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第30〜31話 Insert-04:vsインスタイル-

 

 当たるから変わるのだ。

 当てられるから困るのだ。


 これが単純にしてどうにか出来そうに思えたり思えなかったり、可能か不可能かで人々の意見を分かち、個性的な捉え方を生む難易の上下左右する問いの一つである。


 訓練も、繰り返すことで――何の訓練かを理解し、或いは敢えて理解せず――続けることで、独自の捉え方が生まれてくるのだ。


 そして、それを人々はスタイルというものに反映してしまうのだ。



「と、私:インスタイル・フィーラーが当時16歳で少年族に居た頃の考えです」


「……ワケ分かりませんね」



 トキの感想は無価値。元より理解される気はなかったが、あまりにも呆気なさ過ぎる予測の実現は落胆を通り越して笑みを表に誘導してしまう。


 応答の終わりと同時に2人は階段の上から屋上に踏み出していた。




 

 誰が最初に呼んだのか覚えていない。

 ただ、その呼び名の中に敬意が込められていることに気付いて以来、彼女はその名を誇りとして掲げて戦い、あらゆる死線を超えてきた。

 誰もが生身で立ち向かうことができないほど、非現実的な威力を秘めた武器と共に。



「準備はいい?トキ君」



 芹真事務所屋上。


 肌寒い夕暮れの中、トキとインスタイルは格闘訓練という名目で向かい合った。

 トキの帰宅に合わせて組まれた訓練スケジュール、午後の部。対峙する二人を見守るギャラリー達は紙コップのコーヒーを啜る。


 合図の後に互いの筋肉は爆発し、一気に距離を縮め、肉体と肉体が衝突した。


 一瞬の衝突。

 一撃の結末。


 訓練開始から3秒。

 インスタイル相手に右足を粉砕されたトキはリタイヤせざるを得なかった。

 ローキック一発で骨を粉微塵、筋肉はミンチと化して形を崩し、血管は破裂して飛び出した。足に通う痛覚神経の全てを刺激され、そのショックで気を失いかけたが辛うじてそれを繋ぎ止める。

 トキ、早速の戦闘不能であった。





 Second Real/Virtual


 -Second Real Training:04

  vs インスタイル-





「すいません!

 予想以上に柔らかくて、まさか加減が足りなかったなんて――!」



 慌てふためくインスタイルを見て、ボルトとナインは声高に笑った。

 芹真は彼女の馬鹿げた肉体火力の高さを改めて評価しながら冷や汗を覚えていた。とても生身の人間から繰り出されたとは思えない脚力。その威力は自分のSR解放時の攻撃と大差ない。が、しかし、トキが死んでいないため厳重注意するほどでもない。そもそも訓練を頼んだのはこちらである。細かい注文をする理由もない。更に言うならインスタイルは手加減するよう全力で勤めている。下手ではあるが。



(まぁ、トキが生きているんだから、手加減していたことは確かだし……)



