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第35~36話 Insert-Extra01 vsムガ-

 お久しぶりです、鳥です。

 地震から逃げてやっと落ち着きました。

 本編のほうも何とか投稿していけそうです。相変わらず低クオリティーですけど……。


 本編の投稿はこれまで通り月の初めを予定。都合の悪い場合は一日遅れか月の半ば、あるいは0と1で構成される日に投稿していこうと思います。


作<そろそろ本編をまとめなきゃ。

藍<その前にキャラクター一覧でしょ!


作<放射能のせいで前のパソコンを取りに行けないんだよ!全部書き直しだ!

藍<気合で、一日で修復しなさい!


作<ちょwww飯さえロクに食えないから気力低下中なんですけどwww

藍<お湯で凌ぎなさいよ、その程度の貧乏生活……! 軟弱な!



 それでは外伝という本編と離れたところにある本編をどうぞ。




--


----


------

 

 本当の孤独というものに、人間は耐えられるよう進化を辿ってはいない。

 学生ながらに思う。むしろ、人類は逆進してしまってはいないだろうか。文明が人と人との距離をあまりにも手身近にしてしまったせいで、多くの人は孤独に耐えられなくなったし、弊害として他人と居ることの有難味も薄まった。結局、文明の親近化が齎したものは人明の疎遠化である。人と人とを繋ぐために進化してきたはずの文明が人々の心を引き離してしまった。


 少なくとも、俺の世界はその類だった。

 そして、俺の予測では、文明的に類似した“この世界”もその類だろう。






 Second Real/Virtual


 -SR Training-


 -Extra01:vsムガ-






 そこに疑問があるとしたらひとつで、まず最初にトキが口する文句は溜息を漏らすよりも早く決まっていた。



「誰?」



 たまには、と授業中に居眠りもせず、学生としての生活を可能な限り頑張ってから、芹真事務所での訓練もサボらずに帰宅した本日。いざ憩いの時間に洒落込まんと夢想していた矢先に、招いても居ない誰かの為に凍りついて、安らぎの時間が遠のいたことを直感したのだ。

 ダイニングでさも我が家のようにくつろぐソイツは、椅子に腰かけリモコン片手にテレビと睨めっこしていた。但し、そいつはいつぞかのように外人であったり、敵意剥き出しに武器を構えていたり、ドアを破壊して侵入するような非常識人――現に不法侵入(済)だが――というワケでもなさそうだった。どう見ても日本人で、自分とあまり年齢が離れていないであろう若さが全身から溢れ出ていた。眠気を残しているかのように細められた目には殺意のようなものは見受けられないし、脱力しきった両肩には闘志の欠片も感じられない。

 だからこそ、どんな理由があってか分からないが、まるで待っていたかのように、帰宅したてのこちらを見て笑顔を向けたソイツが不気味だった。



「初めまして――ではないんだが、俺のこと覚えていないかな?

 それならそれで一応名乗るけど」



 椅子から立ち上がった“少年”が視線をこちら側に向けたままテレビの電源を落とす。



「すいません、微妙に覚えていないです。

 どっかで会った気はしますけど、どちらサマでしょうか?」



 返答こそすれど、対峙しただけで全身が強張る。

 立ち上がり面と向かった少年が、自分と同じくらいの背格好であることが分かった反面、あまりにも余裕がちらつくその態度からは狂気的な何かを感じ取ってしまった。



「うん、まぁ、確かに会っては居るんだけどね。以前にさ。

 じゃあ、改めて自己紹介からだ。

 俺は無我優(ムガ ユウ)、ラインズm――じゃなくて、ベクトルコントローラーだ」



 人種も同じ、体格も同じ、普通の人間でないという点も同じ。決定的差があるとすれば、経験の量。

 リモコンを置いてムガは続ける。



「何しに来たと思う?」

「どうしてここに?」



 言葉のクラッシュにトキは沈黙し、ムガは一歩踏み出して先に答えた。



「光の魔女に頼まれたんだ。君を殺してくれと。それから銀色狼にノーコンティニューで、と。ついでに結晶角の鬼にも。

 三人に多々助言を貰ってここに来た」


「はぁ……」



 緩めていた学生服付属のネクタイを首から外して、掌をぶらぶらと振って戦闘調整し、セルフチェックを終えると同時にムガがもう一歩踏み込む。


 切り替える。

 これが訓練の延長だと悟ったトキは手にした学生鞄に(じかん)を通した。

 二人の距離は5メートルもなし。

 周辺に行動を阻害するような家具はない。双方素手、強いて凶器と指定できるトキの学生鞄も重量不足であり、しかも異能の力を持つムガには通用しないと真っ先に本人が直感し、同時にムガもトキに小道具が通用しないことを知っていた。



