第35話 After Day-凶-
芹真事務所。
小さな看板の掲げられた建物のドアをすり抜け、会話する社長と魔女の元へと近付く女性が1人。多くの人から親しみと敬意を込めて、ジャンヌと呼ばれる人物であった。
「それにしてもいきなりね」
「うおっ!どっから!?」
「ジャンヌさんだ〜」
2人の会話に適当な相槌や時々本音をぶつけ、社長がこちらの訪問を気にしてくれた時、やっと彼女は本題を口にした。
「トウコツを見かけませんでしたか?」
しかし、収穫はゼロ。
「連絡をいれても出ないので、またどこかで問題を起こしていないかと――」
四凶の危険度を知らない者はこの場に居ない。
故に芹真は協力の旨を伝えた。
その頃、噂のトウコツは同じ国内の離れた場所を目指して移動を続けていた。
誰にも悟られないように協会の輪を抜け出し、密会に呼応したのだ。当然自分の判断による単独行動。協会の誰かに見つかったのなら始末書では済まない。前科もあって、長い間幽閉される可能性だってあった。
山の中に辿り着き、追っ手が無い事を確認してからトウコツは目の前に存在する建物の中へと足を進めた。
(一体、何の用だってんだ、コントン?)
前もって言っておこう。
四凶がここに集まるのは、ロクでもない話がある時だけ、だと。
そこが暗闇なのは、単に電気が通っていないからである。
理由はごくつまらないものであり、単純だった。
この場所は捨てられている。用を足さなくなったというシンプルな理由で廃棄され、放置され、忘却された場所がここだ。
忘れられたこの場所を、覚えている人間が10人もいるのだろうか?
その問いについて彼らはハッキリ、存在しないと答えた。
もちろん理由はある。
彼らがそうさせたのだ。
覚えているであろう人間を手当たり次第手に掛けた。
気まぐれで数人は残してはいるが、実質知らないに等しい。
SRという力をちらつかせての脅迫は、一個人や集団に限らず、国家にさえ摘発を足踏みさせていた。
「また蝋燭かよ」
風纏斬魔の口から文句がこぼれる。
「ええ、そうよ。また蝋燭」
聞き飽きた文句に凶翼虎口が言葉を返す。
「おい、トウコツ。
俺のスナック潰すなよ」
必死に自分の食べ物を守ろうとする全身過食。
その隣で時元脱存は笑みを浮かべていた。
「ククッ、やっと到着か。トウコツ」
「さっさと用件を済ませようぜ。
珍しくこの面子で集まったはいいが、何を話し合うつもりだ?」
忘れられた場所に四凶は集う。
4人はその事態に僅かな緊張を覚えた。
食と闘、言と混。
トウテツとトウコツ、キュウキとコントンのそれぞれが、小さなテーブルとセットで用意されたイスに腰を落ち着ける。
テーブルの上には人数分の蝋燭とコーヒーカップ。付け加え、全身過食が持ち込んだ大量の個人食料兼差し入れのスナックとスウィーツ。
そしてそれぞれが持参した得物。
それが暗黙のルールであった。
用意されたイスに座る者は必ず自分の得物を見せなくてはならない。逆に言えば、武器を持たない者は卓に着けない。
卓に置いた得物こそがそれぞれを示すマークとなり、それが信頼の証となって平和的に話し合うための姿勢なのだ。
デザートイーグル、ワルサーPPK、M9、グロック18C。
コントンの前に置かれたデザートイーグルでトウコツの目が止まり、それと同時にコントンは本題を口にした。
「さて、そろそろ厄介な連中を消しておこうと思うんだが、どう思う?」
視線が交差し合う。
コントンの意図はこの場の全員が理解していた。
協会に指名手配され、ナイトメアに目の敵とされ、それでも自分の野望の為に世界に立ち向かおうとしている。
最終的な目的は協会長を亡き者にすること。
将来に起こるであろう戦いに備え、予め動き出そうというのだ。
そんな彼の言葉に最も早く答えたのが風纏斬魔:トウコツである。
「どうも思わないな。
向かってくる奴らは討つ。任務で討てというならこっちから打って出る。それだけのことだろう」
「誰がそんなことを聞いた?」
トウコツに続いて口を開いたのは四人の中で唯一の女性、凶翼虎口:キュウキだった。
「あなたはまだ協会に残っている。
それは誰もが知っていること。今更口にするだけ無駄よ。
そんなことよりもまず、私達を真っ先に殺しに現れそうな知り合いはいないのかと聞いている」
(ククッ、お前も深読みしすぎだ)
「ポテチトップス食うか?」
『食わん』
3人の話に耳を傾けながら全身過食:トウテツはスナック菓子の袋を開封する。そうしながらも、コントンから今すぐにでも障害となるSRの抹殺にかかりたいという、そんな姿勢を僅かに感じとっていた。
租借の為に口を動かすトウテツはそれについて考え、コントンの求める真相について考えふける。
野望と何かがある。そんな気がして仕方なかった。
「知り合いっつうか、生きていて、且つ厄介なSRだろ?
