表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

第30〜31話 Insert-02:vsカーチス+α-

 

 

「ちょっと驚かせてみるか?」



 黒髪の提案に、金髪は疑問を浮かべ、赤髪は賛成の意を唱えた。



 

 

 とりあえず……

 目を覚ましたトキは目の前の光景を理解しようと頭を働かせた。

 思考を巡らせ始めてから4秒後、両手を上げて降伏の意を伝えるポーズをとる。

 ホールドアップ。



「オハヨウゴザイマス……」



 自宅。

 ついで自室。

 眠りから覚めたトキはベッドの上で無抵抗に徹した。

 目が覚めるなり視界に飛び込む銃口。それを向けているのは次の訓練相手となる黒髪の男性。


 その傍らには黒髪に伴う赤髪の女性と、金髪の男性がいた。


 照準をトキから外し、黒髪の男:カーチスが冗談だと伝える。

 退屈そうに欠伸する金髪:クロード。

 笑う赤髪:ホムラ。

 いまいち冗談で行われたと思えないサプライズイベントに、寝起きのトキは納得できなかった。

 そんなトキにお構いなく腕を引く赤髪と金髪。

 起床、洗顔、着替えを今すぐやれ、と命令するクロード。

 3人に促されてベッドを離れて身支度するトキ。

 ふと見上げた壁掛け時計が指す時間は早朝の5時。

 文句を口にしようとするトキよりも早く、カーチスが訓練の旨を伝えた。


 “朝早くから悪いが……”で始まる前口上の後にトキは芹真事務所の屋上までプチ連行され、道中殺人鬼クロードの言葉に苛立ちを覚え、それによって――芹真事務所に着く頃――トキは珍しく機嫌を斜めに傾けていた。

 トキの到着を予測して起きてきたらしいボルトだが、ソファの上で頭を右に左に振って必死に眠気と戦っていた。藍はまだ床の中で、芹真はすでに屋上にいると教えられる。

 コーヒーメーカーの中から透く黒い液体をカップに注ぎ、一気に飲み干す4人。飲み干した4人が裏口の扉を開けるのと同時、ボルトが睡魔に負けて横たわり、寝息立てて夢の中へと戻った。



「おはよう」



 芹真に続いて挨拶するナイン。

 朝日の中でテーブルを広げ、その上で豆から挽いたコーヒーを楽しんでいる2人。

 4人の姿を見るなり散らかったテーブルの上を片付け、テーブルを畳み、掃除する。


 ナインが撤収した折りたたみテーブルを屋上の隅で展開し、クロードがその上に銃器・弾薬を積み上げていく。

 次に、ホムラがナインに頼んで元の世界から持ってきた愛剣:克千(こくせん)刀に自分の意思を流し込む。特殊金属により作られ、自分のDNAを登録した斬馬刀が形状変化を始める。刀であったそれが、金属の薄い板となり、屋上の中央側から弾薬を積んだテーブルを隠す。それは、これから行われる訓練によって流れ弾による事故を防ぐために展開されたのである。


 訓練場の整備が整ったところでカーチスの訓練に関する説明が始まる。


 一口で言うと、銃撃訓練。


 的当てのような誰にでもできる訓練は省略し、最初から動く人間相手に引き金を引く訓練を行う。ある意味で、的当てを省略してはいないのだが、トキにとって、これから行われる訓練は到底的当てとは言いがたいものになった。


