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第30〜31話 Insert-01:vsフィルナ・ナイン-

 


 静寂に包まれ、寒さに支配された朝。


 住宅街に2つの足音がわずかに反響する。

 遠くから響く車の騒音と、時間の進行に比例して変化する空の色。

 肌に刺さるような寒さの中を歩み進む2つの人影。


 肩を並べて同じ方角へ足を進める、藍とトキ。



「総合力?」



 寒さによって眠気が徐々に消えていき、少しずつ活性化されていく頭。

 そんな半覚醒状態のトキは、彼女の言葉をオウムの如く返した。



「フィルナ・ナイン直々による総合力計測。

 朝からで辛いでしょうけど、ナインが言うには朝方が測り易いらしいの」



 事務所に辿り着き、玄関を潜って裏口へ向かう。

 扉を開けて屋上へ続く階段を上り、視界に空と雑然と並ぶ建物が入り混じった景色が飛び込む。

 朝日で彩られる空が視界一杯に広がるのと同時、2人の到着を待っていた面々の視線を確認した。



「ところで、その計測ってどう……?」


「ナインとの実戦よ」



 実戦=非演習、マジな戦い。

 退院は昨日で、訓練の開始は今日。ぶっつけな実戦が訓練と言えるのだろうか。


 最近偶然辞書で見つけた単語が、トキのわずかに眠気の残る頭に思い浮かび上がり、覚醒に拍車をかける。

 計測という名目からトレーニングルームのような施設を想像していたトキだったが、藍の一言から穏やかなものでないことを察知し、覚悟を決めた。 マグカップ片手に観戦体勢を整えている芹真とボルトを横目に確認し、流れるように目を顎鬚の男、その隣で手を振っているナインへと向けた。

 

 

 

 


 

 最初の一歩。

 明確に覚えているのはそこまでだった。


 早朝の冷たい空気を堪えながら辿り着いた芹真事務所。

 今日が訓練の始まりだった。


 どれだけ厳しく、どれだけものにできるかなど、拭えないほどの不安に満ちた訓練の初日。

 早朝、始まったばかりの訓練にて、トキは意識を失った。


 突進と突撃。

 辛うじて頭に残っている己が行動。

 直後、曖昧になる記憶。

 何らかの衝撃が体を襲い、視界はそこで閉ざされる。



「起きたか、トキ」


「大丈夫? トキ」


 

 瞬きが人生を始め、変えていく。 誰がそう言ったのか覚えていない。

 むしろ、自分以外にその言葉を覚えているモノが存在するのか、トキは聞きたかった。


 目蓋が上がり、目の奥が焼きつく感覚。

 混乱する意識と認識能力。

 わずかしてから体に感覚が戻りる。そこで初めて背中に硬い何かがあると気付き、ほどなくして自分が横になっていることを自覚した。


 最初にレンズに映った人影は芹真と藍、それから顎鬚の男:カリヴァンの神妙な顔。

 カリヴァンはトキに手を貸し、身体を起こすのを手伝い、一息ついたトキに質問する。



「敗北の原因は何かわかるか?」


「……」



 沈黙したトキは芹真と藍に顔を向け、その表情から自分が負けたことを悟る。



「まず認めろ。負けたことを。

 それから考えるんだ。どうして負けたかを」






 Second Real/Virtual


 -Second Real Training:01

  訓練初日! vsフィルナ・ナイン!-






「ちょっと、やりすぎちゃったかな?」



 起き上がったトキを見守りながら、フィルナ・ナインは傍らのボルトに聞く。

 計測とは言え、仮死状態にまで追い詰めたことに罪悪感を隠し切れないナインだが、ボルトはナインの言葉を否定した。



「トキにはあれくらいがいいんだよ。

 それに、あんな状態まで追い詰めることができるのなんてナインちゃんにしかできないよ〜」


「そう?」



 脳裏に残っている数秒〜1分ほど前の戦闘の映像がリプレイを始める。


 タイムリーダーを使い、ナインに正面から挑んだトキとそれを迎え撃つナイン(じぶん)。


 訓練(けいそく)だと侮り、ろくな策もなしに仕掛けたトキを襲う不可視の力。

 低速時間を利用した奇襲に失敗したトキだが、諦めずにナインへと足を踏ん張らせる。

 突撃を止めたナインは、尚も前進を試みるトキの足元を掬い、空中へと打ち投げる。この時、腹部と後頭部へと同時に衝撃を加え、トキが意識が混乱を始めたところで背中から硬い地面に叩きつけた。