それなら……いるな」
「コントン、私は絶対糸配を先に片付けるべきだと思う。
あの男の存在には協会長ですら一目をおいている」
「いや、あの男は泳がせておく。
面白いことになっているからな」
「何故?」
「だから、面白いからだよ。ククッ」
それまで傾聴していたトウテツが会話に加わる。
トウコツが沈思黙考する中、トウテツは口にスナックを残した状態で名前を挙げた。
「隻眼のアイリーン。
この子供は早く消した方がいいよ」
その名前にトウコツの思考が停止する。
つい先日、アイリーンという名を仕事中に聞いたことがあり、その危険度を思い出していた。
「隻眼のアイリーンって言えば……
コントンの因子を持つってことで、この前リストに挙げられていたガキじゃねぇか」
「トウテツ。
あなた、その娘の居所を知っているの?」
「ああ。ちょっと会ったことがあるからな」
コントンがコーヒーカップにお湯を注ぐ。
「聞いたことがあるな。
つい最近起こった日本の事件、白州唯とその周辺での神隠し事件と関係を持つ者。
その犯人と同じSRを持った子供三人のうちの1人だな」
「ああ。
協会の予言部隊の1人を偶然殺害したっていう奴」
「目に神隠しを持っていると聞いたけど、本当かしら?」
「さぁな。
ただ、この前の神隠しと違うってことだけは確かだ」
「パンドラの遺物か……トウテツ、お前はその子供に勝てそうか?」
「不味そうなのだけが心配だが……」
「たまには苦い物も食わないとな。
そうでもしなけりゃ、うまい味だけに慣れて、いずれ味を楽しめなくなる」
全身過食は納得して頷く。
「じゃあ、その子供は俺がもらうよ」
「ああ。頼む」
「カスを残さないでよ」
「わかってる。ついでに、小規模の連中が居たら食っておくよ」
スナックの空き袋が握り潰され、開かれた掌の中からその袋は消えていた。
トウテツの手の中に消える。
「フフッ、それはありがたい」
それを理解していない者はこの場にいない。
その力こそ、トウテツが全身過食という名で呼ばれる所以でもあるのだ。
「コントン。お前は誰を殺したい?」
トウコツは不意を突くつもりで質問した。
コントンほどの男が仲良くお茶会を開くということ自体に奇怪を感じていたトウコツは保身と用心からその質問を口にしたのだ。
それは状況を見れば自ずと分かってくること。
「フフッ、何が言いたいんだ? トウコツ」
「誰と戦いたくて俺たちを危険分子にぶつけようとしているんだ?」
「もしかしたら戦いたくないのかもな」
怪しい笑みを見せ付けられ、僅かな焦りを覚えるトウコツ。
しかし、嘲笑するその顔を見定めようとする視線が増えたところで、コントンは表面から笑みを消した。
「俺はホート・クリーニング店を潰す」
「ノクターンバベルに戦いを挑むつもりか?」
「その通り。
クリーニング店はディマを除いて雑魚ばかり」
「それは間違いね。
あの中にはフィング・ブリジスタスこと、完璧再現も所属して――」
「制御できていない時点で頭数には入らない」
テーブルの上に飴玉の詰まった小さな篭が置かれる。コントンはすぐに飴玉のひとつを手に取り、封を解いた。
「じゃあ、挑む時に完璧再現が居合わせたらどうする?」
「奴を真っ先に始末するさ。
何せ闇影の魔女と並び脅威になる人物なのだからな」
「そう……そこまで分かっているなら私が止める理由はない」
「俺も止めるつもりはねぇ。
だが、勝算はあるのか?それだけが気がかりだ」