 人間(まと)は、カーチス本人。


 制限時間は1分。

 マガジンは好きなだけ携行し、制限時間内でより多くの弾丸を当て、そのスコアを記録する。

 カーチスからの反撃はない。ただ逃げ回るだけである。

 トキはカーチスを追いながら銃弾を当てるのだ。


 これが第一段階の訓練。

 成績によっては、次の段階の訓練開始が早まることも、また長引くことも考えられる。


 流れるように説明するカーチスだが、トキは疑問に思うことがあった。

 まず、カーチス本人が的になるということが理解できない。

 回避に自信があるのか、それとも銃弾を防ぐ術を心得ているのか。それとも被弾せずに訓練を行うことができるのか。

 しかし、カーチスはやれば分かるとだけ言ってその他一切の質問を拒否し、早々に屋上の中央に向かった。


 誰もカーチスを止めないところを見て、トキは相反する不安と安心を同時に覚えた。

 間違っても殺したりはしないだろうか。

 どんな力で銃弾をやり過ごすのか。

 クロードやホムラがカーチスよりも自分のことを気にしているという、ある種の余裕が逆に不気味である。


 ナインに促されてテーブルの上から拳銃を選ぶ。テーブルの上に置かれていた銃は、

 ベレッタPX4 Storm

 HK P2000

 ワルサーP99

 CZ 110

 FN Five-seveN

 シグ-ザウエルP250、という急場しのぎに用意された6挺。


 トキは自分の知る銃を2挺選んだ。

 ワルサーP99とシグ-ザウエルP250である。この2挺を選んだ理由は、家庭用ゲームである程度の知識を備えていたからである。

 それぞれマガジンを3本持ち、芹真に藍の防音結界が働いているか確認をとって、気合を入れてカーチスと向かい合う。


 良い感じに苛立ちを煽られたトキを見て、ホムラとクロードはしてやったりと不敵な笑みを浮かべた。

 なかなか本気を出せないトキに対する2人なりの配慮である。

 訓練相手を務めるのがカーチスであるが故、クロードも遠慮なくトキを挑発できたのだ。


 芹真、ナイン、クロード、ホムラに見守られる中、ほどなくして早朝の屋上に銃声が響いた。


 ワルサーとシグの銃声が交互に轟き出す。

 ホムラは手中のストップウォッチを起動し、1分という短いようで長い時間の測定を始めた。


 円を描くように移動するカーチスに対し、トキは直線的にカーチスを追う。

 寝起きの頭に響く銃声は刺激が強く苦痛だが、眠気は確実に吹き飛んでくれた。

 9mm弾が12発放たれた時点で、トキの命中率は100%。

 全弾を撃ち切るのに要した時間は約5秒。


 マガジンを交換し、銃撃を続ける。

 ストレス解消を兼ねてしまった第1回銃撃訓練は――命中率100%秒という成績を残して――終了した。


 しかし、トキの命中率に驚いた者は1人もいなかった。


 最初にその旨を伝えたのはホムラだった。

 トキがカーチスに向けて放った弾丸104発中、各部位へ命中した銃弾の数は次の通りである。


 頭部――直撃8発、掠り6発の――計14発。

 腕部――右腕13発、左腕8発の――計21発。

 胴体――胸部21発、下腹部12発、両脇24発――計57発

 脚部――右脚5発、左足7発――計12発


 これは、ホムラや芹真による完全監視のもと計測された数値である。


 カーチスの能力は攻撃を異空間へと飛ばし、その反動が空間に青い波紋を生む。

 飛びかかってくる銃弾を異空間へと繋がったワームホールが飲み込む、と言った方がより正確である。ワームホールに銃弾が飛び込む瞬間に発生する空間の波紋はプラズマや電流を連想させる青いものだった。

