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第35~36話 Insert-Extra02:The Perfect OutSider-

 4人は風の中にいた。

 眼下には敵の陣地が、背後に消え行く黄昏の中に狂気を隠しながら、これからの作戦を説明する。


 この4人で奇襲攻撃を仕掛ける。

 敵は残虐非道なテロリストだ。



(ジム、インちゃん、聞こえる?

 この話は二人にしか説明しないからよく聞いて。

 下の人たちは、元々一般人で、いまも社会に溶け込んでいるらしいの)



 サブマシンガンの重さを両手に馴染ませる少年と、大型拳銃を片手で操作して見せる金髪の女性が傾聴の視線を送る。



(私たちがこれから戦うテロリストは、自分たちの練度をあげるため、あるいは新しい武器の試し撃ちをするために指の数以上の集落や村を襲って殺戮を繰り返してきた。

 しかも、その動機が『独善的民主主義を掲げる現首相とその政党の辞任・解体のための反抗』だっていうの。

 正直、笑いを通り越して憐れみを覚えるわね)



 あえて、この事実を色世時に伏せたのは、暴走を抑えるためであり、すでに前途多難が待ち構えている人生に余計な重しを増やしたくない親心があったからだ。



(さて、そんなトキはどこまで戦うことができるかな?)





 

 それは、平時の真昼に突然起こった。



「ちょっと豆買ってくる」



 一言残し、事務所の社長たる芹真というコーヒー狂の狼は、デスク上に散らばる全ての仕事を放り出し飛び出していった。豆を求めて。

 すると、外れるタイミングと知ったかのように仕事用の電話が騒ぎ始めた。

 芹真事務所に一人残っていたのは異世界からの来訪者で、一度なくした生を堪能している真っ只中の超能力者、フィルナ・ナインという、笑顔でミサイルを反らして返して味方諸共吹き飛ばすような気まぐれ鬼畜女である。

 タチの悪いことに、事務所の据え置き電話がコーリング・クラシックを演奏し始めたのは芹真が飛び出した直後であった。これは出るしかないと誰が言うまでもなく彼女は受話器を持ち上げる。



「はい、お電話ありがとうございます。芹真事務所です」

『(あれ?誰だこれ?でも芹真事務所言ってたし……)こちらは広報部のJ・Aと申します。芹真社長は御出ででしょうか?』



 もちろん、この時点で違和感を覚えた協会の連絡員J・Aの直感は正しかった。だが、



「あぁ、仕事のご依頼ですね」

『(このパターン、また孫悟空の息子の所かコーヒーだな)それでは……』



 協会からの電話、任務の依頼は世界のどこかに戦争を呼び込む火種ともなりかねない、失敗の許されない重大な仕事であることが多い。それを今日初めて耳にする受付嬢を装う誰かに易々と伝えるわけにはいかない。

 それほどが、本日協会より芹真事務所に依頼する内容の仕事である。幸いにも確認の方法は確立しているため、部外者か否か判別に困ることはないだろう。



『定例に従って受諾コードを――』

「コナ・モカ・トラジャ・マンデリン・77689・ブルーマウンテン・Rvs・78c・LMCH。

 それではお話の続きをお願いします」



 しかし、初めて話す女性は難なく芹真の頭の中にしかない受諾コードを告げた。その流暢さ、声から聞き取れる自信の度合いからメモなどに目を通してはいないものとJ・Aは感じ、事実フィルナ・ナインという超能力者は片手で筆ペンを走らせ、不可視の力で芹真の作りかけのコーヒーを拝借しつつ新聞に目を落とし、受話器をとって電話対応に入っていたのだ。メモなどこれから取るものであらかじめ用意したものなどないし、そもそも芹真にミッションコードをせがんでも教えてもらえなかったから勝手に頭の中を覗いてしまったわけなのだが。



「…………了承、しました。それでは、芹真事務所に任務をお伝えします。必ず芹真社長にもお伝えしてくださいね?」



 こうして、読心術や未来予知など朝飯前にこなしてしまうフィルナ・ナインは、芹真事務所の仕事を勝手に請け負い、問答無用に首を突っ込んでは周囲(主にトキ)を巻き込みまくるのであった。



「……ゑ!?」



 例によって例の如く、色世時は突然のイベントに全身どころか思考の果てまで硬直していた。

 時刻は夕刻。学生にとってはまさしく下校時間と言える黄昏時、勉学という時間の去った解放感が最高潮を目指す時間帯であった。トキも思いつきで古いタイトルのゲームを無性に遊びたくなり、速攻で帰路についてはゲームショップに寄り道したものの、そこで待ち伏せされていたと知る由もなく、フィルナ・ナインに肩を叩かれて思わず振り向いてしまったのである。