鼻で笑いながら飴玉を口に放り込み、自分の持つ“勝算/可能性”を明かすべきか否か考える。
「トウコツ、お前は誰とやりたい?」
「任務は選べないからな。何とも言えねぇ」
「“砲撃の森”と戦ってみたくないか?」
全員の目がコントンに集まる。
それが何を意味するのか。どういう意味なのか。
分かる故の注視ではなく、理解できない故の反応だった。
「哭き鬼のこと?」
「でも、そいつって死んだんじゃないのか?」
「どうしてか生きている。
日本で目撃された。
去年の夏の初め頃か、白州唯の学校がナイトメアによって教われたのは知っているな。狙いはトキ+αだ。
集団拉致計画で踏み込んだつもりらしいが反撃に遭い、作戦は失敗。
十数名中生きて帰った者は3名。
その内の1人が砲撃の森だ」
「ちなみに他2人は?」
「特級風司と空間殺し」
「その哭き鬼は本物か?
もしそいつが偽者なら、真っ先にベクター家の魔法使いを殺すべきだ」
「それは私と私の部下がやるわ。ずっと追っているのですもの」
コントンが話を戻す。トウコツも姿勢を改める。
砲撃の森を相手にしないか。
「ただし、砲撃の森を相手にするのなら、必然的にそいつを匿っている奴らも相手にしなければならない」
「誰が匿っている?
吸血鬼神ならぶっ殺すには最高の口実だ」
「残念。外れだ」
コントンの手元からコーヒーカップが消え、トウテツの手の中にゴミが消える。
「もしかして、セブンスヘブン・マジックサーカス?」
「当たりだ。
なぜ知っているんだ、キュウキ」
凶翼虎口と視線を交え、コントンは質問した。
協会のSRでさえ、このことを知っているのは会長くらいのはず。
それを彼女が知っているのはなぜか。
思いもよらぬ正解にわずかな戸惑いが生まれていた。
「部下の目撃情報の中に、新しいメンバーがサーカスに加わったというものがあったから」
「それだけでよく分かったものだ」
「分かっていたわけじゃない。気になったから詳しいことを部下に調べさせたの。
SRだけで構成されたサーカスに加わったその人物も当然SRだろうと睨んでね。
SRではあるらしいけど、何のSRなのかは特定できなかった」
(よりによって……面倒なところにいるじゃねぇか)
SevenTH Heaven Magic Circus troupe.
団長から見習いにいたる全員がSRという小規模集団では中規模クラスの団体であり、芹真事務所やホートクリーニング店に並ぶ戦力を有する者達の集団である。
サーカス団という名目で世界中を駆け巡り、あらゆる戦地で戦果をあげ、名を馳せてきた。
彼らのリーダー、団長を務めるのは完全魔術師のSR:ヒラリー・マトン。副団長のゲイリー・ポルシカ、看板魔術師のナタ・ナナナ。器実験の方法を心得ているというアルター・ノーヴィスなど、全員が協会のブラックリスト入りを果たしている。その分有名でもあり、脅威でもある。特に団長のヒラリー・マトンはブラックリストの最上級S級に登録され、順位も8番と上から数えた方が早いという、そんな位置にあった。
そんな集団がナイトメアにも協会にも属さず、独自の判断で戦闘を展開しているのだ。敵なのか味方なのか、局地での判断は至極困難である。時には敵となり、時には味方ともなる。
「厄介なのは羊と万獣王だな……」
「ラブ兄妹も厄介よ」
トウテツの懐から缶ビールが姿を現す。それを無意識的に手にしながらトウコツは考えた。
首尾よくアサだけを片付けられる可能性は?
