表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

第30~31話 Insert-05.5:vsホムラ vsフィルナ +α-

 

 前話の続き、早朝ランニング後の訓練です。


  トキ :平凡容姿学生。(回復済)若干の疲労

  ホムラ :赤髪の走り屋。ウォームアップ完了

 クロード:金髪の殺人鬼。若干の疲労


  ボルト :金髪の魔女(Age13.ver)。洗顔中

 フィルナ:プラチナの預言者。ボルトと同行


  芹真 :ナイトメア武装派の合流を根こそぎ吹き飛ばすため準備中

  その他 :屋上の訓練を見に行くため各々準備中




 


 階段を登り終えると淡い青が視界に広がった。

 片隅に入る人工物は見慣れたもの。

 訓練を始めて以来毎日立ち入っている場所、その筈なのに今日はどこか違って見えた。



「へへ、たまには朝のランニングもいいだろ?」



 背後から声を掛けるホムラ。

 先ほどまでの全力疾走じみた走行をランニングというのなら、彼女の全力疾走とは一体いかなるものなのか考えつつ、しかしホムラの言う通り、景色が新鮮に映えていることに間違いはなかった。



「本当はなぁ、仕事明けで酒があってプレイヤーと椅子があれば最高に気持ちいんだよなぁ、こういう朝日はよ」



 ホムラに続いて屋上に現れたクロード。

 もうダメージが抜けたのだろうかと心配した矢先、次に現れたボルトが階段の手摺に体重を預けて朝日を拝みながらぼやく彼を、



「邪〜魔っ」



 突き落とした。

 頭から落下していったクロードに冷や汗を覚えたトキだったが、手摺の向こう側から輪郭を光によって包まれたクロードが浮かんでくるのを見て安堵した。しっかりボルトは拾っていたのだ――



「あはは! 何コレ♪」



 ――が、束の間。

 階段を、珍しく歩いて上ってきたナインが浮遊するクロードを発見するや否や、食べ物の恨みと称して浮遊するクロードの体を手足を使わず下へと引っ張った。

 ナインとボルトの力の狭間で、クロードを包む白光が虹色へと変わる。間違いなく死ねる。



「ぅげっ!」


「負けないぞ〜!」



 何を寝ボ――勘違いしたか、ボルトはクロードを下へ引っ張るナインに対抗し始める。

 二人の力に引っ張られたクロードが殺人鬼モードへチェンジスイッチ。

 思いつく限りの罵倒を2人に浴びせるが効果は皆無。しかし苦痛を伴う上昇と下落を繰り返しながらも無駄な抵抗を続ける。



(うわ、朝から危ない人たち発見……)



 その光景を他人事のようにトキは見守ることにした。

 自身も彼らほどの実力を身に付け始めているという自覚もなく、カクテルのシャイクよろしく上下するクロードの無事を祈る。






 Second Real/Virtual


 -Second Real Training:05.5

  vsホムラ vsナイン +α-






 一段落したところでホムラとトキは屋上の中心に移った。

 二人の傍らには金髪のポニーテールが特徴のインスタイルと、立派な髭を蓄えているカリヴァン。

 ギャラリーの中には藍がいて、逆に芹真とボルトがいなかった。



「仕事らしいな。

 おし、それじゃあ芹真社長さんが留守の間にしっかりレベル上げしとこうか」



 ランニング後の為、今回は屋上でのウォーミングアップはないし、素振りもない。

 即、模擬戦。

 傍らでやたらと物騒な得物をチェックするカリヴァンに目を向け――睨み返され――インスタイルへ顔を向けると、トキは一本の剣を手渡された。



「……重い」


「“実剣”だからね。切れ味はそこそこだけど、長く使えるような造りになっているわ。

 鍛える時に刃の低摩擦化を徹底したから、3、40人くらいは連続で斬り捨てられるはず」



 渡された得物は刃渡り70cmほどの両刃の西洋剣。

 剣の説明中、不意を突いてカリヴァンからもう一つの得物を渡された。

 小火器:M9。

 『ベレッタ』の別名こそ知る人は多いだろう、映画や漫画でお馴染みの自動拳銃である。



「9mmパラ仕様だ。薬室にも1発入れておいた」



 右手に剣、左手に銃を握ったところでホムラがルール説明を始める。



「これからチャンバラするぞ」


「実剣で?」


「大丈夫、手加減してやっから殺さねぇよ。

 但し“カリヴァンの攻撃は別”だがな」



 視界の左側でインスタイルがギャラリー席へと退却していく。

 その反対側、インスタイルと向かい合うように立っていたカリヴァンが厳つい火器のセイフティーを外して見せた。



「私は剣一本でお前を攻撃する。

 で、カリヴァンは銃で攻撃する。OK?

 つまり、私の剣とカリヴァンの銃に気を配って戦えってこった。さっきのランニングみたいに無謀な真似はするな。

 それから肝に銘じておけ。こっちはその気になりゃ、お前くらい瞬殺ヨユーだから」



 ボックスマガジンの装着音に嫌な感覚を覚える。

 カリヴァンの持っている銃は、トキがこれまでに見てきた銃器の中でも飛び抜けて異質な銃器だった。 グリップとトリガーはSWATなどで多く用いられるサブマシンガン:MP5のそれに近い形状だが、収納式ストックや機関部らしきパーツは既存の銃器には例がない。漆黒で、アサルトライフルサイズのその得物で、最も特徴的なのは銃身である。機関部から突き出した6本の細い銃身が、他の銃器と一線を画すものであることは間違いなく、醸し出す脅威は軍用ライフルの比ではなかった。



突撃用(アサルト)バルカンだ。

 あの銃はカリヴァンのオリジナルで、使用弾丸も専用に作った細芯徹貫弾っつうの使うんだ。防弾チョッキには弱いが、人ごみを一掃するには最適の虐殺用携行兵器ってワケだ」


「おい、変な風に教えるな。

 それに防弾ベストは今まで何度も貫通させて見せただろう。事実を歪めるな、俺の援護を抹消するな」


「事実だろ?

 光刺(ひかりざし)んとこの12部隊のベストは貫通できなかったじゃねぇか」


「マシュウは別だろう。あいつはこちらの性能を知って――」



 横付けされた大型レバー状のマガジンキャッチに手をかけ、重たい銃身を持ち上げるカリヴァン。重く鈍い音が響く。


 一体、どれだけの弾が入っているのか?


 トキの懸念はそこにあった。

 インスタイルやクロードと戦った時の様に弾切れは期待出来ないだろう。ホムラの説明にあった細芯徹貫弾という弾丸の名前から細い弾丸を連想した。

 数十発程度では収まらず、数百発は入っているだろうと予測を立てて攻略法を考え始める。

 事実、カリヴァンの持つアサルトバルカン:タイラントは、1120発もの極めて細く小さな弾丸を詰め込んだボックスマガジンと密に連結していた。いつでも獲物に襲いかかれる用意を済ませてある。


 数十発や数百発どころではない。


 いくらトキに加速能力があろうと、全てを躱すことは不可能。カリヴァンはそう予想していた。今日の訓練のメインはあくまでホムラ対トキ、剣と剣での戦いなのだ。戦場が“たまたま”銃火の飛び交うまっただ中にあるという設定がされているだけの話である。


 傍らでホムラも得物を掲げる。

 日本刀をベースに和洋入り混じった1mもの刃渡りを誇る独創剣――刃先は両刃のファルスエッジ、刀身は半曲で厚く、光沢除去の研磨処理を施した――それでも重量1kg程度という驚異的軽さを誇るツヴァイヘンダー:克千刀(こくせんとう)

 これがホムラの片手で振り回す愛刀である。


 高々と掲げられた大きな刃物に目移りしたトキの中に新たな不安が募った。

 右側には大型携行火器、正面には長く厚く、雰囲気だけで鋭利且つ歴戦の得物であることを十二分に伝える長刀。それぞれの得物から殺意は感じられなかったが、代わりに濃厚な時間を感じ取れた。長く使われてきたことが肌でわかり、改めて自分と空師団の彼ら(アタッカー)とで踏んできた場数の違いを思い知らされた。