 弱き者が全力で立ち向かってこそ、訓練は成果が現れるというものだ。

 それを理解してか、トキも文句を口にすることなく考察を述べ始めた。



「……とりあえず、正面から打ち合うことができないのはわかった」


「へぇ〜。今日のトキって、理解が早いね〜」



 傷を修復しながらボルトは軽く驚いた。

 いつもならまだ頭を抱えている頃なのだが、早朝訓練の成果があった所為かいつもより飲み込みが良い。



「インスタイルって人、滅茶苦茶な脚力だな」


「そうだ。俺達もアレにはかなり注意していた」



 呟くトキの背後から立派な顎鬚を蓄えたアラブ人:カリヴァンが声をかける。

 長く彼女と共に戦線で活躍し、またクリアスペースという職場内で最も多く彼女とペアを組んできたのがカリヴァンだった。



「インの脚力にかかればドラム缶だって宙を舞う。今朝のクロードを覚えているか?」


「そういえば、蹴り飛ばされていたような……」


「そうだ。

 圧倒的に地力で負けているこの状況、どうすれば勝てると思う?」



 状況を問う。

 答えを待つカリヴァンに向かってボルトは微笑みかけ、微笑まれたカリヴァンは僅かにたじろいだ。

 そんな光景を意にも介さず、トキはカリヴァンの質問に答えた。



「相手のペースに飲み込まれない」


「う……ん、まぁ、その通りか。

 相手が近接で襲い掛かってこようが、わざわざそれに付き合うことは無いんだ。

 逃げるのも手段だ。又、余裕があるならこちらから意表を突けるような何かを仕掛けていけばいい」


「銃とか?」


「ねぇねぇ、トキ〜。

 いざ実戦になると〜、そんなこと考えている暇なんてないんだよ?」


「……一理ある。

 負傷や死亡の恐れに囚われると、つい強力な力に頼ってしまいがちになる。大抵の人間はそういうものだが、拘り過ぎ、囚われすぎて死ぬ人間というのは少なくない」


「そうそう。そのためにはやっぱり、慣れるしか方法はないんだよぉ〜」



 とりあえず頷いておきつつ、いかにしてインスタイルの懐に潜り込むかを考えてみた。

 最も注意すべきは足技で、四肢を一撃で破壊するあの攻撃を食らわない方法は、安全に攻略するなら遠距離からの攻撃が手っ取り早い。

 だが、この状況で銃を使ったら卑怯なのではないか?

 名目は格闘訓練である。



(銃はご法度だ。

 なら、回避を重視して背後に回り込んでみればどうだろう? もしかしたら付け入る隙があるかもしれない)



 インスタイルの攻撃は早い。行動の一つ一つが迅速且つ正確であり致命必至の常時必殺、加えて防御も万全に見えた。

 滅多に隙を作らないだろう。

 僅かでも隙を誘うためには動き回れば、自然と捕捉時間も短くなる。

 回避と移動を織り交ぜた撹乱で相手のペースを乱せるかどうかが鍵となることは間違いない。



(ねぇねぇ、カリヴァンさん)

(……この声は君か? 小さな魔女)

(そうそう♪直接頭に話しているんだ。こちょがしかった?)

(いや)

(良かった〜♪

 ところで、トキが勘違いしているよ)

(勘違い?)


(武器を使っちゃ駄目って、勝手に思い込んでいるよ)

(は? 何故だ?

 いつ使ってはいけないと言った?)


(“格闘”訓練を素手での叩き合いだと思っている〜)

(あぁ、なるほど。一般人にありがちな勘違いだ。仕方あるまい)



 一方で、インスタイルはいかに遠・中距離でトキを仕留めるかを考えていた。それはナインの推奨であったが、先ほどのラウンドを省みて、確実に殺さないように痛めつけるにはそれしかないと思い至っていたこともあったのだ。

 自分の火力は知っている。

 しかし、微妙なコントロールを怠り続けて幾許(いくばく)か、至った今日のいますぐに火力を調整することは不可能。



「じゃあ、槍を使わせてもらうことになるけど」

「OK!

 ついでに訓練だからと言わず、最初の最初なんだから2割程度の手加減でいいんだよ♪」



 これが、トキが武器の使用禁止に悩んでいる最中の会話である。

 格闘というものは素手での戦いが一般とされるが、正確には近距離での打ち合いや組み合いのことであって、最終的な止めとして武器を用いられる場合も格闘の範疇と言える。つまり、この訓練で武器を使うということは禁止された項目でもなく、卑怯でもなければ、むしろ先ほどよりも格段に実戦に近い緊張感と立ち回りを経験できるため、別段忌むべきでも極力避けるべき禁じ手でもない、ごく普通の手段なのだ。



(マジか!?)



 ナインなりの気遣いにカーチスは絶句し、クロードは羨望の眼差しをこれでもかと言うほど送りつけ、見せつけていた。



「槍とか……インの得意武器じゃねぇか」

「正確には二番目に得意、だがな」


「変わらないだろ」



 クロードの回答に突っ込みつつ、カーチスはため息をついた。

 同時、3人の目の前でナインはインスタイルに突撃の合図を出した。トキの準備が整っていない状況で。


 ――不意打ちになるけど、本当にいいの?