 任務を耳にした瞬間、手にしたゲームソフトが自分の靴に落ちてから地面に着地する。



「というわけで、会計早く済ませて」

「でも……」



 やはりこの展開には慣れなかった。今日の訓練は休みと聞いて油断していたこともあって素直に頷けない。第一、その任務に参加する理由がない。



「ほら、社長さんは買い物だし~

 アイちゃんは見つからないし~

 ボルトちゃんは寝てるワケで~

 消去法でトキと私達しかやれる人居ないんだ」

「拒否しますから、あなたたちだけでやって下さい」



 視線を外してゲームソフトを拾い上げ、二本目のソフトを探す振りをしてその場を離れようとするが、ナインは小声で語りかけながら後ろをついてくる。



「簡単な仕事だよ。報酬も用意したし」

「でも気乗り――」



 やる気が出ないことは十分に伝わっているはずなのにナインは、



「気分で仕事するのは、社会人を目指す学生としては間違い甚だしいんじゃないかな?」



 などと反論の余地を見失ってしまうようなことを言った。

 だがアルバイトの経験もない(芹真事務所を除く)トキには、そもそもにして働く動機がない。気持ちは帰宅して購入した中古ソフトの攻略にとりかかることにばかりに傾いていたし、いくら正しい道理を並べられても必ずしもそれに従う理由を持ち合わせていない。



「何かしているうちにやりたいことが見つかるさ。だから、なんでもやるんだよ~、ところで、報酬のゲームソフトだけど~」



 いやいやながら視線をナインに戻してしまったトキは、その先に掲げられた携帯電話のメモ帳に並ぶ名前に決意が折れる瞬間を実感した。



「これ、本当にくれるんですね……やります」

「そ~こなくっちゃ♪」



 プレミアのついているゲームソフトが報酬とあらば参加せずにはいられない。購入自体が不可能となった代物ならば、それらゲームタイトルのファンやマニアでこそないが、ゲーマーとしての矜持が入手に対するひどく熱烈な意欲を駆り立てるのだ。

 悲しいことに、今のトキが持ちえる最大のプライドとはゲームというジャンルに尖がっていたりする。


 そんなこんな事情を経由し、いまでは時刻はPM04:38。

 中国の空と山々に、トキは夕暮れの異国の地を眼下に収めていた。



「ミッションを説明するわよ」



 山間の廃村を上空から見下ろす4人は、田園の潤うゲリラの拠点を、その地図を頭に叩き込みながらナインの話に耳を傾けた。



「ミッションレベルはB−からAくらい」



 この任務に参加するのはトキと、その訓練相手として異世界からやってきた角刈り茶髪の少年:ジム、それからその親友である金髪ポニーテールの女性:インスタイルである。



「今回は救出任務。

 対象はゲリラによって事故的に捕縛されてしまった、不運の協会所属の特殊工作員“BBB”と呼ばれている男よ」



 トキの両隣ではジムとインスタイルがそれぞれツインカスタムベレッタと大型リボルバーに弾丸を補充しているところだった。それが終わると今度はジムがサブマシンガン:マイクロウージーに、インスタイルが今時珍しいコンデンターという単発式の大型拳銃を手の中で転がして感触を確認した。



「敵勢力は“蒼き土”と呼ばれる数ヵ月後に大規模なテロを目論んでいる武装ゲリラ集団よ。元農民の集まりとは思えないほど武装は充実しているし、他方にちっちゃな支部を持っているみたい。

 まぁ、それでも“リメンバー”ほどの軍勢や、“カーテン”ほど質のある兵士がいるわけでもない、いわゆるちょっと装備がいいだけの集団で、結局は烏合の衆ってところね(あえて伏せるけど指揮官は別ね)」



 黙々と戦闘準備を進める二人に挟まれてトキは自らの武装に少し悩んだが、やはり自身も二挺拳銃を選択する。星黄畏天(せいこう いてん)、刀剣の二刀流も考えたがこれから相手にするのは銃器を武装している。遠距離攻撃できる敵に、わざわざ近接格闘戦を挑む余裕を精神的に持ち合わせていないし、こちらの方が手っ取り早い気がした。



「想定敵数は30~70。

 近くの山間に潜んでいる哨戒とかもカウントしてこの数字だから、人質救出から離脱まで10分もいらない任務よ」

「脱出は?」



 と、ジムが質問。



「さっきボルトちゃんが起きたみたいだから、脱出ポイントに到達したら順次事務所まで転送してくれるってさ~」



 脱出経路は不可視で、しかも遥か彼方より始まる光通信転送ときたか。

 お気楽な口調で言うナインに今度は目を細めたインスタイルが質問する。



「ナインも戦闘に参加するのよね?」

「うん、上空から援護・演出するよ」



 溜息を漏らしたインスタイルがまたか、とぼやくいて二挺の大型拳銃をショルダー&ウエストフロントホルスターに収めてポニーテールをキツく纏め直す。



「それで、人質のBBBさんはどこに居るか分かるんですか?」



 次に質問したもう一人の少年、両手でそれぞれ高熱と見えない圧力を操るジムの能力を思い出しながら、作戦開始位置を見下ろして息を呑む。いきなり敵陣のど真ん中に降下する気であるのだ、フィルナ・ナインという女性は。