(またか)



 トキは呟きかけた言葉を飲み込んだ。この訓練を完全に受け入れ、認めたわけではない。ムガユウという眼前の少年が放つ雰囲気は殺意と呼べるものではない。機械的に事をなす、今からそういう事をするんだと、行動で辛うじて語っていた。

 自ら望んだ強力への訓練ではあるが、無謀と無理が否応なく詰め込まれたこの訓練は冗談がまかり通らないレベルで行われてきた。いつも。いつも、死ぬか死にかけるか運が良くて重傷だった。そして今回も、洒落にならない前提条件が、先程のムガの言葉によって提示されていた。



(……ノーコンティニュー)



 それが意味するところを噛みしめ、思い出した瞬間にムガは素手での格闘を仕掛けて来た。

 何の変哲もないように見えるジャブ。本当に速度だけを重視した初弾牽制を後ろに飛んで躱す。更に一歩踏み込んだムガのワンツー。これも上体動作だけで、次弾を足腰の運びで回避する。

 これまでの訓練相手であるクリアスペースのアタッカー達は誰もが奇襲じみた速度で襲いかかって来た。しかし、クリアスペースの面々に混じっているところを見たことがないこの少年は、実に微妙な速度で攻撃を仕掛けて来た。

 ムガという名前に聞き覚えがあるようなないような、曖昧な敵の名前だが、分かっているのはそれだけである。彼がボルトらに相手を頼まれた以上何らかの力を有している可能性は確実とも言えよう。これまでの訓練相手がそうだったように(あえて使おうとしない者もいたが)。



(へぇ……なるほど、近めの攻撃はそれなりに躱せるわけだ)



 トキはとにかく避け続ける。自分の持つ強みが何かと探求した時、真っ先に思い当たったのがタイムリーダーであり、それを発動してしまえばあとは根気という問題を残すだけで、大抵の攻撃を回避することが出来る。



(ただの喧嘩慣れじゃないとしたら……)



 腰に隠し持っていた消音器付きの小型拳銃が色世家廊下の壁に小さな穴を開ける。

 その弾道をトキは完全に躱した。牽制のジャブを何発も放った中で突然繰り出した銃撃を、しかもステップの最中にあるトキの胴体へと撃ちこんだにも関わらず、有り得ない加速で半身になることで紙一重にやり過ごしてみせた。

 最小限の動きは反撃の隙を探しているからだろう。もしトキに即殺の意思さえあったらこのタイミングでダメージを負っていたのは自分だろうとムガは気付く。何故自分がトキの相手をしなければいけないのかと、改めて疑問も抱くムガであった。

 トキの手が拳銃(ワルサー)へと延びる。



(まぁ、やるからには全力(自己満足するまで)だ)



 クロノセプター。

 己の武器として信頼を置く時間奪取の、しかも瞬間効力を持つ右手でムガの拳銃を迎え撃つ。ワルサーPPKに手が届くまでの間に一発の銃弾が放たれるものの、クロノセプターの最大出力を以てすれば拳銃弾程度は皮膚が貫かれる前に時間分解することができる。

 眉間へと飛んできた銃弾を掻き消しつつ、ムガへ――



(ん………うんっ!?)



 一瞬だけ視界を塞いだ自分の右手を、僅かにずらしてみて気付いた。

 ムガへの距離が縮まらず、気付けば後退し始めている。

 問題は一歩分たりと足を動かさずに、という点だ。



「なんっ!?」


「言ったろ、ラインズマンだ――って、言って無かったか、ハハ」



 虚空を切る右手に向け、もう一発の銃弾が放たれる。

 極限まで殺された銃声とムガの声でトキはもう一つの事実に気付く。

 タイムリーダーを展開していた筈なのに、ムガは通常時間と全く変わりない速度で動いている。



「お前が引いた“一線を越えること”なんてワケないんだ」



 左手で銃撃を辛うじて防ぐ。鉛の衝突を受けた掌に痛みが走る。

 視線を外すな、怖い、でも怯むな。

 自分に言い聞かせてムガを観察する。確信した、相手は笑みを零しながらも的確に人殺しができる人間だ。

 何故足を使わず後退できたのか。気になる言葉は二つ、『ラインズマン』と『ベクトルコントローラー』。おそらくこの二つがムガの能力の正体。連射される拳銃弾をタイムリーダーの上掛けと両手のクロノセプターで無効化し、未だ膝すら曲げず、足首も回さずに後退するムガを追う。