 ――やっちゃえやっちゃえ♪


 以上、


 ――本当にちょっとしか手加減できないけど……

 ――モーマンタイ、って奴だよ♪


 インスタイルとナインの間で行われた無言のやり取り、刹那のアイコンタクトである。

 奇襲に後ろめたさを覚えるインスタイルだったが、今まで幾度も窮地に駆けつけてくれた彼女(ナイン)は信頼に値する人物であり、その言葉のひとつひとつが信頼に足るだけの計算を経て口を出ていることを知っているのだ。

 躊躇は消え、自身が湧く。

 元々預言者という職業だった彼女を信じない人間など、元の世界では10人もいなかったくらいで、つまるところ、国境人種を超えて信仰されてきたナインの言葉は何らかの裏があるものと信じ、信者の1人でもあったインスタイルは突撃を決意。


 ナインの計らいによって、奇襲による第2ラウンドが始まった。


 了承を得たところで、インスタイルは背を向けているトキ目掛けて突っ込む。



「あ〜」



 間延びするボルトの声。

 それに疑問を抱く暇さえなく、トキは危険を避けるために横へ飛ばざるを得なかった。

 直前で打たれた警鐘。

 告げられた危険は、煌く凶刃。



(槍――!)



 初撃の突きを躱し、追撃してくる刃の横薙ぎを突進してやり過ごす。

 使用を躊躇っていた武器を平然と使ってくるインスタイルに僅かな怒りを覚えつつも、対抗するために槍の柄を握った。

 時間を奪えば相手を武装解除でき、同時に自分の武器を創り出せる。



「近い!」



 打ち出される拳が胸板へ刺さる。

 肺の空気が押し出され、瞬間的に意識が途切れる。クロノセプターを使う間もなく、詰めたばかりの距離が開く。リーチのリセット。



(時間を奪えなかった……!

 しかし、脚力ほどのダメージはない!)



 後退と同時に両手を地面につける。

 クラウチングスタートの体勢に似た姿勢で両手を使って地面から時間を奪い、武器を作る。

 1秒にも満たない空白で手に入れた時間から作り出せる物は拳銃1つ。

 黒羽商会との戦い以来、何度か時間を練り上げて作り出してみた拳銃:Sphinx3000。


 銃を手にした瞬間、槍が閃いた。

 再び突き。

 右腕を狙ったその一撃を避けて銃口を向ける。


 銃撃。

 石突き。


 トキの向けた射線を槍の石突きが打ち変える。

 反撃。

 銃弾は虚空に消え、再び槍が走る。

 インスタイルと同様に得物を押し退けて斬撃を避ける。


 視界にインスタイルの脇腹が飛び込んだ。

 がら空き、数少ない隙。

 目で捕捉はしている。

 後は射線修正、それからトリガー。


 懐に飛び込み、至近距離で銃口をインスタイルへと向ける――が、予測されていた――視界の中に捉えた彼女が遠ざかり、再び刃の輝きが視界に飛び込み、悪寒を走らせた。

 槍の柄を長めから短めに持ち直したインスタイルが全身で槍を引く。

 それは刃物の基本である“押して刺し、引いて斬る”の実践。

 背後から戻ってきた鋭利な刃が頭髪と耳を僅かに切り裂き、夕闇の中に赤を落とした。


 照準がぶれる。鋭い痛みに動揺を隠せない。


 そんな中で彼女は再び突きの体勢を整え終えた。



(肩。まずは銃!)

(くっ、当たれ!)



 出来る限り急所を外したかった2人、特にトキ。だが、目の前に予想外の凶器と脅威が存在するために照準の余裕を失っていた。

 近距離で互いの得物が向き合う。

 槍 対 銃。

 攻撃速度こそ銃の方が圧倒的に速かったのだが、確実なダメージを与えたのはインスタイルの槍だった。 トキの放った弾丸3発は2発が外れ、1発が槍の柄に弾かれて彼女の腕を掠るだけで終わってしまう。対してインスタイルの放った槍撃は、的確にトキの肩を掠り、そこから軸足で体を回転させ、石突きによる打突で銃を弾き落とした。

 更に斬撃を与え、無傷側の肩に深々とその刀身を喰らわす。



(トキが武装解除されるまで僅か12秒)