 呼吸困難に陥ったトキに更なる追撃を加える。

 もう一度地面に叩きつけ、それから上下逆さまのトキを持ち上げて、空中で乾燥機に放り込まれた洗濯物の如く回転を加えて弄び、視界を奪った所で頚椎を捻る。

 そのショックで意識を失った瞬間を狙って、体中の関節という間接を手当たり次第はずす。


 最後にもう一度、ほぼ全ての関節を外したトキを地面に叩きつけて2人の戦闘は終わりを迎える。


 指1本触れることなくナインはトキを撃破し、トキはナインに敗れた。


 この時、ボルトは素直に驚いてしまう。

 一方的且つ、圧倒的に打ちのめされたハズのトキだが、それでも死んでいなかった。

 辛うじて蘇生可能な状態だったのだ。



「そうだよ〜

 だって、私や藍ちゃんが相手すればミンチか消し炭にしちゃうかもしれないんだよ?

 それに比べて、やっぱりナインちゃんは計測にピッタリだよ〜」



 満面の笑みを浮かべ、ボルトはナインに甘酒をジョッキで差し出す。



「それで、トキを測ってみてどうだった〜?」

「あ〜、正直に言えば微妙ね」



 眉をしかめるナインから視線を外してトキに目を向けるボルト。



「どう微妙だった〜?」

「う〜ん……

 そうね、自力は平均並みか、少し下。

 スピードはそこそこ。常に動き回ろうと意識していたのは良い心がけね。ただ、ちょっと意地になると視野が狭くなっちゃう傾向があるかな」



 ジョッキを一口で飲み干したナインは次に、トキの決定的弱点を述べた。

 それはボルトも前々から気にしていたことである。

 戦闘に於いて致命的なトキの弱点を克服するための手段を考えつつ、2人は唸る。



「やっぱり……」

「実戦か〜」



 意見が一致したところでナインは改めてそれを口にする。



「時間を操れるという強みをほぼ相殺しているトキの弱点は、薄弱な意思ね」

「やっぱり、トキは戦いに向いていない人かなぁ?」



 頷くナイン。

 ボルトはつい、ため息を漏らしてしまうが、ナインはその後に少しだけ付足しをした。



「向いてはいないけど、できるタイプだよ。見込みは十分に有り」



 トキの身体能力はナインも認めるべきものがある。が、戦いに何らかの理由がないと持てる全ての戦闘力を発揮することが出来ない。

 それがトキであり、当の本人はそんな欠点を一切認識したことがない。

 理由がなければ戦えない。 当たり前といえば当たり前なのだが、ナイン達にとって、それは再認識するほどの常識ではなかった。相手が敵と名乗った時点で叩き潰す。それが彼女たちのスタンダードである。


 理由がなければ戦えないトキはナイン達にとって非常識であり、しかし、現実にそれがいまのトキなのである。どう見られようと理由がなければ全実力を測ることはできない。



「実力差……ですか?」



 カリヴァンの問いの回答したトキは答えを待った。

 だが、その答えに赤丸が付けられることはなく、解答はチェックマークだった。



「実力差は最初からわかっている。皆知っているからこその計測相手だ」


「トキ、やる気ある?」



 呆れる芹真と不機嫌な藍に言われて口をつぐむトキ。

 改めてナインとの戦いを思い出し、深く考えたがわからない。



「トキ君。君は何のため戦おうとしている?」



 考えたまま沈黙したトキに、カリヴァンが声を掛ける。

 が、返事はない。

 藍は朝食の準備の為にとこの場を離れ、芹真はボルトとナインに声をかけるためトキから離れた。



「“Motivation”という言葉を知っているか?」


「いいえ」


「日本語で“ドーキ”と言ったか……これはトキ自身のための訓練だ。他の誰のためにもならない。君のためだけの訓練だ。

 トキが力をつけてから、初めて他の誰かのためにもなれるんだ」



 耳が痛いのは寒さのせいか、それとも図星だからなのかトキにはわからない。しかし、カリヴァンの言いたいことはわかる。

 これは自分のためのトレーニング。そこに他者の存在を持ってくることは言い訳でしかない。



「本当はもっとやれるんじゃないか?