(ラインズマンって言ったら、サッカーだったラグビーだったかのアレか!)



 いくら低速時間を上掛けしてもムガは常態速度に戻ってくる。一方的な銃撃をどうにか防ごうにもムガのスライド移動が止まらない、距離が詰まらない。

 消炎の中から吐き出された鉛の僅かな時間を取り込み、低速を重ねることで辛うじてダメージは防ぐ。

 オープニングヒットとは到底言えないダメージはあるが、それでも先手を取られていることに変わりはない。 


 先に動揺したのは間違いなく自分だ、と二人は同時に思い至る。


 銃撃を恐れず前進してくるトキが、とても日本の学生とは思えずにムガは後退している中で、一方のトキも、ムガの虚を突くような行動の一つ一つに冷や汗を覚えていた。



(でも、このまま進めば!)



 本来ありえないはずの飛来するマガジンを受け止めて時間分解し、視界に映る家具へと僅かに点を向ける。身体の向きを変えることもなく後退し続けるムガの背後には食卓が迫っていた。間取りの把握なら家主である自分に一理ある、そう思い込んだ瞬間にそれは来た。

 卓に付属している椅子にムガが触れた瞬間、投げるでもなく軽く押すだけで椅子は氷の上でも滑るかのようにその背面を向けたまま追撃を阻む障害と化す。横にステップして椅子を回避し、同時に撃ちこまれた弾丸を右手で受け止める。行動を限定しての銃撃、それ自体を躱して追撃を再開する。どういう原理でか、後方へ消えた椅子が頭に引っ掛かりつつムガへ距離を詰めることで疑問は何処かへと、余裕とともに消えていく。



(これで銃を――って!)



 しかし、疑問の消失が、この場合で言う油断に他ならなかった。


 本当にどういうワケか、ムガは天井目掛けて浮遊し始めた。機動力を殺そうと足元を掬うように、星黄畏天の二振りを攻防に分けて創り出した矢先に起こったことだ。フローリングを切り裂いた星黄がテーブルの足に噛みついてしまう。


 銃撃。

 それは天井に隠された散弾銃(バルトロ)によるバードショット。

 消しきれないフルチョークで放たれた散弾を、武器を手放して横飛びすることで躱す。



(ワイヤーとかそういうのじゃ、床をホバーで動いているだけじゃない!)



 今度は天井を走るその姿に対抗策を考えながらもペースを乱される。

 自分と同じ目線での銃撃は経験済みだが、自分よりも高い位置から自由に銃撃してくる相手は初めてだった。

 どんな散弾を使っているのかトキには分からないが、頑丈な木製のテーブルに深い窪みを作ってしまうほどの銃撃は、間違いなく人体に耐えられる衝撃を遥かに超えているであろうことだけは確かだ。



(攻撃が銃なら!)



 相手を止めきれないと分かっていながらもタイムリーダーを再展開し、銃撃のテンポを僅かだが遅らせる。

 相手は常に一定の距離を保っていた。接近戦の自信はあまりないのだろうと予測してトキは突っ込む。躱した散弾がフローリングに次々と穴を開け、家具を砕き、それでも一発たりとトキに触れることができないのは力の有効な使い方を覚え始めたからだ。



(マガジンタイプのショットガン……あと、何発だ!)

(あと3発!)



 ムガに迫る。トキが追ってくる。

 天井に逆さ吊りのように立っているムガではあるが、バレーボールのアタックが如き要領で攻撃されれば直撃することだってあり得るのだ。腕を少し上げただけでもトキの攻撃は届く。まして装備が腕のリーチを単純ながらも伸ばす双剣では絶対安全地帯などないに等しい。



(ここだ!)