「じゃあ、始めるか」



 これまでの訓練同様、四の五の言わずに戦闘訓練は始まった。

 ホムラの言葉の後、真っ先に牙を剥いたのはカリヴァンのアサルトバルカン:タイラント。

 トリガーと同時に銃身は高速回転し、そこから細い火線がトキへ襲い掛かった。

 集約した細く、しかし濃厚な色を帯びた火線が迫る。

 瞬時に左へ飛び退く。

 そこでホムラの初撃は始まった。

 銃撃の回避に合わせた頭上への跳躍。

 耳を狙った斬撃の軌道から頭部を反らして躱す。

 視線を上へと誘導させたところでカリヴァンの銃弾がトキを追う。

 二人を視界に納めようにも上下に分かれた2人に対応できる訳ではないのだ。上を見たら下、下を見るなら上と、最初から余裕を与えない。身体の向きを変えたところで火線の脅威になんら変化はない。迫るものは迫る。難易度が落ちるなど有り得ない。



(くっ!間に合わない!)



 火線を飛び越えてきたホムラの斬撃は二連撃。一刀を避けれても、もう一撃をを受け止めてみようと構えたトキだが、ホムラの到達よりも着弾の方が早い事を悟り、斬撃と銃撃が交差する一瞬前に右へと飛び退いた。

 カリヴァンから離れようと距離を意識した瞬間にホムラが着地する。


 同時に銃撃が止み、クロス。

 銃撃と斬撃が入れ替わる。

 火線の次は高速斬撃が連続で襲い掛かってきた。

 初撃は右頚動脈へ。

 同時に打撃が放たれる。斬撃は右手の剣で防げたものの、脇腹への拳打をまともに受けて足元が揺らぐ。



(両手が塞がっているんじゃ、まともに攻撃を防ぎきれない!)


「おいおい!

 何のための武器だ!もっと上手に使え!」



 刃が迫る。

 もう一度斬撃を防ぎ、今度は左手の銃を我武者羅にホムラへ向けて引き金を絞った。

 乾いた音が二度、小さな炎が空中に色を表すこと二回。

 しかし、2発の弾丸は完全に躱されていた。



「剣は見えてるんだな!」

「え!?」



 銃撃を躱すために後退したホムラが、言葉の直後に再び斬撃を見舞う。

 衝撃が鋼と骨を伝った。

 斬撃の速度が上がっている。刃物同士がぶつかる衝撃が大きく、痛い。

 剣が見えているというのは物質の輪郭的な視認でなく、斬撃を目的とした攻撃軌道のことを聞いているのだ。

 無論、見えなくば防御の失敗を意味するし、それは直ちに死へと繋がる。


 引き返してきた斬撃を辛うじて防ぎ、そこから派生するコンビネーションをタイムリーダーを以って凌ぐ。低速世界を展開すればまだ軌道は見える。

 突き、横薙ぎ、切り返し、肘、斬り上げ、回し蹴り、柄殴り。


 低速世界の解除とホムラの隙が重なる。その瞬間を逃さずトキは銃撃を見舞ったが、またしても銃撃は躱される。

 再び距離を取るホムラ。


 この時、トキは剣の難しさを知った。

 ホムラの攻撃は軽い代わりに速い。先日のインスタイルたちもかなり速かったが、しかし、速度という面に於いて、ホムラは攻撃方法や移動速度、瞬時の判断までが格別に速い。

 そんな彼女の斬撃を全て防げたのは――呼吸を整えつつ思い返してみれば――奇跡のようにも思えた。タイムリーダーを使ったとはいえ、幾度か斬撃をくらいかけた。


 防御しきれていなかったのは、単に攻撃速度に追いつけなかったからだろうか?



(いや、ホムラが速いだけじゃない……俺の判断が悪かったんだ!)



 攻撃を喰らいそうになった時というのは大抵、回避か防御の選択で迷った時である。

 その所為で回避にしろ防御にしろ、行動がすべて中途半端になり、結果として自身に余計な危険を呼び込む。

 改めて基礎を思い出す。

 回避は迷わず、防御は最低でも本命だけ受け止めろ。

 或いは……その逆も然り。そのいずれが自分に当てはまるかは自分で見極めるしかない。


 感覚で避けることが出来るか、或いは防ぐことができるのか。いずれも経験値がものをいう域の話である。こうしてまた、トキは自分の経験値不足を自覚した。



「遅いぞ」

「――ッ!」



 一つの原因を究明した瞬間、針がトキの両脚を襲った。

 真横から強風に吹き付けられたような感覚が、冷たさではなく痛覚の波を伝える。


 短い悲鳴とダウン。


 初期位置から移動していたカリヴァンは、ホムラが離れるのを見計らってトキの両足を狙撃したのだ。

 トキが見せた隙は一瞬。

 だが、それだけで充分。僅かな弾丸だけを放ち、停止しそうなトキの脚を捉えることは容易。


 戦闘とは機動力を失った者に死神が微笑むもの。

 トキもカリヴァンを忘れていたわけではないし、警戒を怠っていたわけでもない。ただ単純に追いつかなかっただけなのだ。理解はしている、が動ききれない。



「このまま続けるぞ」



 カリヴァンの断言は激痛を堪えるトキに届いていなかった。

 被弾した脹脛(ふくらはぎ)からは大量の鮮血が、穿たれた十を超える細かな穴から流れ出ていた。一度の狙撃とは言え、アサルトバルカンが放った弾丸の数は40を超えている。

 これがカリヴァン自作の細芯徹貫弾である。衣服も、皮膚も肉も、骨さえも関係無く貫き通り、その細い弾丸は同じ箇所に数百発と打ち込め、また“埋め込む”ことができるのだ。

 現にトキの出血は、両足の大半が貫いた針による弾痕だが、少数は肉体に針のような弾丸が残り、内部で筋組織を破壊していた。僅かでも体を動かせば、筋肉に接触した細芯弾が伸縮する筋を傷つけ、また神経へも同じように触れて絶大な痛みを喚起した。体内に残った針は11。いずれも、左脹脛を貫通し、右足の脹脛で骨にぶつかったものである。

 止まらぬ出血に発熱が始まり、一気に冷静を奪う。



「立たんかっ!」



 伏している余裕を失う。

 浮かぶ涙でぼやける視界の中、顔を上げると再びタイラントの銃口が向き、眼前で銃身回転を始める。

 直後には脳を揺らすような轟音。



(止まってくれぇ!)



 無我夢中に世界を止める。

 地べたを背にして時間を奪い、まずその時間で両足の痛みを和らげる。

 次に体内で止まった銃弾から時間を奪って筋肉と神経を再生する。この時点で完全静止は解除、低速世界が展開した。



(なんて弾だ! 小さくてろくに時間を奪えない!)