果たしてヒラリー・マトンに勝てるのだろうか。ゲイリー・ポルシカを僅かなダメージで切り抜けられるのだろうか。
2人を撃破する以前に、2人に辿り着けるのか。
陸橙谷アサが出てくるのは2人と戦う前後のどちらか。
運次第といえばどうしようもないように聞こえるが、トウコツはそのあたりをどうにかコントロールしたかった。
そのために考えなくてはならないことが、最初から本丸と戦うべきか、それとも邪魔者全てを消してから戦うべきかである。
先に戦ったところで必勝の確率は低い。最悪が敗北、或いは惜敗、良くて相討ち。
間違えてはいけない。メインの相手は哭き鬼の元若長だ。年齢に見合わないだけの実力を兼ね備えている。
(それだけに、前は暗殺されたって話が信じられなかったが……)
「どうする?トウコツ」
首は横に振られた。
哭き鬼に加えて魔術師と万獣王まで相手となれば、命が5つあったところで足りる気がしない。
「いまはやめておく。
ただし、俺が相手するのは間違いない。手を出すなよ」
「お前のやり方で行け。ククッ」
山のように盛られたナッツの皿をテーブルの中央に置きながらゴミを片付けるトウテツ。
コントンとトウコツの会話が終わると、いま思いついたかのように渾沌が言葉を続けた。
「そうだ、キュウキ。
君に是非やってほしいことがあったんだ」
渾沌が向き先が変わる。
「非武装派の3人を消してくれ」
「3人?」
「ギュン・パクフォン、ダイアン・デューティフリー、桑谷美里。
分かるよな。この3人だ」
コントンの指がナッツを摘むのと、トウコツが吹きだしたのは同時だった。
「やめとけよコントン。
そいつにあの3人は倒せねぇ」
「……その根拠は?
どうして私に倒せないと?」
「いつも通り後方に引っ込んでろって事さ」
「どういうことだ?」
「黙っていた方がいいぞトウテツ。ククッ……」
「あなたになら倒せると?」
「俺でも危ういんだ。お前に倒せるかどうか――」
「トウコツ。お前になくて彼女にあるものが何か分かるか?
部下の使い方は俺達の中でも随一。
協会の中にいた時でさえ、1・2を争うとまで言われた指揮官だ」
(結局、ジャンヌのアネさんに負けたけどな)
「しかも、チーム戦のエキスパート」
何と言われようがトウコツにはそれが面白い話であるはずが無い。
自分に倒せないであろうSRの相手を、よりによって自分よりも戦力的に隠したのキュウキに任せるというのはどういうことなのか。
「おいトウテツ。てめぇはどっちの味方なんだ?」
「とにかく、お前がどうこう言う問題じゃない。
わかったか、トウコツ。力ばかりが戦いじゃないんだ。それはお前が一番良く心得ているだろう?」
舌打ちして風纏斬魔は口を噤む。
「トキと戦いたいか?」
沈黙を始めようとしたトウコツに、コントンは耳打ちした。行為こそ耳打ちだが、その内容は他の2人にも聞こえていた。
「……別に」
「戦りたいんだろ?」
「むしろ殺りたいのかもね」
缶ビールを投げ捨て、イスから腰を上げる。
「うるせぇな!
お前らこそアイツと戦ってみたいんだろ!」
「別に」
「いいえ」
「不味そうだもん」
しかし、興味はあった。
「だって、私じゃ勝ち目無いもの」
「俺はわかんね〜」
「ククッ。お前はどうだ、トウコツ」
「……それがわかんねぇから今一度戦ってみたいだよ」
トウコツの意見を聞き、渾沌はうなずく。
懐から携帯電話を取り出し、ディスプレイを回転させ、とある動画を選択していく。
コントンの行動を注視しながら3人は沈黙を続けた。
「これは協会の連中ですら撮影したことのない、色世トキのSRを収めた映像だ」
映像がスタートする。
「へぇ」
「これは何時の?」
小さな画面に映るトキの動き。
それは目で追うことが出来ない奇妙な動きだった。
(瞬間的に移動している?)