 トキがそこに到った瞬間に散弾銃の銃向が変わる。

 フローリングの上を追ってくるトキから、天井より吊るされた照明器具へ。落下して来るそれを回避するトキへ散弾を見舞い、



(ムガだけが上下逆さまになっている!)



 照明器具の破片を、空中で次に迫った散弾が更なる散弾として破砕して撒き散らす。

 しかし、これにトキは顔面だけを防御して突っ込んだ。



(これでは止まらないか)

(あと――)



 僅か数歩。

 その距離にトキはダメージを予感し、ムガはショットガンの放棄を計画していた。

 そして訪れる契機は、ダイニングの出入り口である。地面・床の上で生活している分には気に止めることもないその壁も、上下反転の世界を移動するムガにとってはハードルも同然である。なにせ、天井まで背の丈があるドアなど滅多に有りはせず、色世家のダイニングの出入り口は典型的な木造と金属から形成されたスライド式の扉。

 天井から扉の頭上までの空間を塞ぐ壁の高さは1メートル前後。



(――3歩!)



 そこが勝負どころだと踏んだトキは頭部へのダメージを防いだ十字受けを解き、星黄畏天を強く握り直す。

 ムガの視線はこちらに向いている。移動しながらではあるが、確実にそこへ躓く。そこへ斬撃を叩きこめばいい。



(ならば、フェイク2だ!)



 ムガは、それが計画の一部であったことを行使によってトキへ伝えた。

 思惑どおりに天井から伸びる壁に躓きながら、その下にある扉を越えたムガは、最後の一発を壁に向かって撃ち放った。



「……っ!?」



 同時、トキは異変を覚えた。

 一瞬だけ、体が前に引っ張られる。

 そして眼前、ムガの散弾で打ち砕かれた建材の破片が物理法則を破り、落下以外のエネルギーを得たように急激な加速を見せて向かってきた。

 加速した破片が対加速した腕の十字に突き刺さる。制服をも貫いて流血を拓き、時間に反比例しr大きな痛覚の訴えを認める。



(ラインズマン? ベクトル?)



 分からないのは天井移動と落下加速。

 ある程度の仮説はあっても、これといった対抗策が思いつかない。

 散弾が作った散弾に怯んだトキの膝が折れる。双剣だけは握ったまま、前のめりに地面へと向かう。



(あいつにとって、天井は地面なのか!?)



 倒れ込みながら、壁一枚挟んで向こう側の天井にいるであろうムガを視界に収めるよう、体を捻って仰向けになる。

 そこでトキは見た。玄関への通路と二階への通路が分岐する、色世家の中央通路にして吹き抜けの廊下。ショットガンを投げ捨てたムガが次に取り出した武器は拳銃、二つ。得物を手にしたのはいいが、照準が定まる前にムガはバランスの立て直しに気を取られていた。



(吹き抜け、廊下の天井から落ちて行く?)



 ある予感が電撃のように走る。

 と、同時に銃弾は飛来した。

 左手の消音器が付けられたコルトガバメントの.45ACP弾。

 それを右手で防ぐのと同時、ムガの右手のシグザウアーが玄関へと向いていることに気付いた。

 新たな銃声はムガの持つそれらが発するものと明確に異なった。



「トキ、無事か!?」



 あまり聞き慣れないが、しかし記憶に残っているその声に、ムガの二向火線を理解する。

 ムガが消える。トキへの備えと、玄関に現れた訪問者が見舞った銃撃の回避のため。

 訪問者は家の中に急いだ。どこか、記憶の奥底で素顔をちらつかせる強敵がいるのだと感じて。



「えー、ジムだっけ?」

「あぁ! さっきのはムガ・ユウか!」


「……知っているのか?」

「一度殺し合っているんだ、覚えてはいる。ただ――」



 頭に警鐘が響く。

 トキに合流したジムは、ダイニングの壁を盾にムガへ備えたつもりだった。

 急いでジムの腕をとって引き寄せるのと、壁に大穴を開けてジムの居た場所を無音で放たれたライフル弾が通過する時間差は刹那ほどだった。



「――ムガ・ユウ! お前も元空師団だろう!

 どうしてトキを攻撃する!ナインの差し金か!」


「そういうお前はどっちの味方だ?

