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element story  作者: 水風鈴
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●第二節『チカラ』



閑散な部屋に、ひとつの光が灯った。

部屋の持ち主はそれを一瞥。顔を歪めた。

掌程の小さな箱から洩れる光は明滅し、まるで持ち主を誘っているかのよう。

主は長く重い溜め息を吐いてから箱を手に取り、それを開けた。


「私ですが」

「おう、おはよう!」

「…やはり貴方か。何の用ですか」

箱の光から洩れるのは、相手の大きな声。

それに箱―遠くにいる人物と対話出来る連結魔道具―を少し遠ざけつつ、嫌々返事を返した。

「何だよお前。俺が連絡してくる事を予測してたってのか?」

「こんな時間に連絡を寄越してくる非常識な人間は貴方くらいの物です」

鼻を鳴らす。

相手は特に悪びれた様子もなく、「いいじゃねぇか。この時間はもう起きてんだろ」と返してきた。

主は二度目の溜め息を吐く。

相手は分かっているのだ。この時間…早朝五時はもう自分が起きている時間だと。

なぜなら。


「…それで、なんですか。『魔杖まづえの東』ギルドマスターのヴァルトル・シナジー様?」

「それがなぁ、『宝剣の西』ギルドマスターのランジェル・ギオット殿。俺の息子達が昨日色々とすげーもんを持ち帰ってきたのさ」

ギルドマスターの仕事は途方もなく多い。

自分が管轄している地方での怪物の出現場所や月ごとの出現頻度の記録、ギルド内でのエレメントクリスタルの管理など毎日しなければならない事や確認するべき事ばかりだ。

ギルドメンバーに頼む仕事もあるにはあるが、それも最終的な確認は自分がしなければならない。

よってギルドマスターは誰しも早朝に起き、深夜に眠るのだ。


「貴方の息子が? ほぉ、珍しい事も有るものですね」

ヴァルトルの息子には何度か会った事があるが、所持している虹色のエレメントロック以外に特筆すべき所もない、気も弱々しく魔術師としての才能には恵まれていない人間と記憶していたが。