「やっぱりトキとインじゃあ、実力差がありすぎるかなぁ?」

「そんなことないよナインちゃん。

 今日のトキね、ちょっぴり不貞腐れているんだよ。

 それで得意技(タイムリーダー)使わずにインちゃんを倒す気なんだ」



 ストップウォッチに目を落とすカリヴァンの真横で魔女がぴょこぴょこ跳ねる。

 気のせいか、心を見透かされているような不愉快な感覚がこみ上げてきた。



「つまり、本気じゃないの?」

「うん。それでね、原因は――」



 ボルトが指差した先に居たのは殺人鬼、早朝の訓練相手だったクロードがおり、それを確認したナインは納得した。



(なるほどね。加速能力に頼らないで自力を鍛えるつもりなんだ)

(うん!そういうことなの!

 クロードに負けたのがとっても悔しかったみたい)


(僅かな反撃で完敗に等しいとこまでやられたからねぇ。まぁ、健闘した方だとは思うけど)


(どうしてかよくわからないけど、トキはクロードのことがあまり好きじゃないみたい)

(へぇ……何か癪に障ることでもしたのかな?)


(だから、実際は私も予想外なんだ!)

(自力で戦おうとする意気ねぇ。良い傾向じゃない♪)



 僅かに胸を躍らすナインの目の前で、インスタイルの槍が受け止められる。


 トキの真剣白羽鳥。

 絶妙なタイミングと脅威である刃を掴んだトキを褒める声がギャラリーから上がる。しかし、ホムラ、クロードとは違い、カーチスやカリヴァンからは“甘”いという批評と油断を叱る声が上がった。

 直後、カーチスらの予想通りの攻撃がトキを襲った。それはインスタイルが最も得意とする武器で、下手をすれば安物の銃よりも脅威となり得る武器――クロードを屋上から打ち飛ばしたあの脚撃。


 直後、その一撃でトキの内臓器官はシェイクされ、2ラウンド目は終了した。



「本気で蹴ったんだね、これ。中身が口からはみ出てるよ」


「くそ!心臓が止まっているぞ!」

「予備の血持って来い!」

「頼む、藍」

「私とナインちゃんも手伝うよ〜」

「ありゃ〜、こんな惨殺死体の修理するの久々だなぁ。骨何本飛び出してるコレ?」

(どんだけ血液を飛ばされたんだ? 俺の時よりもひでェじゃん)


「スイマセン!すいません!!」


「イン。お前手加減下手になったな。元々下手だったのに拍車をかけてよ」


「しかし、これだけの面子が揃っているのだ。

 殺してでも特訓を続けることができる。実にいいことじゃないか」



 慌てる半数と戸惑う少数。

 その中でカリヴァンやボルトは、良き経験だと断言した。死して尚訓練に挑めるのだ。

 トキは普通なら在りえないレベルの特別な実戦訓練を受けている。そんな特別講義を受けるからには『死』程度は我慢してもらうしかないし、そもそも異議申し立てを認めるつもりがない。



「はい!蘇生(コンティニュー)〜!」


「……あれ?

 俺、もしかして――」


「はいっ!ラウンド3ぃ!」



 四の五の言わずせずに戦闘開始の合図を出し、インスタイルとトキは文句一つ口にせずに急いで立ち上がって対峙し、ぶつかり合った。

 トキの銃とインスタイルの槍を不可視の力で奪ったナインはそのままギャラリー全員を後退させる。


 今度は徒手のみ。


 初手から繰り出される脚撃の嵐。高速の猛攻を前にトキは後退しながら隙を窺った。

 ハイ、ロー、ハイ、ミドル。

 縦、横、押し、打ち、払い。

 変幻自在な足技の密度を前にして焦りが生じる。意地でも無抵抗のまま蹴り倒されたくはなかったが、攻める隙も逃れる隙も全く見当たらない。

 もしこれがあと数分続いた場合、立っていられる自信がない。

 それでもただ守り続けるしかないのは、それだけインスタイルの攻撃が迅速・的確でありながらも威力には事欠かないからだ。



(蘇生したてにしてはよく防ぐ!)