 トキを襲うように言われてここに来たんだろ、訓練と言う名目でさ」



 廊下を挟んで聞き取ったムガの言葉にトキは固まる。

 襲う為に来たジムも、気まずいながらトキの視線から逃れぬと銃を――カスタムベレッタ二挺を握って構える。



「まぁ、迷ってくれ。前の世界にいた時みたいに。

 その間に俺がトキを殺しておくからさ」


「……今度こそ、決着をつけてやる……手伝ってくれないか、トキ」



 白と黒のベレッタを構えたジムに、トキは困惑していた。

 自分を殺しに来た人間と共闘する?

 この戦いが終わったらまた違う戦いが連続するのでは?



(やばい、どうしよう?)



 ムガユウもジムも、疲れて帰宅した今日に限ってはどちらも殺意を抱かずには居られない対象であった。例え片方に手伝ってなど言われようと素直には頷けないし、かといって襲ってくる敵を放置することもできない。

 選択肢は3つ。

 今すぐこの場から逃げるか、二人を倒すか、ジムと協力してどうにかムガだけを倒して終われるようジムを説得するか。



(どれも面倒臭い上に、今すぐゲームがしたい!)



 それ故、真っ先に選択肢から除外されるのはこの家から逃げること。

 残された戦う道の選択だが、単純な消費労力を考えれば二人を一度に相手にするのは骨が折れる。二人揃って低速世界という境界を突破できる上に、明らかに戦闘経験値は常人離れしている。ジムどころかムガにさえ勝てるかどうか妖しいのが現状だ。



(“味方になれば弱くなる”の法則に当てはまらなきゃいいけど!)



 両手に消音器付きの拳銃を創り出して冷たい銃把をきつく握りしめる。



「いいですけど、終わったらひとつだけ言うことを聞いてもらいますよ?」


「あぁ、かまわない。

 あいつの事を先に教えておこう」



 ダイニング出入り口の両脇に立つように、二人は壁に背を預けてムガへと備えた。



無我優(ムガ ユウ)は日本人。

 戦闘に不得手を持たない器用なやつで、どんな距離でも殺人を行える。

 最も注意すべき点は、特殊能力――ベクトルコントローラーにある」


「ベクトル?」


「奴は――」



 揃って高揚も緊張感も持たない二人は、嫌悪と邪見と隠しきれない気だるさを纏って、それでも決めることだけは確実に決めるという意志を以て、ムガの散弾銃撃が壁に大穴を開けるのとほぼ同時に廊下へ飛び出した。

 射線の交差は吹き抜けで。敵は天井、2階の壁を足場に廊下の手摺を盾にして銃撃を繰り出す。



「物質にかかる重力の向きを自在に変えることができる。その奇抜さに大体の人間は惑わされるんだ!」

(つまり“初見殺し”がムガ最大の強み!)



 しかし、それを突破し、また知識として得た以上、先程のような一方的展開は発生しないだろう。



「人の情報をペラペラ――って、別に黙ってろと言ってないけどさ、でも、感心はしないな!」



 トキは警鐘による報せとタイムリーダーによる微加速で散弾を躱しつつ、階段を目掛けて二階への階段を駆け上る。最も危険なルートを、しかし、時間と言う武器がある以上攻略不可能なルートではない。

 その間、ジムは一階廊下からホワイトベレッタによるフルオートでムガを牽制し、トキが銃撃しつつ階段を登りきろうとするタイミングを見計らって三角飛びで二階廊下の手摺を掴む。

 ムガの銃口が、廊下に飛び出した瞬間はジム、階段を上り始めて段階でトキ、それから最後の散弾を一発、フルオートで建材散弾を見舞ってきたジムへと忙しなく移していた。



(一丁前なのは勢いと弾幕だけか!)



 天井に迫る二人を意識で追いながら、ムガは天井と言う地面を蹴って飛ぶ。着地先は床の上、二人の射線の交差点を通過することによって無傷で重力に倣えたところ、衝撃を屈伸で殺しつつ二挺の拳銃をそれぞれに向けて鳴かせる。



(下か!)

(重力を戻した!)



