少女の事やシング達が持ち帰って来た謎の石の事など、すべてを。




ヴァルトルが話し終えると、訪れるのは黙考の静寂。

やや間を置いて口を開いたのは、ヘリオドールだった。

「…その少女には何か特徴は?」

「見た目は俺達と何ら変わりねえ。ただ…さっきも話した通り、紡ぎ歌無しで精霊を召喚した。かなりの力を持っているのは確実だ…一度響界の方で『測定』する必要があるかもしれねぇな」

人間のパーソナルエレメントを調べたり、様々な用途で使用される『波動測定機』。

技術者が造ったそれで調べる必要性が出て来る程に、エリィの持つ力はヴァルトル達にとっても計り知れないものなのだ。

ヴァルトルの言葉に同意するように、各々が頷き合う。


「…ロック君の時とは違うのかな?」

と、レスマーナが新たな問いを投げかける。

「彼との違いは、その少女が『エレメントクリスタルの中で眠っていた』という点です。エレメントクリスタルはその名の通り、この世界を構成するエレメントの結晶。

それを鑑みれば、ただ『持っていただけ』の彼と少女の力の差が出るのは当然と言えるでしょう」

言い、ランジェルは顎に手をやり考える仕草を取る。

「…まあ、そもそも『虹色のエレメントクリスタル』などという物が何故存在しているのか解らないのですが。当時赤子だった彼が持っていた理由も未だに不明ですし」


エレメントクリスタルの色は通常地面に群生し、周囲のエレメントを吸収して染まって行く物だ。

火のエレメントが周囲にあれば赤色に、水なら青色というように、それらは属性色ぞくせいしょくで決まる。


ならば虹色のエレメントクリスタルは何の属性を示すのか。

それが全く解らない。この十六年間、何度あらゆる書物を漁っても。

手掛かりすら何も得られないのだ。


…いや。実際には『皆無』ではなかった。

けれどそれは手がかりとは到底言えない夢物語のような物で。

だけれど、この場にいる全員がその『可能性』について頭の中で自然と考えていた。


「――『虹の軌跡を描くはかの女神。四の鐘が百ずつ時を刻む時、二の器を糧に再び降臨する』」


その時。

今まで静観していたひとりの女性が静かに、しかし明朗な声で他の四人に言霊を歌い上げる。

それはまるで詩人が夢想のままに描いた世界のよう。

しかしこれこそが、ヴァルトル達全員が思い浮かべた『唯一の手掛かり』だった。


「…『虹』、このフレーズが共通しているわね。ロックと、その女の子と」

女性――北のギルドマスター・ナイクは、そう言って他の皆を見回す。


――十六年前。

後にロックと名付けられた赤子が、虹色のエレメントロックと共にギルドへと保護された際。


ギルドは勿論、響界内でも騒然としていた。

今のようにすぐにギルドマスター達は緊急会議を開いたし、赤子を響界で『測定』に掛けたり、書物を漁って虹色のエレメントロックについての記述を血眼になって探していたそうだ。


結果、見つかったのは。

…響界の秘密指定書庫の奥底に眠っていた古書。

それに、先程ナイクが歌った文章が綴られていたのだ。


ここにいる五人は当然ながら、当時はギルドマスターでは無かった。

その為この話は人づてに聞いたものだが、響界代表となったヘリオドールはしっかりと、自らの目でその文を確かめたそうだ。


「文字が掠れていて殆ど読めなかったが、確かにその一節は読めた。後もう一節…『エレメント集いし 精霊の 集結した 石 欠片』」

「石…」

もはや文章としては読めなくなっているが、その単語の中にヴァルトルは思い当たるものを感じる。


…シングとリピートが見つけて来たという、紋様の描かれた石。

ヴァルトルは先程説明の際に取り出していたそれに視線を送る。思った事は同じか、他の四人もそうしていた。


精霊。その存在はヴァルトル達も理解している。エレメントが持つという意思の集合体、それが精霊だ。

先程ナイクがそらんじた一節はなかなか理解し難いものだったが、こちらはまだ推測のしようがある。


「精霊はエレメントの集合体…それがさらに集結した、石?