「俺の息子は普段から充分ギルドに貢献している」

ランジェルの嫌みを含んだ声色に、ヴァルトルは口を尖らせた。

それはいつもの事、予測していた反応だったのでランジェルは聞き流した。


「はいはい、それで?早く言って下さいませんか。私も貴方も暇な身分ではない筈でしょう」

「お前が俺の息子の悪口を言うからだろ!」という反論も右から左へ受け流す。

向こうから微かに舌打ちが聞こえたが、それも受け流した。


たっぷり間を取って、ヴァルトルはようやく本題に入った。


「…虹色のエレメントロックがまた見つかった」

「!! それは、本当ですか」

空気が一変、張り詰める。

ランジェルは息を飲んだ。


「嘘なんか吐くか! …んで、他にも不可解な物が発見されている。俺としてはこれらについて会議をしたい」


通常月に一度の、秘密裏に行われるギルドマスター達の会議。

それは各ギルドで依頼達成中に起こった出来事や発見されたエレメントクリスタルの群生地についての報告が主だったのだが。


「わかりました。それは会議すべき事でしょうね」

既に今月の会議は済んでいるが、緊急事態だ。ランジェルはすぐさま承諾した。

「レスナには俺から言っとくから、お前はナイクに連絡を頼む。緊急で話すべき事だ、明日の夜には始められるよう準備しておいてくれ」

残りのギルドマスターは二人。

それは『紋章の南』レスマーナ・サーメル。

『聖杯の北』ナイク・シュリエだ。

彼女達にも早く連絡しなければならない。

となれば、これ以上時間を食う訳にはいかないだろう。

「他に用件はありませんね」

「ああ。…じゃあ、頼むな」

「はい、わかりました。それでは」

連結魔道具の光が消えたのは、向こうの会話終了の合図。

ランジェルは魔道具の蓋を閉じて、ふうと三度目の溜め息。


――今まで二つとして存在しなかった虹色のエレメントクリスタルが、再び発見された。

これは一体どういう意味を持つのだろうか。

ギルドマスター総出で調べても、どんな書物を漁っても虹色のエレメントクリスタルの記述など存在しなかった。

それが一つどころか、まさか二つ目が出現するとは…。


「…まあ、今は考えても仕方ありませんね」

あの方に話を聞かない事には、何も。


気を引き締め、北ギルドのマスターへ連絡するためにランジェルは再び連結魔道具を手に取ったのだった――…。




「…はじ、め、まして。わたし、エリィ。…よろ…しく?」

シングがリーダーを努めるチーム『キサラギ』は、前日人智では計り知れない出来事と遭遇した。

虹色のエレメントクリスタル、その中で眠っていた少女エリィ。

エレメントクリスタルが砕けた後も、ペンダントとしてエリィが持ち続けているエレメントロック。

そして…一部の者しか存在を知らない、あの石碑の欠片のようなもの。

ロックやシング、ヴァルトルなども、誰もがこれらの謎に首を傾げるばかりだった。


「よろしく。オレはシング。シング・レヴァウナーだ」

今このチームキサラギは、ロックの頼みでメンバー全員が彼の部屋に集まっている。

何故かと聞けば、今日はエリィとともにギルド内を練り歩き、エリィにギルドメンバー全員と挨拶をさせる為だとか。

まずはロックも気心の知れたチームの仲間達からだ。

彼等は恐らくロックの次にエリィと多く付き合う事になるだろう。


シングはエリィに向かって手を差し出した。が、エリィは助けを求めるかのように隣のロックを見やる。

「教えたでしょ、エリィ。握手」

「手をだして…にぎる?」

「そう、それ」

そろそろエリィが手を伸ばし、シングの手をやんわりと握りしめた。

「…よろ…しく」

「うん、よろしくな」