 辛うじて皮膚まで再生したものの、痛みは完全に引かず、しかも流失した血液を作り出すことが出来なかった。

 低速世界の解除まで時間が無い。

 トキは回復を捨てて状況の把握に移った。前方からホムラの克千、左方からは再び細芯徹貫弾がそれぞれ襲い掛かろうとしていた。斬撃は頭部を、銃撃は二度目の脚部狙い。

 二種類の攻撃が十字砲火の形で襲う。


 斬撃は致命傷、銃撃は毒。

 この状況、被弾を許される攻撃は何一つ無く、故にこれが殺し合いのための訓練である事を思い出し、トキは……



「じゃあ、ここか!」



 低速世界の解除と同時にホムラの懐に潜り込んだ。



「お――!」

「ムッ!?」



 離れようとする彼女を低速世界の展開で追跡して離れないように努め始めた。


 ホムラの得物は長刀で、リーチがある分小回りは利かない。

 そこまでは予想通りだった。長所は同時に短所でもある。だが、ホムラの攻撃は手数こそ減ったものの、機動力を殺すために下半身を中心に狙って斬撃を放つという変化を見せた。至近距離での長物武器の取り扱いは難しい。しかし、攻撃側の手数を減らしたのも事実だが、避けにくさが格段に上がっているのもまた事実。


 それでも、この方法でカリヴァンの銃撃は止んだ。


 射線軸上にホムラを置き続けるように立ち回ることで、銃撃に晒される危険から身を護る。それでも、カリヴァンという存在が脅威であることに変わりはないが、ホムラを盾にしている間の被弾率は著しく低下する。


 当然ホムラはそれを振り切ろうとし、カリヴァンも射線軸からホムラを外そうと位置取りに努めるが、トキも負けじと状況を維持しつつ反撃の準備を整えた。


 ホムラの素早いフットワークに付いて行くのは体力を要する。

 しかし、ランニングと先の被弾で相当の体力を消費した現状で長期決戦は不可能。いままでの訓練と同じように短期決戦で臨むしかない。

 低速世界に入り左手の拳銃から時間を奪う。僅かに体力を回復したところで今度は右手の剣からも時間を奪って低速世界を静止世界へと変える。タイムリーダーの上書きと同時にホムラの懐を離れてカリヴァンの側面へ移る。再び訪れる低速世界の中で、分解した二つの時間を用いて新たな武器――スレッジハンマー――を構築し、暴君という名を持つカリヴァンの得物向けて力一杯に鉄槌を振り下ろした。


 カリヴァンの目がトキを間近に捉える頃、アサルトバルカンは銃身6本を悉く直線から曲線へと変形していった。トリガーに掛かっていた指が離れるよりも早く、タイラントを破壊された事に気付くよりも早く、曲がった銃身に詰まった細芯徹貫弾が引き起こす暴発が得物を鉄屑に変える。

 鉄槌での攻撃は、暴君に暴発の嵐を引き起こした。



「ぐおっ!?」



 制御を失った暴君に目を見開くカリヴァンの視界で、トキの手に次なる得物が飛び込んだ。

 それはカリヴァンの得意分野である銃器で、暴動鎮圧用に開発されてきた得物:ライオットガンであった。しかも、ストライカー12のようなドラムマガジンを持つ多弾式。



「正解d――」



 言い切る前に20mmの大型ゴム弾が複数発、胴体に撃ち込まれた。



(この小さい弾から取れる時間は微々たるものだけど、けどその分装弾数は多いから普通の突撃銃よりも多くの時間を奪うことが出来た!)



 スレッジハンマーでバルカンを破壊し、ふと、壊すよりも時間を奪って有効活用する方が得であることに気付いたトキは、暴発によって飛び出した銃弾の大半をキャッチ。主に直撃コースを飛ぶ銃弾のほとんどを取り除き、同時に体力を僅かでも回復したところで静止世界へと更新する。

 無音と明るい闇の中、トキの両手はタイラントの除去にとりかかった。

 許された時間は5秒足らず。

 しかし、右手で完全に銃身を取り除き、左手でタイラント全体から時間を奪うだけの時間にしては十分だった。銃身を中ほどから切断し、軽合金から成る機関部の耐久力をプラスチック程度にまで落として時間を奪った。



(クロノセプター!)



 暴発したアサルトバルカンが時間を奪われて静まる。

 小さな爆発によってマガジンは外れ落ち、内部機関は破損によって停止、同時にカリヴァンの攻撃力は限りなく零に近づいたのである。


 近vs遠近、攻略法。


 トキは最近購入したゲームでも似たようなシチュエーションがあったことを思い出した。

 最低難易度ではさして気に留めなかった雑魚の遠距離攻撃が、最高難易度では涙を歓迎するほどの攻撃力を秘めていたのだ。


 ふと気付かされる“現実は常に最高難易度”という壁。

 ゲームの世界を現実の世界にフィードバックして見てみると、人は銃弾一発で死ぬほど弱い。つまり、ゲームで言うところの最高難易度である(ゲームによってはそれ以上が存在する場合もあるが)。

 それを認識したトキの頭には、この状況を切り抜ける攻略法が浮かんでいたのだ。

 しかし、果たしてそれを攻略法と呼べるのかどうかは疑問だが、ともかくこの状況を抜け出すにはゲームと同じ手段を使うことが一番有効な手段だった。

 そして実行したのが、支援攻撃者の最優先排除。

 バルカンを止めた後は新たに武器を作り出してガンナー自身を止める。



(これで銃撃は――!)



 カリヴァンの傾倒と同時、警鐘が短い間隔で何度も打たれた。

 確かにカリヴァンは止まったが、ホムラはまだ止まっていない。

 反射的に警告の示す方へ剣を作り出して構えると同時、疾風が全身を叩いた。


 冷涼感の後に襲う局所的高熱。

 刃の冷たさと斬撃の痛みが、風の後に攻撃された事を認知させる。

 吹き抜けた風と一緒に走る切創。

 鮮血が滲み、信号は痛みと共に軽症を報せた。



「正解だトキ。

 銃と剣じゃ圧倒的に銃弾の方が速いんだ。

 最初に火器を潰す判断は正しい。気付くのもそれなりに早い。だが、まだ甘い」



 右手に克千、左手に倒れたカリヴァンの襟首をしっかりと握りながら彼女は言う。

 火器の破壊と銃手を潰すのに時間を掛けすぎだ、と。

 実時間数秒でしかないが、言われてみれば時間をかけすぎたという“感覚”はあった。



(……遅いのか)



 言われ、自覚し、カリヴァンをギャラリーへと背負い投げるホムラを見つめながら疑問にぶつかった。

 判定は正解で、カリヴァンに行った攻撃は有効。だが、遅いと彼女は言う。



(あれ?

 まさか見えていた?)


「これだけ早く潰されるとは思っていなかっただろうな、カリヴァンの奴。

 まぁ、とりあえず分かった事があるからいいや。

 尊い犠牲ってことで大目に見てやろうじゃないの」



 笑いながらホムラが切っ先を向ける。

 冷気を纏っているかのような錯視を覚える刀身から目を逸らし、ホムラの視線だけを受け止める。目が笑っていない、いつになく危険な香りが漂ってくる。



「トキ。お前の特異は“時間”だったな?

 私にゃどうも、お前がカリヴァンに接近するとこが見えなかった。だが、タイラントぶっ壊す所は見かけた。冗談にならない速さだったが、それ以降は徐々にスピードが落ちていった感じだ。

 てぇ事は、だ。

 お前の能力は、徐々に効果が薄れていくタイプだな?

 そんでもって力の内容は、時間停止か体感速度の増強による周囲の低速化。或いは自身の高速化みたいな感じだ。違うか?」


「……ハイ」



 両手に剣と銃を作る。

 やはりホムラには見えていた。

 頬を伝い流れる汗と流血が混じった液体が肌を離れる。

 その瞬間、2度目の疾風が背後へと抜ける。



(た、タイムリーダーなしだと見切れない!)



 ホムラという疾風が首筋に刃を突きつけている。

 背後に立つ彼女の殺気。冷たい金属の感触。

 急所への斬撃はなく、切創のいずれも深いものはなかった。しかし、それが逆に恐怖を教えた。


 人外の速度で彼女は斬り掛かり、しかも狙いは正確無比。

 時間を武器にするわけでもなく、己が肉体一つで高速を超えた域に達して走るだけの、単純な“高速/光速”移動力。

 前職場でホムラが特攻を担当していたという理由がなんとなく理解できた。突っ込んでも見切られる心配がないからこそ、特攻隊長として戦ってこれたのだ。戦って生き延びて来られたのだ。



(まさか、注意……か?