 ステージが始まる。

 山のなだらかな斜面に作られた田んぼと木造の家が並ぶゲリラの拠点という戦場。緊張感は否が応にも増した。



「ごめんね」



 笑うナイン。

 そんな彼女に、3人揃って怒りを覚えたが、誰もが口を開くよりも早く急降下が始まる。

 山奥での急降下。状況を理解した瞬間から、作戦は何度目かも分からない問答無用で始まってしまった。



「まったく杜撰ね! 私は田んぼ沿いを探すわ!」



 オープニングヒットは、作戦開始地点の真横を通過した紫煙一服中の武装兵士を蹴り飛ばしたインスタイルが持っていく。

 その後に続いてトキとジムは揃って斜面を駆け上っていく。

 開戦の初弾をインスタイルが持っていった今、トキもジムも引き金を絞る指は軽かった。



『直接頭に話しかけるよ!』



 物陰に飛び込みながらナインの響きに意識を向ける。



『目標のBBBはどうしてか千里眼にもかからないの。だから、協会の監視係もいきなり消えたBBBを探していたわけだけど、ここの連中に捕まったことだけをどうにか捉えて、あとは人員不足でどうしようもないから私たちに現地へ赴いて救出してっていう依頼が来たわけ!』


「目標を補足できないワケは!?」



 あぜ道の影に飛び込むインスタイル目掛けて自動小銃の歓迎が始まり、村のそこかしこに乱立する家屋を盾にするジムとトキにも銃撃が襲いかかる。厄介なことに、ここの兵士たちの練度はそう高くなく、だが決して低いわけでもない、狙撃と乱射の中間的な弾幕が展開されたのだ。



(ここの兵士たちは伸び始めか!?)

『おそらく目標のBBBを補足できない理由は、私たちの世界でも数えるほどしかいなかった彼らと同じ……!』



 インスタイルが斜面の上からなだれ込んでくる兵士たちに向けてリボルバーを高速6連射を食らわせる。崩れる6つの骸を見送りつつ大型単発銃で物陰に潜んだ敵を射抜く。

 大口径弾の前に木製の家屋は布も同然だった。順調に、作戦開始数十秒で五指以上の敵を倒してスコア上々の彼女だが、舌打ちを漏らした。



「敵にも能力者がいるってことか!」



 聞こえるように叫んだのはジムだった。

 物陰から飛び出して二丁拳銃を二点連射。同時にサブマシンガンで飛び出してきた敵を牽制する。

 トキも障害物越しの銃撃を浴びる前に先攻せんと低速時間を展開し、樹木に陰る村の中心を目指す。中心と言っても家屋の数も20前後。斜面の上に行くほど木造家屋は密度を高めていった。



(能力者……ってことは、敵のテロリストにSRがいるってことか!)



 四肢を狙い、武装を狙う。

 トキが先行し、ジムがそれを援護する形で侵攻していく。確かな感触を全身で受け止めながら、決して油断をしない。

 自然を可能な限り利用した造りの敵地は、木造が中心でありながらも土嚢や岩石を組み込み、用いて、偽装を施された銃座などが設えられており、見た目以上の防衛能力を有していた。



『インちゃん、田んぼ沿いに水源があるから潰しておいて!』

「了解!」

『ジム、右方100メートル地点に敵の弾薬庫!』

「了解!」

『トキ君、そのまま直進すると――!』



 武装破壊と当て身、時間停止と低速世界の展開、時間奪取と身体強化。

 これまでの訓練で把握してきた己の全てを駆使して敵陣を駆け抜ける。斜面という地形と実戦へ臨む緊張感から足取りは決して軽くないトキだが、それでもタイムリーダーの力で常人の倍以上の速度で移動していた。



『――敵司令部!』

「え!?」



 思わず踏みとどまったトキだが、物陰から蛮刀で不意打ちを目論んだ敵を躱し、追撃の銃弾を高速で回避し、物陰に飛び込んで安全を確保しつつマガジンを交換しているうちに、



『あ、まぁ、頑張って!』

(マジか……!)



 敵を撃ち倒した瞬間に任せられてしまった。

 巨大な樹木の根を天板と利用して造られた建造物の扉が見える。待ち伏せを予測しながらその場所にたどり着いてみると、案の定、伏兵は樹木の物陰から一斉射撃を浴びせてくる。

 それを予期したトキはあえて前方へ飛び込み、展開した静止世界で複数の銃弾が死線を描き、死点を結ぶ―よりも早く、兵士たちを射程圏内に捉えて無力化を開始していた。

 銃器破壊。出入口を固めていた6人は突撃銃が破壊されたことに気付くのにたっぷり数秒を要し、その間、カバーオブジェクトから時間奪取することで物陰に潜んだ銃手と重機関銃を武装解除、全員をホールドアップし、それでも抵抗して格闘に持ち込もうとする敵へ、止む無しに繰り出す四肢への銃撃と奪ったスタンガンで戦力外通知を施す。

 トキがそこまでやってのけたことに、上空から観察していたナインは満面の笑みを、数秒だけ浮かべて感心していた。



(訓練の成果が出始めているね、確実に)



 ふと、そんなことをナインが考えているのと同時だった。

 同様に。

 しかし、そいつは地上で。

 訓練の成果、という点のみに共通を抱くだけだった。

 一般人じゃない手練がこの基地を襲撃したのだと気付いた男がいた。テロリストが。



(敵襲か。この拠点に感づくとは……何者だ?)