 ナインもクロードもその波紋の発生した場所と、トキの位置を照らし合わせて命中箇所を測定したのだ。


 だが、トキの成績こそ良かったものの、それに至るまでの内容がホムラやクロードから見れば、あまり望ましいものではなかった。


 命中率が高いに越したことはないが、トキの銃撃はあまりにも単調過ぎた。

 これは命中精度の問題ではない。

 まして、銃の扱いに関する問題でもない。


 銃撃を行う際の行動に問題があったのだ。

 弧を描くように動き、時には直線・波形、踵を返し、フェイントを織り交ぜていたカーチスの行動。

 それに対してトキの動きは殆ど直線的なのである。

 真っ直ぐカーチスだけを目指して突っ込み、銃撃。

 真っ先に的にされる人間の典型である。



「おはよう」



 トキがクロードとカーチスに問題点について聞かされている最中、顎鬚の男:カリヴァンが屋上に姿を見せた。ホムラは急いで駆け寄り、トキとカーチスの訓練の詳細を伝える。

 芹真に差し出されたコーヒーカップを傾けてから、カリヴァンは一息ついて納得という面持ちでトキを見つめた。


 平和に慣れた人間に、戦争のコツを教えることは難しい。

 実戦を知らなければ教わっても身につき難い。

 世の中の全員が全員、戦い慣れているというわけではない。が、専門家を相手にする時に対抗できるだけの知識を身につけていても損はしない。


 この訓練も、いつ来るかわからない戦いに備えるためのものである。


 SRという能力を持った者達だけが敵なのではない。

 ナイトメア武装派のように、ただの人間を兵力として使役する組織も存在する。

 その時、SRという能力を持たない人々が牙をむいて襲い掛かってくるとすれば、高確率で銃器か刃物を装備している。SRの中には銃器・刃物を以ってしても殺せないモノが存在するが、銃1挺あれば殺すことの出来るSRだっているのだ。

 故に火器や刃物の扱いに慣れていても損はしない。

 色世トキという人間はそういう、人間と化け物――SR――の狭間にある存在なのだ。


 2度目の訓練が始まる。

 今度は命中率が低下した代わりにトキの動きは直線から曲線的なものに変わっていた。

 カーチスと一定距離を保って銃撃を繰り返すトキ。

 2度目の計測を終え、ホムラとカリヴァンにアドバイスを受け、3度目に臨む。


 更に命中率は落ちたが、トキは的確に急所に当てられるようになり、また放つ銃弾にフェイクを混ぜ、カーチスを誘導することにも成功するようになっていた。


 だが、最後の最後でカーチスの急接近を許してしまい、対処に失敗する。


 確かな銃撃。しかし、直撃の印が出てこない。


 これはカーチスの能力の第2パターンによる奇襲でもあった。

 それが透過能力。

 壁や天井などの無機物だけでなく、人や動物といった有機物をもすり抜けられるその能力は、弾丸を異空間へと飛ばす防御と違って使用回数に限界があった。

 それ故に多用したくなかったカーチスは、ここにきて初めてその能力を披露したのだ。

 困惑するトキはよろけ、カーチスの更なる接近を許してしまう。

 トキの体をすり抜け、背後に回る。

 絡みつく足。

 襟元を取られ、そのまま地面に背中を叩きつけられる。


 カーチスの透過能力に意表を突かれて3度目の訓練は終わる。

 最後の反撃はおまけだとカーチスは言った。


 それから4度目、5度目と訓練は続く。

 この2回は何のアドバイスもなく行われ、6度目の訓練を前に2回分の情報が一気にトキへと伝えられた。






 Second Real/Virtual


 -Second Real Training:02

  vsカーチス+α-






「おはよう」



 藍が屋上に姿を現したのは午前06:20分。

 その頃になるとトキはカーチスとの訓練に疲労を見せ、次第に動きが鈍くなっていた。

 一分限りの鬼ごっこ。

 最初のうちこそ反撃してこなかったカーチスだが、後半になるとトキの隙をついて組みかかろうとしてきた。

 ホムラとクロードは、訓練が第2段階に移行したものだと芹真に説明する。

 芹真から不満の声があがると予測していたホムラだったが、芹真は僅かな落胆を抱いた感想――もう少し厳しくやってくれ――を呟いた。


 AM06:30。

 訓練を中断して朝食を屋上に運ぶ手伝いにトキは参加した。

 参加しなかったのはカーチスと芹真の2人だけ。ボルトやナインは笑顔且つ高速で行き来を繰り返し、気だるげに階段を往復するクロードに蹴りを入れていた。

 屋上に長テーブルとキッチンテーブル、食材テーブルが用意されたところで朝食が始まる。

 真っ先に料理に喰らい付くボルト。

 誰よりも早く皿の上の唐揚げを貪り尽くすナイン。

 コーヒーに誤ってソースを投入して青ざめる芹真。

 雲を観察しながらお茶を啜るカリヴァン。

 鮭のムニエルに箸を伸ばして睨み合うトキvs()クロード。

 神速的な包丁捌きで野菜の山を崩していくホムラ。

 流麗な流れで料理を完成へと導く藍。



「お……はよ……」



 トキとクロードが取り争うムニエルの上に、寝ぼけ眼のまま再び夢の中へ――そしてムニエルの上へ――落ちる、いつの間にか屋上に現れ、気付けば席についていたインスタイル。