 この前のインスタイルさんの時に言っていた――)


(そうだ、トキ。

 こいつは警告だ。

 手を抜くな。持てるモノ全てを装って掛かって来い)



 背中を向けて微動だにしないトキと、突き付けた克千の『形状』を変化させていくホムラ。


 刹那、ホムラとギャラリーの視界からトキが消える。



「……へぇ」

「こんなのでどうですか?」



 感心する風に呟くホムラ。

 満足ではないにしろ彼女のバックを取れたことに僅か、トキは安堵と達成感を覚えた。


 首筋に剣を突きつけられてから3秒後、突きつける側と突きつけられる側が向かい合い、視線のぶつけ合いが繰り広げられる。


 斬られたことで余裕を失い、僅かながら動揺していたトキ。

 滅多に体験してこなかったホールドアップ、頚動脈に触れる剣に生の実感を覚えるホムラ。


 両者睨み合ったまま呼吸を整え、



「おい、ナイン」

「なぁに〜?」



 トキと向かい合ったままホムラがギャラリーのフィルナ・ナインに伝言する。



「おにぎり持ってきてくれ」

「何で?」


「なんでもだ。 中身は何を入れてもいいぜ」

「はいはい、そういうことね」



 長髪の毛先を左手で弄くりながら気だるそうに屋上を去るナイン。

 その去り際に、同じくギャラリーとして二人の戦いを見守っていた藍の体が宙に浮く。

 戸惑う彼女にナインは、おにぎりを作るの手伝って欲しいと説明して半ば強制的に事務所へと続く階段を下っていった。



「それじゃ、こっからが本番だ。

 この状況でやる事はわかるよな?

 条件は一発も喰らうな、だ。 逆に一発でも入れたらそれで良しとしよう」


(……あ)



 何時以上に遅れて気付く。

 ホムラから目を逸らして背後へ向けると、今はボルトもナインも、それどころか藍さえ居ない。

 重傷を負っても自力で回復する以外にないのだ。

 つまり、今日の訓練で斬撃はノーグッド。手首を斬り飛ばされたら最悪である。



「そこで特別サービスだ。

 “私は自分から攻撃しない”

 但し、

 “五度受けて、一度だけ反撃する”

 私の攻撃方法はそれだけに限定する。理解できたらかかって来い」



 不敵な笑みと絶大な不安にまみれた新ルールが始まり、5分後。


 芹真事務所屋上の足元を固めるコンクリートブロックは、殆どがトキの鮮血によって彩られていた。

 トキの攻撃は五度、ホムラの攻撃は反撃一度。

 その条件で繰り広げられた斬り合いだが、5分を経過した時点でホムラは浅い切創一つのみ。

 対してトキは、左腕の肉を削ぎに削ぎ落とされて、左足も甲から腱、脛から脹脛、太股から付け根にかけて、数え切れない切創を負っていた。



「おい、トキ。

 そろそろギブアップしておけ。今日は誰も助けられないんだ」



 新たに現れたカーチスと目覚めたカリヴァンに言われても、トキに退く気配はなかった。



(ヤバイ……)



 一方的に攻めているはずのこちらが、どうしてか逆にダメージばかり蓄積し、彼女には一撃も報いることが出来ていない。この現状に腹を立てていることに間違いはなく、それがかえって苛立ちを煽り、負けを認められなかった。


 今までの敗北もこういうことがあった。

 理解していようが、それを認めない限り勝敗は訪れない。

 結果、否定が敗北の確立を援けるのだ。

 戦闘に於いて引き際は前進よりも重要になることだってあり、それを否定するということは勝利の否定を意味する。


 トキはそのタイミングを全く掴めていなかった。



「ほれ、あと1発で私の反撃だ。しっかりやれ」



 立っているのが精一杯なトキ。

 その目にはホムラ以外映っていない。

 速さで負け、自力で負け、経験値で負けている。

 勝ち目など最初から無い。

 ギャラリーはみな、一様に思っていた。ホムラの最高速度は高速を通り越して音速、更にそれ超した光速である。加えて動体視力もそれに付随し、銃弾さえ見切るレベルなのだ。それを何の能力を使うでもなくやってのける所がホムラの強みである。時間による加速を得た所で難易度の下がる相手ではない。

 そんな相手だからこそ、トキには加速能力だろうが何だろうが、卑怯と罵られることを恐れずに純粋な敵の撃破を目的とした行動をとって欲しかった。そうでなければ、いつ現れるか分からない強敵と出遭った時に遅れをとって命を落としてしまうかもしれない。



「ハァ、ハァ」



 光速に加えて尖鋭。

 打撃・斬撃問わずにホムラの攻撃は全てが突き刺さるような錯覚を喚起させた。

 打たれた脇腹、斬られた腕、蹴られた太股、全てが等しく痛む。

 ホムラから攻撃してくることは無いため、呼吸を整える時間はある。いくらかは。



「ハァ……」



 調いこそすれど、体は圧されている。

 荒げる息を静めるトキを、大きく見開かれた両眼に――瞬きすることもなく――肩の上下から指先の細かな動き一つまで、全てを射抜くようにホムラは視線を注いでいた。

 傷ついた左足を動かすことは出血の多量もあって不可能。正面から見返すしかない。


 もう、時間を奪う暇がないうえに、時間を奪う物も射程内には存在しない。



(どうする、剣を諦めて素手で戦うか?)



 一歩ホムラが前進する。克千の浴び血が煌き、快晴の空に上る陽光朝日を反射する。

 疲労に右の瞼が閉じてしまうが、左目は辛うじて半開きでとどめた。



「はい、いま殺せた。

 これで30回死んだぜ」



 一歩。

 聞き流す余裕なき今、決断を下すべきは剣か拳。剣を捨てるべきか否か。



「また迷ってんな?」



 三歩目を刻むホムラは1メートルという距離まで迫り、歩を止めた。



「31、32、33、34――」



 カウントが再びを始まる。

 同時に一歩、駄目押しにホムラは足を前に出した。


 カウントが40に達したところで止まる。

 ホムラの溜息。

 真似るわけでもなく溜息が漏れた。

 ホムラの殺人速度の速さと、自身の遅さに肩が落ちる。


 同じ類の武器を持ち、どうしてこうまで、何故に差が、分からない、勝てない、掠りすらしない。



(何をすれば一発入れられる?)



 瞬間、世界が色を変える。出血がもたらす視界へのノイズは靄から夜闇へ。

 その中でホムラだけを鮮明に捕捉する。

 左足の感覚はすでに無痛の域にあり、完全に機能していないことを自覚できた。

 冷たい刃の感触を何度も肌で体験し、恐怖におののき始めている。怒りこそすれど虚しさに心冷めていたのに、何処からともなく湧いた温かさに睡魔が(こまね)きを始めていた。



(何だ?

 トキが軽くなっている?

 そろそろ出血多量でヤバイ頃か)



 変化はホムラにも伝う。

 明確に闘志を抱いていた目が、今は何を捉えているの把握させない。“見て”はいるが明らかに自分を見ていない事をホムラは悟り、怪しくなってきた雲行きに克千(かさ)の準備を整えた。



(どこまでやれば……)



 4分前。

 ホムラは左腕の筋肉を削ぎ飛ばして怒鳴った。

 遅いと。

 それから左足へ克千を突き立てた。


 体が、意識が傾く。

 ホムラへ。訓練教官へ。

 見せてやりたいと、一発くらい入れろと。



(当たり前にやっても勝ち目はない、勝ち目はない、勝ち目は……ない)



 3分前、克千の分厚い刃身で五本指を砕かれた。

 あらぬ方向へ曲がる指を殴り、溜息をつくホムラ。


 今までの訓練は遊びでやってきたのか?