 ナインを全力で倒すつもりで行け。そうでなければ、あいつは君の知人を人質に取るかもしれん。確実とはいえないが」


「もう一度、計測するんですか?」


「ああ。

 言っておくが、お前の全力を測るためのものだ。

 手を抜いているといつまで経っても終わらない。

 そうだろ?」



 立ち上がったトキに忠告し、カリヴァンはナインに合図を送る。

 2度目の計測が始まろうとした。



「ねぇ、ナインちゃん」

「ん〜?」



 カリヴァンの合図を確認し、おかわりのジョッキを物惜しみながら手放すナイン。

 2度目の計測。

 屋上の中央に向かうナインをボルトは呼びかけて耳打った。



「今度はこれこれこうして、試してみて。

 そうしたら……」



 離れた場所で良からぬ笑みを浮かべるボルトを見つけ、トキはカリヴァンに言われたことを実行できるか考えて不安になった。


 自分の全力。

 自らの全力がどの程度なのか知らないトキにとって、難易度の高い課題である。

 カリヴァンの助言に加え、ボルトの怪しい素振り。


 ――次の計測は手を抜けない。


 全力でなかったことはボルトにも伝わっていることは容易に想像できる。

 2度目の計測で手を抜くとどんな仕打ちが待っているのかは想像できないが、先ほどとは違う方法が待っていることは確信を持てた。



「じゃあ、トキ君。2度目の計測いっちゃうよ〜!」



 より不安を醸し出し、促進させ、煽る。そんな満面の笑み。

 歩み寄る彼女の手の中に銃が握られていることに気付き、先程以上に色濃く、またリアルに死を想像し連想してしまったトキ。



「トキ〜、ちゃんと避けないと、治してあげないぞ〜」

「今度はゲームオーバーにならないようにね!」


(ゲーム……オーバー)



 ボルトに釘を刺される。

 ナインの言葉が頭に突き刺さる。


 芹真事務所の屋上で再び向かい合う2人。

 藍の作り出した領域結界の効果で銃声が周辺に響くことはない。


 故に、遠慮せずに銃撃が繰り出せるのだ。



「やり方はさっきと同じ。

 どんなことしてでもいいから、逃げるなり撃ってくるなり、何でもいいから攻撃しなさい」



 “い”の発音と同時、ナインの銃が火を噴く。


 シングルショットによる連射。

 乱射のようにも見える銃撃だが、それら、弾丸の全てがトキの回避経路にばら撒かれていた。


 ナインの銃撃は警鐘によって予測できていた。

 問題はその弾道(バリスティック)

 的確に銃弾の軌道から逃れることができれば、不可視の攻撃を使われない限り反撃のチャンスをに繋がる。



(止まれ!)



 低速世界。

 そこでトキは普段と変わらない速度の行動で銃弾の軌道から逃れ、ナインの右側に回りこむことに成功する。

 銃弾は広範囲にばら撒かれているため、大きく外側から回りこむしかなかったが、それでも確実に銃弾を避け、ナインに接近でき――


 その時だった。



「甘いよ!」



 トキのタイムリーダーが生み出す低速世界に――銃弾を目視できるほど低速化した世界に――彼女は入り込んできた。



「前にボルトちゃんに聞いたんだけど、私をこの世界の能力で言い表すなら“絶対世界”っていうみたい!」



 更に銃弾をばら撒き、トキはそれから逃れるために距離を取る。

 相変わらず銃弾は低速だが、確実にトキの逃げ道を減らしていた。



(絶対、世界!?)



 少しずつ高速化していく世界。減少していく効力。

 時間を取り戻していく銃弾と周囲の景色。

 通常速度に帰る時間。

 低速が解除されるのとボルトが口を開くのは同時だった。



「そうそう。

 ナインちゃんのSRは“絶対世界”なんだよ〜

 自分の力で自分を包むと、誰の干渉からも逃れることが可能なんだ〜」



 絶対世界の力。

 その力は、己が持つ信念や思考傾向を具現化するSR。

 個々が持つ独自の世界観を外の世界へ物理的・非物理的問わずに反映・共鳴させ、また縮小させ、追い抜いくことをも可能とする力。

 それはトキのタイムリーダーも例外ではなく、トキに絶対追いつくという思いさえあれば、ナインはタイムリーダーを使うトキに遅れを取ることはない。


 時間は普遍のモノであると言う信念が加わり、更にナインはタイムリーダーに追いつくという強い意志を持ってそれを実現したのだ。



(でも、タイムリーダーは俺自身が加速するようなものだし……どういうことだ!?)