戸惑いの表情を見せるエリィの緊張をほぐすように、シングはにっこりと笑った。

「エリィ、ほら」

「あの…シング。きのうは…パン、ありがとう。おいしかった」

「どういたしまして」

「偉いよエリィ、ちゃんと言えたね」

言って、ロックはエリィの頭をそっと撫でた。

エリィは撫でられつつロックに視線を送った。何か言いたげだ。

それに気付かないロックは、他のメンバーを見回す。


「じゃあ、次は…」

「エリィ! リピート・テルクェードですな!よろしくですなーっ!」

ロックの言葉を遮り、飛びかからんばかりにエリィに目の前に出て来たのはリピートだった。

リピートは自らエリィの手を取り、ぶんぶんと思いっきり上下に振る。


「ちょっとリピート!エリィ驚いてるじゃないか」

「はれ?そうですな?…それはそれは失礼したですな。ごめんですな」

「…ちょっと、びっくりした」

リピートは手を離し、軽く頭を下げた。

エリィはほっと胸を撫で下ろす。


「リピート、嬉しかったんですな!後輩が出来た気分ですなっ」

声を弾ませるリピートは、その場でぴょんぴょんと跳ねた。

それに伴って、高く括った二つの髪束もデタラメな方向へあちこちに飛び跳ねている。

「…こうはい?」

「リピートはこのギルドメンバーの中で一番年下だからか、お姉ちゃんとか先輩って立場に憧れてたみたいなんだ」

「誰からも妹みたいに可愛いがられるってのも悪くないと思うけどな」

疑問符を浮かべるエリィにロックは説明する。


「いい加減に止まれ」

そうしている間も飛び跳ねているリピートに歩み寄り、セイルは軽く肩を叩いて制した。

「あたっ!い、いたいですな!セイルは加減を知らないですなっ!」

「適当な事を言うな…」

大袈裟に右肩を押さえるリピートにセイルは呆れた様子だ。

「と、とにかく!エリィ、よろしくですなっ!」

「う…うん」

気を取り直して、リピートはエリィの手を取る。今度はゆっくりと、エリィを驚かせないように。

エリィは若干リピートの勢いについて行けなさそうだったが、まあ慣れれば大丈夫だろう。


「…セイル・リキトスだ」

それだけ言って、エリィから顔を逸らしてしまう。

「セイル。お願い」

セイルが初対面の人間に対してぶっきらぼうなのは今に始まった事ではないのだが、今回ばかりは握手くらいしてあげて欲しいとロックは懇願した。

…何も分からないエリィからしたら、セイルのそういった態度は自らが拒絶されているように感じるだろうから。


ロックの意思を汲み取ったのか、セイルは根負けしたような溜め息混じりで「分かった」と呟いた。

「……」

「…?」

前触れも無く、しゅびっと効果音が付きそうな勢いで手を出したセイルにエリィは疑問符を浮かべていた。

「……っ」

そんなエリィの様子に焦れたのか、「…手を出せ」と声を発す。

そこでようやくエリィもセイルの意図を理解し、手を重ねた。

「…よろ、しく」

「…ああ」


「セイルは相変わらず知らないヒトにはブアイソーですな」

「うるさい」

にやにやと笑うリピートに指摘され、セイルは即座にリピートの頭をパシッと叩いた。今度はさっきよりも強めに。


「アタタ!ぼーりょくハンタイですなっ!!」

「くだらない事を言うからだ」

「でも間違ってはいないよなぁ。本当はもう少し愛想良くして欲しいんだけどなー。…せ、め、て、初対面の女の子にくらいは、な?」

シングはセイルを肘でツンツンとつつき、薄笑いを漏らした。

「性別なんか関係あるか」

ふんと鼻を鳴らし、セイルはシング達から顔を逸らしてしまう。

(ああ、セイル機嫌損ねちゃったよ…。シングもリピートも、人をからかうの好きだよなぁ)