 言わせない。

 言われたくない。

 だから、逆に言ってやりたい台詞が出来た。

 だからこそ、同じ条件で張り合う事に意味があるのではないか。



(勝ち目がない――でも、一発だ。一発だけでいい、一発入れろよ、一発。一発だ)



 2分前、左腕の機能を殆ど殺したホムラは、再び左足を狙って斬撃を繰り出した。

 地面を朱に濡らし、塗らす。


 鈍間(のろま)が。



(一発、してやろう)



 紅く染まった地面の上で踊る2人。

 事実はそれだけだ。

 真っ直ぐにトキはホムラへと倒れてゆく。



(斬――)



 1分前、見込み無しとトキを判定したホムラは、瞬時に3度の斬撃でトキの左足を破壊した。初激は肉を断ち、二撃目は骨を打ち、とどめに夥しい流血を見せる傷口を拡張して、剣を肩に担いだ。


 どれだけの血が流れたのか、カーチスはギャラリー席から推測した。

 外出血量過多、どう見ても致死量。



(ナインや魔女が居ないこの状況で、死んだとしても俺たちにはどうしようも無いんだぞ?

 トキ。

 それに、ホムラ。分かっているのか?

 お前は手加減しなくちゃいけないのに……)



 ショック死か失血死。

 どちらが先にトキを闇の彼方へ攫いゆくか。

 自滅か、ホムラの止めか。



(へぇ――)



 手加減の自覚しながらホムラはトキを僅かだが見直した。剣を交えて5分、ここまで持った少年はトキで三人目だった。

 今まで戦った子供二人は、本気で戦って5分持ったのに対し、その二人に及ばないトキが5分も持ったのは、手加減をしている証である。


 それでも、トキは5分戦い続けた。

 これ以上の手加減はないと思っていた。どちらかというと本気で戦いたかった。手を抜かず、最速最高の手段を用いて、トキの全てを破壊するほどに――叶わないだろうが――本気で打ちのめしたかった。



(来てみろよ、トキ)



 前傾に倒れてくるトキの行為が攻撃である事はすぐに分かった。

 傾倒を偽装し、重力を利用した前進。

 そういうものは大抵、剣を振り下ろす形か、その逆である足元からの斬り上げの攻撃になる。


 しかし、トキの行動はホムラの予想を裏切っていた。

 振り上げない、振る気配もない。

 右腕に剣を握ったまま――体重が重なる。



(さぁ、寄りかかってどうする気だ!)



 ホムラが退こうとした瞬間にトキは加速した。

 前傾とタイムリーダーを重ねてホムラの体に密着し、そこから繰り出す攻撃は頭突き。



(ってぇ! ただの気合かよ!)



 すぐに仕返しの頭突きがトキの脳を揺らす。

 一発。

 そこでホムラが覗き込んだトキの瞳は半死人だった。

 意地だけのモノでそこに光はなく、玉砕を覚悟した人間に見られる瞳だった。



(玉砕?)



 軽い頭突きによるダメージは皆無に等しいが、右手の剣がここにきて存在を現し始めた。



(さっきみたいに剣で傷を回復すればよかったのに、どうしてそれをやらない?)



 逡巡の果て、ホムラはトキに止めをくれることにした。

 もう一発頭突きを食らわせてトキを引き剥がし、克千の柄頭で殴り、最後に縦一閃。学校指定の制服ごと、トキの上半身に浅い切れ込みを入れる。



「そら、たぶん50回目の死亡で、マジのダウンだ」



 何度目かの溜息。

 倒れていくトキの手が宙を探る。

 ホムラの肩に触れた指先が離れ――その瞬間、ホムラは目を見張った。先ほどまで確実にあった剣が、いま虚空を泳ぐ右手から消えて無くなっていた。


 一瞬の隙を誘い、トキは加速していた。



(まさか!)


(これなら、どうだ)



 右手はしっかりとホムラに向いていた。

 再び靄の立ち込め始めた視界で掌をホムラに向け続け、タイムリーダーとLv.2:CC(時間による創造)を同時発動する。



「勝負ありだな」



 背中から地面へ向かい、右掌はホムラに向く。

 時間から創造されて質量を持ち、輪郭を得て、硬度を持ったソレが走る。

 辛くも隙を誘っての反撃が功を成す。


 掌より再生した剣はホムラの左肩を貫き、その刃先を鮮血に染めた。

 辛うじて虚を突けた攻撃。

 視線の交差が解け、二人は背中から地面に倒れた。



「痛ってぇなチクショウ!」

「やりすぎだぞ、ホムラ。トキはもっと痛いはずだ」



 例によって例の如く、トキは地面に伏した。

 手遅れにならないようにとクロードは階下のナインらを呼びに走り、カリヴァンは状況の把握に頭を回し始める。

 上体を起こしたホムラは左肩の傷口を押さえた。

 ダメージの有無は明らか。トキとその量を比較してみても、両者の差は大。



「しかし、トキもなかなか見所があるな」



 カーチスは歩み寄りながらトキに見所ありと押印した。ホムラにはやりすぎという事と、トキに剣が向いていることを伝え諌める。

 ギャラリーとしてトキを体験していたカーチスよりも、実際に立ち向かったホムラはそれをより理解していた。



(自分の体の中から剣を発生させる、か。

 昔の私と同じことしやがって……死に体でそれやりゃ気絶すっぞ)



 立ち上がって傷口を確認すると、貫通した刃は骨をも断っていた。

 久しく見る綺麗な傷口。

 背後を取られた時のように怒りが沸いてくることはなかった。



「意外と相性が良いのかもしれねぇ」

「これから鍛えるのか?

 今日みたいなやり方ならやめた方がいいぞ?」



 頷く炎にカーチスは油を注いだ。



「トキのためにお前がレベルを下げるか、内容の難易度を上げるか、どっちかにした方がいい」

「うっせ。分かっているよ」



 難易度を下げる予定はナシ。

 それは担当する誰もが同じ考えだった。トキの訓練に限らず、難易度を下げる訓練など聞いたことがない。そもそも下げる理由がない。トキという人間は、ホムラたちから見ればそれほどにヘタレなのだ。

 これまでの訓練期間が短かったとはいえ、予想以上に成長していない。



(だが、らしくはなっている。

 銃撃を避けることも出来たし、下手なりにも反撃を恐れずに攻め続けた)


「でも、殺し合いは効率的にダメージを与える事が最重要よぉ〜

 結局、まだまだってことで結論」



 屋上に戻ってきたナインの読心術がホムラを透かす。同じ心境であったカーチスは苦々しさに押し黙った。

 現時点で最大の問題がそれであるということは、芹真事務所及びクリアスペースの面々がよく理解していた。トキは類稀な異能を持ちながら、それを生かすだけのステータスに恵まれていない。

 だから鍛えなくてはいけないのだが、しかし、ナインが予想した通りの成果は得られていないのが現状である。

 訓練そのものにも違和感はあった。あったが、僅かながらも訓練の成果はあるために現状を続行している。クリアスペースによる芹真事務所の新人SR、色世トキの訓練支援を。



「あ〜、あれか」


「うぉ! ボルト・パルダン……だっけ!」

「チビッ子……」



 突如、ボルトが屋上に出現し、右手に集めていた光の球をトキに向けて放ち、何事もなかったかのように踵を返して屋上から姿を消した。

 ホムラやカーチスが見守る中でボルトの光撃は、ほぼ全身を血飛沫で濡らしたトキの体を清め、同時に損傷した左腕や両足の傷が光速治癒によって消した。肉体だけでなく着込んでいた制服からシャツ、靴に至る全てを訓練開始前の状態に戻し、残る意識の復活という面倒な仕事をナインに任せてボルトは消えたのだ。



「起っきろ〜♪」



 直後……大量の水が滝となって上空からトキ(顔面)へ降り始めた。

 それは同時に芹真事務所という物件の汚れた屋上を洗い流すためのものでもあり、足場が太陽光を反射するような場所で朝食を摂ってみたかったというナインの願望によるものである。決してトキを水圧で以って破壊しようなどと言う邪念を含んでいるわけでなく、攻撃ですらないからこそ、これは“事故”といものに分類されるのであった。


 最悪なのは、滝が落ちてくる瞬間にトキが意識を取り戻して目覚めていたということである。

 無意識的に発動したタイムリーダーが、世界を止め、ぼやけた視界に切迫している水らしきものを寸前で躱す。



「避けた!?」



 復活したトキが視界の中にホムラを探し、目と目が合った瞬間に闘志を浮かべる。



「ホムラさん、これってまだ続いているんですか!?」



 何処からともなく現れた滝と、戻ってきていたナイン、立ち上がったカーチスらに戸惑いを覚える。

 自分が気絶していたらしいことを感じ取り、トキは焦って聞く。



「は? いや、ちg――」

「“ラウンド3”は私を避けて、逃げるホムラちゃんの胸にタッチできたらトキの勝ち!」



 滝が屋上に飛沫と音を立てて水を撒き広げてゆく。



「それでぇ、トキは朝食が運び込まれる前にホムラちゃんの胸奪わなきゃ負け!」


「おいナイン、テメェ!!