「この高速移動もトキのSRか?」
「フフフッ、楽しみは取っておいた方がいいだろ」
トウテツは質問を続ける。
「相手は誰だ?」
「左腕神隠し、だ」
コントンに代わって答えたトウコツ。
噂だけは聞いていたから分かる。
朝焼けの中で彼らは戦い、明確な決着が着くわけでもなく、神隠しの戦意喪失で幕を閉じたと。
(本当に戦意が損なわれたかどうかは甚だ疑問だがな)
「この戦い、神隠しはアヌビスの攻撃で腕を失――」
「あ、腕落ちた」
説明と同時に進行する画面。
めくるめく状況の中、それぞれの対戦相手が変わっていった。
神隠し、学生SR、欲望侵食、アヌビス。
「問題はここからだ。
一般に人体の再生はほぼ不可能といわれている。容姿的な復活を遂げたとしても、機能的な完全回復が容姿に伴っていないケースは多い。まぁ、近代医療では僅かずつだが技術的に進歩によりそれも改善されつつあるが、しかし、それでも完全復活には程遠い。
人間という精密で微細な細胞単位の部品による集合から形作られ、機能する生物は特にな。例え筋肉が繋がっても、神経が元通りに戻らなくては繋げる意味などほぼ皆無。
SRでも、フィングやメイトスが得意とする完璧再現や、外傷時間の拒絶という例外を除いて、魔女にすら難しいと言われる完全治癒。
魔術師達の中でも扱えるものは僅か。例外こそ存在するが、例に漏れないSRの方が圧倒的に大多数なのは言うまでもない」
キュウキが、トウテツが画面を注視する。
「まさか……」
「トキの力はそんなモノじゃない」
動画を一時停止し、コントンは説明する。
例に挙げた前者との明確な相違点。
(腕が――戻った!?)
「どうやって腕を戻した?」
「戻したんじゃない。思い出させたんだ」
その言葉にイスを傾けていたトウコツが背中から倒れる。
心配こそしないが、3人の目はそこに集まった。
「思い出させたって、はぁ?
意味がわかんねぇよ」
「ククッ、だから言っただろ。
“そんなモノじゃない”って。常識に囚われるな。それでもSRか?」
イスを起こして態度を改め、話の続きを要求する。
「トキに腕を戻してもらったこの少年――」
(少年? え、こいつ男?)
「実は数年前に左腕を失っている」
再生させようにも元々そこには何も無い。
だが、映像の中でトキはそれを生み出した。
「ここからは推論だが、記憶を用いた可能性が高い」
「記憶?
昔のそいつの腕を作ったってのか?」
(……それは無理じゃないかしら。
トキと少年の面識はほぼ皆無。しかも孤児。写真の一枚も残っていない。
それなのに、どうやって?
相手の記憶に干渉できる能を持っているの?)
コントンの言葉に疑問を抱くトウテツと、自分の考えを整理するキュウキ。
そんな3人を眺めながらトウコツは、
「そうか、冷静に考えればそうだもんな」
「うん?