 先に時間を止める、または遅くしてしまえば誰の思想も及ばない。

 つまり、先に発動してしまえば圧倒的にトキが有利になる能力。それがタイムリーダーである。

 しかし、ナインの力は確実に低速化した世界に瞬時に対応していた。



「ナインちゃんがトキに共振介入しているからだよ。

 わたしみたいに考えていることがわかるんだ〜」



 ボルトの説明で、ナインがタイムリーダーの効果を予め知ったであろう理由に納得するトキ。

 先読み。それから展開される絶対世界。


 新たな銃撃が加えられる。

 ナインは自分の左右前後、四方向けて引き金を絞り、それからトキに向けて2発の弾丸を放ち、スライドが後退して止まった。

 銃弾が自分に届かないことを理解したトキは、2発の銃弾の脇を潜り抜けてナインに迫る。



(銃弾を抜けたのはいいけど、この後どうする?)



 1度目の計測はフィルナ・ナインについての情報不足が決定的敗因となり、負けるべくして負けた。

 銃撃の牽制から始まったトキの攻撃は一切役に立たず、呆気なく止められた。負けじと継続した突撃も無駄に終わり、反撃を食らっていいようにされて気を失う。


 トキ自身覚えていないことだが、その後各関節を余すことなく外された。



(フィルナ・ナインのサイコキネシスを潜り抜けられるのか!?)



 気を失う直前に見たナインの力、病院のベッドの上で体験した圧倒的な力。

 不可視の圧力。

 見えず、また超え難い壁。



(何とか時間を止め――)


「無駄よ。トキ君」



 タイムリーダーの効果が薄れ、銃弾が速度を増していく。

 そんな光景の中、再び策もなくナインに迫ったトキはとある変化に気づいた。


 足が止まる。


 背後に消えたはずの銃弾やあらぬ方向に放たれた銃弾――目に映る銃弾も、既に視界にない銃弾も――それら全てが一斉にトキへと向いていた。


 前後左右、上下、斜め八方。



「チェックメイトかな?」


「まだだ!」



 微笑むナイン。

 銃弾に通常時間が戻ればトキはゲームオーバー必至。

 しかし、まだこの状況を回避する手段を失ったわけではない。全方位から迫る銃弾を前に、トキは突撃を再開する。


 前面、三方向の銃弾に手を伸ばし、まず真正面の銃弾を両手で包んで時間を奪う。

 クロノセプターによって奪った時間を掌に溜めておき、距離を詰める左右斜め前方の銃弾を掴んだ。

 時間を奪って消滅させ、掌に奪った時間を回遊させたまま、トキはナインに接近する。



「まだまだね!」



 タイムリーダーの効力が完全に消えるのと同時、ナインが放つ不可視の力とトキの体がぶつかり合う。

 前進を阻まれたトキの背後へ銃弾が襲い掛かる。



(止まれ!)


「もっと無茶してみなさいって!」



 再び訪れた低速時間世界で、ナインの掌がトキに向く。

 それと同時、強く警鐘が鳴り響いた。

 鐘に促されて咄嗟に斜め後ろに飛んだトキの視界に、上からの圧力で砕けるコンクリートが視界に飛び込んだ。


 停止した弾丸の横を潜り、ナインの掌の動きに注意を払う。

 手首の動きだけで不可視の力を操作するナイン。地面を穿った時の手の動きは、上から下に。 圧力と同じ動きだった。



(行けるか!?)