 二階廊下からムガへと銃口を、しかし、それよりもムガの行動は早かった。

 銃撃で牽制しつつ、トキが立つ二階廊下の真下、ひとつの足場を挟んで上下逆様の位置にムガは避難した。



「足元にいるぞ、トキ!」



 廊下の床に穿った穴でムガを追い、ジムの一声で重力使いの場所へと弾丸を叩き込む。

 果たして床を貫通してくれるかどうか分からない拳銃弾で、しかし、階段を上りつつも廊下全体(ほぼ二階部分だが)から時間をかすめて予備のマガジンを創り出したトキには、自分の足場が若干でも脆くなっていることを把握していた。

 地面へ向けての銃撃。

 最初の一撃はトキでなく、ムガが放って掠めて見せた。



「ぐぅッ!」



 足場を挟んでムガと銃口を向け合う。

 太腿を斜めに少しだけ肉と服を削ぎ飛ばして消えた弾丸に冷や汗を覚え、トキは廊下を走った。

 止まっていたら的だ。

 だから、動きながらだ。

 地面の向こう側にいるムガへ何もさせんと乱射する。



(やばいか!)



 ジムも可能な限りの援護を施す。

 カスタムベレッタのフルオートでトキの裏側をほぼ並走しながら銃撃するムガを狙った。直撃を狙ってはいるものの、ムガの対応は早い。横から銃弾が差しこまれるや否や、走り高跳びのようなフォームでダイニングの天井へと転がり込み、まんまと銃火から身を隠した。

 が、間髪いれずにジムの放つ黒いベレッタが壁一枚を易々と貫いてムガの腰を掠める。



(声、被弾したか!)



 それでも詰める。

 一発の弾丸で止められるほど柔な人間とは思えない――クリアスペースとの戦闘訓練を重ねる中で気付いたことだが、本当に強い人間は意識という部分の強靭さが、いわゆる軟弱な人々とは一線を画すのだ。例えば、好きな異性の前で張り切り、急所への被弾さえ歯を食いしばって声を押し殺す殺人鬼や、どうあっても人殺しをさせないため自らが命を庇う盾となり、それでいながら道理を解こうとする殺し屋や殴りに来るスナイパー。誰にでもやってくるものを教え、見せつける為、自らの頭に銃を突きつけて引き金を軽く絞って見せる超能力者――そんな、SRというトンデモない存在の更に少し斜め上をいくハジケ方をする面々に慣れた所為だろう。

 銃弾如きでムガは止まらない。



「トキ、グレネ……ッ!」



 壁の向こうの天井から放り投げられた手榴弾が、崩壊に手招きされた廊下をガラス細工の如き易さで吹き飛ばした。

 爆音が耳を叩く。



(しまった!)



 だが、激痛がやってこない。衝撃の風も一瞬どころか感じなかった。

 思わず閉じた瞳を足元を開いて見るとそこだけが無傷のまま、見えない何かに守られて破片として形を残していた。

 サイキック――ジムたちの世界で言うオールコントロールという力が爆風と爆炎、無数の破片から一切のダメージを遠ざけた。納得しつつ長らく得られなかった僅かな好機を、手榴弾の爆発によって取り払われた壁と言う障害物の向こう側にいるムガへ、落下しながら視線と銃口を向ける。



「いけ、トキ!」



 乱射。

 いつもの二挺で背中から蛍光灯の上に落下したムガを、しかし本人は狙わずに弾幕を張って次への動きを封じる。

 それに見事嵌められたと気付いたムガが、鋭利に砕けた蛍光灯を投げ付けた。同時に銃弾も差し向けるが、爆発を無力化したジムの不可視の力に阻まれて停止する。

 突撃するトキへの攻撃が届かない――だが、それはムガとトキの間にのみ成立している現実であり、脇腹はがら空きも同然だった。



(甘い!)



 トキの突撃を防ぐ手段はまだある。例えば、ダイニングの窓辺カーテンに隠しておいた短身散弾銃の、細工された引き金に変異重力(アブノーマルベクトル)を与えると、それだけで筒の中には爆炎が点り、広範囲に粒弾をばら撒くバードショットを吐き出す。



「痛っ、てえ!」



 右肩を抉られる。

 それでも右手に流れる力は熱を忘れない。

 必ず届けて決着とする。



「押すッ!」

「頼む!」



 右肩をシェルに押され、背中をジムの不可視の力が更に押す。加速する体に意識が遅れそうになるが、それでも右手はムガに届く状況にあった。

 仮にムガが“不動”であるのならの話ではあるが。


 屈む。

 それだけで単純速度を武器とするトキの右手は回避できる。

 追撃のジムの銃弾も重力変換を、自分の手前に“置く”ことで、何重にも強制ベクトルを働かせることによって弾道を反らして躱す。と、その中に一発だけ、



(オールコントロールで強化したか!)