「いっ――!」



 トキは先の戦闘2回で見せ付けられたインスタイルの脚撃が、まだまだ本気でなかったことを痛感する。一度目よりも二度目、二度目よりも今の攻撃と、インスタイルは足技しか使っていない。にも関わらず攻撃速度は加速する一方だった。

 左の太腿に走る衝撃は、先の2回に受けた脚撃と比較するれば威力こそ落ちていた。落ちてはいるが、貰ったダメージが大きいことに変わりはない。じわじわと伝わってくる痛みに浮かぶ汗が鬱陶しい。


 機動力の落ちたトキに蹴りの嵐が拍車を掛ける。

 再び足を打ち、肩、鳩尾、下腹部、膝、脛、側頭部と、機動力を奪った後は中心線をはじめとした急所、或いは脳震盪を狙った両足による攻撃が続いた。



(何でこんなに速いんだ!?

 それに、有り得ないくらい重い!)



 防御に上げた腕が弾かれて鎖骨に踵が食い込む。肩と首筋を激痛が襲い、打ち込まれ腕は麻痺し始め、意識が飛びかけた。しかし、トキはそれを堪えて僅かな隙を手にした。 肉を斬らせて骨を断つ――断てるかどうか不安だが、機会が訪れたのだ――左腕を伸ばしてインスタイルの左足を捕まえる。

 当然インスタイルもそれを見逃さずに攻撃を繰り出す。左足を捉えたトキに向けて放つ右足。頭部を狙ってソレを放つインスタイルは腕を地面に走らせ、片腕で身体を支えるという状態だった。


 不安定な姿勢でぶつかり合う2人。


 頭部に走る衝撃。

 打ち抜く脚撃。


 遠のく意識を懸命に繋ぎ止めながらインスタイルの姿勢を確認する。

 片腕。

 自分が倒れこむ方向を必死に前へと調整し、無我夢中でインスタイルの両足を捕まえた。脚力に自信のあるインスタイルだが、腕力は常人のそれと差異がない。

 無理な体勢と、その状態から繰り出した攻撃の反動、加えて押し寄せる人間一基分の重量が、トキにとって大きな機会となった。

 2人分の重量を支えることができずにインスタイルはバランスを崩した。


 トキの前には彼女の背中、インスタイルの目には屋上の地面が映る。


 衝撃で酔った頭が処理する、歪んだ視界。そこに映る霞んだ人影にすがりながら一気、両足を掴んだ状態から背中の上へと移り、必至にマウントした。

 足技を封じ、次の攻撃が飛んでくる前に背後からインスタイルの身体を押さえつける。これが今のトキに出来る精一杯である。


 対して、バックを取られたインスタイルは半ば驚き、半ばショックで怒りに頭が煮え始めていた。

 力任せに身体を捻り、跨るトキを振り落とそうともがいて身体を半回転――


 勝敗はこの瞬間に決した。

 地面を背にしたインスタイルの視線がトキの腫れた顔を捉える。それと同時、トキの右手がインスタイルの胸に、左手が喉に触れていることに気付く。


 息を荒げるトキの腕を取って脱臼に追い立てようとしたインスタイルだが、割って入ったナインによって関節技を阻止され、同時に勝敗を伝えられた。



「勝負あり、だよ。

 トキが本気だったら、心臓と喉を潰されてインの即死だったんだから」


「そう、なの……?」



 頷くナインの態度に渋々納得したインスタイルは構えを解く。

 息を切らせるトキを冷静に観察し、いつも以上に動きが悪かったことと痣が多いことに疑問を抱いた。

 いままでの訓練で、ここまで派手に死ぬことは……あったが、それは銃火器という武装を使用した時だけで、それ以外の近接訓練でここまで負傷することはなかった。攻撃もできる限り避け、銃弾だろうが打撃だろうが、関節技だろうが、相手が触れることさえ許すことは少なかったはずだ。



「じゃあ、学校帰りで疲れているかもしれないから、今日はここまで」

「疲れてなんか――」


「なら聞かせてもらいましょう。手を抜いていた理由を」



 勝敗に納得したインスタイルとは逆さに、トキは納得していなかった。

 そこで質問をしたのだ。

 手を抜いた理由は何か。

 言葉の反攻に出ようとしたトキだったが、カウンターを食らって言葉を濁す。



「何か私に不満があるの?