 手首が動く。

 まず中央位置から左へ、それから右。次に下から上へ。


 その動きにあわせてトキは回避経路を選択していく。半ば直感に頼った行動だが、確実に不可視の力を躱わしていった。

 銃弾が不可視の圧力で向きを変えている事に気付き、銃弾が通常速度に戻る前に時間を奪って消し去り、再びナインの手の動きに注目する。


 が、トキの視線がナインの手に焦点を合わせるよりも早く、額に硬い物が直撃した。



「あっ……が!」



 額にぶつかり落下していくソレを見たトキは、自分が大きな隙を見せていることを悟った。


 “目を向ける場所はそちらではない”

 “敵から目を離すな”


 頭で理解しながらも、何が飛んできたのか気に留めてしまい、ついソレに目を向けてしまう。

 地面に落ち、独特の音を伝える黒い金属――空になったマガジン。

 銃弾を全て吐き出し、用済みになったマガジンを不可視の力でトキの額めがけて飛ばしたのだ。


 足を止めたトキにナインの笑顔が向く。



「1本目〜♪」



 激烈な痛みを覚悟しながらもトキは抵抗の姿勢、反撃の意志を見せていた。

 予想されるナインの攻撃はパターンは2つ。不可視の圧力か、銃撃によるものか。


 手の動きを確認する余裕がないこの瞬間、トキは奥歯を噛みしめた。

 攻撃が来る。

 防御する余裕も、回避する時間も無い。

 大きな隙を見せてしまったことに後悔する。


 直後、銃撃がトキに襲い掛かった。



(クッ……!)



 が、ダメージはない。

 服の一部を削ぎとっただけで、トキ自身には一切触れずに銃弾は何処かへと消えた。



「ワインボトル1本ね!

 ボルトちゃん!」


「負けるなトキ〜!

 私のご飯とかが減っちゃう〜!」



 意味不明(ハトニ)理解不能(マメデッポウ)


 何が起こっているのか理解できないまま、トキはナインと距離を取る。

 決定打を与えることもせず、銃弾を掠らせて終わったナイン。



「また妙な遊びを……」



 ナインの行動に呆れるカリヴァン。

 訓練のことを忘れはしないかどうか不安だった。ナインの度忘れで何度か死に掛けた経験をしてきたカリヴァンは、心底それが心配でならない。


 酒が絡むとナインの忘却度は通常の2倍以上にまで上昇する。

 すでに訓練のことを忘れかけているのではないか、とボルトは疑い始めていた。


 5発掠めることが出来たら酒樽1荷。

 マガジンをぶつける、或いは銃弾1発掠めたらワインボトル1本。

 

 それはボルトがナインに提案したもので、トキが攻撃の苦手なタイプの人間なら、せめて回避性能を見ておこうという魂胆から生まれた作戦であった。

 ちなみに出費はボルト、または芹真事務所持ち。



「私のご飯も減っちゃう〜!」



 再びナインの銃弾がトキに襲い掛かる。

 タイムリーダーで逃げ回るトキを執拗に追いかける銃弾。追加される9mmパラペラム弾。


 低速だが確実な破壊力をもって迫る銃弾から時間を奪い、反撃の銃撃を繰り出す。

 が、やはりナインに銃撃は効かない。

 動揺するトキを銃弾が襲う。

 低速ゆえに触れていたことに気付くのが送れ、低速世界が解除されると同時に1発、2発と弾丸が掠る。



「ボルトちゃん!

 約束通り、あと2発で酒樽1コ追加ね!」



 更に銃弾を追加してトキを追い詰めてゆくナイン。


 躱わしたはずの弾丸。

 戻ってくる銃撃。

 不可視の絶対防御を切り崩す術も思いつかず、ただ回避を続ける。


 銃撃と回避、防戦一方の展開。

 それが30分。



「酒樽12コ目ぇ!」



 銃撃と回避。

 追撃と抵抗。

 一方的に展開される戦闘。



「それ12コ目!」



 約百発の弾丸が飛び交う中、トキは全力で回避と時間奪取を続けた。

 新たに追加される銃弾を躱わし、その隙を突いて襲い掛かる別の弾丸を躱わす。または消す。



「12コ目〜!!」



 カリヴァンの懸念は現実となっていた。

 ナインは訓練のことを忘れ、我欲(さけ)のため半ば程度の力を持ってトキに仕掛けた。しかし、トキは、



「いい加減に12コ目飲ませてよ!」



 総計120発の銃弾の嵐。

 不可視の力のほとんどを銃撃に集中させる殲滅戦法。

 その中でトキは、確実にクロノセプターをものにしていた。


 フィルナ・ナインとの戦闘で、トキは自分の力の特性を知った。

 体力や精神力に比例して効力が減少するタイムリーダー。その効果を少しでも長く持続させるために取った行動は、銃弾から少しずつ奪った時間で疲労を解消していくというものだった。時間を奪い、体力を回復し、タイムリーダーを発動、回避を続けるという無限にも近いループ。