 それはナインと逆の感想。

 落胆である。

 負の感情を抱いた男は、兵士たちが襲撃者に挑んで全く成果を出せていないという状況にため息を漏らした。

 司令部の薄闇の中でサングラスを投げ捨て、右手を司令部の出入口まで到達したであろう敵に向ける。



「なるほど、全く未知の戦力か」



 男のその動作を、トキは警鐘で知った。

 攻撃。


 ――それが発現する。それが扉越しにやって来る。


 直感は両者全くの同時だった。

 あえて一枚扉のみを設え、入りづらく逃げづらく造った司令部は、敵の侵入・逃亡経路を一点に絞る為のものだ。

 瞬時にそれを理解したトキは、鉄製の扉を突貫して襲い来る尖鋭なる巨石を躱し、同時に反撃。残弾を全て送り込んだ。



(警鐘は、消えてない!?)

(回避、したってのか!?)



 トキは見た。

 地面から生えて襲いかかった槍の如きその石は、オベリスクと呼ばれる貴石。本来こんな緑豊かな山奥では見かけないはずの人工物を敵は武器として用いた。それだけじゃない、たった今銃弾を弾き逸らしてみせ、盾としても駆使していた。たかが石、されど石。世界中どこにでもあるそれらを、この敵は自在に操れる。本能的にそれを理解してある言葉が絞り出される。

 それは男も同様で、破壊した鉄扉の隙間から覗く緊張を維持したトキの顔に悪寒を覚えながら、ある言葉に出会う。


 “強敵か”


 つぶやき、両者は向き合った敵を一定の基準以上の難敵と判断した。






 Second Real Training


  -Ex:02-


 -The Perfect OutSider-






 爆撃が弾薬庫を吹き飛ばした――そんな認識と恐怖を引きずり、逃走を開始する兵士たちの背後を容赦なく射止めるジムは、上空のナインに支援念力をインスタイルに向けるよう伝える。

 白銀のカスタムベレッタの折畳み式追加バレルを展開して突撃銃ばりの精密射撃を片手でこなしつつ、背後や側面から迫る合流兵を漆黒のカスタムベレッタの二点連射で撃ち倒していった。



(インの状況は?)

(ジムがそっちで引きつけてくれている間に食糧庫を燃やして~

 兵舎でドンパチドンパチして~

 通信室みたいなのを吹き飛ばして~とにかく、インちゃんは元気です、はい)



 ちょっと元気が欠けているナインが気になるジムだが、続いてトキの状況を知らねばと頭を切り替える。



(トキはここの一番強いのと対峙しているよ)

(……っ、場所は!?)



 銃撃が加速する。

 確実に急所を外すという意識を念頭から外し、ジムという人工強化体は両手の照準を物理法則の限界点に触れる速度で移し続け、自らの意中に飛び込む全ての敵をものの十数秒で全て撃ち止めてみせた。上空から見守るナインは、役目のほとんどをインスタイルに取られ、なくした元気を強調するようにため息を全員に聞こえるように漏らした。



(ジ~ム~、今回は助けに行っちゃだめだよ?)

(そのワケを聞かせろ!)



 手近なサブマシンガンを拾い上げて、カスタムベレッタに貴重な専用マガジンを装填してホルスターに収めながら、トキの向かったであろう方面へと踵を返す。



(敵は確かに強力だよ。でもね――)

(だが、援護だったら!)



 木陰から飛び出した兵士を殴り倒して斜面を下り、小谷に越えて斜面の上に現れた兵士を射殺する。



(ねぇジム、勘違いしないで欲しいな。 ここは私たちの世界じゃない)


(命にどんな世界かなんて関係ない! ましてや戦場ならどこの世界に行っても地獄でしか……!)



 谷の反対側に忍んでいたスナイパーが、ナインの念動爆撃によって土ごと圧殺される。それを脇目に、不要と申し出た援護に戸惑いながらもジムは走り続ける。

 例え、生きる世界が違えども、同じ敵に向かうなら誰であろうが仲間であると信じていたい。それが彼らの信念だった。

 矛盾を孕むかもしれないその姿勢を核に、こんな任務と向き合う最も不慣れな男への助勢と急ぐ。



(……いやだから、そうじゃないんだよ。その敵ってのがさぁ)



 分離点まで戻ったジムは我が目を見張った。

 物陰や囮道、主道のそこかしこから生えた記念碑。それらは巨木を突き破り、装甲車を切り裂き、トキの繰り出す攻撃の悉くを防いでいた。暗がりからであろうと側面からであろうと、いかなる弾丸や斬撃を阻止していた。

 ジムから見て、時間による加速を武器とするトキが常速世界の中で戦い続けていることが気になった。

 なぜ相手と同じ土俵、時間で戦うのか。



(たぶん、呪いみたいな感じ?)

(呪い――まさか、敵はフィールドエフェクターの類か? 電波妨害のような、広域音響兵器のような)


(いや、ぶっちゃけると“アビリティ・キャンセル”の毒バージョンだよ。即効性がない代わりに強烈なの、じわじわ能力を使えなくしていくドS仕様なやつ)



 側面から援護射撃を見舞うジムだったが、男はそれを目視することなく弾道を石で遮り、更にはトキの銃撃と近接をも防いだ。



(きた! いま、ボルトちゃんからの情報来たよ)

(あの魔女から?)

(ボルトは敵を知っていたのか!?)



 戦いながら全員がナインの共有に意を束ねた。

 男の名前は――



(落ち着け、どういう状況だこれは? 敵は一人なのか?)