 何で私の胸勝手に勝敗条件にしやがってんだ糞預言者、ゴラァ!」

「そうだそうだ!

 俺だってまだ一回しか揉んでねぇんだぞ!!」



 ナインの言葉にクリアスペースの三人が動いた。

 ホムラは怒り剥き出しににナインへ迫り、クロードも何故か激怒しつつトキに切迫、カーチスは朝食の出来具合を確認しに階下へ逃げた。

 ナインは逃げつつ右手に軍用ナイフを装備してトキとホムラの間に入る。

 攻撃に動くナインのを見たトキは、先ほどカリヴァンを撃破した時に使ったのと同じ戦法を、今度はナインがホムラを防衛するために用いていることに気付いた。



(ナインの武器はナイフ!)



 タイムリーダーを用いた瞬時の状況把握。

 直後、ホムラは突如として銃を装備していた。SMGのVz61スコーピオン。それからクロードは、



(クロードは……あれ!?

 クロードは何処だ!?)



 芹真事務所の屋上を隅から隅まで見回しても、金髪殺人鬼の姿はどこにもなかった。

 コントローラー。この世界で言うSRに等しい、ナイン達の世界で言う異能力者の総称。

 それを聞かされていたトキは、クロードが見つからない原因に到る。



(透明化か!)



 同時にナイフが迫る。

 凶刃の速度はホムラに及ばない。だが、斬撃と同時に繰り出される不可視の圧力が彼女にはあった。

 警鐘。

 屈み、突き出されたナインの左手とそこから発生した不可視の衝撃波をやり過ごす。



(ホムラは滝の前か!)



 タイムリーダーを発動し、全てが静止している隙に出来るだけ距離を詰める。

 そのためにナインの脇を潜り抜けようと走り出そうとした、その瞬間に彼女の腕が襟首を掴みに伸びた。



「忘れた〜?

 私にソレは通じないんだよ」



 満面の笑顔の後に衝撃が全身を揺さぶる。

 足の指先から脳髄まで震わせるその衝撃は、トキが発動しているはずのタイムリーダーを強制解除して大きな隙を作り出した。



(くそ!)



 それでも、ゲームオーバーだけは望まない。

 クロノセプターによる水と地面からの時間強奪、Lv.2:CCによる奪った時間での西洋剣創造。これを瞬時にこなして斬撃を防ぐ。

 諦めずにもう一度低速世界を展開する。止めるのではなく、ホムラやクロードには緩やかに動いてもらう。ナインだけに特殊時間が適応されないのであれば、自力で止めて他2人をタイムリーダーで対処するしかない。



(ナインは躱せない――だけど、クロード達ならこれで躱せる!)



 濡れたコンクリートの上を転がる。

 数分前に自身の体から流れた血液と空から落ちる滝の水が混じった液体に、快晴の空へと昇る朝日が乱反射した。

 水を踏む音と小さな波。

 目を向けるその先に見えたものはコンクリートジャングル。

 無人だが、足元には確かな波形。人が踏んだであろう水面の波紋が、そこに確かな質量の存在を証明していた。


 低速世界で透明化したクロードを目の前に見つけ、同時に背後から通常速度で迫るナインの斬撃を受け止める。



(そうか、射線上にクロードがいるからさっきのアレを使わないんだ!)



 不可視の力――ナインが得意とする念動力を躱す手段はある。

 懐に潜り込むことで避けることもできれば、射線軸でナインの味方を巻き込むような状況を作り出せれば――



「ん〜、惜しい♪」



 衝撃が顔面を捉える。



(撃った!?)



 クロード諸共。

 念動力は発動していた。

 味方を巻き込もうが、ナインはお構いなしにそれを連射する。

 念動の壁がトキと、クロードを圧す。



「負っけらんっ!」

「何しやがるナイン!」



 歯を食いしばって態勢を前へと戻す。

 銃弾がナインへと飛来する。トキの放ったものではなく、クロードが装備していたベレッタ93Rによる三点連射であった。不可視の壁を展開したナインは難なく銃弾を全て逸らし、逆にそれを利用する。明後日の方向へ飛び去る銃弾を複数回方向転換させ、弾速をそのままにトキへと送り込んだ。

 ナインの背後に回りこむこともままならない状況でクロードが迫り、更に銃弾が迫った。ここに来てトキは初めて、捨てたもう一つの武器に有り難味を覚えた。



(銃ならクロードを止められるが……)



 ナイフと剣がぶつかる。

 リーチに差がある分、ナインは手数で攻めてきた。回避と受けで斬撃を躱すも、銃弾を無力化する暇がない。

 咄嗟に横へ飛んでも、ナインの攻撃は標的を追って軌道を変え、ある意味で真っ直ぐに迫るものばかり。



(クロノ――!)


「聞いてんのかテメェ、ナイン!」



 低速世界の効果が終了する。

 銃弾とナインを躱すことばかりで周囲に気を配りきれていなかったトキは、ホムラの怒声を聞いて初めて効果が切れたことを知った。

 乱射。

 (スコーピオン)が吐く爆発が眩しく映る。

 それらの大半はナインに向かって飛来した。しかし、クロードの銃弾と同様に逸らされたそれらは、やはりナインの手駒として中空を飛び交うこととなった。

 前にはナインとホムラ、背後にはクロード。前後からの銃撃と四方八方から迫るナインの操る曲がる銃弾、それに不可視の圧力。


 活路と成りうるのは前ではない。



(クロードがナイン、ホムラもナイン。俺もナインに向いている……この状況は、3対1だったのか!)



 3人がナインに向かい、しかし多角からナインの銃弾がトキだけを狙って襲いかかる。

 それぞれ右目、心臓、頚動脈を狙った弾丸を低速化して右手の剣で叩き落す。低速に変貌した世界だからこそできる技。それをしてのけると同時にナインと目が合う。



「それでいいんだよ」



 コントンに敗れたあの日以来となる、低速世界で自分に話しかけてくる人物。

 フィルナ・ナイン。

 長い金髪を靡かせながら、その両手を破壊のために掲げる。



「トキが今考えているそれが、弱点でもあるんだよ」


(――弱点?)