一部始終を見ていたロックは心中で溜め息を吐きつつ。


「じゃあエリィ。最後は……アリア?」

「………」

エリィとアリアは、静かに見つめ合っていた。

否、アリアが一方的に睨みつけていた。


「アリア。アリア・リーン」

氷のように冷たく、抑揚のない声。

それらはまるで、彼女がエリィに対して敵意を持っているかのような態度だった。


心なしか、周りの空気が一気に冷えた気がする。ロックは知らず知らずに身震いしていた。


「アリア…どうし」

「私は貴方の事、信用しない」

ロックには目もくれず、アリアは言い放った。

「アリア…」

「…ロック。この子は危険過ぎるわ。決して入れ込まないように。…チームメイトからの忠告よ」

貴方もねと言いたげにリピートを一瞥すると、止める間もなく部屋を出て行ってしまった。

「アリア!…ったく…」

「…アリア…」

アリアの言う事は確かに間違ってはいないのだろう、けど。

ロックは隣のエリィを見る。

エリィは首を傾げながら、ロックの服の裾を引っ張り。


「…ロック…わたし、きらわれてる?」

それは今まで通り、ただ頭の中に浮かんだ疑問を述べただけで。

――ああ。ほんとうに、なにもわからないんだ。

拒絶されても、なんとも思わない。感じない。悲しいだなんて思わない。

ただ、事実を受け止めるだけなんだ。

ロックは無性に泣きたくなった。


「違う!違うよ…」

千切れんばかりに首を振る。

アリアの言う事は何も間違っていない。

確かにエリィは謎だらけで、危険な存在かもしれない。

だとしても、自分は彼女の味方で居たい。

なぜなら彼女は…。


「ロック…?」

僅かにエリィの声に変化があったが、ロックは気付けなかった。泣かないように抑えるので必死だったから。

ロックは跪いてエリィと視線を合わせる。

そして精一杯の笑顔で、告げた。


「…昨日、色々有ったからね。アリアは少し疲れてるんだよ。…大丈夫、いずれエリィとも普通に話をしてくれる」


自分の言葉がどれだけ確証の無い、無神経な言葉だったとしても、そう言わずには居られなかった――…。





その後、ロックはたっぷり一時間を掛けてアリアを除く五人でエリィの挨拶回りを終えた(途中、軽い朝食兼昼食を取った)。

ロック自身馴染めていないギルドメンバーも居たのだが、そこはシング達のフォローのお陰で何とかまともな挨拶が出来た。


「よし、これで全員に挨拶出来たね」

「後はヴァルトルさんだな」

最後に向かったのは、ロックの養父にしてこのギルドのマスターであるヴァルトルの応接間。

「…ロックの、おとうさん?」

「そう。捨てられていた僕を拾ってくれた人」

「んでもって、このギルドで一番凄くてエラい人だな!」

そう胸を張るシングは自分の事のように誇らしげだ。



「ギルドマスター…ギルドに入団した者が、本来一番初めに挨拶すべき人間だな」

セイルの発言に、ロックは思わず声を詰まらせる。

誰よりも先に優先するべき養父への挨拶を、後回しにしたとも取れるロックの行動を遠回しに非難しているように感じられたのだ。


「…?どうした、ロック」

「…いや、その…」

「どうしたもこうしたも無いですなっ!自分の胸に聞くですな!」

何とも言えない表情で黙り込んでいたロックに疑問符を浮かべるセイル。

間髪入れずリピートは声を上げた。

「……??」

そう言われても尚ピンと来ないらしく、暫くセイルは顎に手を当てて思考していた。

そしてようやく思い当たる節があったのか、ロックに慌てて。

「…あ。…いや、そういう意味で言ったわけじゃない。それに、こい…エリィは正式にギルドメンバーになったわけでもないからな」

「う、うん…大丈夫だよ」

セイルに悪気が無いのはよく分かったから。


必死で取り繕っているようにも見えるが、今回のような事は今に始まった事では無い。

セイルは静かな佇まいからクールで冷静な人間に見られがちだ。が、実際は誰よりも間の抜けた所があり、今回のように悪気無く仲間に皮肉めいた事を言う時がある。

人の言う事を何でも真に受けやすいロックはその度に少なからずグサリと来るのだが、いつも「セイルは何も悪くないし…」と心の中で言い聞かせているのだ。


「セイルもエリィのこと、名前で呼んでくれるんだね」

「…まあな。…改めて言うな。何というか、その」

「気恥ずかしいって?」

「うるさい!」


声を荒らげるセイルはしかし、否定はしなかった。

にやりと笑うシングやリピートに食ってかかる。


「ロック」

「うん?エリィ、どうしたの?」

くい、と服の裾が引っ張られる。

見れば、エリィが此方を見上げていた。

「なんだろ…わたし…むねのおくが…もやもやする…」

小波のように、碧の瞳が揺れている。

息が出来なくなったかのように口を開閉していた。

動かした何度も何度も、発語しようとしてはやめ、またすぐに口を開こうとする。


「エリィ…」

「ロック…わたし、…わたし…」

「いいよ。無理に言わなくて」


今はまだ。――今はまだ、それで。



話をしている内に、五人はヴァルトルの居る筈の応接間の前へと辿り着いた。

何かしら用で部屋を空けていない限り基本的に此処に居る筈だが、一応声を掛ける前にロックは扉をノックした。程なくして「おう」と短い返事が返ってくる。

ヴァルトルが居る事を確認すると、ロックはふう、と息を吐き。


「…マスター。ロック、入ります」

ロックがヴァルトルの養子であることはギルド内の人間には周知の事実だが、形式として『養父さん』ではなく『マスター』と声を掛けた。

ロックだけではなく、普段はヴァルトルを名前にさん付けで呼んでいるシングもそうしている。


実を言うと、ロックはこのギルドマスターに対する形式が苦手だ。

ロックもシングも、チームメンバー以外の第三者の居る場所などでは形式上・体裁としてヴァルトルを『マスター』と呼んでいた。

ロックは思う。名前ではなく、『マスター』と一括りにして呼ぶのがどうにも他人行儀過ぎる。

…そもそも、『マスター』だけでは他のギルドマスターとの区別が付かないではないか。


そんな思いを秘めつつ、ロックは扉を押し開ける。

そうして彼の目に映ったのは、質素なテーブルに積まれた書類の山々と、それらに挟まれながら羽ペンを走らせるヴァルトルの姿だった。

「と、養父さん。どうしたの、これ」

通常一日でこなしている量より倍以上ある書類にロックは目を見張る。


「明日から五日程此処を空ける事になった。今の内に少しでも仕事を片付けておこうと思ってな」

ロック達の方を見ずにヴァルトルは手短に返す。

見るからに忙しそうだ。

(外出…)