 

 朝食後に再び屋上の中央で向き合うトキとカーチス。

 向かい合う2人に加わるクロードとホムラ。


 それから始まったのは、3対1の的当てだった。


 時間無制限。

 メインターゲットはカーチス。

 サブターゲットをクロード、スペシャルターゲットをホムラと設定し、先程と同様トキはこれを追撃するのが目的である。

 目標はなるべく転がされずにカーチスに15発の弾丸を叩き込むこと。

 15発の弾丸を撃ち込んだ時点で訓練は終了。必ず15発撃ち込むまで訓練は続く。

 クロードに当てることができたら評価アップ。

 ホムラを捉えることが出来たのなら文句なし。中間の訓練内容を一切省略し、実戦訓練に移行する。


 しかし、現実が甘くないことは誰しも知っている。

 程度にこそ差はあるものの、大なり小なり人は現実の厳しさを心得ているのだ。


 もちろん、引き篭もった経歴を持ち、暇があればゲームばかりしていたトキもそれは知っている。

 最初から勝てる気がしていなかった。

 クロードから必死で武器を取り上げるカーチスとホムラを見て最初にそう思った。クロードという人間のように、世の中には訓練と実戦の境界線が曖昧な人間もいるのだと。

 投げ飛ばすことだけを許可され、一切の凶器を取り上げられたクロードが渋々納得するのを見て“もし”という僅かな希望は完全に消える。彼の双眸に宿る殺意が確かに見て取れたのだ。


 カーチス1人に手こずる現状で、3人相手にどこまで戦えるのか。

 あらゆる不安がのしかかる。

 条件を満たすことはできるのか。


 その結果はすぐに出た。

 訓練開始10秒でトキは後頭部から地面に叩きつけられ、行動を停止。

 誰に投げ飛ばされたのかを確認しようと辺りを窺うものの、迫りくるカーチスとホムラの組み合わせに余裕を奪われる。

 銃をカーチスへ向けて引き金を引く。が、軽いパニックに陥っているトキは体を沈めたカーチスのその行動に反応できず、いとも簡単に懐への侵入を許してしまう。

 2度目の投げ。

 カーチスの右手が顎を、右足に右足を絡められ、背後へと転がされる。


 それでも抵抗をやめないトキは受身を取って引き金を引く。

 抵抗が功を成し、カーチスの左肩に青い空間の波紋が生まれる――直撃――が、同時にクロードが腕を掴んでいることに初めて気付く。

 逆関節を極められ、抵抗するものの逃れることが出来ない。

 主導権を握られたトキは必死に悪あがきを試みるが、完全に極まった関節技から脱出することは容易でなかった。もがけばもがくほど悲鳴を上げる骨身に、伸ばされる人肉と筋。されるがままに操られ――立たされ、回され――仕舞いには首根っこを掴まれて放り投げられる。