どうした、トウコツ。面白いことを知っているのならもったいぶらずに言えよ。ククッ」
言われなくともそのつもりでトウコツは前口上を述べたのである。
その説明内容についてトウコツは順序立てた。
まず、最もハッキリとしているところから始めよう。
「お前らは協会を抜けたから知らないんだよな」
あの事件の後ワルクスが報告書に興味深いことを書いていたんだよ。
協会長の命令があってよ、その内容が『神隠しから記憶を消さないこと』なんだよ。これが1つ。トキとは関係ないが、滅多にない例外がここに生まれたわけだ。
「そんなことはどうでもいいさ」
もう1つが、トキに関することだ。
あの戦闘でアヌビスや哭き鬼はトキに質問したそうだ。どうやって神隠しの切り落とされた腕を元々存在しない、指とか手首とか、付け根より先を作り出せたのか、と。
自分の能力だとハッキリ答えてやがんだよ。
「それで、何て?」
コピペ。
「はん?」
コピー&ペースト。
要するに、コピーして貼り付けたんだとよ。
「腕を?」
正確に言えば、トキはガキの健全な右腕を初見で一発記憶。そんで頭にイメージした腕を強く思い浮かべて、それを左右反転させたヴィジョンを頭に作成したとか。
「クククッ……予想以上に成長しているようだな」
「俺はその報告書をジャンヌのアネさんに見せて貰った。まさか、映像でしっかり確認できるとは思えなかったぜ。
ところで、コントン。
コレどうやって撮影した?」
「企業秘密だ。フフ……」
予測していた回答に、トウコツは席を離れた。
「それなら、俺もこれ以上は話さない」
「不貞腐れてもらって結構。サーカスの相手をよろしくな」
背中にかかる嫌味を聞き流し、風纏斬魔は蝋燭の火を消す。
卓上の得物を手に取り、暗闇へと消える。
そんな彼を引き金に、全身過食も腰を上げた。
「俺も腹減ったから帰っていいか?」
「ああ。あんまり人を食べるなよ。
近いうちに大勢食うことになるんだから」
分かっているとジェスチャーで伝え、トウテツも蝋燭の火を消し、この場を退場する。
残ったキュウキは最後の質問をコントンへと投げた。
「芹真事務所を潰すのはいつ?」
「さぁ」
「光の魔女の衰退を待つの?」
「それもいい」
「反比例して、哭き鬼の姫やトキがどんどん厄介なSRへと育っていく可能性が――」
「心配するな。
攻めようと思えばどうとでも攻められる。
肝心なのは、SHMサーカスや協会にこちらの狙いを悟られないことだ。
下手な行動は慎め。計画の全てを水泡に返すだけのリスクも伴っていることを忘れずにな」
生きることを優先とする。
それがコントンの言葉に隠された声だった。
「わかっているわよ」
3つ目の蝋燭が消える。
足音が彼女の退場を知らせ、コントンは1人静かに暗闇に残った。
蝋燭を消し、溶けた蝋の匂いを堪能しながら1人笑う。
何を理解しているのか。
「誰にも理解できないさ。ハハッ……
理解に、近づけるSRといったら――トキ、それから父親のキョウくらいか」
時限脱存は哂う。
本当に理解している者はいない。
我思う故に我在り。
結局のところ、他人が個人の真相に近付くことは出来ない。
例え同じ四凶だろうと、例外ではない。
キュウキは良い例である。
言葉の裏にある真意ばかりを見ようとするくせ、実は表面と裏側の狭間程度までしか見えていない。
言葉の裏に隠された言葉。
その言葉によってまた隠された“意味”の存在。
コントンは笑う。
こちらに虚言の意図はない。
勝手に裏を読もうとし、勝手に空振り、自爆する。
彼女の読み違いは度々あることだ。
それで何度死に掛け、何度死んだのか見当がつかない。
しかし、それが彼女の経験値だ。乗り越えてきた死とその線の数が彼女の有能さを語っている。
捨てるにはもったいない駒だが、それでも捨てた場合に発揮する効果は絶大であった。
「まぁ、いいか。
協会には止めることが出来ないんだ。フフフ……」
暗闇からコントンが消える。
まるで最初から居なかったかのように。
出入り口へ向かったことに変わりはないが、その過程を目で捉えることは出来ない。
ここに誰かが居たのなら、瞬間的に消えたコントンに戸惑っただろう。
四凶とは何なのか。
ただ素直に感じれば、或いは、認めればいい。
思い出せばいい。
自分の中の可能性。
自分が原因となった揉め事。その数、規模。
禍根の中心にいるのは誰か。あなたか、わたしか、ぼくか、きみか。
何が原因なのか。
感じればいい。
それが、その禍央にいるのが己なら、そうさせた本性こそ四凶なんだと。
暴力が原因なら、トウコツ。
虚実が原因なら、キュウキ。
欲求が原因なら、トウテツ。
禍を自ら生み出したいと望んだのなら、コントン。
感じればいい。
思い出せばいい。
自分には何が宿っているのか。
「生きるもの全てに善悪の矛盾あれ」
暗闇を抜け出たコントンは空に向かって祈り、再びその場から瞬間的に姿を消した。