 このサイクルを絶やさずに繰り返す。


 銃弾でトキを掠め、酒樽を得ようと必死になるナインと、全方位から襲い来る銃撃を躱わし続けるトキ。


 そんな2人を見守るボルトは、計画通りに進んでいることに頷き、トキの相手を務めているナインは驚いていた。



(やっぱり、攻撃は苦手だけど回避するのは得意なんだね、トキは)


(いくら低速だからって、一度に十数発の弾丸が襲い掛かっているのに、全然動揺しないで銃弾を消し去っているなんて……!)



 更に銃弾が追加される。

 繰り返される銃撃と回避。

 その後、1時間に渡る計測は、ナインが辛うじて12荷の酒樽を獲得したところで終わった。



「最後の方はよく頑張ったね。トキ」



 ボルトに誉められながら、僅かに乱れる呼吸を整えるトキ。


 計測が終わった屋上の一角で、芹真は大き目のアウトドアテーブルを運び出して広げ、藍とボルト、それからカリヴァンらが大量の朝食を運んだ。



「華創実誕幻、2段:紅葉」



 芯まで冷える寒い朝に、藍の術が暖を確保する。

 トキやナインがテーブルに掛けると新たに階下から屋上へと姿を現した。

 これからの訓練相手であるクリアスペースの面々である。そんな彼らの姿を横目で確認し、食前の挨拶を済ませてとっとと朝食に喰らい付くボルト。

 少し離れた場所で別個に展開したテーブルの上で野菜を捌き、キャンピングコンロでお湯を沸かし、術を使って高速クッキングに勤しむ藍。

 トーストとコーヒーの香りを愉しむ芹真。

 ベーコンエッグにスパイスをふりながら緑茶の準備を進めるカリヴァン。

 屋上に来るなり、藍を発見して手伝いを申し出た赤髪のホムラ。


 AM07:46


 向かい合って座るトキとナイン。

 にぎやかな朝食が始まってから数分、向かい合う2人は同時に海草サラダのボウルに手を伸ばした。



「……」

「……」



 硬直。

 視線交差。

 ナインの笑顔。



「私、ランチドレッシングが好きなの」



 空返事で対応するトキだが、海草サラダが不可視の力によって誘拐されていることに気付いたのは3秒後の事。目をボウルに落としてみると半分もの緑の野菜や紅い海草が消えていた。



「俺はフレンチドレッシング派です……」


「まぁ、それはいいとして――」



 軽く流されつつ、トキはボウルのサラダを手元の皿に移し、ドレッシングを探す。

 トマトを口に放り込みながらトキの探し物を数メートル離れた場所から持ってくるナイン。

 人の目で捉えることの出来ない、放たれた銃弾を90°以上曲げることのできるナインにとって、調味料の入った小さな容器など無いにも等しかった。

 調味料をを眼前で誘拐されて取り損ねたボルトが頬を膨らます。



「トキ君。

 君はさっきの戦闘で、何度私に攻撃を仕掛けようとした?」


「攻撃ですか?」



 差し出されたドレッシングを受け取るトキ。

 頷くナインは笑みを見せたままトキの回答を待った。



「コーヒーおかわり」

「お湯をもらえないかな?」

「紅茶くれ〜」

「コーヒーおか――」

「キリマンジャロおかわり」

「牛乳おかわり〜!」

「私も牛乳欲しいなぁ!」



 ボルトに倣うナインに、トキは大まかな数字で答えた。



「5回くらいだった気がします」

「惜しい。4回だったわよ」



 芹真が咽る。

 カリヴァンが固まる。

 ホムラがよそ見して指を切って喚く。



「え〜?