 解放されてすぐ、体勢を立て直す。

 呼吸を整えながら3人と距離を置き、メインターゲットであるカーチスに銃口を向ける。

 銃火と共に後退するスライド。そこから吐き出された空薬莢の向こうに見た、殺人鬼クロードの異様な姿。薄白く変色するクロード。

 呆気に取られるトキの背後から、襲いかかるホムラ。


 直後、3対1の訓練は終わる。



「おっやすみぃ!」



 顔面と後頭部への衝撃。

 殺人鬼の顔面攻撃(はんそく)とホムラの背後からの奇襲が偶然にも重なり、前後から伝わる衝撃にトキの脳は揺れ、視界がブラックアウトする。

 芹真やカーチスのざわめき。

 ホムラとカリヴァンの怒声。

 ナインやボルトの声が届くことはなく、トキはただ、自分が訓練の中で敗北に至ったことだけを認識した。

 気を失ったトキを事務所のソファまで転送し、クリアスペースの面々とナインはクロードに説教を始める。

 芹真は藍の片づけを手伝いつつ、トキのクラス担任であり、自分の後輩でもある登竜寺蓮雅(とうりゅうじ れんが)に口裏合わせを取る。

 ボルトは無理矢理トキを起こそうかわずかに思案し、放って置く方針に決め込んでモーニングティーを堪能し始めた。



「こんにちは」



 この日、登校したのは昼からだった。

 トキが授業に参加したのは、昼休みを終えた午後の部から。

 ろくに昼食も取れずに職員室で注意を受けるが、空返事ばかり。授業の内容もろくに頭に入らず、トキは負けたことを悔やんでいた。

 凹んでいることをコウボウや崎島に悟られ、自分の不甲斐なさが災いしたものだと言って誤魔化す。あまり深く追求しないコウボウたちは一言二言だけアドバイスし、6時限目の始業ベルに急かされて席へと戻った。

 2人の励ましが効いたのか、授業に集中しながらトキは自分が負けた理由を考え始める。


 単純に1対多という状況に対処できなかった。

 なら、その元となる原因は何か。


 最終的に辿り着く結論は“経験不足”であった。



「またな〜」



 学業を終えて帰路につき、友人と別れる。

 夕日の中、藍と並んで目指す芹真事務所。

 繰り返すようになってきた日常。


 しかし、確実に変わっている日常。


 それでも変わらない、自分の非力。



『おかえり〜!』



 ボルトとホムラの笑顔に迎えられ、トキと藍はそれに応える。

 その間、トキの頭には今までの戦闘が思い起こされていた。


 今では共に戦うこともあるホートクリーニング店に、アヌビス。

 全てを思い出すきっかけとなったトウコツ。

 一般人まで巻き込むイマル・リーゼや黒羽商会。

 初めて仮死状態を味わった桜雪の中での戦い。同じ時間を操るSR:コントン。


 そして、芹真事務所。

 自分よりも遥かに強大な戦力となる芹真やボルト、藍。

 力を持つ者たちに囲まれ、時には共闘し、時には対峙する。


 自分が今まで生き残ってこられたのは、実力なのか。

 晴れることなき暗雲が渦巻く。

 分からないからではない。

 理解しているからだ。


 実力ではない。

 人によって生かされている。

 決して、実力なんかではない。


 もし、これから先、イマルのように一般人を巻き込むSRに出遭ったら。

 もし、コントンのように強大で凶悪なSRと遭遇したら。


 非力であることを悲観した故、自分はここにいる。

 人に生かされた分、強くなろうと。

 いつか、誰かを救う為に。



「おかえり」



 我に返ったトキは、ボルトが顔を覗き込んでいることに驚く。

 塞ぐトキの心を読み、ボルトはそれを褒めた。


 悩まない人間に真理に近づく意味は無いよ、と。

 悩んでこその進歩もある。

 躓き、塞ぎ込み、停滞する。

 進むことが全てではない。

 言葉では伝わりにくいが、誰でもそれを味わうチャンスを持っている。いつかは身をもって知る、止まることと進むことの意味。


 ボルトに倣ってナインが言葉を続けた。


 “精神を発展させるのは、幸福でなく悲しみである”


 偉人の言葉にもそういったものがあると伝え、ジョッキを傾ける。だが、トキは微塵も理解していない。理解しないまま学生鞄を置き、屋上へと足を運んだ。いまのトキに他人の考えを汲み取る余裕はなかった。