 多縞大志(たじま ひろし)



(え、日本人!?)


(そう、元々日本人だったみたい。

 けど、協会さんにテロリストとして認識され、行方を眩まし続けてきた手練みたいよ。『マスター・オベリスク』の異名をもつ“石使い”)



 迅速かつ的確に地中から生えては引き、また生えては引く石によって、正面の二丁拳銃と左側面の二丁拳銃の弾丸が防がれる。弾丸だけではない、尖鋭なそれらの石は盾であり、槍でもあり、時には馬防柵の如く立ちはだかる障壁だった。



(なんて精度!)

(なら……!)



 倒れた兵士から手榴弾を奪い取って投げつけるトキだが、それが通じないだろうという予感を現実に叩きつけられる。

 まず距離をとって銃撃しつつ様子を伺う。爆風なら何とか届くかと、トキの判断を観察していたジムだが、石柱が手榴弾を弾き返すことなく受け止めるように優しく触れ、そのまま器用に地中へと不自然な速度で倒れる。地中に爆発物をめり込ませたのだ。その様子を見て、相手の尋常ならざる強さにある判断を諦めた。

 個人が扱える武器は通用しない。

 爆発で抉れた地面を挟み、トキは正面から低速世界を展開。敵の左側にある斜面を降るように移動して側面を――



「トキ!」



 一瞬、トキは男の姿を見失っていた。



「ウソ!?」



 石柱がつくる影。

 そういう角度もあった。

 多縞を取り囲む幾本もの石柱、その合間を縫って攻撃するしかない現状。

 逆に、相手の視界から消えた時に加速すれば死角に漬け込めるのではないか――トキがその中に飛び込んだのも間違いなくそういった戦況判断によるものだが、しかし、



「面倒なガキが」



 多縞のオベリスクが斜面から突き出してトキの腹部を捉えた。

 ようやく、というのが多縞の感想であり、トキは焦燥に襲われていた。



(威力ヤベェ!!)



 剣のような刺突ではなく、破城槌のような、あるいは自動車と激突するような重撃が全身に走った。ジムの頭上を通り越して谷の反対側へ飛んでいくトキは、辛うじて肉体ダメージの軽減には成功していたが、精神的なダメージは肉体の比較ではなかった。

 早い、重い、痛い。

 もしクロノセプターで全身強化ができていなかったら、吹き飛ばされた瞬間に意識をも失っていただろう。もしかすれば体が原型を保てなかった可能性だってある。それだけの威力があり、殺意があり、経験を持ち合わせる敵が今日の、おそらく“ボス”だろう。



(……(そういうことか)インちゃん聞こえる?)

(聞こえるわ。水源はいま潰した、それでなに?)



 上空から戦場全体を見下ろし、各所に爆撃念動力を送り込んでいたナインが、破壊活動中のインスタイルにある助成を告げる。



(そこから4時方向160メートルのところにM82バレットが落ちているから、その銃を拾って。

 それから破壊して欲しいモノがあるの)

(ナインの爆撃ができない場所?)


(そうなの、土の中。というか石の中?)

(了解。すぐに向かうわ)



 一度意識をトキとジムの戦場に戻し、眉間に不快を表しながらナインは呟いた。



「いま、どうにか対抗できるようにするから、頑張って死なないで」



 念動力による爆撃がどうしても届かない敵に怨を念じながら、ナインはトキらの戦場に邪魔者が入らないように透明な爆撃を続ける。

 ナインの攻撃で少しでも静かなになったことにトキとジムの二人は気づくことなく、全力で多縞に攻撃を仕掛けては離脱し、反撃を喰らい、2対1であるにも関わらず一方的に押されている戦況に奥歯を噛みしめていた。



(タイムリーダーがちゃんと発動しない!?)



 自分の有利を展開できないなりに粘るトキとジムが、何度も斜面を昇降しては多縞へと突っかかる。

 銃撃は防御、近接は迎撃され、特殊能力はトキもジムも時間が経つにつれて徐々に使用できなくなり、任務開始から3分、ようやくここがアウェイであることを思い出して舌打ちした。特にトキは混乱に陥る寸前にまで思考が煮詰まっていた。



(弾丸も手榴弾も全てあのオベリスクで防がれてしまう!

 簡単に近づけないし、死角をとろうにもタイムリーダーがしっかりと発動しない……たぶんゲームでいうスキル縛りみたいな感じなんだけど、そうなると通常攻撃でこいつを倒さなきゃいけない! かなり、難易度高い!! どこかに縫い目はないのか!)



 トキは推測する。能力殺し、あらゆるジャンルのゲームで、さも当たり前のように登場するステータスが、現実でタイムリーダーの恩恵全てをかき消しているのではないかと。それが敵の攻撃なのではないかと。



(時間が経つにつれて効果が薄くなった……ということは、クロノセプターもまったく使えなくなるってこと!)