 不可視の力を乗せた弾丸がベクトルの障壁を力任せに突き破って腹部に到達する。

 だが、まだ一発だ。

 集中。

 集中、集中。

 依然ジムは前、通過していったトキは後ろ下――いや頭上、真下だ。


 一度かわされた右手だが、もう一度ムガへと向ける。

 今度はスピードじゃない、手数で届ける。

 バレーボールのアタックのように飛んで右手、ミス。リカバリーを一瞬の制止世界の展開で済ませてターン。アッパーカット気味に左手を繰り出す。宙返りしたムガの足蹴によって弾かれるも、腹部を撃たれてからムガの動きは目に見えて遅くなっていた。


 二人が接近戦を展開する。

 そこまで持ち込めたのは良いが、すでに銃で援護出来る距離ではなくなった。おそらく距離を詰めている間に二人の間に決着の妖精は降臨するだろう。状況からそれが見えてしまう。



「ふっ!」

「――っ!」



 床を歩く者と天井を歩く者。

 大技小技を織り交ぜて攻めるムガに、トキは大振り高速の攻撃を高密度に展開して対抗した。



(なるほど、やはり右手の破壊力が高いようだな。

 触れた瞬間に右手が接する部分から消してしまう……即効性だけで言えば神速と言える攻撃力だ!)


(よし! 思い通り、こいつは右手だけをやたら警戒するようになった!)



 覚えたての戦法だが、警戒の表裏にムガをどうにか嵌めることができた。

 相手の最強とそれを囮にした手はなにか。逆に、相手を警戒させるコチラの最大火力は何か。

 訓練を耐えて来た甲斐があるものの不安は付き纏った。何せ敵は戦い慣れている人間だ。

 だから、全てが刹那と過ぎるほど最高速で繰り出す。



「もら――!」



 ムガへの距離は1メートルあるかなしか。


 右手、今なら届く。

 右手が来る。


 急制止、制動調整に足腰から肩までを軋ませながら左手を前に出す。

 ダメージが深刻化してきたとは言え、完全にそのフェイントに引っかかってしまった。


 右を囮に左が本命。

 右は囮で左が来る。



(クロノセプターってやつか!)

(クロノセプター、じゃないヤツはどうだ!)



 当たる、当てる。

 当たる、ならば止める。


 左掌より創造された刃がムガの伸ばした右手を貫く。

 右手を貫いた黄金の剣が、そのまま右腕に一線の赤き刻印を残す。



(えッ!?)

(集中集中集中集中集中集中……ッ!)



 顔色一つ変えずにムガは眼を見開いて迫った。鋭刃深くへと自らを沈め、黄金剣を生み出した左手に指を絡める。血肉も、切断面も気に留めることさえ、眉ひとつでさえ上下させずに迫って手を掴んだムガのその表情は鬼気とは違う威圧感があった。すかさず右手からも刺突を繰り出すよう時間創造してムガへ差し向けるが、それも止められる、刃が届く前に止められて避けられる。



(ここで、引く!)



 がっちりとホールドされた両手を介してクロノセプター。同時に、



「だぁ!」



 歯を食いしばって頭突きを返す。



(集中……!)



 右手のクロノセプターに左手を飲み込まれたムガは、正面衝突の角度を失って左側のこめかみをトキの頭部にぶつけることとなった。正面からの頭突きは予想出来ていたが、その直前に読み違いをしていた。

 色世時がこんなに読み合いができるという情報を持っていなかったのだ。

 だから、右手をフェイクとして使う、という段階までは読んでいたがその先の“再び右手を前に出す”という一手をないものだと決め付けていた。だから、頭突きを正面から打ち返すことに失敗してしまった。



(油断したのか、俺は!)