 たった〜?」



 唐揚げをフォークで串刺しにしていきながらボルトが哀れみをトキへと送る。

 カリヴァンは頬を引きつらせ、藍が鼻でため息をついた。



「そのうち隙ができるかなと思って。

 それで、とりあえず回避に専念……」



 肩を落すトキを除いた一同。

 その中で、誰よりも早く口を開いたのが芹真だった。



「あのなぁ、トキ。

 実戦で相手のミスや隙を期待するな。

 ゲームみたいに生易しいもんじゃないんだぞ?」



 それから次々と口が開いていく。

 ナイン、藍、カリヴァン、ホムラ、ボルト、いつの間にか起きてきた金髪のクロードと東洋人のカーチス。



「これはカーチスの出番ね」

「そうね。基礎的でいいんじゃないかしら」

「ふむ。銃なら使いこなせれば、モンスター相手でも充分対抗できる。攻めるのが苦手な奴でも引き金さえ引ければ脅威になれるしな」

「カーチスなら死ぬこともないし、いいんじゃねぇの?」

「賛成賛成ぇ〜」

「俺はまだか!?」



 こうして次の指導者が決定した。

 ご飯茶碗を置き、トキに頭を下げる。



「……何か、急に決まったみたいだけど、ヨロシクな」



 昨日の病院内での佇まいとは随分違う印象を醸し出す東洋人の男、トニー・カーチス。

 トキには病院に居た時とは違う、全くの別人に見えた。



「あの……日本人、ですよね?」


「カーチスは日本人だ」

「こいつさぁ、滅多に本名名乗らないんだぜ」



 断言するホムラに、せせら笑うクロード。

 それに対抗して本人は、



「名乗ってもいいことが無いからだ」



 理由を説明するカーチスと、その意に同を唱える芹真。



「今度はこちらが聞きたいんだが、銃は調達できるのか?」



 カーチスの目がトキだけでなく、芹真事務所の全員ならびにフィルナ・ナインに向く。

 元の世界から自前の道具を一切持ってこなかったカーチスは、現在進行形で非武装の人間であった。

 トキの訓練に付き合うために銃は必須。最悪の場合はカリヴァンに作ってもらうことになるが、1週間から1ヵ月間という長い期間を要するため、訓練スケジュールに支障が出る。



(スケジュール、確定していないけどね)



 心の中の呟きを必死に――ボルトに読まれないように――抑え、コーヒーカップに口をつける。

 銃が調達できるかできないかというと、芹真事務所には決して不可能ではなかった。

 予備として保管している銃器を取り出すこともでき、必要な銃器が不足している場合はナイトメアの火薬庫を襲撃して奪取してくることも可能である。また、協会からの依頼を受諾するついでに銃器を借りる事もできる(そのまま返さない)。



「なら、ハンドガンを用意して貰えないか?」


「種類は?」

「何でもいい。

 最低4挺。

 オートマチック2挺にリボルバー2挺。この条件さえ整っていれば種類なんてどうでもいい」


「弾は?」

「それぞれの銃に合った物を、とりあえず800発程」



 コーヒーを飲み干した芹真は席を離れて階段へ向かい、屋上から降りた。

 カリヴァンやナインの推奨、芹真とカーチスの会話から次の訓練が射撃訓練であることを予測し、僅かに安堵するトキ。



「クソガキ!

 それは俺のサーモンだ!」

「そっちこそ〜!

 それ元々私の目玉焼きだったんだからねぇ!」



 芹真が去った後、食い意地の張った連中による争奪戦が始まった。

 ボルト、クロード、ナインによって箸とフォークとナイフが飛び交うテーブルはまさに戦場。

 飛び交う様々な物を避けながら朝食を続けるトキ、カリヴァン、カーチス。

 次々と高速で料理を生み出していく藍とホムラ、のいつの間にか確立していた料理対決。


 そんな朝食だったが、奇跡的にも怪我人は出ずに終わったという。




 

 

 本日登校不可能なトキは、朝食を済ませた後もナインの気まぐれによって計測という名のアルコール獲得のための良き口実となっていた。


 午前中いっぱい銃弾を避け続け、昼食を摂り、午後も同じ計測に付き合った。


 最終的にナインが得たアルコールの総量はワインボトル70本と酒樽25荷。

 更に、ボルトの昼食と夕食のそれぞれ4分の1がナインによって奪われた。



「明日からの訓練は、カーチスとカリヴァンが気まぐれ且つ、たぶん交代しながらだと思うけど、教えてくれるから〜」



 ナインが上機嫌にグラスをラッパ飲みする傍ら、4分の1の食事――ラーメン50杯分に相当(芹真談)――を食べ損ねたボルトはテーブルに突っ伏し、腹の虫と合唱していた。



 

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