 でも、訓練は訓練としてしっかりやっていきますから。どんなに不貞腐れた態度で挑もうと私は容赦なく叩き潰しますので無駄なことはやめた方がいいよ。

 自分の為を思うなら全力を尽くしなさい。死にたくないなら持てる全てを以って挑みなさい」



 一指導者として。

 教えるのが苦手なインスタイルには、これが精一杯であった。

 手加減も苦手、教えるのも苦手。

 そんな彼女にできることは壁になることくらいだ。



「……考えていたことがあります」



 インスタイルに言われ、トキは本心を告げた。


 戦闘中に何を考えていたのか。

 まず、そう考えるように至ったのは今朝の訓練を終え、遅れながらも学校に向かう最中だった。



「もし、俺のクラスにクロードさんみたいな殺人鬼が侵入してきたら、SRである俺がみんなを助けるために体を張るべきなんだろうな、って」


「そうね」


「そうなった場合、SRが人目に触れないように戦うことは出来るのかなって考えたんだ。

 下手に使って見つかるくらいなら、最初からSRなんか使わず自力だけで撃退した方がいいんじゃないかな、とも」


「なるほどね。

 一概にどちらが正しいとも言えないけど、間違った考えでないことは確かよ。単純に自力を鍛えておく価値は、将来性を鑑みても十分にあるし」


「だから、手を抜いているわけじゃ――」


「でも残念。

 あなたは能力に依存したところで、ここにいる面子の半数に勝てるわけでもない。まず、自分のことをより正確に把握することが大事よ。カーチスたちも言っていたでしょ」


「……はい」


「昨日の自分より、今の自分を1インチでも深く、よく理解すればそれでいい。

 時には焦ることも必要だけど、落ち着くことの方が何時如何なる場合でも重要よ。思いつきでいきなり訓練に臨む姿勢を変えても効果は期待できない」



 今日の自分に冷静さは欠けていなかったか。

 それを反省するトキに向かい、インスタイルは本日の成績評価を口述し、その理由と褒賞に値する行動、次に今後改善すべき行動を次々と言葉にしていった。


 が、半分以上は片耳から入って、反対側から抜け出ていくという始末で、しかし、それほどにトキのダメージは大きかったのだ。肉体的にも精神的にも。



「やっぱり〜、トキは持てる全てを最初からぶつけた方がいいと思うよ?」

「どうでもいいからメシ!飯だ!メシメシっ!」

「はい、お疲れ」

「お疲れ様、トキ」「まぁまぁだったな、イン」

「途中キレちゃったがまぁ……それっぽかったから決して悪くはないよ」

「明日からもその調子でやれそうか?」



 本日の訓練終了と同時にギャラリーが2人を夕食に迎える。

 定番となりつつある屋上での寒空の下開催される夕飯は、やはり定番となりかけている温かいお茶から始まろうとしていた。



「なぁ、ちびっ子――」

「ボルトだよ〜♪」



 カリヴァンや芹真が料理を運ぶ。

 藍も作りたてのパスタが乗った皿を大量に運搬した。クロードはテーブルの汚れを拭き、カーチスは気温を測りつつトキにアドバイスを寄せた。


 そんな光景の中、赤髪と金髪の女性2人は言葉を交わしていた。



「ワリぃワリぃ。なぁ、ボルト。

 次からはあたしもトキの相手していいか? ほら、カーチス達もたまに鬼ごっこ挟んだりするじゃん?」


「うん。それで?

 武器格闘するの?」


「クロードがやった内容のもう一つ上のレベル、刃物同士での斬り合いだよ」


「うんいいよ〜♪ギリギリまでやっちゃって、思う存分斬り伏せてあげて」



 全員が料理に手を出す直前、赤髪の女性:ホムラは交渉を成立させた。

 内容は訓練プログラムの追加。

 項目は近距離における武器格闘および、近距離と遠距離の切り替えを交えた実戦である。


 ボルトはそれに何の異議も挟まず了承し、盗み聞きしていた芹真にも依存はなかったので可決した。





 >Next:三広炎(ミヒロ ホムラ)





 

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