突然どうしたのだろうと思ったが、此処まで忙しそうにしているのに話を長引かせて邪魔するのも悪いと思い、ロックは早々と用を済ませようと口を開く。

「…エリィ」

傍らに居るエリィの背中を軽く押す。

「……うん」

エリィは頷くと、並んでいるロック達の前に進み出て。


「ヴァルトル…さん。…はじめまして。エリィです。…これから、よろしくおねがいします」

「おう。宜しくな」

ヴァルトルは作業を中断し、エリィの言葉に片手を上げて応えた。

「養父さん、それでエリィのことなんだけど…僕らが仕事に行っている間って」

「あぁ、その事だがな。暫くの間…集魔導祭までお前らは休暇だ」

休暇の言葉に、エリィを覗く四人は思わず顔を見合わせる。


「えっ?」

「休暇…ですか?」

突然の言葉に驚きを隠せないロック、シング、セイルの三人に、

「きゅーか…お休みなんですなっ?」

男性陣とは対照的に、リピートは幾分はしゃいだ声で問う。


「そうだ。まぁ他のチームの中にも休暇を言い渡した奴らも居るが。…俺が此処を空ける間、このギルドを守れるようにな」

ギルドマスターがギルドを空ける事は、通常月に一回。

その会議は秘密裏に行われる為、ギルドマスターはそれぞれ変装等をしてギルドを出るのだ。

…ギルドマスターがいない時を見計らって、何かしらの目的でギルドに襲撃をかける者達が居るかもしれないからだ。


「ロック、お前は暫くエリィの世話に徹してろ」

「はい」

「シング、セイル、リピート。お前らは自由にしてろ。此処にいないアリアにも伝えとけ」

「「はい!」」

「…ですな!」



「――よし。じゃあ出てけー」


仕事に戻るヴァルトルに頷き、ロック達は応接間を後にするのであった――。





とりあえず部屋に帰ろうと五人で広々とした回廊を歩く。

談笑しつつ、途中で何人もの人と擦れ違い挨拶を交わすも、相手はやはりエリィにばかり視線を向けていた。

「ねぇ…あの子供が…」

「信じられない…けど…」

「…ロック様が…」

さらに集団でひそひそと話し込んでいる人間もおり、そこからはエリィの話も自分の名前も聞こえて来た為、ロックは密かに辟易していた。


「しっかし、休暇かー。こりゃあ思わぬ時間が出来たな。どうすっか」

シングは道すがら声を上げた。大袈裟な程その声は大きかった。

「…そうだね」

内心感謝しつつ、しかし上手く言葉を返せず申し訳ない気持ちになる。

すると、それまで黙っていたセイルが言葉を紡ぐ。

「…せっかく集魔導祭まで時間があるんだ。やる事は決まっているだろう」

「わぁってる。『鍛錬に励め』だろ?そりゃそうなんだけどさ、ここは新しく加わったエリィの為にもひとつ、パーッと騒ごーぜ!」

「お前は遊びたいだけだろ」

「まぁな!」

はぁ、とわざとらしく溜め息を吐くセイルに悪びれる様子もなく、シングは満面の笑みで返した。

ロックやリピートはというと、この二人がこういった会話を繰り広げるのは今に始まった事ではないので静観していた。


「んでも、パーッ!と騒ぐのはリピートも賛成ですな! エリィ、一緒に遊ぶですなっ」

「あそぶ…? …なに?」

「たとえば〜…札遊びですな!あとエレメントおはじき、あと」

リピートが楽しそうに指折りしていくのを、エリィは目を瞬かせる。

興味津々に聞いている(ように見える)その姿に、ロックは人知れず笑みを零した。


「仕方のない奴らだな…俺が付き合うのは一日だけだ。他は全て鍛錬に充てるからな」

此処で自分が抜けると言えば、もはや決定事項のようにはしゃぐリピートに罪悪感が芽生えるとでも思ったのか。

セイルは溜め息混じりに承諾した。

「セイル、めずらしくノリがいいですな!」

「…お前な」

…リピートはセイルの真意に全く気付いていないようだが。


「うっし、じゃあそうだな…準備期間は今日明日ってとこか」

顎に手を当て、思案するシング。

「…準備期間?」

「準備ってのは大切だからな。遊びに限らずそうだろ?任務に向かう前の打ち合わせだって立派な準備じゃんか」

さも当然のように言葉を連ねるシングに、セイルは目を細める。

「…そういう言い方をすれば正論のように聞こえるがな」

「かといって異論も無いだろ?」

「……」

無言を肯定と受け取り、シングは満足げに頷き、宣言する。


「決まりだな。二日後、六人で盛り上がろうぜ!」