 誰かの為になりたいのなら、いますべき事は何か。


 外へ出ると、冷たい空気が肌に刺さる。

 トキの後ろを歩くホムラは肺一杯に2月の空気を吸った。



「お帰り」



 屋上に姿を現したトキにかかる第一声はカーチスの挨拶。

 その横には拗ねた表情のクロードがいて、トキの後ろに立つホムラは静かに3人を見守った。


 やがて、トキは真っ直ぐにカーチス目指してを進めた。

 自身が何から逃げていたのか時々忘れそうになる。

 当ても無く生きているような錯覚。

 それが本物の錯覚なのか、瞬時に判断することはできない。

 だが今、悔しい思いを経て、忘れそうになり、挫けそうになる目標を思い出せていた。



「お願いします」



 トキの挨拶に最も驚いたのはクロードだったが、カーチスにもその発言は予想外のものであった。

 訓練の続きを求めるトキを見て、冷静を取り戻し、頷く。

 その雰囲気に気付いていたらしいホムラは2人の呆気に取られた表情を脳裏に焼き付けた。


 PM17:00

 トキとカーチスは再び向かい合い、ホムラとクロードは測定に回った。


 今朝の訓練でカーチスは反省し、訓練内容をわずかに変更した。

 トキに3対1はまだ厳しいが、本人は3対1の訓練続行を希望しているし、カーチスとしても大幅にレベルを下げて訓練を続けるには抵抗があった。

 そこで3対1の内容を少し変えてみたのである。

 メンバーからクロードを外し、カリヴァン、インスタイル、更に藍やナインを日毎に入れ替えて行うことにしたのだ。メインターゲットとなるカーチスと、絶対に捕まらないという自信に満ち溢れているホムラは、確定メンバーとしてトキの相手を務める。メインターゲットである自身は一切の攻撃を行わず、回避に専念するのみ。妨害行動を取るのはホムラともう1人の誰かだけだ。


 その方法で訓練を始め――途中で様々なトラブル等、多々あったが――34日。


 トキはSRを使用した状況で、最初の3人相手に規定通りの銃弾を撃ち込むことに成功した。





 


 掴みかかるクロードを躱し、ホムラの進路上に弾丸をばら撒く。

 ホムラが進路変更を余儀なくされている隙に、カーチスへと銃口を向け、引き金に掛かった指に力を入れる。


 9mmパラベラム弾がカーチスの眼前に波紋を生む。



「お疲れ〜!」



 労うボルトと、銃を置いて一息つき、登校準備を進めるトキ。

 カーチスとホムラはトキが条件を満たしたことに軽く驚いていた。

 成長、飲み込みの早さ。

 遠慮のない攻撃。

 己が持つ力のメリット。



「気に入らねぇがあいつ、ジムそっくりだな」


「は?似てないだろ?」


「……やっぱ、そうだよな?」


「何言ってんだお前」



 トキを見つめて話す3人の元に、コーヒーカップを持って現れるカリヴァンとインスタイル。

 カップを受け取り、一気に喉を通すクロード。



「なぁ、次は俺にやらせてくんねぇ?」


「駄目だ」

「却下!」

「ダメ」

「やらせん」


「ダメだよ〜!」



 離れた場所から叫ぶナインにまで断られ、クロードの顔に青筋が浮かぶ。



「大体テメェは加減を知らねぇだろ!

 それがダメなんだよ!

 お前がやれば絶対殺す!」


「なっ、ちょっとは信用してくれたって……!」



 クロードよりも早くキレるホムラ。

 圧されるクロードを見て、静かにキリマンジャロを飲むポニーテールの女性:インスタイルは、この世界に来てからのクロードの我慢を思い出していた。

 元の世界では任務で暴れ、帰ってきてからも道場で誰か彼か相手に暴れていたのだ。



「ねぇ、私もやっちゃ駄目かな?

 クロードを監視しながらやれば問題ないでしょ?」


「イン……」



 少し考えてから頷くカーチス。



「監視しながらってんなら、まぁ、インがやってくれるなら心強いけど」



 渋々ながらも頷くホムラ。



「じゃあ、明日。私とクロードでトキの実戦相手を務めるわね」


「……何だよこの差は」

「見境無いお前が悪いだろ」



 敢えて突っ込むカーチスだが、この場の誰もがクロードの自業自得であることを知っていた。



「って!待て、イン!

 いきなり実戦は――」



 ふと、その内容に危険な匂いを嗅ぎ取ったカリヴァンだが、



「それくらいがいいと思うわ」

「私もそう思うよ〜!」



 インスタイルの一言に加え、ナインの後押しが効き、それ以上不満の声は上がらなかったという。



「じゃあ、明日はクロードとインスタイルだな。どんな訓練にするかは自由だから……」


「とにかくぶっ叩きゃいいん――!」



 ボグッ!



「主に近接戦法について、ね」



 こうしてトキの次の訓練相手が決まった。

 殺人鬼クロードと、インスタイルである。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