 その時、ぶつかり合う視線を遮るようにホムラの攻撃が割って入った。

 スコーピオンを克千へと変形させ、叩きつけるような斬撃を見舞う。低速世界が展開されていることを疑うほどの攻撃速度。

 しかし、それは先程から見ている。驚きはないが、意外はあった。



「素直になればいけるよ。ね?」



 ホムラの克千刀によって砕け飛んだコンクリートを指先で弾き、顔に飛来する破片を左手のクロノセプトで消す。

 ナインが何を伝えたかったのか、コンクリートの1cmにも満たない小さな破片を通してそれは伝わった。


 攻撃のワンパターン。

 分かりやすい急所への攻撃、稚拙なフェイント。


 “それ、ゲームで覚えた動き? もうちょっと工夫して、自分なりにアレンジしなきゃ通用しないよ(笑)”


 以上がナインの伝言で、軽い苛立ちを覚えつつもトキはそれを認めた。

 まさしく、である。

 振り返ってみればその全てが当てはまっているし、挙げられたそれらは自分でも薄々気付き始めていたものばかり。今までの、クリアスペースの面々と比べれば短い人生の中で、より長時間目にして来た戦いというものは画面の中のものばかりだ。



(止まれ)


(やりたい放題やってみなって。そうすればホムラちゃんを驚かすことくらい、トキには簡単なはずだから)



 低速世界が静止世界へ移る。しかしナインは止まらず執拗に追撃をかけてくる。

 彼女の支配下にある銃弾も然り、静止世界において低速でこそあるが運動を止めることはなく進路を定めていた。

 銃弾は8発。四方から2発ずつ。

 また静止世界の中に次の攻撃へと移ろうとするホムラと、マズルフラッシュで居場所を晒しているクロードが目に付いた。

 何だかんだでナインは2人へ銃弾が飛んでいくのを避けている。衝撃波を撃ち込む事に容赦ないが。

 それを利用して弾道を絞る。

 ホムラやクロードに敵対の意思が有ろうが無かろうが、トキは2人を巻き込むつもりで、まずクロードの懐に飛び込んだ。



(予測済みだよん♪)



 対してナインの攻撃はこうだった。

 クロードの懐に隠れたトキを銃弾で狙うのは面倒くさい。だから、銃弾よりも確実で、しかもクロードの手足を避けてトキを攻撃できる手段であるホムラと、克千による斬撃を用いるのだ。まずホムラの体へと念動力で感応し、静止世界の中に肉体だけを取り込む。これによってホムラの肉体だけはナインの思うがままに操れる。体のいい武装操り人形としたのである。


 腹部めがけて走る一刀、これを受け止める。

 銃撃から斬撃に切り替わった瞬間も、トキは動揺せずそれに対応した。カリヴァンとホムラのように、銃撃と斬撃が同時に来るのに比べると対処は易い。

 ホムラという操り人形はトキが思っていたより――ナインが思い描いたよりも速く動く事ができなかった。

 これを好機と見て、受けた克千に左手で時間を奪う。



(何だこれ?)



 逆転の好機を掴んだ瞬間、トキはそれをふいにするに十分すぎる隙を作ってしまった。

 ホムラの刀から掌の中に時間は流れてきた。間違いなく。

 予想だにしなかった直接脳に映像を呼び起こす時間が、行動に一瞬の停止を発現させる。



(思い通りになった♪

 ホムラちゃんの克千の99%は、私達の世界でオーバーメタルと呼ばれる異常金属で作られているのよ〜)


(特殊空師団だけの特別な武器?)

(特殊空師団と呼ばれるホムラちゃんたちの主な任務は“犯罪との戦争”なの。

 死刑や終身刑ではない、生きたまま人類に貢献して罪を償えという罰を受けた。

 特殊空師団という過酷な職場で、クリアスペースの人間ほど長生きした者達はいない。その秘訣こそ、ホムラちゃんの克千やカリヴァンのタイラント、クロードのニコテッタみたいなオーバーメタルから形成される、意思によって無限に形状変化する武器!)


(武器が意思を反映して変形するために、パルス信号と血液による遺伝子情報の付与が必要……)

(つまり、トキ。

 いまあなたが時間を奪おうとしているそれは、ホムラちゃんの生きてきた記録の一部であり、体の一部でもあるようなもので、分身と言っても差支えない大変なもの。30リットルの血液に浸けられて主を覚えた剣は当然、あなたに制御しきれる代物ではないわよ)



 映像の次に頭が受けた衝撃は痛みだった。

 克千は主以外の接触に危険を感じ取ったのだ。剣客の分身と言って変わりないその武器は、自らの意思で剣山へと変わり、トキの手が触れている箇所に殺意を集中して防衛をこなしてみせたのだ。


 新たなダメージに驚きつつも、もう一度手を伸ばして時間奪取を試みる。

 クロノセプトの最中に抵抗されたのは初めてであるが、それでも時間はしっかりと奪えていた。今まで奪ってきた時間とは扱ってみて感触が違い、違和感と不信感を抱いたものの克千がもたらした痛みで目は覚めた。感触は違えど、掌中を回遊する時間の存在に間違いはない。


 剣山に触れる。

 今度はすぐに手を引けるように、指先で針先から時間を頂く。



「モタモタしな〜い♪」



 ナインの蹴り足が克千を押す。

 迫る刃を咄嗟に避けることは出来ない。しかし、出来ないならそれなりの覚悟を決めれば、活路は開ける。



(確かナインには予知能力もあった。 でも、俺の力を視ることは出来ないらしい)



 確信を形へと、敢えてナインの予知の中に飛びこむ。

 時間による創造。

 両足で地面を捉え、両手の剣で克千を受け止め、背中でクロードの身体を後方へと押す。ナインの攻撃はそれを援けることとなり、一瞬のうちに2人は克千の射程内から外れた。



(ごく僅かに低速化が残っていたとはいえ、一瞬でもう新しくもう一本の剣を作り出すなんて……やっぱり面白い♪)


(!?

 トキの左手にも剣? ナインの気はトキ。両手も塞がっている。つまり、私好機!)


(おいおいおい!

 何でナインとホムラが俺に攻撃してんだよ! つうかトキは何処だ!)



 三者三様に現状を突き進む。


 克千が頭上を通過。

 同時に多色の時間世界が戻ってくる。

 クロードを背にし、背後へと崩れていく姿勢を全力で踏みとどめ、身体のバネを可能な限り使って前へと突き出す。

 勢いに乗って走る双つの剣と、それを受け止めるナイフ、不可視の壁。

 ホムラの斬撃がナイン目掛けて襲い来る。


 ホムラにとって、剣とナインの中間に居るトキは眼中にない。

 ただナインだけを目指して斬撃を奔らせる。

 胴体への横薙ぎ。


 同じくナインにとってもホムラの斬撃は眼の外。

 高速で迫る凶刃には目もくれず、トキが繰り出した一刀をナイフ、もう一刀を手中に作り出した不可視の力で受け止めて見せる。



(これで――!)



 対するトキは、一瞬だけナインの右手にあるナイフを押した。

 予想通りの抵抗は、不可視の力を用いた剣への反作用であり、押し返す力が急激に強まった事を利用し、その反動に乗って背後へと剣を走らせる。

 次の瞬間、ホムラの克千がぶつかり、衝撃が手に走った。



(ここで!)



 最大の問題はホムラの斬撃を受けない事。

 1秒に満たない瞬くような時間を、トキはタイムリーダーの瞬間的な展開で得た。世界を止めたところでナインは止まらない。だから、一瞬だけの静止世界で、静止世界をキャンセルした。

 ホムラの剣がトキの剣とぶつかり軌道を上方に逸らす。横一直線だった斬撃が傾く。


 狙いはホムラの斬撃をずらしてナインに当てることであった。


 反れた剣先の下をくぐって右手の剣をナインの圧力の前から引く。

 克千はナイン目掛けて走り、そこにトキは2本の剣による投擲、更にトキを背後から射殺しようと引き金を我武者羅に絞ったクロードの弾丸も加わった。さすがのナインも反撃の余地を、一時的にではあるが確かに失った。



「やば!」


「あっ、テメェ!」



 克千を受け止められたホムラを視界に捉えたトキが真っ直ぐ腕を伸ばす。

 ナインは“ホムラちゃんの胸にタッチできたら勝ち”と言った。ならばここで、意地になってクロードやナインを倒す必要は無い。

 勝利は目の前。

 そこにさえ手が届けば、勝てる。


 ここ数カ月負けが続き、殺され続けているのが現状である。ステータスとして、精神的支えとしても、どうしても欲しい一勝。少し粘れば届くかもしれない、ほんの少し耐えれば得られるかもしれない久々の勝利条件。それが目の前に、手を伸ばせば届く距離にある。

 ホムラは克千を受け止められたままナインを射殺さんばかりに睨み付けていた。脇を潜ってスグのところにソレはあるし、行動を十分にとれるだけの隙もある。



(させるか!)