六人。この場に居るのは五人。

エリィもそれに気付き、全員の人数を数えて首を傾げている。

…ロック達は何を言わなくとも解る。シングはアリアを混ぜたのだ。

「アリアは厄介だぞ」

すかさずセイルが言葉を放つ。

「…今までも、あんまり付き合ってくれたこと無かったもんね」

ロックもセイルに続く。

元々アリアは、自分の知る限り誰かと一緒に遊ぶなどとは一番かけ離れた人だとロックは感じていた。

しかも今回はそう言った元の性格に加えてエリィの件が尾を引く。


先程のアリアは警戒心を露わにしていた。あの状態ではまずエリィを連れて会う事も難しいのではないだろうか。

皆考える事は同じだろう。セイルもリピートも苦い顔をしている。

エリィもエリィで何か考えてはいるのか、神妙な表情をしていた。


「シング…やっぱり、アリアは難しいんじゃないかな。色々と…」

「ん〜…そうだな…とりあえず今日は放っておいて、明日3人で話しに行くか。どうせこの分じゃ明日の朝も会ってくれるか微妙だしな」

普段はチームメンバーで集まって食事をしている。が、明日は何だかんだと時間をずらされてしまうような気がしてならない(恐らく、今日の夕食もそうだろう)。

なので今日はアリアの好きにさせておく。

けれど明日は自分達が食事を終えて暫くしたら、アリアの部屋に直接向かおうとのことだった。


と、そこまでで浮かんだ疑問がひとつ。

「ねぇシング、3人って…?」

「オレだろ、んで次にロック、そんでもってエリィ」

シングはご丁寧に指で指し示してくれたわけだが、ロックはその言葉に驚きを隠せなかった。

「エリィも?!」

「何だよ。そんなに驚くような事か?」

「だ、だって…」

エリィに警戒心や敵意を抱いているアリアに、昨日の今日で会わせていいものだろうか。

ここはひとまずエリィ以外のメンバーで説得した方が得策ではないか。


「ロックが言いたい事も解るけどな。…でも、例えオレやお前だけで説得してアリアがそれに応じたとしても、結局二日後には会う事になるんだぜ? だったら最初からエリィを交えた方がお互い親睦を深める取っ掛かりになるかもしれないぞ」

「…親睦を深めるどころではないかもしれん…いや、その可能性の方が格段に高い」

ぼそりとセイルが呟く。正直ロックも同意見だった。

「んー…」

シングも黙り込み、ついに話が停滞する。誰もが頭を悩ませていた。


ロックは思う。

(やっぱり、無理なんじゃないかな…)

さっきはエリィにあんな事言った癖に。

心の奥底で、もう一人の自分がそう呟いた気がした。


その時。


「…ねえ、…わたし、話しに行ってみたい」

「えっ。どうして?」

エリィの発言に、思わず問いかけてしまった。思い掛けない発言に驚きを隠せない。

エリィはロックの言葉に複雑な表情をしつつ、

「…よくわからない。…けど、アリアからは…まだ名前しか…きけてないから」

たどたどしく、しかしハッキリとエリィは『自己主張』した。

「エリィ…」

それは喜ばしい事の筈なのだが…ロックはそれでも尚迷っていた。今のアリアに会わせていいものかと。


「ロック、エリィは行きたいって言ってるですな」

「うん…そうだけど…」

「…ロック……だめ?」

決心がつかないロックに、気付けば全員が注目していた。

シングやセイル、リピート、…エリィも。

誰もがロックの言葉を待っている。それぞれの思いがひしひしと伝わって来るようだった。


「……うん。わかった。…いいよ、エリィ。僕やシングと一緒に、明日アリアと話しに行こう」

ロックの言葉を聞くなり、エリィは。

「…うん!…あ、えっと……ありがとう、ロック」

…エリィは…嬉しそうに笑った。

ロックは虚をつかれ目を見開くが、やがてじわりと滲むように、至上の喜びが胸を占めていく。

「…どう…いたしまして」

(お礼を言わなきゃいけないのは…僕の方かもしれない)

きっと…いやどうせ無理だと、後ろ向きな事しか考えていなかった自分。

今だって、そういう気持ちが完全に消えた訳ではないけれど。

エリィのお陰で、少しだけ…晴れたかもしれない。

どんよりとした暗雲を切り裂く、太陽の光のように。


雨上がりに架かる、虹のように。




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