 届かぬ攻撃、止めることのできない敵。

 足元から不規則に生え出る大きな尖り石を躱し、そららを巧みに影として射線を逃れる多縞を追うトキとジム。二人は、突如背後から迫る機械の音に振り返った。

 警鐘。

 多縞一人に手こずっているリアル、不規則にフィールド広範に出現したオブジェ、夕闇を切り裂くように現れたバイクや軽攻撃車両(LAV)など、十指に収まらない敵の増援。



「攻撃隊形“R.a.F”!」



 厄介なのは、多縞の号令と共に山の斜面を下りて車両を捨てた武装兵が、それまで多縞の作り出したオブジェの影より弾幕を展開し始めたことだ。多縞の石柱は味方を有利に戦わせるための物陰をも(もたら)していた。

 トキは急いで前進し、敵増援に倣って多縞のオブジェで背後からの銃弾を防ぐ。それとは逆に、ジムは敵増援に向かって攻撃を開始した。



「トキ、後ろは引き受ける! 粘れ、耐えろ!」



 多方面から襲い来る銃弾を、展開した不可視の力で受け止めつつ必殺の弾丸を返す。一人を一発で倒すという裂帛の気合を声音に乗せ、ジムはトキの背後を守るべく敵陣へと切り込む。

 起伏をゆくオフロードバイクのドライバーだけを無駄なく射殺したいジムだが、敵の弾幕に押されて思い通りの駆除ができず、侵攻を止めきれない。強敵を目の前にして、しかもトキに任せたままでいるのに、力があるのに、理想が遠すぎる。

 念動爆撃が数輌の車を潰し転がすが、それでも物量にものを言わせて突撃するテロリストたちを止めきるには時間を要す。LAVに至っては丁寧な防弾仕様となっている上に、よりにもよって銃座についているガンナーの腕は、他の兵士らに比べて幾分精度が高かった。

 起伏の影に飛び込んで火線を避け、タイヤを狙撃し――それも防弾仕様――舌打ちしてジムは多縞向けて一発狙撃弾を見舞う。当然の如く石に阻まれ、注意をトキから逸らすことさえ叶わない。



(これだけの連中が今まで見つからなかったのも、すべてあの男の力だというのか!)



 ジムは悪い考えにハマるとなかなか抜け出せない。

 それで今までたくさんの人間に迷惑をかけてきた。元がネガティブで、引っ込み思案だった。しかし、家庭の事情で引きこもることさえできない、戦いばかりの人生を歩み、それでもネガティブは治らなかったが、代わりに“勇気”というものに気付いたし、恵まれた。



「止まれ!」

「無駄だと知れぇ!」



 槍状の石がトキへと襲いかかるが、右手に触れた瞬間に消滅する。

 その一瞬を横目に見たジムは、自分に言い聞かせるかのように、耳元で空に向けて一度発砲した。

 集中。

 ナインの念動爆撃をくぐり抜けて来た車両群の頭で、先に逝った仲間の車両だった物に、黒いカスタムベレッタの標準を合わせ、もう一丁のベレッタの弾倉を交換しつつ、モードセレクターをシングルショットから、パワーショットへと移行させる。小型の電磁加速装置が低い唸りをあげて目を覚ました。

 特注の二丁拳銃。

 それが、ジムの持つ唯一の私物であった。いつだって頼ってきたのは仲間と自分と、この銃である。どんな状況も、どんな挫折も、絶望も、真実も、全てを撃ち抜いてきた。いつだって誰かを救ってきた。



(止めてみせるさ!)



 多縞の言葉にジムは叫び掛けた。

 仲間をやらせはしない。

 その想いが、この異常な戦場でトキには届いた。

 後ろを任せろと言われたトキは、裏返しの敵将を討てという大任を担ったことに気付き、信頼された自分が素直に嬉しく、誇らしく、それはそのまま勇気に変わり、僅かな間ではあるが絶望から解放された。



(強いが、攻略法がない人間なんて!)



 見え始めた体力の限界を考慮し、トキは頭を攻略モードへと切り替える。

 手始めにサブマシンガンを拾って多縞に向けてフルオート射撃を見舞う。

 それが容易に防がれることは分かっていたが、少し視点を変えてみると好機点となりえそうな挙動が多縞に見られた。確かに石柱の防御速度は素早く、遮断能力だけなら防弾服なんか目じゃない。的確に弾道へ現れ、地面に消えては新たな壁か槍として再度出現する、攻防一体の技だ。



(でも範囲はそんなに広くない!

 せいぜいが5~6メートル、その距離で攪乱できれば……!)



 弾倉が空になったサブマシンガンを分解してハンドガンの弾倉を構築しながら、足元から襲いかかってきた石の槍を急制動で回避する。

 結界の中心にいるであろう多縞が見えない。やはり、石柱が影になっている。

 それが、薄々気付いていた現実の一つだった。



(この結界が一つ、それともう一つは!)



 石を避けながら多縞の周りを反時計回りに高速移動するトキは、時折石柱の影に隠れる多縞の動作の一つ一つを注視していた。

 乱射で誘い、それに反応した石柱が多縞を隠す面積を広げる。

 岩槍。


 予想通り、多縞の発動している術は複数だった。


 結界と槍。

 銃撃を防いで一つの結界とし、反撃の尖石を、石の影から右手をこちらへと向ける。

 向けていた。

 僅かに覗いたその光景に次の攻略法を見出す。



(やはり、本人のスペックはそれほど高くない!)