その石が、欠片になって…うーん、どう解釈するのが正解なのかな」

うんうん唸り出すレスマーナに、ヴァルトルも同意だった。

魔術の紡ぎ歌を暗記したりするのは出来るけれども、何かを新しく発想するのは苦手なのだ。

そういった頭脳労働が得意なのは、ナイクと――…。


「…ヴァル君、どうかした?」

「…! あ、いや…何でもねえ」

何かを思い出し、ほんの少しだけ回顧していたヴァルトルを訝しげに見るレスマーナ。

そんな彼女に慌てて首を振り、ヴァルトルは「ナイク達はどう思う?」と他のメンバーに話を投げかけた。


ナイクは暫し黙考した後、静かに口を開く。

「…『欠片』と言うのだから、元々は大きかったものが砕けたと解釈して良いでしょう。そしてその欠片という単語が、その前の『石』に掛かっているのなら…」

「精霊の力を集めた石が、何らかの要因により砕け、欠片となった。そういう事か」

「ええ。あくまで私の推論だけれど」

ナイクの言葉を引き継いだヘリオドールは、自分も同意だと頷く。

そう解釈すると、目の前にあるこの石がまさしくその『欠片』であるという推論にも繋がるからだ。


「ですが」

その時、ランジェルが新たな問題提起をする。

「そうだったと仮定しても、ならば何故あの場にその欠片があったのかという話になります」

「……そりゃあそうだ」

ヴァルトルの肯定に、再び沈黙が訪れる。

…手掛かりが全く無いものに対し、考えを深めるのには限界が有るとヴァルトルは心中で呟いた。

それでも考える事を止めてはいけないけれども、それにしたってなかなかに疲れる議題だ。


ヴァルトルは一旦この話を終わらせようと考え、別の話題を切り出そうとする。

それはこの話題から逃げる訳ではない。ずっと同じ事を考えていると、自分の頭の中が凝り固まって逆に発想も何も浮かばなくなりそうだったからだ。



――ヴァルトルは先程思い出したものを、再び思い返した。

そしてそれと同時に想起するのは、まだ自分達が若かった頃。

ロックを拾ってから今まであった事だ。


不可解極まりないエレメントロックとそれを持つ少年の存在に、気味悪いものを感じる者達もいた。

だがそれ以上に、ヴァルトル達が成したのは最終的に『偉業』とされ、その後長い年月を経てヴァルトル等四人がギルドマスターに就任するきっかけとなったのは、果たして幸か不幸か。

結果としてヴァルトル達、かつてのチームの仲間は離れ離れになったのだ。

…ヴァルトル達はもう小さな子供ではない。だから、始終会えないのが寂しいとは思わない。

けれどそれぞれ距離が出来たのは明らかで。


「…十六年、かあ。…色々あったよね」

長い沈黙の間に同じ事を考えていたのだろうか、ぽつりとレスマーナが呟く。

「リオ君は私達がギルドマスターになってからも、ずっと響界で頑張ってたよね」

言い、レスマーナは自分達より高い位置の席に着いているヘリオドールに話し掛ける。

ヘリオドールは彼女の言葉に、いや、と首を振りながら。

「俺はこんな地位に着いたけれど、まだ理想は何も実現出来ていないよ。

…響界代表になれたのだって、運が良かっただけなんだ。二年前のあの事件が無ければ…」

語るヘリオドールの表情は固い。筆舌し難い複雑な感情が渦巻いているのだと解るのは、ヴァルトル達にとって付き合いの長い仲間だからだろうか。


「二年前のあの事件…あれで前代表が失脚して。そうしたらかつての『キサラギ』…虹色のエレメントロックを発見した五人の中で、唯一昇進していなかった俺の名が挙げられた。

ただそれだけの話さ」


唯一、かつての東ギルドチーム『キサラギ』ではなかったランジェルは、彼の話をどんな思いで聞いていたのか。

落ち着かない様子で、しかしそれを他人には悟られないよう最小限の動きで瞳を彷徨わせている。


二年前の響界での事件。

奇しくも数時間前、ロックが同じ事を思い返していた。

――響界で非人道的な実験を受けていた少女を、ひとりの魔道具技術者と断罪者の青年が連れて脱走したのがそれだ。


「…ランジェル。まだ…見つからない?」

「……はい。其方に関しては、本当に…何の手掛かりもありません」

ナイクの問い。それは、その事件を思い出せば当然の如く想起させられるものだった。

ナイクだけではない。ヴァルトルもレスマーナもヘリオドールも、同じ気持ちだろう。

それをランジェルも理解していて、かつ自分はその事に関しては彼等とは違った感情がある。

その為、痛ましい程に顔を歪めながら…ランジェルは問い掛けに対し悲しい肯定を打ち出した。


再び、沈黙が訪れる。

それは遠くへ行ってしまった『何か』へと、ひとり一人がそれぞれの思考の海へ沈んでいくようなものだった。



――その後。静寂を破ったのは、誰の声でも無かった。


…それは光。


部屋の北端南端へと設置された、連絡用の魔道具。箱の形をしたそれの中から洩れる、光の線だった。




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