 左腕から感覚が消えていく。あっという間に肩、首と。

 思考が止まるのも時間の問題だろう。

 時間凍結っていう攻撃だとすぐに気付いた。



「お前の勝ちだよ、トキ」

「あぁ――!」



 あっという間に脇腹の辺りまでが完全に固まる。

 その直後、トキの体に電撃が走った。



「だが……玉空きだぁ!」

「――グふろっ!」



 それは、ムガ最後の抵抗。最後の最後まで隠していた重力操作『個別力場の生成』を用いた悪あがきであった。

 トキの股間を重力の基点として自分の体をその点へと加速させる重力操作は、最後まで隠していた甲斐あって見事にトキの意表を潜り抜けて直撃させることに成功した。


 二人の勝負はそこで決着した。


 トキが最近身につけ始めたという時間凍結は、有機無機関係なしに効果範囲をまるまる止めてしまうというもの。しかし、現状での欠点として即効性に乏しいことが上げられた。だから、意識が完全に凍りついてしまう前に、まだ生温かい脚で、完全意識の外にあった下半身への――それも全世界の男子共通の弱点――に強烈なクリーンヒットを貰ってしまったのだ。最後の最後に叩き込まれた。

 ムガは抵抗はするだけしたし、負けでもいいやとすでに勝敗を認めていた。



「ありゃぁ……」



 それぞれ身動きしなくなった二人――厳密に言うならトキは小刻みに震えながら蹲っていた。

 両手で股間を抑えて。



「痛そう……」



 自分のそれも縮み上がりそうな共感を背筋に覚え、立会人となりかけたジムはトキの傍らに歩み寄るのであった。



 


「なぁ、トキ」



 夜食。

 その中の一皿であるトーストサンドを摘みながらムガは聞いた。



「お前は孤独か?」

「……さぁ?」



 テレビの前で三人、古いゲーム機を使ってバトルロワイヤルしている最中の質問だった。



「少なくとも、今は芹真さんたちも居るし、何だかんだでクラスメイトとも話す機会がちょっとずつ増えてきているし……」



 浮かれているのかもしれないが、最近は一人でゲーム画面にかじりつく時間が減った。それは否定する余地のない事実だ。



「訓練もあるから、孤独だなって思うことはないけど?」

「……」



 画面に食いつくジムだが、その耳はしっかりと二人の会話を捉えていた。



「じゃあ、聞き方を変えよう。

 トキは自分に孤独に対する耐性があると思うか?」

「孤独に耐性?」



 ゲームコントローラーを激しく連打しながらムガは頷く。



「あぁ。俺達の世界じゃな――」



 ムガのキャラクターが放つ連続攻撃とトキのキャラクターが放つ連続攻撃が相殺合戦を始める。



「孤独に負けて犯罪に走る人間が思いの外多かった。

 孤独に耐えられなかったから感情が爆発して、それで本人も考えてすら居なかった突発的な、それこそ閃きのような愚考で他人の命を奪ったり、傷つけたり、時には世界の運命さえ狂わせた奴らがいたんだ」


「……」


「……でも」



 返答したのはトキでなく、ジムだった。



「孤独を飼いならして、どんな辛いことにでも怯まなかった強い人たちを俺は知っているよ。

 あ、いや。それを強さって認めていいのか、ちょっと俺には分からないけど、でも前向きに人生を歩んだ人たちを知っているよ」


「トキはどうだ? この世界で、孤独に侵されそうか、それとも孤独と一緒に生きて行けそうか、どっちだと思う?」


「俺……どうだろう?」



 パワー比べしていた二人のキャラクターを、ジムの操るキャラクターが放つ広範囲攻撃が二人の勝負自体を吹き飛ばしてゲームにリードをつける。

 コンテニュー画面を表示したまま、トキは答えに詰まっていた。



「確かにずっと一人暮らしだけど、でも寂しさを紛らわす手段はあるし」



 それにやっぱり、と答えたトキの表情を盗み見ていたジムのキャラクターがムガのキャラクターによって報復を受けて倒れていた。



「似たような境遇の友達も出来たし、今はやらなくちゃいけないこともある。

 ぶっちゃけ孤独なんて考える余裕もなかったよ、言われなきゃさ」


「ははっ、そりゃ学生らしくていいかもな」



 コンテニュー。

 再びバトルロワイヤルが再開された。

 トキの作った夜食の皿は、その夜を盛り上げるささやかな肴となって口周りの孤独を何処かにおしやってしまった。



「で?

 その結果が二日酔いというの?

 お酒は――!」



 そして翌日、ハメを外し過ぎ――外され過ぎた――トキは校門の前で担任に空手チョップを食らうのであった。



 

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