 最初から気になっていた点でもあった。

 明らかにトキよりも年上で、しかも動きづらそうなスーツを着込んだうえに極力自分を汚さないように気を配っているように見える。

 多縞自身の身体能力は決して高くない。

 その裏付けとなるのが戦場全体の結界とこの石のポジションだ。

 相手の能力を封殺し、自身を鉄壁で囲んでから攻撃する。能力で戦う、言い方を変えれば能力に依存した戦い方をするタイプ。その理由は言わずもがな、身体能力の低さないし、能力の高さをしっかり把握しているからだ。



(そして、最大の疑問!)



 持てる全ての時間を分解して小さな護身銃を、手始めの一つを創り出して多縞の背後より発砲する。

 同時に加速し、次々と新しい護身銃を創り出しながら発砲を繰り返し、隙間の許す限りに銃弾を差し込み、多縞に向かって反時計回りで再び背後に戻ってくる。

 これが最後の検証だ。

 勢いをつけて多縞の石へ踏み込み、頭上から多縞に襲いかかる20発の弾丸の結末を見届ける準備を、ダメ押しの一発を放って終える。


 タイムリーダーが完全に効力を失い、尋常でない衝撃が走る。

 20発の弾丸を防いだ石の結界が、衝撃に砕ける。

 多縞にダメージはなし、全ての石柱に大きなヒビを確認、多縞の結界の“内側”で起こった小さな爆発が一つ。頭上の弾丸は辛うじて、最初に弾丸を防いだ石によって防がれた。

 しかし、ジムの放った一発が石の間を抜けていた。



(やはり、石の展開本数には限界がある!

 そして、石のダメージは多縞本人には伝わらないが展開されている石で全て共有してしまう!)



 いま、多縞が対決に用いられる石柱は20本。それは多縞が焦りを覚え始めた時の気づきだった。



(なんてガキだ! 見たところ同じアジア系なのに、なんでこんなに戦い慣れてやがる!?)



 顔の横を不自然に通り抜けた風。

 銃弾のもたらすそれだった。

 多縞は気付く。高速移動するガキに気を取られて、新たに死角から飛来していたバイクが、最早眼前に迫っていたことに。

 石柱はそいつを叩き上げて防いだ。直撃も爆発も届かない距離へと。

 バイクを殴り返した石柱が、一際大きな銃撃音と共に砕かれる。



(狙撃!)



 更に怯んだ多縞。

 トキは飛ぶ、その隙を逃してはいけないと自分に言い聞かせ、石柱に砕かれたバイクの破片を手に取り、回復と武装形成に取り掛かる。



「しょうもねぇ!」



 多縞は違和感を覚えた。

 ひたすら纏わりつくガキの能力は加速だろう、しかし、この拠点は能力者を歓迎するための結界だ。数秒前までその事実に気付いたらしい敵は、たしかに戸惑いを見せていた。

 それがこのタイミングで再び加速を始めたように見える。

 石の間を縫う銃撃の頻度こそ変わらないが、完全に目で追うことがいまだにできない。



(まさか、鬼石がバレたのか?)



 敵に囲まれている、というには少数の能力者だが、それを確認する余裕を与えないだけの敵に隙を与えてしまった。

 多縞は考える。

 ここで敵能力者を打ち取るメリットはあるだろうか。

 敵の戦力規模は不明。

 部下、作り上げてきた部隊はほぼ壊滅。

 基地は機能の殆どを失いつつあり、通信幕舎・弾薬庫・兵糧庫への敵侵攻も確認できた。

 なによりも、いま攻撃を仕掛けてきている勢力がまったく情報にない。



(協会に喧嘩を売るにはまだ早い、なら――)



 銃弾が背後に銃痕を穿つ。

 冷汗が噴き出した。

 集中力が落ち始めている。

 だが、それは冷静に分析してみれば当然だ。かつて、ここまで高速で動き回る敵に責められたことなどない。


 石柱に叩き込まれる銃弾の数が増える。

 数が増えるというよりは、叩き込まれる間隔が短くなっているというのが正確だった。

 そして、重大なことに気付く。



(村の連中の銃声が途絶えた……全滅したのか……)



 石柱の先端が砕ける。

 先ほど機動部隊を相手に離れた――おそらく欧米系の人種と思われる――敵が戻ってきていた。その背後には、機動部隊の残骸が転がり、しかも新たな敵影が増えていた。

 どれだけの敵がこの拠点を攻めてきたのか、一筋の汗が額から流れた瞬間に、敵の一人が有名人であることに気付いて目を見張った。



(あれは――!?)



 トキは更に加速する。

 正攻法で攻める。

 相手が集中力を失うまで攻め続けて、致命的な隙を刈り取る。これまでゲームで何度も使ってきた手だ。

 速攻をうかがわせて、焦らして、様子を見て、必殺へと備える。



「トキ、頑張って!」



 その一言で、世界は止まった。

 紛れもない静止世界が、一度だけではあるがトキに戻っていた。



(その声、藍――どうしてここに?)



 両手に金棒を握りしめ、燃えるLAVの残骸の上で警戒態勢をとっている彼女の力強い瞳に押され、トキは低速世界の中へ突撃する。

 周りを考えない。

 攻略法はできている。

 あとは、集中力だけだ。

 ジムの援護射撃とナインの残骸飛ばしによる車両をクロノセプターで取り込み、ロングマガジンの二丁拳銃を創り出す。



(決める!)