(俺のホムラだっ!)



 一瞬、全ての銃弾と剣先がトキへ向く。

 ちょっと本気を出したナインと、ホムラのために燃えるクロードの意思が、防衛対象と撃破対象を判断。

 勝手に勝敗条件を決めたナインによる理不尽を前にし、トキは一切の攻撃を意識外へと排他し、全力でホムラの胸目掛けて腕を伸ばした。



(届け)



 例え背中と脇腹を穿たれようと、



(届……!)



 例え両足を穴だらけにされ、腱を断ち切られようとも、



(届ぃ痛ぁぁあっ!)



 勝利への執念というものは、時として激烈な痛みや恐怖を拭い去ってくれる。

 今、トキはその最中にあった。


 肩から腕、肘から手首、指の関節に至るまで腕一本を全力で伸ばしきり、掴んだ。

 勝利条件――という役を与えられたホムラ(一応女性)――の胸。

 両足を破壊されて崩れ行く最中、伸ばした腕は掠ったのではない。

 集中力を指先に集中し、柔らかい感触を確認したのだ。

 たったの一瞬だが、トキの手には勝利の感触が残った。



「届いた……勝った!」


「なんっ――!?」

「うわぁ、ホント触ったし!」

「あぁ!? 嘘だと言えゴラァ!」



 混乱するホムラの足元に崩れ落ちたトキに、笑うナインと血相を変えたクロードが迫って掴みかかった。特にクロードの噛み付き方は絞殺可能レベルまでに過激だった。



「お前は触っていない、だろ!?」


「いや、触りましたよ!

 俺の勝ちですよ!」



 執念という薬にも副作用はある。執念が途切れた瞬間に、人の腰は落ち着ける場所を求めるのだ。五感は通常を取り戻し、意識も冷静になる。


 汗玉浮かべて震えるトキを見て、ナインは笑顔で確認を取った。

 本当に触ったのか、と。

 痛みと地面の冷水によって震えているトキの体力が限界にあることは見て取れる。それが分かっているから敢えて、すぐには認めずに忍耐力を試すのだ。



「触りました!」



 殺人鬼の拳が一発、トキの顔を打ち抜いた。


 嬉しそうな顔で自信満々に答えるトキが無性に腹立たしい。堂々と他人の、それも女性の胸触って何が勝利か。度し難いにも程がある。そもそも何故、躊躇いもなく触れることが出来るのか。それが理解できない。



「触った、だと?」



 ホムラの目が、体が、クロードに再び掴まれたトキへと向く。

 本人の言葉を聴いてクロードのボルテージが物理法則を無視して上昇する。



「俺も触りたかったのに……ずるいんだよテメェは!」



 嫉妬から出でる腹いせで、後頭部を地面に叩きつけられる。


 そんな、後頭部を強く打ち据えられたトキの視界でクロードが吹き飛んだ。

 腕を伸ばしているナインの仕業である事は明確で、勝利を否定する者が沈黙した瞬間でもあった。まるで風に攫われた紙切れのように、宙を舞う殺人鬼に意識を持っていかれそうになったところでホムラが質問してくる。



「本当に触れたのかトキ。私の、胸」


「ホムラちゃん。トキの体力限界だから優しくしてあげてね」



 後頭部からの流血が始まり、再び血が体内から抜け出ていることを体感する。後頭部だけではなく、脇腹や背中など体中撃たれたところが暑いようで冷たいような、とにかく全身に異常をきたしていることが分かった。場所によっては無痛だが、それが大変なことであることも分かる。



「おぅ」



 重みを持った返事の後、屈み込んだホムラの顔が視界に大きく映り、炎のような赤髪が朝日を受けて燃えているように見えた。

 気のせいか、彼女の額に大きな三叉路が……



「ヘイ、どうだったよ? 私の――」


「ちゃんと柔らかい感触がありました。俺の勝ちです」



 三叉路が交差点に変わる。

 視界の片隅で見下ろしていたナインは何がおかしいのか、口元を押さえて必至に堪えていた。



「これでもCカップなんだぜ?

 嬉しいか?

 えぇオイ?」


「……俺の勝ち、ですよね?」



 途切れそうになる意識に気付いた。

 最後に確認しておかなければいけないのは、勝敗の行方。

 上体を僅かに起こして2人に聞く。

 これで、条件を満たして勝利でないとは言わせない。



「勝ちですよね!?」



 返答は踏付(ストンピング)

 全力で真顔――トキの顔面を踏み潰した。

 ホムラの踵は人中を捉えたまま、コンクリートを砕かんばかりの勢いでトキの頭部を地面に押し付けた。怒りで震えるホムラに変わり、ナインが聞いているのかいないのか定かでないトキに対して答えた。聞こえているのかどうか、本当に怪しかったが。



「トキの勝ちだよ。

 勝負ではね。

 でも、勝利条件を満たしたのに、死んじゃあ意味がないんだよ、トキ」



 と、何もかもが手遅れな状態でラウンド3終了。

 その真意を聞かされたトキは、自分の掴んだ勝利がちっぽけなものだと知り、落胆が心を支配し、それまで必死に保っていた気力と意識を断った。



「まぁ、惜敗ってとこだね。ホムラちゃんのおっぱいの感触を味わえたんだから。まぁ、惜敗でも悔しくはないでしょうね♪」


「ナイン、本気でそう思ってやがるのか?」



 高速で繰り出される斬撃を躱しながら微笑むナインは、トキの治療にかかった。

 その際、意識が途切れる瞬間にトキが何を思っていたのか、ボルトとは違う読心術で勝手に読み取り――素直に動揺した。

 果たしてナインがそこで見たものは常識的に考えてありえないものなのだが、目の前に実在するそれは確かに形あるモノ。


 トキは身体に興味が、無い。


 異性恐怖症でもないし、同性愛者というわけでもない。

 ならば何故トキには興味がないのか。だからこそ、躊躇なく触りに行くこともできたのだろうが、果たしてこれは人として正しいのかと説いた時に必ずしも頷けるような、良好な状況とは決して言えない。


 そこでナインは、訓練時以外でのトキに対する実験及び悪戯を画策した。




 

 やっと続きの投稿です。

 本編がかなり進んでしまってからの投稿になって申し訳ないです。

 しかも、無駄に長い。


 ここで(SRVとはほぼ関係ない)捕捉ですが、トキの訓練相手を務めているメンバーは『第三特殊空師団:クリアスペース』という集団です。警察機構のような組織の所属でありながら、犯罪者として自由を制限されて対テロリズムに日夜立ち向かう人々です。


 ぶっちゃけ、SRVを書く以前から書いている&初めて書いた小説&未だに完結していない(書き始めて約10年)、そんな作品からの応援部隊です。


 トキの訓練にはクリアスペースの8人(+α)に相手をしてもらいます。

 現在までに登場したメンバーは、


【クリアスペース(順不同)】

・インスタイル

・カリヴァン

・クロード

・カーチス

・ホムラ


【フィルナ(空師団という組織に犯罪予知で発生予防を促す人的システム)】

・フィルナナイン(9)


 かなりキャラが多いSRVにこいつらを出そうか書き始めの頃はかなり迷いましたが、今では出ろ、そしてトキをしごいてくれ。むしろ殺しまくってくれ感覚でホイホイ出しちゃう事に抵抗を覚えなくなりました。いきなり抵抗が消えたんですよ。


 とりあえず、四凶の乱までの間にかなりの回数訓練を(その内の数か所をピックアップして)続けようと思います。


 とか言いつつ宴会も入りますが……




 →Next FEAST

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