「おまえら、芹真事務所か!」



 多縞は確信した。

 結界の力が薄まっている。やはり何者か、襲撃者の別働隊が鬼石を無力化している。そうでなくてはホームでありながらこれだけの苦戦を強いられるはずがない。

 新たに顔をのぞかせた哭き鬼のSRだって無力化する自信があった。

 それを、名前も知らない少年兵に手こずるのだから、タネが明かされた以外に原因が考えられない。

 石の間を縫う銃弾が増える。

 防ぎきれないうえに、消耗しすぎた。

 遮蔽物に使っていた石柱をすべて用いても、哭き鬼の加勢と結界の消失が重なっては勝率は薄いだろう。



「覚えておけよ!」



 すべての石柱に弾丸を防がせる。

 一か所に手榴弾を放ち、一か所には散弾を放ち、頭上からは乱射を繰り出し、最後に着地する際に両手の銃を黒刃白峰の剣に変えて投げ放つ。

 本物のとどめになる一撃はこれだけの攻撃の中に隠した。


 轟音が山間に木霊する。

 斜面を少し転げ落ちてしまったトキは結果を見上げた。

 噴煙に遮られて敵影を確認できない。

 急いで上りつめてみると、右腕をなくした多縞の土人形がわずかに動いていた。



「お前、何者だ」



 目の前の光景が信じられなかった。

 あれだけの攻撃結界を敷いたにも関わらず、多縞は逃げ延びたらしい。

 この土人形が多縞の偽装とも考えたが、無くなった右腕の断面からは土が落ちるだけだった。

 そこに人間の色は見当たらなかった。



「色世トキ」

「次は殺す。お前の隣に殺意があることを忘れるな、間近から殺してやろう」



 土人形が崩れ落ちる。

 石柱も多縞も完全にその場から消えたのだ。


 終わった――そう実感したトキは、ジムの肩を借りて帰路についた。







 ――芹真事務所・外側階段――


 芹真はコーヒーカップを片手に目元を抑えていた。

 というのは、帰社してから3分後、ジャンヌ協会司令官から警告の電話を受け取ったからに他ならない。これまでだいぶ甘め、かつ大目に見てもらっていたのだが、今回ばかりはそうもいかない。



(拉致されていた協会捜査官BBBは無事身柄を確保。

 テロ組織は一角が壊滅に至り、長らく行方不明だった石使いのSRも再確認できた。

 しかし、部外者に任務を受領させた上に監督不届きと来た。しかも、異世界から来た人間に)



 今後部外者を、それも異世界人と観測された完全なる他人を巻き込むというなら、協会は芹真事務所に実力行使による執行を布くと言った。

 警告だけで済んだのだからよかったものの、再び協会に狙われたら行動を制限されてしまい、これからの仕事に支障をきたす。



(ミッションレコード、救出。

 まずトキを含む4人が救出対象:BBBがいるかもしれないテロリストの拠点を急襲。

 敵拠点の主要施設を破壊したうえでテロリストを排除。

 主犯と思われる石使いのSRと交戦。

 増援の藍が敵の拠点を破壊し、かつ敵援軍を撃滅。

 敵SRが撤退、同時にインスタイルが救出対象のBBBを確保し、安全を確認し終えて全員帰還――なんてこった)



 任務の流れを反芻しつつ、夜空に星を探しながらビル風に頭を落ち着かせようと柵にもたれ、まだ湯気のたつコーヒーを一口だけ含む。元はと言えば、仕事の電話を取られたこちらの落ち度に間違いはないのだから、反論の余地が見つからない。

 トキの疲れが早く抜ければいいと、芹真は考えていた。



「この難度の敵を相手に生還するか、トキ。強いんだな、お前」



 我が事務所に所属するSRの戦力増強を嬉しく思う反面、いつかトキが道を踏み外さないようにと願って電話を取り出す。

 友達の偽装教師に相談してみよう。

 支えはあるに越したことはない。それが危うい知り合いならなおさらだ。ついでに、いつも任務を依頼してくるオペレーターのJ・Aが間違っても処分を受けないように取計らってもらわなくては。



 


 トキはゲームに集中できずにいた。

 多縞の残した言葉が尾を引いているのもあったし、何よりいきなりの強敵だ。

 抜き打ちテストのように頑張ってねと、状況を渡されたあの時を思い出すと少しだけ腹が立つ。



「殺す、か」



 強敵に打たれた腹部の衝撃を思い出す。

 もし、日常生活の最中であれを受けていたら死んでいただろう。あらゆる時間も、あらゆる感情もすべて無いものと貫き、(あか)に染まる。

 多縞の言葉は、その日を境に少しだけ尾を引いた。

 トキが殺されるということ、それをトキは考えてみて、やはり周囲の人間に及ぶ迷惑がもっとも怖いと思い、震えながら床に就き、シャワーを浴び、学生を営むのだった。



「誰も殺されたくないな」



 不安を掻き消そうとひとりごちてみるが、それが叶わぬことだと、時間を手繰れても未来を見通せないトキには知る由もなかった。


 翌日に、トキは山奥で惨劇と長い戦いに対峙を要求されるなど、誰が思うだろうか。



 



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